魔女の騎士は未来の夢を見るか?

Act.7 歴史の裏側に埋もれたもの


 さて丘から落ちたスコールだが、ティーダが彼が落下した筈の地点へ到着した時、彼はやっとエアバックの海から救出されたところだった。ぐったりと放心している彼を世話していたのは主にリノアだ。慣れているのか、スコールをボディスーツのみの状態へ変えるまでものの数秒だった。その後2人は救護班用のテントに引っ込んでしまい、ティーダは彼が本当に無事だったのか確かめられずにいた。……まぁ、けたけた笑っていたアーヴァインに対して「てめぇ本当に殺す気かっ!」と喚いていたから、元気なのは元気だろうが。
 こそっとテントの中を覗いたティーダは、早速後悔した。
 リノアの艶やかな黒髪が、横たわるスコールの胸に広がっている。
「…………」
 硬直するティーダ。気付いていない2人は全く意に介さない。
「……もう一度、大きく息を吸って……吐いて……」
 ピピッと電子音が鳴り、リノアは身を起こす。手にしているのは何かの紙が固定されたボードだ。彼女は軽快なリズムでちょんちょんとチェックを入れていく。
「血圧・脈拍・体温全て正常、肺部異音なし、っと。痛みは?」
「特に」
「ホントかしら。……まぁ触った分には異常はないみたいだし、肋骨は大丈夫かな。一応インパクト部には湿布貼っとくね。何かあったらすぐに言うこと。オーケィ?」
「オーケィ、マム」
 ふざけるスコールにくすくす笑い、リノアは彼の胸に湿布を貼り付けた。2度程撫でて定着させると、ぽん、と軽く叩く。スコールはゆっくり起き上がり、脱いでいたスーツの上半身に袖を通す。彼が振り返りそうだったので、ティーダは慌ててテントを離れた。
 ばさっと音高く入口が開いたのは、その時だった。スコールだ。
「……ミスタ・オデッセイ?」
「うひぁっ」
 速攻バレた。ティーダの背中を嫌な汗が流れる。
 スコールはくふ、と小さく笑った。
「あんまりわかりやすい行動してたら、彼女に覗きがバレますよ」
「す、すんません……」
「いいえ」
 ジップアップを閉めて、巻き込まれた髪を整えるスコール。行こう、とジェスチュアでティーダに告げ、2人は歩き出した。
「……あ、あのさぁ……」
「?」
「さっきのアレ、いつも?」
 スコールは微かに眉間を寄せた。
「…………あぁ、アレは特別です」
「!」
「セイバー達には一応準救命士の資格は取らせているとはいえ、メディカルキットに聴診器なんて入れてないんで。使わないし使い方もわからないん、で……どうしました?」
 顔真っ赤ですよ、とスコールに指摘され、ティーダは慌てて顔を擦る。スコールはくふ、と小さく笑った。
「ユウナさんとは?」
「うぇっ!?」
「……恋人同士ですよね?」
「た、確かにそう、だけ、ど……つぅかそんなんまで調べたのかよっ!」
「様子を見てれば誰でもわかります。まぁ、調べは付けましたけど」
「っくー、油断もスキもねぇな!」
 がしがしと頭を掻くティーダ。
「それで? 仕事仲間になったのとサポーターに手を出したのとどっちが先?」
「手ぇ出した言うな! ユウナは高校の……あ」
 はたと気付いた時には既に遅し。にやにや笑うスコールを前に、ティーダは硬直した。
(や ら れ た!)
 ここがマスコミが来ないような僻地で良かった。聞かれていたら明日にはどうなっていたことか!
