導きの光

Act.8 和解


 あの後、いち早くパークを封鎖したティンバー警察に因って、誘拐事件の実行犯は一網打尽にされた。キアラの証言から「ボス」が捕らえられるのは時間の問題だろう。
 SeeD達が事後処理に勤しんでいる間、スコールとキアラはティンバー警察で事情聴取を受けていた。
 父親に抱かれて大泣きしてすっきりしたキアラは、妙に興奮して2人の逃避行のことを捜査官に話したらしい。
 対して、スコールは何を聞かれても殆ど話さなかった。治療の終わった身体を父に寄り掛からせ、むっつりと押し黙っている。彼が話したのは、「何か変な所で泣いてるから、ほっとけなくて引っ張り回した」、とただそれだけ。捜査官が突っ込んで聞き出そうにも、幼い子供であり怪我人の彼に強くは出れない。本来の彼の姿がバラム・ガーデン自慢の筆頭SeeDだということを、捜査官はついぞ知ることはなかった。
「本当だよ? スコール、ちっちゃいけどかっこよかったんだから!」
 遠くから童女の声が聞こえてくる。それを聞いたラグナは小さく笑った。
「キアラちゃんにとっては、スコールは王子様だな」
「…………」
 怖い思いをしたからか俯いたままのスコール。ラグナは肩を抱き寄せ、とんとん、とあやすように叩く。
「本当、良かったよ。お前が無事で。……しっかし、こんな心配するのこれで2度目だな」
「…………?」
 スコールが顔を上げた。
「今のお前は覚えてないよな。ほんの少し前、お前がオレの作戦に乗って、未来の魔女とバトルした時……1番最後に『現在』に戻って来たお前見て、オレは本当にぞっとしたよ。やっと会えたのに、お前はもう逝ってしまうのか、って。……マジで怖かった」
「……『やっと会えたのに』?」
 その下りに、スコールは違和感を覚えた。
 ラグナは一旦言葉を切り、唇を湿す。
「あのな、オレな、お前がちっちゃいときに、一度会いに行ってるんだ。絶対覚えてないよなぁ〜、だって2歳くらいのときだもんな」
 寂しそうに、ラグナは空笑いする。
「あの時はホント、辛かった。もう全力で泣かれてさ……ホント、連れて帰りたかったよ。ずっと抱いて、甘やかして、可愛がってやりたかった。でもそれはオレにとっては幸福でも、お前達にとっては幸福じゃあない。だから、必死で振り切って置いていったんだ。エスタが落ち着いたら、真っ先に行くつもりで、さ。
 それからはもう、必死になって仕事したよ。お前達に会いに行きたくて、迎えに行きたくて……だから必死に、片っ端からやっつけていったよ。でもさぁ、何でだろうな? そんな時に限って、仕事ってどんどん増えてくんだ。……いや、本当は、仕事を言い訳にしてただけなのかも知れない。気が付いたら、お前はもう10歳になるくらい、時間が経っちまってたんだ……」
 スコールは、いつの間にか俯いていた。沈黙が、2人の間に落ちる。
「……それで?」
 ややあって、スコールがぽつりと呟いた。
「それで、どうして来てくれなかったんだ?」
「どうして、って」
 ラグナはばりばりと頭を掻いた。
「すぐに迎えに行くって約束したのによ、もう大分時間が経ってる、って思ったら怖くなっちまってさぁ……どのツラ下げて会いに行くんだよ、って……」
 口許を拭って言葉を探す。そんな自分を、ラグナは情けなく思った。何を息子相手にカッコつけようとしてんだ、オレは!
