奇妙な、あるはずのない親子の生活が始まった。
ラグナは勿論、彼を思う存分甘やかした。抱き上げては愛しみ、請われれば存分に遊ばせる。
幼子も、この父親に懐いていた。時を惜しむかのように、一心に父を慕う。
実は誰もがラグナへと不安を抱いていたが、あにはからんや、幼子を世話するラグナの手際は意外と良かった。エルオーネの経験での慣れもあるのか、幼子へと細やかな気遣いを見せる。幼子も当然のように、それを受け入れていた。
――だが、決して見られなかった行動が、ひとつだけ存在する。
それは、スコールの側から手を差し出すこと。
時折セルフィと組んで些細な悪戯をしては皆の笑みを誘う幼子は、決して自分からはその温かい手を求めようとはしなかった。
当然、ラグナだって気付いていただろう。
だが彼は、決して無理に甘えさせようとはしなかった。
三日目の朝。
スコールが目を醒ますと、部屋にリノアがいた。
「あ、おはよう」
「おはよ……」
反射的に挨拶を返した後、スコールは不安げに部屋を見回した。
「……パパは?」
「うーん、ちょっと前までスコールが起きるの待ってたんだけどねぇ」
リノアが申し訳なさそうに苦笑し、幼子の目線に自身を合わせる。
「パパね、急にお仕事が入ったんだって」
「……お仕事?」
「あ、でもね、お昼くらいには帰ってくるって。『超特急で終わらせてくるぜ〜!』って!」
ラグナの真似をするように大仰な動きをしてみせると、スコールはくすくす笑った。
「だからね、お昼までお姉ちゃん達と一緒に待ってよう。何して遊ぼうか?」
……とは言ったものの、こういうときに限って何もかもが重なることがある。
「スコール、ごめんね? すぐに片付けるから!」
無線電話で司令室に呼び出されたリノアは、スコールを本来の定位置に座らせて書類に目を通し始めた。最早皆慣れたもので、最初は小さなスコールの姿にとても驚いていた司令室の面々も今は落ち着いていた。
スコールは小さなテディ・ベアを抱っこして、足をぶらぶらさせている。目を転じれば、皆一様に忙しそうにしていた。
何か起こったのだろうか? 連絡を取り合う電話の音。資料と書類の散乱する音。ばたばた走り回るSeeD達。
スコールは椅子を降りた。カララ……というキャスターの音が耳に留まり、リノアは顔を上げる。
「スコール、どうしたの?」
「お外行ってくる」
スコールは閉じられたままのドア前に立つ。ドアのセンサーは小さな彼を感知出来ない為、彼が外へ出るには誰かが出入りするのを待つしかない。
そこにちょうど、ニーダが慌ただしく駆け込んできた。彼は書類の束の上下をそれぞれ押さえていて、幼子の姿は全く目に入っていない様子だ。スコールはきゃっと小さな悲鳴を上げ、慌てて脇に跳び退いた。
「おっと! あぁ、ごめんよスコール。大丈夫か? おれ、蹴っ飛ばしてないか?」
「大丈夫」
スコールは深く頷き、廊下ヘ出た。
「どこに行くんだい?」
「お散歩行ってくるの」
「1人で? 誰か一緒じゃなくて良いのか?」
スコールは少し考えてから、抱っこしていたテディ・ベアを両手で持ち上げてニーダに見せた。
「くまさんいるから、大丈夫。いってきます」
「あぁ、うん。いってらっしゃい」
ニーダは微笑み、書類の上の指先をうごめかせる。手を振ったつもりだ。
スコールも小さく手を振り返し、司令室から出ていった。
「……どこ行くつもりかなぁ?」
様子を見ていたセルフィが、見渡すように手をかざして幼子の背を見送る。キスティスは肩を竦めた。
「さぁね……まぁ、ガーデンから出なければ安全だし、大丈夫じゃないかしら? 夏休みだからって無人ではないし、誰かが見ていてくれるでしょ」
「そうだね〜」
こう言っては何だが、幼子ははっきり言って邪魔、だった。司令室にいたままだったら気になって仕事どころではなかったろう。
何故なら、セルフィやキスティスにとって、彼は可愛くて仕方ない存在だからだ。時間が許すのなら、膝に抱き上げて頬擦りして、その心を慰撫してやりたい。彼は大事な「兄弟」であり友人だ。そうでなくても、あの年頃の何も出来ない子供というのは、庇護欲をそそる。
ともかくもスコールはこの部屋を出ていった。SeeD達は、また仕事に戻る。
ぺたぺたとサンダルを引きずって、幼子は廊下を歩く。
腕には柔らかなアプリコット・オレンジの毛並みを持つ小さなテディ・ベア。これは、スコールのクローゼットにほったらかしにされていた箱――身一つでガーデンに入ったスコールの財産といえば、クローゼットの中のたったひとつの箱だけだ――の中にあったのだという。リノアがスコールに着せる服を探していて、偶然見つかったらしい。入学以前の記憶が殆どないスコールには出所などわからないし、まして今なら尚更だった。
