皆、彼の様子が何となくおかしいのには気付いていた。
何故指摘しないのか――それは、彼を信じていたからに外ならない。自分から話してくれる、と。
「……そうは思っていても、現実には話してくれないわね……」
キスティスが大きな溜息をついた。
「待つだけ、無駄なのかしら」
ゼルが苛立つように舌打ちする。
「なぁ、アーヴァイン! お前何か聞いてないのかよ」
アーヴァインは返答に困った。確かに彼は、聞くには聞いた。だが、それは自分から話して良いものではないだろう。彼はただ、肯定とも否定ともつかずただ肩を竦めるのみに留めた。
「……哀しいね。大事な友達がさ、こう、苦しんでるのわかっててどうにも出来ないって」
セルフィが切なげに呟く。キスティスがそっと、その小さな肩を抱き締めた。
「そうね。ただ待つしか出来ないなんて……寂しい」
寂しい。
力になってやれないのが。
苦しみを理解してやれないのが。
そして、こちらがどんなに慕っていると言っても、信じてくれないことが。
最後の最後で繋がりを諦めてしまう彼の気持ちが、仲間達には寂しかった。
スコール・レオンハート。
名の由来は誰も、誰からも聞いたことはないが、母親の姓なのは確からしい。「らしい」、というのは、ママ先生ことイデア・クレイマーが、彼の出生証明書をちらとしか見たことがない為だ。
「それももう、恐らくどこにもないのですよ」
キスティスとゼルにお茶を振る舞いながら、イデアはそう言った。
「第二次大戦のさなか、戦乱期でしたからね。書類なんてあっという間に焼失してしまったでしょう。私も、あの時以来目にしたことはありません」
ゼルは何となく寂しい気分になった。高々紙切れ1枚とはいえ、生まれた証が失くなるというのは少し哀しい。
イデアは苦笑いする。
「こんなことを言ってはミズ・レオンハートに失礼ですけれど……正直ね、よくもまぁあんなに弱々しい子が無事にこの世に生まれて来れたものだと思いましたよ、引き取った当初は」
「弱々しい、ですか」
キスティスに頷いて見せるイデア。
「今のあの子からは想像出来ないけれど、ね。とても小さくて、泣き声もそうで」
ちょうど、私の両手に少し余るくらいだったかしら。そう言って掲げたイデアの掌中は、確かに小さい。
「そんなに小さかったんすか、スコールのやつ!」
「ひと月あったかなかったかくらいの頃ですからね」
イデアは空想の赤子を優しく揺すった後、ふと何か思い出したように微笑んだ。
「そうそう、あの子のお姉ちゃんのエルオーネ。すごかったのよ?
初めて逢ったのは当時の村長さんのお宅だったんだけれど……あの子が泣き出すのであやしてあげようと思ったら、どこから見ていたのかエルオーネが飛んで来たの。とても恐い顔で、あの子が入っていた籠に張り付いて離れなくてねぇ」
2人は呆気に取られた。スコールがエルオーネにべったりだったのはよくよく覚えているが、その逆の時期があったとは。
「知らない顔だったから、人掠いと思ったのかもね。えぇ、エルオーネは最初からちゃんと『姉』でしたよ」
そう言って懐かしげに微笑うと、イデアは不思議そうに首を傾げた。
「……ところで、2人とも。どうして急にスコールのことを聞きたいだなんて言い出したのですか?」
「へっ? あ、や、その……」
急にへどもどしだすゼル。
「いえ、ふと皆の間で昔の話が出たんですけど……私、ちょっと懐かしくなって、ママ先生とお喋りしたくなっちゃって」
キスティスが気恥ずかしげにそう言うと、イデアはくすりと笑みを零す。キスティスがゼルを肘で小突いたのが見えたのも、理由の半分。
「そうですか。てっきりあの子に何かあったのかと思いましたよ。この間、倒れたと聞きましたし」
「別に何ともなかったっすよ、あいつ。ただ夏バテしたみたいで」
間髪入れず、ゼルが答えた。それが違和感を煽ろうものなのに、彼は気が付かない。