 対外的には一応、ティーダとユウナは仕事で共演してからのお付き合いということになっている。しかし現実はさにあらず、彼らは高校生の頃からの友人同士だったのだ。「サポーターに手を出した」という訳でこそないが、トップシークレットをバラされては堪らない。
「別に良いんじゃないですか。高校の同級生とか、可愛いし」
「可愛いって……」
 楽しそうに笑うスコールに、ティーダは呆れた。
「アンタ、ユウナに手ぇ出す気じゃないだろうな」
「まさか」
「わかったもんじゃないね! 司令官なんて地位使えば、あんなのもこんなのもより取り見取りだろ」
 言いながらティーダは、豊かな胸や腰つきのジェスチュアをしてみせる。スコールはあからさまに呆れた顔をしてみせた。
「興味ない」
「…………あ、そう」
 思ったより、ストイックな性格らしい。ティーダはそろそろと両手を下ろし、こちらを見ていないスコールの背中にそろりと頭を下げた。
「あ、そうだ。聞きたいことあったんだよオレ」
「何です?」
「あのさぁ、ほら、先刻撃たれたじゃん、胸んとこ……あれ、ダイジョブ?」
「……心配されてたんですか、俺」
「いやだって、あれはちょっとシロウトには厳しい絵面だろ!? それなのにさぁ、周りの大人達へーぜんとしてるしさぁ……」
「元SeeDに元軍人、元警察官に元ゲリラじゃ驚く方が逆に驚きですよ」
「へ? 元ゲリラ?」
 ティーダは目を剥いた。
「誰が!?」
「フィリオン・ウルフですよ。彼、『ウィンヒル独立同盟』ってゲリラの一員だったんですから」
「はぁっ?」
「あの人、刀剣類に詳しいのはその名残でしょう。魔女をどうこうしようってことは考えてないみたいだからほっときますけど」
「ってそれ、良いのかよ?」
「『SeeDは何故と問うなかれ』。死にたくないんで余計な藪は突きません」
 というか、突きたくない。ぼそぼそと呟くスコールは、どうひいき目に見ても……。
「卑怯者っぽいぜ、その科白」
「…………」
 スコールは不満げに鼻を鳴らし、管制塔(コントロール)へ向かった。

 今日の昼食は撮影しない、ということで、皆は思い思いの様子で食事に励んでいた。本日はカレードッグだ。良い色のナンにカレーと、こんがり焼けたソーセージが食欲をこれでもかと刺激する。このメニューは、リノアの仕業だった。
「エルお姉さんから材料代せしめたからね、今日のお昼は皆にご馳走!」
 これに喜んだのは、セルフィ達バラム・ガーデンのSeeDだ。何せ彼らは、リノアが料理上手なのを知っている。候補生達は何故彼らがそんなに喜ぶのかわからず首を傾げてはいたが、たっぷり投入された挽き肉に否やはない。唯一スコールだけは複雑そうな顔をしていたものの、食欲は旺盛だった。後で事情を聞いたところに因ると、彼は前日に行われたナンの仕込みを手伝わされたらしい。お人好しここに極まれり、といったところか。
 口の端に付いたカレーを紙ナプキンで拭い、ティーダは隣に座っているルーネスの手元を覗き込んだ。
「いーもん持ってんじゃん、ルー」
「去年のクリスマスプレゼント!」
「へぇ〜、そっかぁ〜」
 彼には珍しく歳相応の自慢をしてくれる姿に、ティーダは破顔した。こういうところを見ると、ルーネスが初等学校を出るか出ないかという年齢だと実感する。手にしているものがエスタで去年発表されたばかりの高性能薄型PC(パーソナルコンピュータ)なのはご愛敬だが。
「ティーダ、見る?」
「見る見る!」
 申し出を有り難く受けて、ティーダは彼が持っているPCの画面を覗く。
「サボテン?」
「うん。この間教えてもらったやつ」
「あ、ルーが水筒つってたやつ?」
「うん、そう」
 画面を直接触ってブラウザページをスクロールするのは、何とも妙だが面白い。サボテンとは見れば見る程変な奴らだと笑っている内に、ティーダはふと疑問を覚えた。
「なぁ、ルー」
「何?」
「これ、プリインストールされてる百科辞典か何か?」
「違うよ、インターネット」
「インターネット? ってこの辺りじゃあ衛星通信網になるんじゃないのか? 金ヤバくない?」
 そう、心配になったのはそこだ。