「…………」
幼子は何の感慨もなく天井を見上げた。3階まで吹き抜けになっているガーデンの中には、音高く水音が響く。
バラムは海に囲まれた国だ。だが内陸部のガーデンには潮騒はあまり届かない。その代わりのように、さやさやと流れる水が生徒達を見守っていた。
だが、幼子の脳裏に浮かんだのは――。
(…………雨)
記憶の中の雨音と目の前の水音が重なって、彼の気持ちを掻き乱す。幼子は逃げるように回廊を駆けた。
円環に、出口はない。ぐるぐると同じところを廻り続けるその様は、彼の心の有り様とよく似ていた。
どこに行けば良い? 図書室、駐車場、訓練施設、学生寮、食堂、校庭、保健室……。とにかく外に出たかったスコールは、校庭へと足を向けた。
台風が世界を洗い流し、暑さをいや増した空気が幼子を包み込む。
あぁ、でもここも水音がする。スコールは静けさを求めて更に進んだ。確か、土が剥き出しになっている運動場がこの先に再建されたはずだ。そこなら蝉の声はしても水音は聞こえまい。日蔭を求めるのに苦労するかもしれないが。
日向に出たスコールは、空を少し見上げて目を細めた。驚くほど蒼い空に、うるさいくらいの蝉の声が響く。
そこに、風を切る音が混じっていると気付いたのは、少ししてからだった。
「?」
スコールは音の出所を探して辺りを見回す。
視界の端に、ちらりと光が閃いた。金属の反射のようだ。
(閃光……反射……ブレード?)
少なくとも、ソードやナイフの類ではない。光を追って視点を定めると、大柄な、上半身を曝した男が、これまた大振りの剣を振り回している。
スコールは惹かれるようにそちらへと歩を進めた。
ビュン! 大気が引き裂かれ、風が巻き起こる。スコールはまともにそれを受け、目を丸くして肩を聳やかせた。
「おわっ!」
剣を振り回していた男が、幼子を目にして慌てて刃先を背に回す。
「あ、危ねぇだろお前! いつからそこにいた?」
金髪に碧色の瞳を持つその男――サイファーは、頭を心持ち下げて幼子へと問い掛けた。幼子は呆然とサイファーを見上げている。
サイファーは片眉を上げ、剣を肩に担いだ。
「お前、見ない顔だな。どうしたんだ?」
「あ、えと……」
「親父さんらとはぐれたのか。よしよし、んな不安そうな顔すんな。大丈夫だからよ」
しゃがみ込んだサイファーはそう言うと、幼子の頭をわしわしと撫でた。
「……? どうした、坊主」
「それ……何?」
「ん? こいつか?」
剣を持ち上げて軽く振り、サイファーは幼子に示す。刀身が陽光を弾き、つややかに煌めいた。
「こいつは、『ガンブレード』って言うんだ」
「ガンブレード」
「興味あるのか?」
スコールは頷く。サイファーは、刀身を地に刺してスコールを引き寄せた。うっかり触って怪我をされてはたまらない。
「でかいだろ。こいつはな、重い上に扱いが難しいんだ。だから、しっかり身体を鍛えて、とても練習しないと使えない」
「へぇ……お兄ちゃん、強いんだ」
「だったら良いな」
その言い方に、スコールは首を傾げた。サイファーは秘密めいた笑みを見せ、ガンブレードを見遣る。
「面と向かってなんか絶対言ってやらねぇけど、1人だけ、間違いなく俺より強いって認めてる奴がいる」
「どんな人?」
「今、俺の指導役のSeeDだ。そいつもガンブレードを使うんだよ」
「強い?」
「……強いな。俺のハイペリオン――こいつな、こいつはオートマチックタイプって言って、撃鉄を起こす手間がない。でも奴は、マニュアルタイプの手間がかかるガンブレードを使うんだ。悔しいけどな、あいつは強いし、カッコイイ」
こんなこと言ったの、奴には内緒だぞ。しーっ、とサイファーが指を口許に立てると、幼子は神妙な顔をして頷いた。
サイファーはにかっとがき大将のような豪快か笑顔を見せ、空を仰ぐ。
「もう昼か……よっし、食堂にでも行くか! お近づきの印ってやつだ、何が食いたい?」
言うが早いか、サイファーはベンチに放り出していたTシャツを被ると、幼子をひょいと持ち上げた。
「え……」
スコールはそれはもう驚いた。何せ一瞬にして視界がうんと高くなったのだ。サイファーはハイペリオンを腰のホルダーに納めると、肩に載せた幼子の脚を捕まえる。
「アイスでも食いに行くぞ。……そうだ、お前名前は?」
「……スコール」
「ふぅん? ……ここいらじゃ珍しい名前だな。俺はサイファーだ、よろしくな」
