ずっと、独りで生きていくのだと思っていた。
凍てついた心を抱えて、戦いの中で死ぬんだと思っていた。
けれど。
「おーい、スコール!」
呼ばれたスコールは、ふっと目を開けた。僅かに視線を上げれば、ゼルが大手を振っている。その隣を歩くアーヴァインが苦笑していた。
「何やってんだい、こんなところで」
「寝てた……」
丘に立つ大樹にもたれ、スコールは眠っていたのだ。
のんびりした気分で大欠伸をするスコール。
「善い夢見た」
「どんな?」
「皆と、草原歩いてく夢」
心地良い日差しの中、皆で連れ立って草原を歩く――そんな、何気ない夢だった。
取り立てて互いを気遣うこともなく、ただ前を見て歩く。しかし不思議とペースは揃い、早過ぎる者も遅れる者もない。
ただ、皆笑顔だった。
ふと横を見ると、リノアが顔を上げて目を細めた。スコールも柔らかく笑みを深めて返した。
そして、気付いた。
彼らは手を繋いでいた。
「そんな夢」
俺は、もう、独りぼっちじゃない。
「この家を見たい? 別に構わないけど、あまり引っ掻き回さないで頂戴よ。『彼女』の香りが、消えてしまうから」
気まぐれに訪れたウィンヒル。今も夜限定だがパブをやっているその家に、スコールは足を踏み入れた。
不思議なもので――或いは、今の家主の手入れが良いのかもしれないが――、家に痛みは少ない。前の家主が遺した引き出しやクローゼットの中身は、木箱に入れて地下の食料倉庫に置いているから勝手にしろ、と家主が言った。
スコールは、今、それを目前にしている。 そぅっと、木箱を開いてみた。
女性ものの衣服が殆どだった。ただ、当時は丁寧に手入れしていたのだろう、痛みは少なく色褪せもあまりない。
(小さい人だったんだな)
リノアと同じくらいだろうか。広げてしまったセーターを畳みながら、スコールは思った。そして、衣服以外はないのかと、スコールの手は更に木箱を探る。
「あ」
ひらり、と何かが落ちた。
(写真)
セピア色の、写真だった。
パブのカウンター内にいる女性が、グラスを布巾で拭きながら、カウンターに座る男と談笑している写真。
(あ)
きっとキロスやウォードが、気まぐれに撮ったものだろう。幸せそうな風景だ。傍から見ていてわかる――きっとこの2人は、お互いを本当に本当に愛していたんだ。
スコールの胸がかぁっと熱くなる。視界が滲んできたのに気付き、彼は慌てて写真を傍らに伏せ、木箱にまた向き直った。
(もっと、何か。何かないか?)
衣服以外には、装飾品がほんの少しだけ小さな箱に入っていた。リングはなく、ピアスとペンダントの類が本当にほんの少し。
そして、革の装丁が施された厚めのノートがあった。
(日記かな?)
少しだけ申し訳ないと思いながら、スコールはそっとノートを開いた。
ノートは店の売り上げや仕入れの記録だった。几帳面な字が、記録とその日の覚書を短くつづっている。その中に、また1枚写真が挟まっていた。何が理由か店の記録が途絶え、覚書だけになっていた個所に。
それは、「自分」の写真だった。正確には、ベッドで母に抱かれ、少しおめかしした「姉」との3人の写真。スコールは今度こそ泣きそうで、必死で目瞬いた。
視界が晴れると木箱を元通りにし、スコールは急いで地上へ上がる。
夕闇が迫り始める時分、パブは仕事帰りの男女でささやかに賑わっていた。スコールはさりげなくカウンターを出て、店の片隅で呑んでいた家主に声をかけた。
「あ、の、すみません」
「あら、美少年くん。随分長かったわね。……それで、もう良いの?」
「はい……それで、その、ちょっとお願いがあるんですが……」
スコールは深呼吸すると、俯きがちだった顔を上げて女性の目を見た。
「あの、食糧庫にある木箱、頂いてもかまいませんか?」
「あぁ、構わないけれど。私には不要なものだしね。それよりちょっと座りなさいな、ほら」
女性はスコールの手を引いてテーブルに着かせる。
「少し待っていなさいな。そうね、花でも眺めて」
女性は席を立ち、カウンターにいる雇われマスターにミルクを温めてくれと頼む。
テーブルには、ウィンヒルリリーの切り花がボウルに生けられていた。スコールは少しの間それを見つめた後、くたりとテーブルに蹲った。
花の匂い。酒の匂い。そこに混じるミルクの匂いと、優しく髪を撫でる誰かの手。
「……母さん」
ほんのりと笑みを浮かべた彼の頬を、温かな涙が伝っていった。
「ね、ね、わたし達の関係って、一体何なのかな」
リノアの唐突な問いに、スコールは飲もうとしていたコーヒーから目線を上げた。
(何なんだ、一体)
リノアはじー……っとスコールを見つめている。さてどうしたものか、スコールは考えた。
スコールとリノア。魔女と、魔女の騎士。スコールにとって、リノアは護らなければならない大切な人。
――いや、多分そういうことを聞きたいのではないだろう。
騎士でないスコールにとっても、リノアは大切な大切な人だ。先日、遂に正式な「オツキアイ」というものを開始して、スコールは今まで感じたことのない、所謂「幸福」というものをじっくり味わっている。……まぁ、振り回されているのも事実だが。
「スコール?」
答えを催促され、スコールは困った。今考えていたことをそっくりそのまま言うのはあまりにも恥ずかしい。スコールは更に考えて考えて……漸く、ぽつり、と零した。
「………………付き合ってるんじゃないのか、俺達」
「うん、だよね。だから? わたしはスコールの何?」
「か……彼女、じゃない、のか」
「うん、だよね!」
瞬間の満面の笑みを見て、スコールは自分がハメられたことを知った。
サイファーが帰ってくる。
その噂は瞬く間にガーデン中を席巻した。
「処遇は、君が決めなさい」
噂が経って数日後、スコールは学園長室に呼び出されそうとだけ告げられた。
食堂へと歩く道すがら考える。
(俺は、サイファーを、どうしたい?)