 ここはエスタ大平原。モンスターや野性動物がうろうろしているこの平原には、ろくな電波通信施設がない。しかもその「ろくな電波通信施設」で存在するのは最近やっと普及した一般的な長波通信用ではなく、衛星経由短波通信用――つまり、業務用の高価な回線を司る施設なのである。
 ルーネスは胸を張った。
「その点については大丈夫。両親が契約してるプロバイダから、子供用回線を使わせてもらってるんだ。流石に通信量に制限あるけどね……」
「あれか、チャイルドロック的な」
「そうそう。あれならぼくのお小遣いでも払えるからさ」
「しっかりしてんなぁ」
 がしがしと頭を撫でてやると、ルーネスはまんざらでもなさそうな顔をしつつもその手を追い払った。
「んで、どうしたの。何か見たかったりするの?」
「んあ、んー、や、うーん」
「何なの、煮え切らないなぁ。ほらっ、貸したげるから調べなよ」
 ルーネスが景気良くPCを押し付けると、ティーダは慌てふためいた。落としたりしたら大変だ。
「あ、アダルトサイトは見れないようになってるからね。残念でした」
「言われなくたって見ねーよっ」
 よくあるお約束のやり取りだが、やらずにはいられない。2人してくすくす笑いながら、キーボードを呼び出して検索ワードを入力する。『スコール』。
「うーん……これだと多分、さっきの『こども大百科』とか来ると思う」
「あ、やっぱそう? スコール自体は自然現象だもんな」
 ルーネスに指摘されたティーダは少し考えて、更に『ガーデン』と追加した。
 ぱっと検索結果の一覧が並ぶ。
『バラム・ガーデン』
『ガーデン……SeeDスコール・レオンハートは……』
『ガーデンの秘密に迫る! その1 スコール・……』
 当たりだった。ずらずらとご希望の人物が出てくる出てくる。トップにきたのはやはりと言うか、バラム・ガーデンの公式サイトだ。教育機関らしく、入学案内が最初に来ている。数点掲載されているスナップ写真を見ると、バラム・ガーデンは本当に学生しかいないように見えた。
 またあるサイトは、「ガーデンの秘密に迫る!」と題してスコールのデータを山ほど掲載していた。
「うひゃ〜、個人情報山盛りだな」
「これじゃプライベートも気が抜けないね、スコールさん……」
 明らかな盗撮写真もある。誰が得するのやら、推定身長や体重やスリーサイズ(本当に誰が得するのやら?)が載っていたりする。彼は公人でも芸能人でもないというのに。
 その中にふと、気になる記述を発見した。
「『現代に蘇った魔女の騎士』……?」
「魔女の騎士? どうしたの、ティーダ?」
 ユウナとティナが、何事かと寄ってきていた。クレアも一緒にいた筈だが、さてどこに行ったのか。
「んぁ、や、ちょっと野暮用で……」
「野暮用で『魔女の騎士』の調べ物? 珍しく仕事熱心だね?」
「珍しくとかどーゆー意味だよ、ユウナ」
 下唇を突き出すティーダに、ユウナはくすくす笑った。
「んー、何々……『バラム・ガーデンの誇る司令官たるSeeDレオンハートは、数々の魔女と関わりを持ち、内数人とは男女関係にあるのではないかと』……え? 男女関係? レオンハートさんが、魔女と?」
 声に出してテキストを読んだユウナは、目が点になった。
「あっちゃ〜、遅かった!」
 また見事なタイミングで居合わせたセルフィは、何とも悔しそうな顔で天を仰いだ。
「どうしたの、セフィ」
「アーヴィ〜ン、皆が変なサイト見てる〜」
「変なサイト?」
 きょとんとしながらセルフィに手を引っ張られるアーヴァインは、何故かその長い髪を見事なシニヨンにまとめていた。確かに今は暑い時間だが、それはいかがなものか。
「何見てるんです?」
 ルーネスは覗き込もうとするアーヴァインにPCを見せた。ざっと目を滑らせるアーヴァイン。
「あー、はいはい。あのトンデモサイトか」
「何だっけ、『歴史の裏側探偵団』だっけ? あれって去年くらいにいいんちょまで報告上がってたよね。まだ消してもらってないの〜?」
「スコールの奴、公開情報を継ぎ接ぎしてるだけだからってことで放置して良いって言ってたよ」
「は〜ん、そゆこと」
 ズボラだね〜、と苦笑いするセルフィに、ユウナは戸惑った顔をした。