「……怖かったんだ、お前に憎まれるのが。好かれなくても良い、嫌いだと言われても仕方ない。だけど憎まれるのだけは、どうしても耐えられなかったんだ」
 両膝に肘を突き、ラグナは項垂れて顔を隠す。
 さぁ、これで全て話した。後は断罪を待つのみだ。スコールは、どう判断するのだろう。
「……か」
 スコールの唇から、震えた小さな呟きが零れる。
 そして、ラグナをきっと睨み付け、はっきりと大きく口を開いた。
「馬鹿!」
 その蒼眸が、見る間に潤む。
「そんな理由で俺はほっとかれたのか! そんなくだらない理由で?!」
 声を聞き付けた仲間達は、そろりと2人がいるレストスペースを覗き込んだ。
 投げ付けられたのだろう帽子を手に、おろおろしているラグナがいる。
「く、くだらない、って……」
「くだらないだろうがどう考えても! てめぇの息子に怒られるのが恐くて顔出せなかっただぁ? ふざけるな!!」
 スコールは立ち上がり、力の限り声を上げた。幼い甲高い声の向こうに、「現在」の彼が垣間見える。
「あんた何者だよ!」
「あ……えっと……」
「えっと、じゃないだろ! 俺の何なんだよ!」
「親、のつもり、だけど……」
「つもり、ってじゃあ何?!」
「い、いや、そういう意味じゃなくて、その、オレは、約束守れてない、し……」
「約束って?」
「『迎えに行く』って約束、守れてないし……だから、お前の父ちゃん、なんて言えねぇな、って……」
「じゃあ今、これは何なんだよ。俺の前にいるのは、何なんだ。何の結果だ?」
 その言葉に、ラグナははっと目を瞠った。
「スコール……」
 今にも溢れんばかりに涙を湛えた蒼眸。鋭く自分を睨み付けてはいるが、その奥に見え隠れするのは、紛れも無く「甘え」だった。
 ――さぁ、俺の望む言葉を寄越せ。
 そう言わんばかりの、視線。
 ラグナは、初めて自分から手を伸ばしてきた息子を本当に愛しく思った。
「……15年振り、だな。父ちゃん、やっと迎えに来れたぞ」
「遅いよ、馬鹿」
 目許を乱暴に拭い、悪態をつくスコール。
「散々待って、待ちくたびれていろいろ忘れた。どうしてくれるんだ」
「わりぃ、ホント……赦して、くれるか?」
「赦さない」
 ふいっと息子にそっぽを向かれ、ラグナは途方に暮れる。
「……あんたは、一生かけて俺に償うんだ。そうでなきゃ、赦してなんかやるもんか」
 ぼそぼそと、何かの言い訳のようにスコールは呟く。
 ラグナはきょとんとし……やがてその意味を理解すると、穏やかな笑みをその顔に浮かべて手を伸ばした。
「スコール、それ罰でも何でもねぇよ〜。だって、オレがお前を一生かけて愛するのは、当然のことだろ?」
「…………」
 あっさり意図を見破られたスコールは、苦虫を噛み潰したような顔で抱き上げられていく。その顔は、耳まで真っ赤だ。
 皆と一緒に隠れて見守っていたリノアは、ほっと胸を撫で下ろした。
「どうなることかと思った……」
「まぁでも、収まる所に収まった、って感じね。15年もかかって、だけど」
 苦笑するエルオーネ。
「スコール、良かったよね。ラグナ様と仲直り出来て。最高の誕生日プレゼントだね!」
「誕生日? ……あぁ、そうか。明日か、23日って」
 セルフィの言葉に、アーヴァインは今更に思い出して手筒を打った。そうだ、当初の計画では、明日から暫く休ませる手筈だったのだ。
 ゼルが頭を掻き、キスティスを見遣る。
「でもよ、どうするんだ? ヤツの『夏休み』」
「そうね……始めに決めた通り、少しの間休んでもらいましょ。何と言うか、リハビリも必要でしょうし。ね、皆」
 キスティスが悪戯っぽくウインクすると、皆心得た様子で頷いた。キスティスは満足げに頷き返すと、「さて」と何事もなかったかのようにレストスペースへ顔を出した。
「お待たせ! スコール、ラグナさん」
「おー、お疲れさん、キスティス」
 ラグナがひらりと手を振ると、スコールも真似するように手を挙げる。
(……あら?)