サイファーが「魔女の騎士」を名乗っていた時は、「次に遇ったら仕返ししてやる」と思った。
だけど、その「次に遇った」時は、風神雷神の兄妹に「サイファーを止めてやってくれ」と懇願され、そして事実、スコールはサイファーを止めた。
俺にとって、サイファーとは何だ? スコールは自問し続ける。
腐れ縁?
「兄弟」?
ライバル?
この愛憎こもごもの関係を、そんな単純に言い表せるか?
「スコール!」
教室へ向かう道すがら、ゼルがタックルせんばかりの勢いで突っ込んできた。
「ゼル?」
「……っ、スコール、サイファーが、サイファーのやつ帰って来た!」
「……!」
スコールは目を微かに見開き、2階から下を覗く。
のそのそ歩く、ぼろぼろの猫背。取り巻き2人に挟まれているのは、間違いない、サイファー・アルマシーだ。
「……っ」
スコールは思わずそこから飛び出しかけ、慌てて回廊を駆けた。
胸に何かが沸き上がる。
歓喜?
怒り?
嘆き?
あぁ、一言で片付けられれば楽なのに!
(サイファー……)
エレベーターを降り、スコールは開口一番叫んだ。
「サイファー・アルマシー!!」
サイファーは顔を上げる。その時にはもう、スコールは目と鼻の先に迫っていた。
「歯ァ食いしばれ!」
瞬間――。
ガキッ! と鈍い音が鳴り響き、サイファーが仰向け様に倒れ込む。周囲に悲鳴が上がった。
「ってぇ〜……」
スコールはふぅ、と息をつくと、サイファーを殴った手を開き、差し延べた。
「お帰り、サイファー」
「おぅ……っててて、いきなり殴る奴がいるかぁ?」
「禊ぎが拳一発で済んだんだから善しとしろよ」
スコールはにやりと人の悪い笑みを浮かべた。
「お前の処遇は俺に任されてる。ということで、かくなる上は速攻SeeDになってもらって、みっちり働いてもらうからな。覚悟しろよ」
「げぇ……まさかお前がオレの指導SeeDか?」
「そのまさかだ」
「マジかよ!」
「ついでにいうと、SeeDになっても暫くは指導外れないからな。お前の生活態度監視させてもらうぞ」
「ぐぁ、地獄だ」
「地獄が俺程度で済んで有り難く思え! さっさと来い、まずは3人揃って学園長から説教食らえ!」
あぁ、畜生。スコールは胸の内で悪態をつく。
腐れ縁のライバルにして「兄弟」が戻ってきてくれて、内心こんなに喜んでいるのは誰にも知られたくなかった。
「おっきいね」
リノアが唐突に言った。スコールが首を傾げると、リノアはにこにことスコールの腰辺りを指差した。
「そ・れ」
彼女が言っているのは、先程漸く納品された真新しいガンブレードだ。その名は、「ライオンハート」。
「……あぁ」
腰のホルダーに納められたそれは、確かに、でかい。
トリガー部分には華麗な装飾が施され、アダマンタイトで作られた半透明の直刃は自分の腕より長い。戦闘時にはセットされている波動弾のエネルギーを受け、青白く輝くのだという。
現行で最強と謳われるライオンハート。このハイエンドモデルに憧れていたスコールも、これ程大きいとは思っていなかった。気付かれはしなかったが、ジャンクショップで合見えたときはとても驚いたものだった。
(ハイレベルモンスターの討伐用かもしれないな)
「ねぇ、スコールさん? だんまりしてないで、何考えてるのか教えてよ」
「……人間用じゃないのかも、と思った」
「そのガンブレードが? あ、でもわかるかも。人間同士でバトルするには、大き過ぎと思うな、わたしも」
リノアがうんうんと頷く。それを見たスコールは、何となく自分が認められたような気がして、何となく嬉しかった。
孤児院、といえば「石の家」を思い出しがちだが、ここバラム・ガーデンも一端の孤児院である。
だから、上級生に比べて年少クラスの人数が多い、なんてこともままある。
「……あ、しまった。俺、今日風呂当番だ」
時計を見たスコールは、本日の重要任務をはたと思いだした。
「風呂当番?」
「あぁ、この間の騒動で上の人数減っただろ? SeeDもちびすけのお守りやらないと手が回らないんだよ」
リノアは手をひらひらさせて、食堂を出ていくスコールを見送った。
制服教師の殆どがガーデンを見限り(全く勝手なことだ!)、生徒も半数は降りている今、残ったものが子供達の面倒を見ないといけない。残っているとは則ち、行く場所帰る場所がない子達なのだ。
ただし、これが非常に大変。
寮班単位で行動させるようにはしているが、何せ「手」に対して人数が多い。食事を採らせるにも一苦労だ。
「こらっ、お前らフォークとお箸でチャンバラすんな!!」
……なんて毎度誰かが叫んでる。
寮の共同浴場でも、走り回る子あり、まだ泡だらけで浴槽に入ろうとする子あり……。スコールは一度、そんな子達を捕まえようとして自分が石鹸を踏んで転んだことがあった。
「世の母親という存在は本当に偉大だ……」
そんなことを誰か(アーヴァインだったか?)がしみじみと言っていた。
スコールはもうひとつ、偉大な存在がある、と思う。
(ママ先生、すごい人だったんだな……)
孤児院で大勢の子供を育てる人は、男でも女でも母親と同じくらい偉大だ、とスコールは思った。
スコールは、泣かない。というか、リノアはスコールが泣いたところを見たことがない。
「スコールって、泣くことあるの?」
「……あんたの質問って毎度唐突だな……」
今日も今日とて、リノアはスコール探りに邁進中。スコールは、何故こんなに気に入られたのか、と苦々しい思いを抱いていた。