「じゃ、じゃあ、複数の魔女と関係がある、っていうのはその……」
「確かに関係はありますよ〜。だけどそれはあたし達も同じだから」
「そうそう、5人くらいかな? その内、2人は身内で2人は倒しました。変な関係じゃないですよ」
 アーヴァインはぱっと手を広げ、指折り数えてみせる。小指だけ残った。
「残りの1人は?」
「……え?」
 アーヴァインは目を丸くした。問い掛けたティーダの方がむしろ首を傾げる。
「あっ、アーヴィン!」
 青褪めたセルフィがアーヴァインの腕に飛び付いた。
「もしかして、知らんのと違う? いいんちょ達の事情!」
「うっそだろ……!?」
 肩を聳やかし、口許を押さえるアーヴァイン。
「やばいな、余計なこと言っちゃったかも……」
「うーわー、いいんちょホンマにごめん〜!」
 頭を抱える2人にますます混乱する一同。 その時、アーヴァインの頭が背後からバインダーに小突かれた。
「あいたっ」
 頭を押さえて振り返ると、リノアが仁王立ちしていた。その手には記録用のバインダーが握られている。
「こらー、統括が何こんなとこで油売ってるの。バーミリオン班の子達が探してたよ?」
「わぁごめんっ、すぐ戻るよ!」
 アーヴァインは慌てて踵を返す。
「あ、カレントレポートきちんと書かせてよ! 後で穴見付けて訂正させるの大変なんだから!」
 ひらひらと手だけで応じ、アーヴァインは管制塔に駆け込む。リノアは両手を腰矯めにし、仔細を見張っていた。彼女はセルフィと共に、ここに残るつもりのようだ。
 噂をすればなんとやら、彼女が来たことで話はうやむやになった。しかし、皆の胸の内には蟠りが残る。
 魔女。魔女の騎士。スコール・レオンハートと、その傍らに寄り添うリノア・ハーティリー。魔女と関わりを持つというアーヴァイン・キニアスとセルフィ・ティルミット。
(……どうなってるんだ? 一体……)
 混乱するティーダ達を余所に、監督から撮影再開の号令がかかった。ともかくも今は撮影だ。

「腹を割って話せないか」
 唐突なライト・コーネリアの言葉に、SeeD達は顔を見合わせた。
「……腹を、割る? ハラキリ?」
「バラム地方方言で、『開けっ広げに』ってこと」
 こそこそ話しているのは、ガルバディア出身の候補生だ。国際公用語が第二言語となる彼らには、逆に公用語が第一言語であるバラムの方言がわかりにくいらしい。
「お前ら言語講習は向こうでやれ」
 スコールは何とも言えない顔で候補生達を追い払う。
「で、何を話すんですか?」
「……杯を交わして旧交を温めたいというのがそんなにおかしいか?」
「何を突然言い出したのかと思えば……」
 頭を掻くスコールは、少し考え事をしているようだった。くるりと振り向いた先には、これまた微妙な顔をしているリノアがいた。
「なぁリノア、今朝何か鍋に作ってたよな?」
「あぁ、あれね……晩御飯用の」
「晩御飯用? 朝から!?」
 ライトに付き従うフィリオンが目を剥いた。
「帰ってすぐ食事に出来るほどおかずのストックないんで、朝仕込めるものは仕込んでから来てるんです」
 成る程そういうことかと納得するフィリオンを尻目に、リノアはふぅ、と溜息をつく。
「大食漢が何人もいると、前日のおかずの残りなんてないのよねぇ……ちなみに今日はシチューですよ、スコールさん」
 スコールの目がきらりと光る。
「シチュー……先輩、それまでに話終わります?」
 シチューひとつでこの様か。ライトは呆れ顔だ。
「終わらんだろうな」
「……じゃあお姉さん宛てに連絡入れてくるわ。パン焼く時間とか教えとく」
「頼むな」
 やっとこちらに付き合ってくれる気になったらしい。そしてどうやらリノア・ハーティリーも付いて来るつもりのようだ。
 しかしその後、あれよあれよという間に演者やスタッフはおろか、セルフィ・ティルミットやアーヴァイン・キニアスまで付いて来るという大事になってしまった。これではライトの宿泊する部屋でこそこそ話す、なんて出来る訳がない。結局、一同は数日前に監督の好意で堪能したあのホテルのビュッフェに行くことになった。案内されたのは、わざわざ用意された小さめのパーティールームだった。