何か気付いた風のサイファーだったが、彼は何も言わずにぽんとスコールの脚を叩いて、颯爽と歩き出した。
「あら、サイファー」
「よぉ、先生」
そろそろ昼食時だ。スコールを探していたキスティスは、食堂の前で当の本人を肩に担いだサイファーと行き会った。
「スコールの相手をしててくれたの? ありがとう」
キスティスが微笑んで礼を言うと、サイファーは鼻を鳴らす。
キスティスは幼子に向かって手を差し延べた。
「さ、いらっしゃい。リノアが探していてわよ」
「パパ帰ってきた?」
「もうちょっとみたい。ご飯食べて、良い子で待っていましょうね」
唇を尖らせるスコール。
「スコール」
キスティスがたしなめるように語調を強める。スコールは不承不承背を屈めて手を伸ばした。が、それは届かない。サイファーが、半身を翻したのだ。
「別に無理に降ろさなくても良いだろ、先生。ほら、食堂行くぞ」
キスティスはきょとんとした顔で、ずんずん進んでいくサイファーの背中を見つめた。
(……意外と、良いお兄ちゃんぶりじゃない)
くすりと淡い笑みを浮かべ、キスティスは彼らを追って食堂へ向かう。
「あ、スコール!」
ぱたぱたと走り寄ってきたリノアを、サイファーは半眼で睨む。
「…………おい、俺は丸無視かよ」
「あは、ごめん♪」
リノアは合わせた両手を頬に添え、可愛らしく謝る。
「お姉ちゃん、パパは?」
「それがね、お仕事もうちょっとかかりそうなんだって。スコールに、先にご飯食べててって伝えて欲しいって言ってたよ」
「…………そっかぁ」
気落ちした様子のスコール。その顔が、何とも寂しそうで。
「……ほら、元気出せ! 何か美味いもん食って、親父さんに自慢してやれよ」
「ん……」
サイファーはスコールをリズミカルに揺すり上げ、発破をかけた。
隣を歩くリノアが、スコールの膝を優しく撫でる。肩か手を撫でたいところだったが、サイファーとリノアの身長差はかなりあるし、スコールの両手は塞がっていて掴めなかった。
「何食べよっか? スコール」
「…………」
視線がふらりと室内を彷徨う。
「…………あれ」
「お?」
「あれ、食べたい」
テディ・ベアと手をつないだまま指し示したのは、食事に選ぶには明らかにおかしなものだった。
「ス、スコール、あれはジャムよ? あれだけで食べるものじゃないわよ?」
キスティスが狼狽した声を上げる。
「でも、あれが良い。……あれ、ぼくのでしょ?」
その言葉に、リノアはさっと視線を向けた。
スコールが指し示しているのは、「アリーテ」製のミルクジャムだ。かつてとは多少デザインが異なってはいるが、ぱっと見た限りではスコールの部屋にあったジャムポットとよく似たラベルが貼られている。
「……あぁ、うん。じゃ、おばさんにトースト焼いてもらおうか。焼けたら司令室に戻ろうね。人増えてきちゃったし」
リノアはにっこりと笑い、ジャムを手にしてカウンターの奥に呼びかけた。
(……何か、考えた方が良かったかもしれない……)
トーストついでに菓子パンをいくつか買い込み、司令室横の会議室にて昼食と相成ったのは……30分程前である。
幼子の食事は遅々として進まない。
口の大きさに対して、パンが厚過ぎるのだ。しかも彼は先に耳を殲滅しようと考えているようで、いつまで経ってもジャムに辿り着けていなかったりする。
「スコール、耳切ってきてあげようか〜?」
見かねたセルフィが問い掛けると、スコールは小さく頭を振る。
「良い。食べる」
「美味しいところ食べる前にお腹いっぱいになっちゃうかもしれへんよ?」
スコールは少し考えているようだった。ばつが悪そうな視線が、上目気味にセルフィとリノアを見る。
セルフィは笑顔を返した。
「よっし、じゃあすぐ切ってくるから、リノアお姉ちゃんと一緒に待ってるんやで」
小さな頭がこくんと頷くと、セルフィはトーストを皿ごとを持って出ていく。
その時、司令室の電話が鳴った。リノアはすぐに止まると踏んでいたが……誰も出る様子がない。
「……んもぅ、こんなときに誰もいないの?」
焦れたリノアはがたりと立ち上がって司令室へ向かう。後に残された幼子は、暫し会議室の出入口を見ていた。リノアが戻ってくる気配はない。
スコールの視線が、テーブルを彷徨った。置かれているのは、パックのオレンジジュースと、食堂から持ってきたミルクのジャム。
幼子はジャムの瓶を手元に引き寄せた。力を込めて蓋を開けると、甘い匂いが鼻を擽る。
指先を瓶に入れる。とろりとした蜜が指に絡む。それを口に入れると、甘さが喉にしみた。
(甘い)
もっと。
もっと、食べたい。
もっと、もっと、もっと!