正直、ちょっと面倒。でも、この部外者の相手をしてやれるのは現在自分しかいない。
「生き物は何でも泣き通しだろ」
「へ?」
「気付かないだけでイルカだって泣いてるんだ。亀なんて陸に上がってくるだけでぼろ泣きだろ」
……今のは冗談を言ったつもりなんだろうか。リノアは内心首を傾げた。
「それって生物学的な話じゃない?」
「あぁ」
「…………」
「…………」
よし、黙った。スコールは訳のわからない優越感を感じた。
「もう良いか? 良いなら解放してくれ。腹減った」
「あ、じゃあ食堂行こうよ! わたしもちょっとお腹空いたんだよね」
この時、スコールはあからさまに何か嫌な物を見たような顔をした。なので、リノアは意地になってスコールの腕を引っ張り、食堂へ付き合わせることにしたのだった。
「ね、スコール」
「ん?」
小説を読んでいた筈のリノアが、急に顔を上げた。
「もし、お母さんとラグナさんが結婚してたら、わたし達って兄妹だったんだよね」
「…………」
「もしそうだったら、スコールお兄ちゃんはリノアちゃんに優しーくしてたと思う?」
またぞろ何を言い出すのか。スコールは微妙に嫌そうな顔でリノアを見た。
リノアは首を傾げる。
「例えば、の話だよ?」
「それはわかってる」
「じゃ、何。その顔」
「別に。ただ全くもって、正しく究極のファンタジーだと思っただけだ」
どうも彼の気分を害してしまったらしい。リノアは刺々しいしスコールの声に、内心舌打ちした。何とかして和らげなければいけない。さもなくば、休日が台なしになる。
リノアは本を閉じ、にじにじとスコールに寄り付いた。スコールはちらっとリノアを見る。
「仮に、ラグナとリノアの母さんが結婚していたとして、少なくとも俺は俺として生まれてなかったろうな」
「を?」
「俺は茶髪だろ。黒髪2人から茶髪はなかなか出ない」
「うん?」
「あと、ラグナは翠の眼だ。リノアの母さんは?」
「黒……だったけど」
「祖父さん祖母さんは?」
「黒と焦げ茶」
「なら目は黒か茶色が圧倒的だ。青なんてほぼ絶対に出てこない」
「……ん」
「更には、リノアがリノアとして生まれてくる可能性が万に一つあったとしても、受け継いだ血が違う以上それはリノアじゃない。別の誰かだ」
「…………うん」
「つまり、俺とリノアが俺とリノアのまま兄妹になるのは天文学的な確率よりなお低い、ってことだ。だから、究極のファンタジー。わかったか」
「………………了解」
リノアは真面目に頷いた。
漸く、わかった。過去の事象へのIFを語ることは、現在ある存在への否定を意味する。スコールは、だから怒ったのだ。
少し長めの沈黙の後、スコールは口を開いた。
「…………俺は、『運命』って言葉嫌いだけどな。俺達が出会った偶然を『運命』って呼ぶんなら、……それは、良いと思う」
リノアはふわりと微笑う。そっぽを向いたスコールの耳が、紅い。
「うん……そうだね」
リノアが背中から抱き着くと、スコールはその手をそっと撫で摩った。
「げぇっ、また出た!」
「やばい、逃げろ逃げろ逃げろ!」
開幕ダッシュで逃げるのはこれで何度目だか。
「もうやだよモルボル〜」
セルフィはぐったりした様子でコチョコボを抱き締めた。コチョコボのボコは、「申し訳ない」と言うようにクーと鳴く。
現在地、グランディディエリの森。ちょこ坊に因れば、ボコの目的地である「チョコボの聖域」はこの先にあるはずだった。
だが前途多難。メルトドラゴンやモルボルがうじゃうじゃ潜んでいた。そりゃチョコボも誰か護衛を頼みたくなるというものだ。
「……モルボル、狩るか」
ぼそ、と聞こえてきた提案に、一同は耳を疑った。振り返ると、べったり地面に座り込んだスコールが、目を据わらせて皆を見回している。
「どーせキスティスのウィップ作るのに、モルボルの手がいるだろうが。いや狩れなくても良い、分取れれば」
がしがしと頭を掻き、スコールはやけくそ気味にのたまった。
「……スコール、必要なのは『手』じゃなくて『触手』なんだけど……」
キスティスが見当違いのツッコミを入れた。
「一緒だろうが。よし、休憩終わり! ヒット・アンド・アウェイで触手集めつつ、チョコボの聖域まで突っ走るぞ!」
「「お、おー!」」
戸惑いつつも、班長にして司令官には従うしかない。スコールはガンブレードの具合を見ると、ボコを肩に担ぎ上げて歩き出した。
「……ついでにメルトドラゴンぶちのめして、『星々のかけら』も集めるぞ。あれ結構数必要だからな」
「マジかよ……」
鬱憤晴らしをするつもり満々のスコールに、ゼルはがっくりと肩を落とした。
綺麗だな、とリノアは思った。
戦いの、しかも劣勢に立たされている最中に場違いだとわかっていたが、本当にそう思ったのだ。
ガンブレードを振り上げて敵を打ち上げ、次々に繰り出される斬撃で消えない軌跡を刻み込んでいく。
蒼白い光を纏い突き進む彼の姿は、何と美しいことか。
ラスト一撃――渾身の力を込め、彼は敵を切り裂いた。込められたエネルギーが爆発するのを尻目に、ふわりと着地する。
リノアはぼうっとそれを見つめていた。すっかり魅了されていた。
「リノア!」
スコールが叫ぶ。
「おいっ、リノア!!」
「はっ、はいぃ?!」
「トドメ刺せ、早く! ぼさっとするな!!」
「ふぁ、ごめん! 行きますっ!」
……時たまこんなことが、オツキアイというものを始めた2人には発生するのである。
※2「両親」の続きっぽいです。
風が吹く。