が、イデアは何も言わず軽く頷いた。
「そうですか。また何かあったら、教えて頂戴ね?」
2人はイデアの頼みを気安く承けると、墓穴を掘らないうちに学園長室を後にした。
「おいっ、先生!!」
そんな大声と共に、乱暴な勢いで司令室の扉が開かれたのは、夏真っ盛りのある日の晩。
「な、何だい急に?」
ドア近くのデスクに座しているアーヴァインが、面食らった顔で応じた。
サイファーは司令室内をぐるりと見渡した後、アーヴァインにギロリと視線を寄越した。
「おい、ナンパ野郎。先生は」
「『先生』? ……あぁ、残念だけどキスティはいないよ? 今さっき晩御飯行ったから」
アーヴァインは首を傾げた。この風紀委員長、一体何があったのやら。
「僕で良ければ話聞こうか? 伝言しておくよ」
「お前じゃ役に立たねぇよ。……でもまぁ、頼むわ。俺はこの後見回りがあるからな」
… … …
「よぅ、お2人さんよ」
夕飯時の混み合った食堂で、サイファーは目敏くスコールとリノアを発見した。
「あれ、サイファー。珍しいね、こんな時間にご飯? しかも1人?」
きょろりと目を丸くしたリノアに、サイファーはトレイを持ったまま肩を竦める。
「ま、たまにはな。昨日から風神達が里帰りしてるからよ。……ここ、良いか」
「お好きに」
スコールはいつもの通り無表情で、サイファーの顔も見ずに返した。リノアは一瞬眉根を寄せたが、サイファーが気にせず座ったのを見て胸を撫で下ろす。
「……?」
サイファーが、訝しげに片眉を上げた。
「お前、晩飯それだけ?」
彼が指差したのは、スコールの前にあるトレイ。そこにあるのは、半分消えたチキンドリアだ。
「どーした、お前。金欠か?」
スコールは頭を振る。彼の手元のスプーンは、器の中身をゆっくり掻き混ぜていた。
そして。
「……ごちそうさま」
スコールは、ひどく投げやりにスプーンを手放した。スプーンはからん、と器に落ちる。
サイファーは唖然として、自分のトレイを見た。本日の彼の夕飯は、大きなカツレツメインのプレートとパンが3枚、それにスープとサラダ。これでも、サイファーには足りないくらいだ。
「……スコール、もう少しだけ食べない? 身体、保たないよ?」
リノアが心配して問うが、スコールはやや俯き加減で首を横に振るばかり。リノアは小さく息をつくと、スコールの背を労るように撫でる。
「わかった。じゃあ、お腹空いたら教えて? ほら、この間スコールが美味しいって言ってくれたチーズケーキ、あれまだ残ってるから」
「ん……」
リノアの提案に生返事を返し、かたり、と立ち上がるスコール。
「先に戻ってる」
「ん、お部屋だよね?」
スコールは小さく頷くと、2人に背を向けて食堂を出ていった。
… … …
「……思ったより、重症みたいね」
アーヴァインに話を聞いたキスティスは苦い顔をする。
「このままじゃ仕事にも支障が出かねないわ。今のところは、大丈夫そうに見えるけれど」
失敗した(らしい)カウンセリングから数日、スコールは表面上、いつもの通りだった。だが今日アーヴァインづてに聞いたサイファーの目撃談が本当なら、早晩また彼が倒れるだろうことは想像に難くない。現状仕事に支障がないのは、あれから彼に派遣要請がないからだ。
とはいえ、彼に休暇を与えて気分転換(療養?)を促すことは出来ない。いつ何時派遣要請が来るかわからないし、制服教員がガーデンを出てしまって教師役も勤めなければいけないSeeDはいつでも人手不足。スコールのように、優秀かつ教員、あるいは免許取得試験の勉強中でない人間は貴重なのだ。
その時、司令室のドアが開いた。噂をすれば影か、と一同は身構える。
だが予想に反し、入ってきたのはリノアだった。
「あれ、どうしたのリノア?」
声をかけてきたアーヴァインに、リノアは軽く手をあげてみせる。
「スコールの忘れ物、取りに来たの」
「え〜? いいんちょに取りに来させたらいいじゃない」