 錯覚だろうか。スコールの身体が、少し大きくなっているように思える。昨日までは自称5歳の割に小さいと思っていたのに……。
「遅くなってすみません」
「いやいや、それがお前達の仕事だろ?」
 ラグナはそう言って、スコールを抱いたまま立ち上がった。そして当然のように彼を肩車する。スコールは慌ててラグナの頭にしがみついた。
「もう帰れるの?」
 皆が先刻のやり取りを聞いていたとは知らないスコールは、無邪気を装って首を傾げて問う。キスティスは微笑んで頷いた。
「えぇ。もう遅いから、晩御飯を食べてから帰りましょうね。ねぇ、皆」
 キスティスの提案に、皆から歓声が上がる。
「よっしゃ〜! 俺もう腹減って腹減って」
「ゼルって年がら年中『腹減った』って言ってな〜い?」
「格闘家ってのはそんなもんだ!」
 セルフィの突っ込みに威張って答えるゼル。ぱっと笑い声が広がる。
 リノアはくすくす笑いながら、スコールを振り返った。
「スコールは何が食べたい?」
「あ……っと……ぼく、ハーシィズキッチンのメイプルトースト食べたい!」
 スコールはティンバーきってのファミリーレストランの名を挙げる。リノアは苦笑した。
「もう、スコールったら! 晩御飯の話をしてるのよ?」
「え〜、……ダメ?」
 おねだりをするようなスコールの声色に、ラグナは肩を揺すって笑う。
「ったく、しゃーねーなぁ。今日だけだぞ? ほら、皆も行こうぜ。今日はおじさんの奢りだ!」
 その一声に、子供達から歓声が上がった。

 バラム・ガーデンに帰り着いた頃には、時間は既に夜半近くになっていた。
 皆それぞれの部屋に帰り、「Leonhart」のプレートがかかった部屋には、スコールとラグナの2人きり。
「やっぱ、夏だな。夜になってもあちぃや」
 空調が程良く効いた部屋でそう嘯きながら、ラグナはスコールの髪をタオルで拭いていた。スコールはされるがまま……どころか、気持ち良さそうに目を閉じている。
 その顔が、不意にしかめられた。
「いてっ」
「うぉ、わりぃ」
「あんた、何度俺の髪を引っ掛けたら気が済むんだよ。そのブレスに」
「へへ……ごめんごめん」
 そうは言いつつも左手首のブレスレットを外そうとしないラグナ。スコールは不満げに鼻を鳴らし、また父に寄り掛かる。
「そういえば、さ……」
「ん?」
「俺にずーっとジャムを贈ってきてたの、あんただよな?」
「おぅ」
「ということは、ペンダントも贈り主はあんただよな」
「そうだなぁ」
 意味がわからない訳でもないだろうに、ラグナはのらりくらりと核心を外す。
「……俺、どこの誰からか知りたくて、ブランド調べて質問状出したことあるんだ」
「へぇ〜。んで、返事返ってきたか?」
「プライバシーの問題があるんで名前は言えないけど、コンビのアイテムをばらばらに送れっていう妙な注文だったからよく覚えてる、って教えてもらって……だから、あのペンダントの贈り主が、コンビのブレス持ってると思ってる。それを、確認したいんだけど?」
 首を回さないままこちらを見る息子に、ラグナは苦笑した。
「オレ、こいつ外したくないんだけどなぁ」
「外さなくても見せれるだろ。寄越せ」
 スコールは有無を言わさずラグナの左手を掴んで引き寄せた。齢を重ね、往時よりもやや衰えているとはいえ、その腕と頼りない幼い手を見比べると、まるで丸太と小枝だ。
 ラグナの左手首にはめられているブレスレットは、軍が使用している認識票に良く似ている。だが良く見れば、チェーンこそ無骨なものの、プレートにはブランドのロゴマークにもなっている「Sleepin’ Lion」が刻まれた逸品だとわかる。そしてそこには、ある人物のデータが刻み込まれていた。
「………………」
 スコールは半眼のひどく呆れた顔で、持ち主を見上げた。そしてこれみよがしに溜息をつく。
「あーははは、見つかっちまったー」
「こんなことしてる暇あるなら、さっさと迎えに来いよ」
 けろっとしているラグナに、スコールはぺっと手を投げ、むくれてみせる。
 ラグナは乾かし終わった息子の髪を、やわやわと手で梳き散らした。
「薄情モンだよなぁ、オレ。こんなやつが可愛い息子さん覚えとこうと思ったら、こんなんでも足んねーみたいなんだよ」
「よく言う」
 ラグナは、確かに「父親」だった。決して長くない半生の内で、これ程までに愛おしまれた記憶はスコールにはない。そしてこの父は、生涯自分に情を注ぎ込んでくれるのだろう。その情を、人は「無償の愛」と呼ぶ――。