ざわりざわりと吹く風が、日当たりの良い丘に緑の波を作り出す。
スコールとエルオーネは、大きな花束と真っ白い花輪を抱え、丘を歩いていた。
「お、買えたか」
煙草を蒸しながら待っていたラグナは、2人の姿を認めて緩く微笑んだ。エルオーネも微笑みを返す。
「お待たせ、お父さん」
「おぅ」
ラグナはエルオーネから花束を引き取り、ゆっくり丘を下り始めた。エルオーネもスコールも、それに続く。
「スコールは、初めてだったな。母さんの墓参り」
「……うん」
「少し歩くけど、大丈夫そうか」
「そんなヤワじゃない」
冷笑に似た表情が浮かぶ。苦笑いしたつもりだろうか。
「スコール、顔怖いよ?」
「…………」
エルオーネの容赦ない言葉に、ラグナが小さく噴き出した。拗ねたスコールはエルオーネを睨み、肩を震わせるラグナの踵を蹴る。軽く躓いたラグナはくっくっと喉の奥で笑いながら、スコールの肩を叩いた。
暫し、無言。
「あのな」
スコールが口を開いた。
「パブ、行ってみたんだ」
「おぅ」
「今、芸術家の女の人が家主なんだ。その人に頼んで、遺品、見せてもらった」
「あの家に、レインのものが遺ってたの?」
エルオーネの問いに、スコールは頷く。
「地下の食料倉庫に、木箱に入れて保管されてた。殆ど服だったよ。エルなら、着れるんじゃないか?」
「手入れが良ければね。他には?」
「ピアスやペンダントが少し、小さな箱に入ってた。リングはなかったよ。後、店の台帳? と、写真が2枚」
「写真?」
ラグナが振り向いた。
「1枚は、あんたが写ってた。もう1枚は、エルが写ってた」
「そう……なのか」
スコールは頷く。
「それと、生きてるんだかよくわからない銀行の預かり証があった。これはあんたが何とかしてくれ」
「わかった、今度送ってくれるか」
「もう手配した。……多分、入れ違いくらいに着いたんじゃないか? 箱ごと、エスタに」
「何だと?! ったく、人の都合を省みず〜」
ラグナは笑ってスコールの頭を乱暴に掻き回した。エルオーネは止めようとしたが、俯くスコールの顔に笑みが浮かんでいるのを認め、思わず笑ってしまう。
ひとしきり笑い、スコールはまた口を開く。
「あのパブ……今でも、夜はやってるんだって。仕事帰りの人が寄るんだってさ。切り盛りしてるのは雇われマスターらしいけど」
「へぇ」
「じゃあ、晩御飯そこで食べましょうか。きっと良いお土産話になるわ」
暖かな風が、仲睦まじい家族を取り巻いて丘を渡る。
それはさながら、彼らを見守っているようだった。
「過去は変えられないよ。私、やっとわかった」
義姉は、長い間抱え続けていた後悔に、そんな結論を出した。
自分のせいで、父は母を看取ることが出来なかった。義姉はずっと、そんな鬱屈を抱えていたらしい。だから、過去を変えたくて自分と父の「接続」を試みたのだ、という。
スコールには、あまりにも理解しがたいものだった。過去とは一瞬一瞬の自分自身の積み重ねであって、それを否定するならば今の自分自身を否定することと同義であると思っているからだ。
「皆が皆、スコールみたいに考えられたら良いのにね」
皆は揃いも揃ってそう返す。そろそろ辟易しだした頃にリノアにまでそう言われた時には、流石のスコールもむっとした。
「じゃあリノア、お前は俺と逢わなかった方が良かったのか」
「!」
思わぬ切り返しにリノアが驚いた。
「……ううん、そうは思わない。思えないよ」
「本当か? 俺と逢わなかったら、お前は魔女にはならなかったと思うけど」
「それでも。想像するだに今の方が幸せ!」
リノアはがばっとスコールに抱きついた。
「そっか、そうだよね。過去を否定するっていうのは、今の自分を否定するっていうことだよね」
スコールはとても満足げに頷いた。
「わかってくれて大変結構。……かく言う俺もそう考えられるようになったのはすごい最近だけどな」
「なーんだ、そうなんだ」
リノアはくすくす笑う。
そして2人は、互いの過去を祝福してキスをした。
「おはよう」
「はよーっす」
「おはよ……」
「おはようございます!」
学生寮は、朝が1番うるさい。特に男子、更には元気いっぱいの年少クラス。
朝帰りのSeeD達には、地味に辛い。かといって無視は出来ない。
「スコール先輩、おはようございます!」
「……うん、おはよう。朝から元気良いな」
すれ違うちびっこ達は、スコールの目の下に出来た隈に気付かず、誉められた〜、と嬉しそうに走っていく。スコールは転ぶなよ、と一声かけ、朝の進行方向とは真逆に進む。最早、気力だけで彼は歩いていた。
「よ、お疲れ」
「お疲れ、スコール〜」
「お疲れ、ゼル、アーヴァイン。そしておやすみ……」
「あいよ、おやすみ〜」
幽霊のようにそっと自分の部屋へ入っていったスコールに、ゼルは呆れ、アーヴァインは苦笑いした。
「……あいつ、あの状態じゃソッコーベッド行きかな? 大丈夫かよ」
「さぁ……でも、大丈夫じゃない〜? 昨日、リノアがスコールの部屋(こっち)から自分の部屋(あっち)に帰った様子なかったし」
「あー、ならリノアが何とかするか。じゃ、世話しなくても平気そうだな」
「うんうん、ほっとこ。それよか朝メシ朝メシ〜♪」
……基本的に、完全なプライベート、と呼べるものが存在しないのが、寮生活というものなのである。
一番旧い記憶は何か、と訊かれれば、スコールは考えてしまう。
何を以って一番旧いと断じるか。
(やっぱり、あの雨の日の記憶か?)