セルフィが不愉快そうに目をくりくりさせる。
リノアは肩を竦めた。
「だって、司令室に来させたら仕事しかねないもの、今のスコールは」
「……仕事?」
リノアは頷く。
「何か、仕事を逃げ場にしてるみたいで。ほっとくといつまでも書類いじくってるから、だから今日は強制的に休ませることにしました……っと」
スコールの机をひっくり返し、リノアは「忘れ物」を手にした。それは――グリーヴァのペンダント。
皆は目を疑った。
「重たくて肩凝ったんだって。だから昼頃外して、忘れちゃった……って言ってた」
苦笑するリノア。
「ちょっと思ったんだ、私……後で司令室に入る為の口実に、これ置いてきたんじゃないかのな、って」
ちゃらちゃらと、彼女は手の中でグリーヴァを転がす。
「多分もう、聞いてるよね、サイファーから」
「……えぇ」
キスティスが頷いた。
「ちゃんと食べてないんですって? スコール」
「うん……こういうときって、どうしたら良いんだろうね。ただ、見守ってあげるしか出来ないのかな」
リノアも、皆と同じように悩んでいた。
「わからないんだよね、スコールのことが。理解が出来ないの」
「仕方ないよ。だって僕らはスコールみたいにキツイ思いしたことないからさ。それが、神ならざる身の限界、だよ。助けたくても、助けることなんて出来ない」
アーヴァインは突き放すように言う。ゼルが何か言いたげに唇を緩めたが、キスティスに袖を引かれて押し黙る。
「……でもさ、リノア。きみは、だから諦めるの?」
アーヴァインが意地悪く微笑う。
「理解出来ないからって諦めるんじゃ、以前のヤツと同じだよね〜」
リノアは唇を尖らせた。
「アーヴァイン、何が言いたいの。誰が諦めるかっていうのよ」
アーヴァインはどこか満足げにリノアを見遣る。
「あんなスコール、独り置いとけない。皆がどれだけスコールのこと好きで、大事に思ってるか教えてあげないと。スコールが思ってる以上に皆から好かれてるのに、こんなこと知らないで生きてくなんて哀しすぎるもの」
「時間、かかるだろうね。ひょっとしたら一生無理かもよ?」
「それがどうしたっていうのよ。時間なんていくらかかっても構わないわ。スコールがわたしを、わたし達を拒まない限り、わたしがずっとそば、に……」
口を滑らせたと思ったリノアは、一拍置いて真っ赤になった。
仲間達はにやにやしている。
「ご・ち・そ・う・さ・ま」
「ひゅ〜、相変わらずあっつあつやわぁ〜」
大袈裟な身振りのキスティスとセルフィにからかわれたリノアは「やだ、もう!」と2人の肩を叩く。ゼルとアーヴァインも、顔を見合わせて少しだけ笑う。
――あぁ、ここに彼がいれば完璧なのに。
だが現実に彼は此処にはいない。
彼は今、彼の内に巣くう無明の闇を彷徨っているのだ。抜け出すには、彼自身が納得いくまで探索を続けて自分で灯りを点すか、彼を愛する人達が点してくれている灯りに気が付くか。
本来、それは長い時間がかかるものだ。折り合いをつけるにせよ、愛情を確信しするにせよ――。
「皆」
アーヴァインは深呼吸をひとつして、皆に向き直った。
「白状するよ。君達が席を外してた間、スコールとどんな話をしてたのか」
さぁ、助けに行こう。最愛の兄弟は、まだ迷子のままなのだ。
「遅くなっちゃったな……」
ぱたぱたと、リノアは消灯後のSeeD寮廊下を走っていた。目指す先は当然、スコールの自室である。
(もう寝たよね……ごめんね、リビングの電気だけ……)
バラムの習俗に従い靴を脱ぎながら、リビングスペースのライトを点けるべくスイッチを探る。
ぱちっ。
「――っ!」
リノアはぎょっとして身を引いた。背をぶつけたドアがバン! と悲鳴を上げる。
彼女が予想していたのは、「誰もいないリビング」だ。決して「誰かいるリビング」ではない。
だが、現実は後者だった。休ませたはずのスコールが、リビングのソファにもたれかかり、ぐったりと項垂れている。