――だが、口にすればするほど、飢え渇いていく。
それでも幼子は手を止めない。止められない。何度もミルク色のそれを指先に付け、舌になすり、唾液と共に飲み下す。
掌に白い筋が伝う。ぱたりと小さな音を立て、テーブルに水玉模様が描かれる。幼子はピンク色の舌先で、神経質的な丁寧さで舐め取っていく。その様子は、幼子の優しげな顔立ちと相俟って、見る者に倒錯的な性行為を思い起こさせた。
「……オレ、あれ見たことある」
キスティスとエルオーネを連れて食堂から戻ってきたゼルは、戸口からスコールを見つめてぽつりと呟いた。
「スコールとライナスが同室だった頃だから、11か12の時かな。オレ、ライナスとバラムに行こうと思って、あいつらの部屋行ったんだ。ライナスが、スコールも誘おうって、あいつの部屋覗いて……」
ゼルは鼻をすすった。目は、スコールから逸らされることはない。キスティスがゼルの背に手を伸ばす。
「……あいつ、今みたいにジャムをそのまま食ってたんだ。ぼーっとした顔で、ひたすらスプーン動かしてて……」
「ゼル」
「……オレ、オレ酷いよな。あの時『気持ち悪い』って思っちまったんだ。気味悪いって、関わりたくないって思っちまった。
こんなこと言っても遅いけど、今更だけど、あの時何か声かけてやれてたら、今あいつあんなに苦しい思いしなくて済んだんじゃねぇのかな。もっと楽に、生きてけたんじゃねぇのかなぁ?」
ゼルの顔が、苦しげに歪む。涙の粒が、一滴だけ頬を伝った。
「……そりゃ、しゃーねーよ。だってお前、その時はまだスコールとダチじゃなかったんだろ? ゼル」
唐突に、彼らの背後から男の声がかかった。3人が振り返ると、そこにいたのはリノアとラグナ。そう、先刻の電話は内線で、ラグナの到着を報せるものだったのだ。
「ダチじゃないヤツ気にかけるなんて、なかなか出来ることじゃねぇよ、気にすんな」
「でも、」
「今はお前、スコールのダチなんだろ? だから今、そんだけあいつのこと心配してやれる。それで良いじゃねぇか。な?」
ラグナはぽんぽんとゼルの肩を叩き……苦い笑みを浮かべる。
「……オレの方が、酷いヤツだぜ? 何せオレは、あの子が2歳になるまで、無事に生まれてきてくれたなんて信じちゃいなかったんだから、な」
ラグナはそう言うと、何事もなかったかのようにキスティスを振り向いてスプーンと布巾の在りかを聞いた。キスティスは給湯室に急ぎ、濡らしたハンドタオルとティースプーンを手渡す。
「こらー、スコール! なーにしてんだ、べっとべとじゃねーか」
ラグナはさも今しがた来たかの如く、大袈裟な声を上げた。幼子はびくりと身体を震わせ、瓶から手を離す。
その動きにラグナは苦笑し、スコールの前に膝を突く。
「ほら、お手々出しな。綺麗にしよう」
幼子は怖ず怖ず手を差し出した。ラグナはその小さな手を丁寧に拭き清めていく。
すっかり綺麗にしてしまうと、ラグナはゆっくり立ち上がり、スコールの両脇に手を差し入れた。戸惑う幼子を尻目に、ラグナは彼を抱いて椅子に腰掛ける。
「これ、気に入ったか?」
スプーンを持った手で瓶を回し、ラグナはスコールへ問う。スコールは小さく頷いた。ラグナはそっか、と微笑う。
「じゃあ、ご飯の続きしような。……ほら」
ジャムを載せたティースプーンが、小さな唇に触れる。幼子は薄く唇を開き、押し込まれるスプーンを受け入れた。