リノアは、じぃっとスコールを見つめていた。
それも、無言で。
「……何だ?」
リノアは無言で首を振った。スコールは不思議そうに首を傾げながら仕事に戻る。
やっぱりリノアは無言だ。
(また何を始めたんだか)
地味に気になる。視線が、背中に突き刺さっている気がするのだ。
スコールは最終チェックが終わった証に「奮い立つ獅子」の印章を捺して、残業は終了。とんとん、と書類を揃える音に、リノアが嬉しそうに寄ってきた。何も言わずに背中からスコールに抱き付き、髪に擦り寄る。
スコールは気が気でない。お前は何を考えてるんだ? 何か欲しいのか? 俺がやれるものなら何でもやるけど……つか、胸! 胸当たってるって頭に……!
生唾を飲み込むスコール。彼は遂に意を決し、その真意を問いかけることにした。
「リノア? ……黙ってられると、俺何もわからないんだけど」
「何か、格言、あったよね。えーと、『沈黙は銀』? を実行してみようかと思って」
「違うだろ……『沈黙は金、雄弁は銀』、だ」
「あら?」
妙なところを間違えている恋人に、スコールはとうとう噴き出した。くすくす笑いながら、スコールはあやすように身体を揺すりながらリノアの腕を柔らかく叩く。
「お前の場合、雄弁のが金かもな」
「それって地味にバカにしてないっ?」
ぷく、とリノアの頬がふくらんだ。スコールはふっと微笑い、首を回してリノアを見遣る。
「……でも、たまには良いかもな。『沈黙は銀』」
「?」
「可愛いお誘いをありがとう」
ちゅっと音を立てて口付けると、リノアは「そんなつもりじゃないもん!」と慌てて身を離したのだった。
SeeD就任パーティー。
これは、新任SeeDを労い祝う為に開かれると同時、各界の重鎮へお披露目する為のものである。
教員の中には手塩にかけた生徒をせっせと売り込む者もいる。かと思えば、戸惑う内に来賓から声をかけられ、慌てて頭を下げる新人もいる。こなれていないSeeD服がとても初々しい。
リノアは、所在無げに壁に張り付いていた。
着慣れないSeeD服。アルコール分を殆ど飛ばしたシャンパンを口にし、リノアはホールを見回した。
「よ、リノア。お互い決まってるねぇ」
「アーヴァイン」
漸く見付けた友人は、ひらりと手を降って歩み寄ってきた。アーヴァインはリノアの傍らにいる筈の「兄弟」を探す。
「……奴は?」
リノアは無言であっち、と指差す。見ればスコールは、来賓に捕まっていた。モデルのようにスタイルの良い、女性だ。
「あーれま」
リノアが所在無げにしている理由、それはあれだった。美人が美形に寄り添う様子というものは、悔しい程に似合っている。
「良いのかい、リノア」
「仕方ないよ、来賓の方だもん……」
しょんぼりしているリノア。アーヴァインはどう慰めたものかと溜息をつく。
(ったく、あーの朴念仁が〜)
それが聞こえたのだろうか、スコールがこちらを向いた。
「キニアス、ハーティリー、こちらへ」
呼ばれた。2人は顔を見合わせ、スコールの元へ赴く。
「あら、この子達は?」
「今回新たにSeeDとなりました2人です。……挨拶を」
「アーヴァイン・キニアスと申します」
「リノア・ハーティリーです」
「宜しければ、ご用命の際には彼等もお気にかけて頂ければ幸いです、レディ」
「そうね、覚えておくわ」
「では、私はそろそろ……。ハーティリー、来い」
「あ、はいっ」
リノアは来賓の女性に頭を下げ、慌ててスコールの後を追った。ずんずん進んでいくスコール。
「スコール、良いの?」
「良いよ、もう……ったく、一体いくら喋ったら気が済むんだよ、あのオバサン」
「オバサン……」
思わず噴き出しかけたリノアは慌てて口元を押さえた。スコールも小さく口角を上げると、ホールの真逆で漸く一息ついた。
「一人にして悪かったな」
「んーん」
リノアは柔らかく微笑んで頭を振った。そして、周囲をきょろきょろと確認し……そっと、スコールの腕へ身を絡ませた。
途端に硬直するスコール。
「ねぇ……踊ろう?」
リノアは爪先立ちになると、甘えるようにスコールの耳元へ囁いた。
スコールは恥ずかしそうに視線を彷徨わせ……意を決したように、こほん、と咳をひとつ零した。
「……次の、ワルツでな」
リノアはにっこりとした。
空には、大きな大きな満月が、子供達を祝福するように輝いていた。
ガーデンの授業は、一般クラスと候補生クラスでは速度が違う。候補生クラスの方が速いのだ。
何故か。それは、彼等には一般クラスのカリキュラムと共に実技訓練も受けなければならないから。
「す、すこーる〜……?」
「……またか」