「……貸し切り」
 皆の目がスコールに向く。スコールははっきりと首を横に振った。
「俺がやったんじゃないです」
「ホントかよ」
「嘘じゃない」
 ともあれ、ライトにとっては好都合だった。これなら少なくとも、全くの部外者に話を聞かれる心配はない。首尾良くスコールの近くに陣取ったライトの視線の先で、スコールはホテルのスタッフと話していた。会計の相談をしているようだ。スタッフは渡された名刺ほどのカードを恭しく持ち去っていった。
「…………」
 気障なやり方だ。ライトの頬に微苦笑が浮かんだ。ちらとこちらを見たスコールが首を傾げる。ライトは何でもない、とジェスチュアで返した。
「ライトさん! 何か取ってきましょうか」
 フィリオンが目をきらきらさせてライトへ問うた。彼は何故かライトに懐き、妙に慕ってくる。まるで子犬のようだ。
「あぁ、では何か見繕ってもらえるか」
「わかりました!」
 いそいそと飛んでいくフィリオンと入れ違いに、リノアとセルフィが戻ってくる。セルフィは嬉しそうな顔でふたつの皿を持ってきていた。
「アーヴィン、お待たせ〜! 適当に見繕ったけど」
「ありがとう、セフィ」
 立ち上がったアーヴァインは皿をひとつ受け取ると、セルフィの額辺りに軽くキスをした。バッツやジタンが指笛を吹く。
 逆にリノアとスコールは何もしなかった。スコールはただ「ありがとう」と皿を引き取り、リノアが座る椅子を引いてやっただけだ。あまりにも自然な動きだった。
「余り食べ過ぎないのよ? ナイトキャップがわりにシードル(リンゴ酒)のジュレを作ってあるの」
「それも朝に?」
「冷菓だからね、冷やし固める時間が欲しくて」
「楽しみだな」
 ひそやかな睦み合いは、青年の飲むラズベリーソーダのように甘い。
 にやにやしながらバッツが身を乗り出した。
「仲良いなぁ、あんたら」
「あぁ……えぇ、まぁ」
 軽く俯いて視線を外したスコールは歯切れ悪い。リノアはそんな恋人の腕にぴとっと頬を寄せて、恋する乙女の典型のようなポーズを取ってみせた。どっとテーブルが沸く。
「時にスコール」
「何です? ライト先輩」
 ライトはティナが注いでくれたビールをぐいと煽り、どん、とテーブルに置いた。
「複数の女性と関係を持っているというのは本当か?」
 嫌な予感でもしたのだろうか、スコールがそっとコップを置く。
「関係……というと?」
「肉体的に、ふしだらな行為をしているのかと聞いている」
 ティーダがグレープジュースを噴いた。これといった被害は彼のプライドと私服くらいだったのは、幸いなのだろうか。
「リ、リーダー! それ聞いちゃうの!?」
「え、おれ知りたい! スコール教えろ!」
「バッツ静かに」
 蜂の巣を突いたような騒ぎに、スコールの視線が遠くなった。
「……それ、ソースどこですか?」
「インターネットだが」
「ってことは、奴か。探偵団が笑わせてくれるよ、相変わらずないことないこと書きやがる……」
 不穏当なオーラを零しだしたスコールに、周囲が少しばかり身を引いた。
「セルフィ、帰ったらで良いからプロバイダ経由で警告頼む」
「お〜、ズボラがとうとう動くか」
「あぁいう手合いは口出しすると付け上がるからな、だからほっといたんだけど……流石になぁ、名誉毀損が酷すぎる」
 スコールの指示に、了解、と手刀を切るセルフィ。そこに背を反らしてスコール越しにリノアが顔を覗かせた。
「セルフィ、ついでに今度ドールに行くとき、それとなく議長のお耳に入るようにしておいてよ。あのサイトの持ち主、多分ドールの人だよ」
「わかるんですか、そういうの」
 ルーネスが目を丸くしてリノアへ問う。リノアは小さく頷いた。
「地域によって綴りや表現に違いがある単語っていうのがいくつかあるの。そういうのに気を付けて見ていくと、あのサイトはバラムのプロバイダを使っているけどバラムの人間が作ったものじゃないってわかるのよ」
「というのを、ティンバーのお姉様方に教えてもらったんだよな?」
 スコールがからかうような口調で言うと、リノアは「違う、アイディア出したのはこっち!」と頬を膨らませてスコールの額を叩いた。