口をゆっくり動かして、その一口を味わう。不思議なことに、先刻よりも甘く感じた。
また、一口。更に一口。
スコールは、何かが胸の内に溜まっていくような感覚を覚えていた。と同時に、何かが沸き上がるのを感じていた。幼子のまろい頬を、温かな何かが伝う。
ほろほろと零れる涙は止まる気配を見せない。だが、その瞳は曇るどころかどんどん澄み渡っていく。
――まるで、春の雨に洗われた青空のように。
何時しか、彼は当たり前のように口を開いてラグナの運ぶスプーンを待っていた。ラグナも当然の如く、待ち構えるその口にスプーンを差し入れ、息子がその一口を飲み込むまで見守る。
ふと、とろり、と幼子の瞼が落ち始めた。
「さぁ、これで最後だぞ」
夢現で最後の一口を飲み込んで、スコールはすっかり目を閉じた。ラグナはスプーンを置くと、愛おしげにその身体を揺する。
司令室で息を詰めていた面々は、ホッと胸を撫で下ろした。
「片付けますね」
「サンキュー、リノア。……そうだ、こいつが起きて、何か強請るようなら食わせてやってくれるか? こんなんで腹一杯なワケないからよ」
「はい、勿論」
リノアは微笑んで頷く。
そのとき、司令室に風が舞い込んだ。
「ごめぇん、食堂混んでて遅くなっちゃった〜!」
漸くのセルフィ登場に、皆は苦笑いを零す。セルフィは構わず、皆がたむろしている会議室の出入口に首を突っ込んだ。
「あや、ラグナ様! お帰りなさ〜い」
「おぅ、ただいま」
「スコールはどうしたの〜?」
「さっき寝ちまったんだ」
無垢な赤子のように、安心しきった顔で 幼子は眠っている。ラグナはそれを、ゆったりと揺すっていた。
「幸せそうな顔しちゃって」
ぷに、とセルフィが頬をつつくと、スコールはきゅっと眉根を寄せて身じろぐ。セルフィは慌てて手を隠して素知らぬふり。
「幸せ……か」
ラグナはスコールの寝顔を覗き込んだ。
「『幸せ』って、何なんだろうな。なぁ、皆。
……オレはさ、今、マジで幸せなんだよね。
18で軍に入って、この歳まで好きに生きてきて、良いことも悪いこともそれなりに経験してきた。収支はとんとんよかちっと悪かったかね〜。でも、じ……何だっけ、ジギョウ自得? ってやつだろ? オレの人生、なんだからさ。だから、レインと一緒になれなかったのも、自分のガキの成長も見守ってやれなかったのも、自分が受けるべき『罰』だと思ってた」
ラグナの目が、穏やかに細まる。
「それなのに、どうして……どうしてこの子はこんな姿をオレに見せてくれるんだろう。こんな可愛い姿を。見られないことこそが罰だと思っていたのに、そう思って諦めていたのに……これが、親として幸せでなくて何が幸せなんだ? だからオレははっきり断言出来る。オレは、世界一の幸せ者さ」
天を仰ぎ、大きく息をつくラグナ。その顔が彼にしては大人びて落ち着いて見える。それが見馴れた横顔に良く似ていて、皆は初めて、彼はスコールの父親なのだと思い知った。
ふと、小さな手がその頬に触れた。何かを確かめるように辿る指先に誘われ、ラグナは視線を腕の中に落とす。
「ん、何だ? どうしたんだ」
「……泣いてるのかと、思って……」
目を覚ましたスコールが、掠れがちの声で囁いた。
「んなワケないだろ〜。父ちゃんはな、世界でいっちばん幸せなんだからな〜!」
デレデレ笑いながらがっちりと抱き締められ、スコールは目を白黒させる。
誰かが吹き出したのを皮切りに、皆の全開の笑い声が久々に部屋へ満ちた。