連続訪問記録を順調に伸ばしつつあるリノアは、今晩もまたスコールの部屋へ姿を現した。その手にはペンケースとノートが握られている。
特例によって実技試験を突破したリノアとアーヴァインは、現在準SeeDという立場にある。ということはつまり、来期の筆記試験に受からなければ正式なSeeDとなれないのだ。
2人の条件が同じと思うこと勿れ。軍関係者の養父母の元、ガルバディア・ガーデンで軍隊に片足突っ込んだような生活を送ってきたアーヴァインと、同じく軍関係者の娘であっても大事に箱に納められて育った――最も、その箱を蹴破り外に飛び出したのは当の本人だが――リノアとは全くといって良い程知識の素地が違う。基礎教養5科目ではリノアに軍配が上がるが、高度な応用問題や戦闘関連科目では圧倒的にアーヴァインが彼女を上回る。
「……わたし、ばかかもしんない……」
「リーノーア」
何度めかの弱音にうんざりし始めたスコールは、ぺしょっとノートに突っ伏したリノアの傍らに肘を突く。
「お前、いい加減にしろよ。弱音吐く前に問題を解け」
「だって、わかんないよぅ」
「わかんなくない、よく見ろ。ほら、ここ。ここに何の公式を使えば良いか、まずそこだ」
「うぅ……」
いっそ悲愴感すら漂わせながら、リノアはのろのろと頭を持ち上げた。ノートと教科書の公式集を交互に見続ける。
そして。
「……ん? あれ? ひょっとして……」
リノアは徐にノートへとペンを走らせた。スコールはにやりと微笑う。
「出来たじゃないか」
「やった!」
諸手を挙げて大喜びするリノアの頭を、スコールは優しく撫でてやる。
「な? ちゃんと見れば出来るんだ。諦めないでじっくり眺めること。わかったな?」
「はいっ、スコール教官♪」
リノアがふざけて敬礼のポーズを取ると、スコールは「調子に乗るな」と小突いて次の設問を見るように促した。
スコール・レオンハート。
バラム・ガーデン所属筆頭SeeD。そして、その絶大なカリスマでガーデンを統轄する司令官。
しかしてその実態は。
「違うって、そうじゃない! もっと脇締めて思い切って突っ込んでこい!」
トレーニングルームに、若き司令官の大声が響く。本日、彼は下級生の指導の為に木刀を振るっていた。
「そうそう、上手いぞ。さぁどんどん来い!」
剣技に格闘を織り交ぜたスコール独特の動きに幻惑されながらも、候補生は彼の胸を借りるべく突っ込んでいく。
「お願いします!」
「よし来い!」
「いよっ、リノア」
「あ、ゼル」
ゼルは体育座りでスコールを眺めていたリノアの隣に座ると、首にかけたタオルで汗を拭き拭きペットボトルに口を付けた。
「いつから見てんだ?」
「15分くらい前からかな〜。防具取りに行ってる間にこんなことになってて、リノアちゃん待ちぼうけですよ〜」
「あー、そりゃ災難だな。スコールのやつ、指導とか頼まれると断れないっぽいんだよな。お人好しも大概にしろっての」
「ねー」
2人して苦笑いする。
少し前から、スコールの胸を借りたいという申し出が出てくるようになり、スコールも無下にせず丁寧に対応していた。それからあっという間に希望者は増え、今では先着順に3対1で実技指導する彼の姿がある。
「皆、嬉しいんだろうね。あの憧れの司令官が、わざわざ指導してくれるんだもの。」
「だよな。そりゃガキ共も慕うよな〜」
「それもある種のカリスマだよね」
「だな」
ゼルはうんうんと頷くと、ペットボトルを置いて立ち上がる。
「よし、行くぜリノア!」
「え、何?!」
「SeeDはやつばっかじゃねえってガキ共に教えてやらないと。突っ込むぜ!」「あ、ちょっとゼル! んもぅ」
リノアは慌てて防具を身につけ、突然の乱入者に慌てる下級生の群れに突っ込んでいった。
「いい加減にしろ。死にたいのか?!」
「だ、だって……」
スコールとリノアは今、トレーニングルームで対峙している。
真剣勝負、ではない。スコールは刀身が半ばから折れた練習用ガンブレードを持ち、リノアは木刀を握り締めて青眼に構えている。
「だって、打ち込めないよ!」
「打ち込めない、じゃなくて打ち込まないといけないんだよ! お前敵対してる相手を目の前にして『打ち込めない』とか言ってたら死ぬぞ?!」
「だってぇ〜……」
「良いから早く来い、訓練にならないだろうが!! 」
「……まだやってんのあの2人」
「いい加減にしろって感じだよね〜」
アーヴァインはショットガンで肩を叩きながら、呆れた顔をしているセルフィと一緒に2人を眺め遣る。
「時間切れまでにリノアが打ち込めるか、賭ける?」
「やめとく〜。賭けにならないよ」
「ははっ、だよねぇ」
さて、果たしてこの訓練は訓練として成立するのだろうか?