 いつか、自分も次の世代にそれを受け渡すようになるのだろうか。そんな未来は近いようで遠いようで、まだよくわからないけれど。
「なぁ、スコール。明日はどうする? バラムの町でもぶらぶらするか?」
 ラグナが嬉々と声を上げた。だがスコールは、頭を振る。
「……いや、明日はもうどうもしない」
「お? 何で?」
「この姿でいるのは、多分今日が最後だ。そんな予感がする」
「……そっか」
 スコールの言葉には、最早子供の雰囲気は残っていない。ラグナは寂しげに返し、髪を掻き上げた。スコールはちらりと彼を見ると、胡座を掻いているその膝に乗り上がる。
「俺だって、寂しいよ。……もっと甘えたかった」
 気まぐれな猫のように擦り寄るスコール。まるで、これが最後だ、とでも言うが如く。
 ラグナはその背を優しく抱く。
「なーんか、勘違いしてねぇ? お前は、いつでも甘えてきて良いんだぞ。だってお前は、オレの可愛い息子さんなんだから」
 擦り寄った胸から響く深い声。スコールは思い切りしがみついた後、そろりと身体を離した。
 ラグナは優しい笑みを浮かべ、スコールをそっと支える。
「忘れないでくれ、スコール。お前は、オレの大切な宝物だ。そして、お前はいつまでも、オレの可愛い小さな赤ちゃんなんだぞ」
 スコールは微かに唇を開く。だが、言おうと思った言葉は喉から出て来る前に霧散し、代わりに何かの感情がその頬に甘い笑みを作らせた。
 ラグナは満足げに微笑うと、一度ぎゅっと抱き締めて立ち上がる。
「さ、もう寝ようぜ。明日は早くないって言っても、ゆっくり寝れるに越したこたないからな」
 スコールはそっと手を伸ばした。にやりと笑うラグナ。
「こーの甘えんぼ」
 幼子を抱いて寝室に入る。親子としては何気ない、他愛ないその動作が、今の2人には何よりも愛おしい。
「……これで、抱き締めるのも最後かぁ」
 ベッドに降ろす寸前に、ラグナが名残惜し気に呟いた。スコールは器用に片眉を上げる。
「あんた、先刻自分が言ったこと忘れたのか」
「あ?」
「俺はいつまでも、あんたの子供なんだろ」
「……うん。うん、そうだな」
 言外に込められた意味を悟り、ラグナは気恥ずかしげに苦笑した。
「それに、嫌でもいつか、また逢える」
 目線を外し、スコールは言う。
 変な言い方をしたが、言いたいことはラグナに伝わった、と思う。いつかそんな日が来るだろうか。いつか――彼女と俺の子供を、抱かせてやる日が。
 急に恥ずかしくなったスコールは、ばりばりと頭を掻いてTシャツの裾を上に引き上げた。
「って、何。脱ぐのかお前」
「多分朝には元の姿、だからな……俺の、予測が正しければ、明日の朝7時半くらいには戻ってる、と、思うっ」
 苦労して頭を引っこ抜き、丁寧にシャツを畳むスコール。それを取り上げ、ラグナは首を傾げた。
「どこから出てきた? その数字」
「人間の脳って、誕生日の朝7時だか7時半だかに周波数が変わるらしい。よくは知らないが」
「へぇ〜、成程なぁ」
 あっさりと納得するラグナ。
 ……それにしても、風呂上がりから大分経って服を脱ぐというのは、ある意味間が抜けた話である。スコールが子供には広いベッドを這ってブランケットを取ると、ラグナはそれを引き上げて頭から被せた。スコールは不快そうに小さく唸り、ブランケットから顔だけ出してくる。
「子守歌でも歌ってやろうか?」
 ラグナがからかうように問うと、意外にもスコールは素直に頷いた。ラグナは僅かに目を瞠ったが、それは瞬く間に慈しみに取って代わる。
「そっかそっか、よしよし。じゃあスコールが眠るまで歌ってやろうな」
 スコールはどんなものでも甘んじて受け入れようと内心覚悟を決めた。
 だが予想に反して、ラグナの唇からは静かな優しい旋律が零れ出す。後にリノアに聞いたところによると、ガルバディア辺境に伝わる古い子守歌だという。
 スコールの目蓋が、とろとろと落ちてくる。リノアと過ごすとき以外でこれほど安らいだ気分になったことなど、今まであっただろうか?
「おやすみ、スコール。善い夢を」
 額に何か柔らかいものが掠め、スコールの意識は温かな闇へと沈んでいった。

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