「んもぅ、今まであなたが動かないから結局わたしが素性の割り出しとかいろいろやったんでしょ! めんどくさがりめ!」
「俺については別に構わないし。問題はどっちかっていうとリノアやマンマ・イデアについてで……」
「わたしにはスコールについてないことないこと書きまくられてる方が気にかかるわよ!」
 もうちょっと自分の名誉大事にして! といきり立つリノアをハグで宥めようとするスコール。
「ごめん、後ありがとう。キスはまた後で」
「本当に心からそう思ってるのあなた……」
 肩にかかる手を叩き落とし、リノアは盛大な溜息をついて座り直す。その足元でアンジェロがきゅんきゅんと鼻を鳴らしていた。
「一応ひとつだけ警告しておくとね、あれはわたし達だけでなく、他の、後進にも影響出てくるのよ? 知られてる唯一の当代であるあなたに悪い評価が固着してごらんなさい、関係なく見える他の人達にまでその評価は付いて回るのよ」
 鼻先に指を突き付けられ、スコールは目に見えてしゅんと萎んでしまう。セルフィはうんうんと頷いた。
「そうやね。そうなるとガーデンの成り立ちすら『後付け設定オツ』とか言われてまうからな〜」
「オツ?」
「皮肉って、わざわざお疲れ様、ていう。まだトラビアだけのネットスラングかな〜」
 セルフィとアーヴァインに更に追い撃ちをかけられたスコールは、慰めようと近付いてきたアンジェロの鼻面を撫でていた。
「ガーデンの、成り立ち?」
 監督が首を傾げる。すると、SeeD達は矢継ぎ早に口を開いた。
「『孤児と魔女の箱庭』」
「『使者眠る庭園』」
「『SeeDは魔女を倒し、ガーデンはSeeDを育てる』……魔女イデアが提唱した、魔女を止める為の戦士『SeeD』、それを育てる為の施設が『ガーデン』です」
 スコールを見ていたリノアは、不意に自身の膝に視線を泳がせた。こっそりと彼女の隣に座っていたユウナが覗くと、スコールの手がリノアの手を握っているのが目に入る。よく見ると、その手は微かに震えていた。
 ユウナは鈍い方ではない。ここまで言われ、またこんな光景をまざまざと見せられれば、2人が何者なのか、どんな関係なのかは自ずと知れる。
「……魔女と、騎士」
 ぴく、と2人の肩が震えた。
 スコールは俯く。
「先刻、アーヴァインから聞きました。皆さん、俺達のこと知らなかったんですね」
「…………はい」
 気まずい沈黙の中、ルークが全員を代表して肯定を示した。
「ガーデンに依頼をかけたのは、僕がガーデンの卒業生で、ガーデンの子達ならきっと素晴らしいアクションを見せてくれるやろうと思ってのことです。本当はトラビア・ガーデンにお願いしようかと思ってたんですけど……」
「……トラビアは今、熟練者不足」
 口を挟んだセルフィに、ルークは頷く。
「セルフィさんの言わはる通りです。トラビアは漸く大過を埋めて、経済的にも回復を始めたばかりです。ガーデンの子達は貴重な労働力や、それを無理に来てもらうことは出来ません」
「それでうちに頼んできた。俺達が――現在の魔女と騎士が、SeeDとして所属していることを知らずに」
 スコールの言葉にルークは頷いた。
「信じてもらえますか、本当に他意なくお願いしたんです。政治的な意図もなく、増して貴方方をおとしめる意図も」
「…………」
 スコールは答えない。凪いだ水面(みなも)のような蒼銀の瞳が、ルークをじっと見つめている。
 誰かが固唾を飲んだ。
 こち、こち、と時計の秒針の音が気になるほどになった時、スコールは口を開いた。
「……俺は、あまり、余所の人を信じられない(たち)です」
「…………」
「でも、友人には『お人好し』ってよく言われます。だから俺は、根本的には性善説支持の人間みたいです」
 それで言葉を切ったスコールに、ルークはほっと肩を落とした。
「……ありがとうございます」
 ルークの涙混じりの謝意に、スコールは静かに頭を振った。
 ティーダは、スコールが言った言葉の意味をやっと理解した。