……答えは不機嫌な顔で彼女を叱る彼を見れば、自ずと明らか、だったりする。
貴方にとって英雄とは?
そういう問いを見れば、大抵の人は皆歴史上の人物を挙げるだろう。
しかしこのバラム・ガーデンではちょっと違う。
「司令官ですよ、そりゃあ」
「レオンハート先輩!」
「スコール先輩ねぇ、強いんだよ〜?」
……そう、「英雄は?」と聞かれたら「スコール・レオンハート」と合言葉のように答えるのが、ガーデンでの密かな流行りになっていた。
「……で、これか」
「そうなのよ」
本日、年少クラスで「尊敬する人」をテーマに作文を書かせたら、クラスの9割がスコールのことを書いた、という。理由の大半が、「世界を救った英雄だから」。
キスティスはくすくす笑いながら、スコールへ紙束を差し出して身を乗り出した。
「嬉しい? スコール」
「別に?」
にやにやして聞いてくる才媛には、こちらはただ素っ気なく肩を竦めるくらいしか方策がないのだった。
スコールにとって、ラグナロクには微妙に嫌な記憶の方が多かったりする。
宇宙空間で死にかけたところに漂ってきて、これは助かったと乗り込んだらプロパゲーターがわしゃわしゃいたり、やっと地上に帰ってきたと思ったらリノアはエスタに行ってしまうし、キスティスには怒られるし……おまけに衝撃の新事実まで食らわされ、よくもまぁグレなかったもんだと自分で自分を褒めてやりたい。
……でも。
「あっ、ラグナロク!」
手を繋いでいる年少クラスの女の子が、大空を指差して声を上げた。
「うわぁ、速ーい!」
「カッコイー!」
「せんぱいいいなぁ、あれ乗れて」
「スコールせんぱい、乗せてっ!」
賑やかに囀る子供達に、スコールは1人1人の頭を撫でてやりながら笑んで言う。
「皆がSeeDになったらな」
女の子が腕を揺する。
「えー、ずるーい」
「ずるくないぞ」
ずるいー! の大合唱が始まった。スコールはたまらずくすくす笑いながら、ラグナロクを指し示す。
「さぁほら皆、ラグナロクが降りるぞ」
「どこ?!」
「ガーデン横の発着場だ。さぁ、見に行っておいで。良い場所は早い者勝ちだぞ!」
子供達はきゃあきゃあ騒ぎながら、ぱたぱたと丘を駆け降りていく。スコールはそれを見守りながら、ゆっくりと降りていく。
微妙に嫌な思い出の多いラグナロク。
だが確かに、大空を切り裂いて駆けていくその竜の姿は、たまらなく格好良い。悔しいくらいに、格好良い。
聖霊降誕際の日には、ガーデンへの寄附が普段の倍以上に増える。その殆どが、子供達への贈り物なのだ。
「…………」
スコールは無邪気にプレゼントを喜ぶ子達を横目に、与えられた箱――中身は見なくてもわかる。無難なお菓子だ――を腕に抱いて部屋に帰る。
「あら、スコール」
キャシィだ。
かけられた軽やかな声に、スコールは隠れて小さく舌打ちした。見つからずに戻りたかったのに。
「どしたの。パーティーは?」
「抜けてきた。ぼ……おれ、あぁいうの嫌い」
「そっかそっか、嫌いか」
キャシィは、スコールの髪を撫でた。
スコール・レオンハート、10歳。キャシィが世話をしているセカンダリークラスの少年だ。
いつもむっつりと押し黙り、泣きはしないが笑いもしない。教師には従うが大人びすぎる彼は扱いにくいらしく、問題児扱いされていた。
だがキャシィは、自分が世話をしているスコールが可愛い。
1年も面倒を見ていると、警戒心の強い彼も少しだけ懐いてくれた。弟というものはこんな感じだろうか? キャシィはそう思う。
「……で、キャシィは何しに来たの?」
「あぁ! うんうん、忘れてた!」
キャシィは両手を打ち合わせると、羽織ったパーカーのポケットに手を突っ込む。
「はいこれ。お届け物」
「……ぼくに?」
キャシィは頷くと、スコールに両手を出すよう促す。スコールが器を作ると、ころり、とリボンのかかった箱が手渡された。
「スコール宛ての、贈り物だよ。ほら、いつもの人からの」
スコールの顔が僅かに明るくなった。
「開ける?」
「開ける!」
中身ははてさて何だろう。いつものジャムでは芸がない。キャンディ? クッキー? それともケーキ?
スコールの寝起きする部屋に2人で篭り、恐る恐るリボンを解く。
「……何だろう?」
中には「For you」とだけかかれたカードと、銀色をした何か。スコールが怪訝な顔でそれを摘み上げると、するすると鎖が延びる、延びる。
「スコール、それ多分逆さまだと思うよ?」
キャシィの言う通り、確かに鎖の先のチャームを真っ逆さまに持っていたらしい。スコールはひっくり返してひたすら睨む。何だこの、鎖ばっかり長いキーホルダーは?