「……っちょ、スコール! 先に休んでて、って……」
「どこ行ってたんだよ」
「どこって、司令室だよ? 忘れ物取りに行ったから」
「こんなに時間かかるのか。高々3階まで行って戻ってくるのに」
スコールが咎めるような視線を、前髪の隙から投げかけた。リノアはちろりと舌を出す。
「皆がまだいたんだよ。それで話し込んじゃったの」
嘘ではない。ただ、世間話ではなくスコールに関する情報交換だっただけだ。
「……皆って?」
「皆って、皆だよ? ゼルにキスティ、セルフィにアーヴァイン」
リノアは戸惑った。相手は仲間達だというのに、彼は一体、何を警戒しているのか。スコールは、まるで戦闘時のように気配をひりつかせている。
リノアはさてどうしようか、と考える。どうすれば納得してくれるのやら。
「…………」
一先ず今日は休ませよう。もうそろそろ、日付も変わってしまう。
「ごめんね、待っててくれてるとは思ってなかったの。さ、寝よ」
額にキスをひとつ落し、リノアは立ち上がる。が、スコールは座り込んだまま動かない。
「寝ようよ、スコール」
Tシャツの肩を引っ張るリノア。
だがやはり効果無し。
リノアは少し考え、彼の耳元で何事かを囁いた。
口付けを交わし、愛を交わしながら、リノアは考える。
スコールの抱き方には、やや癖があるように思う。癖と言っても、サドとかマゾとかそういう意味ではなく……。
彼はどうやら、所謂「本番」に興味がないらしい、と。
そりゃあ、2人で高みを極めるということには意義を感じているようだが、彼はどちらかと言えば、前戯に重きを置いているようで。
リノアは好んで大人向けのロマンスを読むのだが、そういう本に出て来るベッドシーンの描写と比べてみると、こう、長すぎるのではないだろうか、と思ってしまう。
単なる癖なのか。
(でも、何かの本にあったよなぁ……)
何の本だったか。
「リノア?」
吐息だけの呼びかけに、リノアの意識が現実に引き戻された。
「何考えてる?」
「別に?」
「……ふぅん」
不満そうに鼻を鳴らすスコール。リノアはふわりと微笑むと、その首に両腕を回す。
「スコールのこと、だよ」
耳にそっと囁きを含ませると、スコールの鼻先が首筋に潜り込んできた。
(……あぁ、思い出した)
ある本で、探偵役の心理学の教授が、犯人捜しの途中で零した台詞。
(『……そいつはきっと、最も愛情が必要だった時に満たされなかったんだろうな。だから君に愛情を求めて、必要以上に執着を示したのだろう。生まれたばかりの、母親に頼るしかない赤ん坊のように』)
愛情を口いっぱいに頬張らせてもらえなかった子供。充たされることはないと知りながら、リノアの軟らかな膨らみを頬張り、柔肌をまさぐるスコール。
リノアは淡い闇の中で、スコールを受け入れる。
翌朝リノアが目を覚ましたのは、部屋の内線がなったからだった。
「……スコール?」
隣に彼はいない。シャワーの音も聞こえなければ、床に放り出していたはずの衣服もない。
リノアは内線を取った。
「はい」
『おはよう、リノア』
「おはよう、キスティ。……ごめん、わたし寝坊だよね?」
時計も見ていないリノアは、罰が悪そうに問うた。司令室から内線がかかるのは、大概出勤の催促だ。
『あぁ、いいえ、違うのよ。えぇと……その、スコールはいつ部屋を出たのか、確認したくて』
「は?」
きょとんとするリノア。
『……もういるのよ、スコール』
「それで部屋に気配がない訳ね……わたし、今起きたの。今から支度して、出るわ。朝食買ってから行くから、後……そうね、最悪15分くらいで」
『わかったわ、まだ時間あるし、急がなくても良いからね』
「はーいっ」
とはいえ、スコールがもう出勤しているということは、書類の最終チェックと印章捺しを任されているリノアの仕事は溜まりつつあるということで。
「さぁて、急がなきゃ!」
食堂にも寄るのだ、急いで損はない。ぱたぱたと支度をして、リノアはスコールの部屋を後にした。
食堂の人込みを擦り抜けてサンドイッチをテイクアウトし、「郵便チョコボ」詰め所――リノアが所属している救護隊の仕事は、郵便物等の取り纏めである。必然、リノアはここと司令室の掛橋にされている――に顔を出し、預かった郵便物に埋もれつつ司令室に到着したのは、最悪と言った15分後。
「おはようございます!」
元気良く挨拶すると、皆思い思いに声を返す。
返さなかったのはただ1人。スコールだ。
リノアはいつも通りにこやかに、スコールのサイドに在る自席に就く。
「おはよ、スコール」
「……おはよう」
「今日は早かったんだね。朝起きたらいなくて、びっくりしたよ」
「早くに目が覚めたんだ。時間はあったし、起こしたら悪いと思って……」
「起こさなかったんだ?」
スコールは小さく頷きを返す。
「やりかけの仕事もあったから……」
「そっか。ところでスコール、朝ご飯食べた?」
リノアの何気ない問いに、その肩がびくりと動く。
リノアは目敏く見付けると、紙袋を差し出した。
「はい、先に好きなだけ食べて」
スコールは困惑の表情を見せる。
「リノアのだろ?」
「大丈夫、多めに買ってあるから」
「……書類、あるんだが」
「零さないでしょ? サンドイッチなんて」
「だけど」
「スコールが食べないなら、わたしも食べられないの。オーケー?」
「…………わかった、食べるよ」
リノアに押し切られ、渋々応じるスコール。リノアは満足そうに笑顔を見せ、「コーヒー入れてくる」といそいそと給湯室へと姿を消した。
同僚達はひそやかに笑う。
スコールは溜息をつくと、紙袋の口を開けた。中には、食堂のおばさん手製のサンドイッチが2人に充分な量入っている。とはいえアーヴァインやゼル辺りなら、これくらいの量はぺろりと平らげてしまいそうだが。
「…………」
胃は、空なのだ。しかし、それを満たそうという意欲はない。
「はい」
リノアが、スコールの手元にカップを置いた。胴の中程にはげかかった校章の入った、少し大きめのものだ。
「ミルク、これくらいで良かった?」
「あぁ。ありがとう」
確かめもせずに礼を言い、スコールは口を付ける。まだ熱いそれで胃袋へと無理な準備を要請し、彼はサンドイッチにかじりついた――というか、流し込んだ。傍目に見ている者には、「あぁ、空腹だったんだな」と思わせる程度のスピードで。
カムフラージュには、充分。実際、見ていたキスティスはひそかにほっとしている。
スコールは半分と少しを口にし、残りはリノアの方へ押しやった。
「ごちそうさま」
「もう良いの?」
リノアの確認に、顎を引くように頷くスコール。リノアは小さく息をついて、かさこそと紙袋を探り始めた。
やがて、司令室に詰めているSeeDらが出勤し始め、彼らはにぎやかさに埋没していった。
昼食を食堂で採るも司令室で採るも個々人の自由だが、司令室自体には必ず誰かの姿がある。例えば今日なら、居残り当番はシュウだ。
だが今日は、ひどくにぎやかである。それもそのはず、シュウの他にスコール達6人がいるからだ。別に何があるわけでなく、ただセルフィがバラムでやたらに買ってきたパンで昼食と洒落込んでいるだけである。
「好きに食ってくれ! ばーちゃんが今年は沢山取れたって送ってくれたんだ」
加えて、ディン家の田舎から桃が届いていたりして、司令室は俄かに甘い匂いで満たされていた。
「綺麗な桃ねぇ。香りも良いし」
キスティスは桃の香を胸一杯に吸い込み、ご満悦の様子。
セルフィはアーヴァインと共に、どれが1番綺麗で美味しそうかと選んでいる。
スコールは無造作にひとつ取り上げると、リノアに渡した。
「あ、ズルイ1人だけ」
洗ってこいという無言の催促か、とリノアがわざとらしく頬を膨らませると、スコールは頭を振ってみせる。
「俺、良い」