「スコール、知らない? これ、ネックレスだよ」
「ネックレス〜?」
確かに、ホルダーは鎖の途中を噛んで、ぐるりと円を描いてはいるが。
「違うよきっと。キーホルダーだよ」
「こんな長いキーホルダーある訳無いでしょ。ほら、ここに頭通すんだよ」
キャシィはそう言うと、輪の部分にスコールの頭を通させた。
「わ……」
重い! 首がどうにかなりそうだ。
四苦八苦しているスコールに、キャシィは満足げに笑う。
「うん、カッコイイ! それ大事にしなよ、スコール。『足長おじさん』からの1番のプレゼントなんだから!」
スコールはうん、とはっきり頷いた。
後にこれがかけがえない宝物になるなどとは、この時のスコールには知る由もなかった。
先日、我等が司令官がとんでもない台詞でもってある女生徒を振ったのだという。
曰く。
「あんたがリノア以上に俺を愛してくれるというなら考えても良い」
「……って、本当に言ったのそれ?」
呆れ顔のキスティスに、スコールはこっくりと頷いた。
「これ以上にない無理難題だろ?」
「そぉかぁ?」
ゼルは首を傾げ、目線をアーヴァインへ向ける。
「ふむ……うん、僕も確かに、無理な話だとは思うねぇ」
「そ〜ぉ?」
セルフィは眉をひそめてリノアとスコールを見遣る。
リノアは不満そうである。黙りこくっている彼女のカップは、中身が全然減っていない。
スコールはちらとリノアの様子を見てから、自身のマグカップを取り上げた。
「今ここにこの6人しかいないということを前提として、敢えて羞恥心というものをかなぐり捨てかつ丸めて火を付けた上で海に放り投げた末に言わせてもらえれば」
皆の注目がスコールに集まる。
「……これ以上俺を愛してくれる奴なんて、10年後のリノアくらいのもんだろ」
『……………………』
一同、沈黙。そんな中スコールは、暢気にカフェオレを啜っていた。
「うん……ごちそうさま……」
「愛されてるわねぇ、リノア……」
セルフィとキスティスはそう呟き、真っ赤になって固まってしまったリノアの肩をそっと叩いたのだった。
バラム・ガーデンが誇るSeeDといっても、月に数度は研修という名の授業がある。 本日の場合は、時限爆弾解体の実習だった。
制限時間は10分。その間に設計図を読み、構造を理解し、どの線を切って解体すれば良いのかを見極めなければいけない。
スコールは割と得意な方である。とにかく設計図を読んで素直に切れば良いのだから。慣れの感覚が物を言うガンブレードの調整の方がよっぽど難しい。
ただ、隣のカノジョはというと……。
「きゃあっ!」
ぽん! と軽い破裂音。次いで、小麦粉煙幕。
(……またか)
無言で額を押さえるスコール。リノアはけほけほと咳き込みながら辺りを手で払っていた。
「何で爆発させちゃうのかしらねぇ……」
座学ではあれだけ優秀なのに。キスティスも溜息をつかざるを得ない。
「……ハーティリー」
「はっ、はいぃっ!」
地を這うようなスコールの声に、リノアはびしっと背筋を伸ばす。
「設計図はちゃんと読み込んだんだろうな?」
「よ、読みました」
「正解のコードは?」
「緑色です……」
「……じゃあ何でその隣の青いコードまで切れてるんだ?」
「それは、あの、ついうっかり……ひっかけちゃって……一緒、に」
「『ついうっかり』だぁ?!」
荒くなったスコールの声に、リノアのみならず周囲のSeeD達も肩を聳やかせた。
「だ・か・ら、焦るな落ち着けってあれほど言ってるだろうが! 『ついうっかり』じゃないよ、お前これが現場だったら即死だぞ?!」
「あーん、ごめんなさい〜!」
「『ごめん』で済むかぁっ!! もう良い、お前はもう爆弾系には一切触れるな。命がいくつあっても足りない!」
「ちょ、まっ、見捨てないで〜!!」
ずかずかと実習室を出ていくスコールに、慌ててその背を追いかけるリノア。仲間達はそれをぽかんと見送った。
「……スコールって、リノアに爆発することもあるのね……」
「そりゃ、今のはしなきゃだろ……流石に生命かかってるし、な」
キスティスとゼルはそんな風に囁きあうと、呆然としているSeeD達へ終了レポートを提出した者から退出してくれと伝えた。
苦虫を噛み潰したような渋い顔のスコール。
「スコールくんはご機嫌ななめですねぇ〜。どうしたのかなぁ?」
そんなことをうそぶきながらスコールの髪を撫でているのは、スコールの機嫌を悪くしている張本人、リノア・ハーティリーだ。
さて一体何が起きたのか。
「気持ち良くな〜い? 膝枕」
「…………」
スコールの現在地、リビングスペースのラグマットの上。
ふわふわのラグマットはスコールの数少ない私物。万が一力尽きて床に倒れ込んでも不快でないように、と敷いたものだが、今では正しく寛ぎのスペースになっている。そこでスコールは、リノアの膝枕に頭を預けている、のだが。
これがまた、非常に苦痛な訳だ。
(拷問だ……!)
いや、感触だけなら正に天国。適度に肉の付いた太腿は柔らかくてとても気持ち良い。これで雪崩込めたら言うことなしなのだが……悲しいかな、本日は女性ならば月に一度はあるお触り厳禁期間の真っ只中。膝を撫でるくらいなら許してくれるだろうが、自分の方がしんどいからやらない。
リノアが吹き出した。
「もぅ、やーね。スコールったらえっちい〜」
「っ、読むなよ!」
スコールはがばっと身を起こして抗議した。リノアはくすくす笑いながら、スコールの胸をつつく。
「だって仕方ないじゃないの。スコールがそればっかり考えてるから、わたしに伝わっちゃうんでしょ?」
そう言われては反論の仕様もなく、スコールは紅くなった顔でリノアを睨み付るしかないのだった。