「え? 桃、嫌い?」
「いや……とにかく、良い」
スコールはごまかすように口元を隠してそっぽを向く。
リノアは受け取った桃をそっと机に置いて、セルフィが買い込んできた菓子パンを手にした。
「じゃあ、パン食べよ?」
ゆるりと頭を振るスコール。
「朝食べたので腹一杯だよ」
「……あれから何時間経ったと思ってるの。ほら、食べよ。クリームパンだよ?」
「食べたくない」
「スコール」
窘める風なリノアの声。だがスコールは、頑なに手を出そうとしない。
シュウが、何か言い合いをしているらしい2人へと目をやった。不思議に思った彼女は、2人の間に割って入る。
「ちょっとちょっと、どうしたの2人共」
「シュウ」
リノアは一瞬だけ途方に暮れた顔を見せた。が、すぐに笑顔に切り替えて両手を振ってみせる。
「ううん、何でもないよ」
「そんなことないでしょ。さっきから、様子おかしいぞ」
シュウはスコールの頭越しにリノアへ問う。
「パンの取り合い?」
「あぁ、まぁ……そんなとこ」
適当にごまかそうとするリノア。だが、彼女は嘘やごまかしが余り上手くない。今も歯切れが悪いわ目が泳ぐわで、シュウの眉間にシワを寄せる結果となった。
「リノア」
「……なぁ、いつまで俺の頭の上からリノアと会話するんだ?」
明らさまに欝陶しげな声が、シュウの胸辺りの高さから届いた。見れば、女子2人に挟まれたスコールが、とても迷惑そうな顔をしている。
「あぁごめん、スコール。……ってアンタ、朝より顔色悪くない?」
素直に彼のサイドへ移動したシュウは、スコールの顔を見て片眉を上げた。
「何だか真っ白だぞ。昼食は?」
「食べない」
「はぁ?」
シュウは思い切りうろんげな声を上げた。
スコールは取り合わず、手元の書類を手に取る。が、シュウは手早くそれを引き抜いた。
「おい」
「時間ないわけじゃないでしょ。急ぎなら手伝うから、とっとと食べて来てよ」
「必要ない、返せ」
面倒そうに眉根を寄せて、スコールはシュウが取り上げた書類に手を伸ばす。
シュウは書類を更に上へ上げ、ざっと目を通す。
「……何これ。アンタがやるような仕事じゃないじゃない?」
「皆忙しいんだ、雑務系統だからって回せない」
「でもアンタもっと忙しいじゃないか。あれだけ仕事抱え込んで更にこれじゃあ、アンタぶっ倒れるよ!」
「……あぁ、じゃあそれはシュウに任せた」
スコールはうんざりした様子でそう言うと、手を振って追い払う仕種を見せた。
シュウの眉間にシワが寄る。彼女は素早くスコールの机上を目で走査し、一山の書類を指し示した。
「そっちもよこしなさい」
「……」
硝子玉のような蒼眼が、シュウを見上げる。
対して、シュウは居丈高に見下ろした。
「アンタ1人で保ってる組織だと思うなよ」
シュウは、別に彼を咎めるつもりはなかった。彼女はただ、ちょっとくらいはこちらを頼ってほしいと、そう言いたかっただけだ。
だが。
「……スコール?」
突然立ち上がったスコールに、口を挟めずおろおろと2人を見守っていたリノアが戸惑いの声をかける。
シュウはたじろいで1歩退いた。
スコールは我関せずとばかりに戸口へと向かう。
「あ、ちょっとどこに……」
慌てるシュウを、スコールはちらと一瞥した。
「要らないんだろ? 俺なんか」
悪い立ち位置とややきつくなってしまった言動が、彼を誤解させたのだと理解したときには、既にスコールは司令室を出てしまっていた。
「あ……」
途方に暮れるシュウ。助けを求めて振り返ると、目があったキスティスが肩を竦めて頭を振った。
そのキスティスに、リノアは意を決して口を開く。
「キスティ、悪いんだけど……」
「えぇ。いってらっしゃい、リノア。大丈夫、貴方達2人分の穴くらい、フォロー出来るわ。というか、フォロー出来なきゃ組織として失格よ」
彼を何とかしてあげて。
無言で願うキスティスと頷き合い、リノアは席を立った。