「死にたくないから藪を突かない」――当然だ、誰が偏見と迫害という名の毒蛇を誘い出したいものか! そして同時に、事あるごとにティーダを見ていた視線の意味を理解する。あれは「ラファール」に仮託された己の末路を見ていたに違いない。それも、最悪のシナリオを歩んだ先を。
「この際ですから、何か質問あったりとかしたら、俺答えますよ」
「あ、じゃあおれひとつ!」
 バッツが勢い良く手を挙げた。
「何ですか?」
「ずばり、初体験はいつ!?」
 これにはリノアがアップルジュースを吹き出しそうになり、盛大に噎せた。スコールは苦笑いしながらも彼女の背を摩る。
「な、何でそんな質問になるんですかっ!」
「え、だって質問答えてくれるんだろ?」
 鼻先まで真っ赤にしたリノアがスコールを振り返る。スコールは肩を竦めた。
 リノアは魔女に関することの質問だと思い込んでいたようだが、よくよく思い出せば、スコールは質問の範囲を区切らなかった。そこを突くのは交渉事によくあるトリックだ。
「リノア、今度交渉術の講義受けてこようか」
「〜〜〜〜っ」
 残念ながら、これはリノアの負けだ。恥ずかしがってスコールに頭を押し付けるリノア越しに、バッツがスコールと目を合わせた。ばちん、とウインクしてみせる彼に、スコールは彼の意図を知る。スコールは微かに微笑んで目礼した。
「んで?」
「17です」
 リノアに代わって答えたスコールに、バッツはぴゅうと口笛を吹いた。
「意外と遅いな〜」
「徹底した性教育の賜物ですよ。何だかんだ言っても普通の学生の方が多いんで、性に関することは割とお堅く」
「それにしても性犯罪の現場写真はえぐい……いいんちょ、写真新しいの入れたんよね? 何入れたんか知らへんけど、何や女子が何人か吐くほど泣いたらしいよ」
「ふむ……再考の余地ありか? 今度チェックしてくれ」
「嫌や……あたしグロは無理……」
 セルフィは明らかに悄然となって頭を振った。さばさばしているようでも、やはり女性である。うえ、とえづくセルフィの背中をアーヴァインが撫でてやっていた。
「女子にはきついだろ〜、あーいうのは」
「だからこそ抑止力になる。何だかんだ言っても、最後はそいつの理性と良心の問題だからな」
 後女子にも万が一にはそうなるかもしれないってわからせておかないと。そう言うスコールの目は虚ろだった。
「え〜っと、じゃあさ、今までの経験人数とか?」
 慌てて軌道修正を試みるジタン。スコールはアーヴァインを見た。
「お前G2で何人?」
「僕に訊くか」
 スコールは舌を出す。その道化には流石に笑いが零れた。
「……スコールがもし1人でも経験あったら、もう少し友好的だったでしょうね……」
 ほんの少しだけ顔を上げぼそりと呟かれたリノアの一言に、何かを察したジタンが居住まいを正して頭を下げた。
「……何か、すみません……」
「いえ……」
 またぐりぐりと頭をスコールに押し付けるリノア。セシルは緩く首を傾げて微笑んた。
「リノアさんって、恥ずかしがり屋さんだね。SeeDだって先に聞いてなければ、傭兵やってるなんて信じられないな」
「…………わたしはちゃんとしたSeeDじゃないです」
 やっと出てきたリノアの返答に、セシルはきょとんと目を瞬いた。
「……リノアは、魔女でしょう? まともな訓練なしに魔法を使えてしまうんで……SeeDというのはそれを誤魔化す為です」
「それに、スコールと一緒に行動するにはそれしかないし……魔法の質のおかげで『包帯要らず』なんで、重宝されますし」
「『包帯要らず』?」
「リノアの魔法の質は、『質変化』(アルケミア)と呼ばれています。現在確認されている擬似魔法の性質を、変える事が出来る……というか、それしか出来なくて」
「例えば?」
「例えば……」
 スコールがリノアを視線で促すと、リノアはのろのろと身を起こす。それでも彼女はスコールの腕にぺたりと懐き、離れない。
「ケアルで傷を治癒したりとか。ファイアでファイラ並の威力出したりとか」
「リーダだー、ケアルって?」
 ルーネスが首を傾げてライトを見上げる。
「回復魔法だ。当座の体力を少し回復してくれる」
「体力だけ?」
「そうだ。多少止血の助けにはなるが、傷は治らない。ケアルで傷が癒えるなど、まるであるはずのないモノを取り出してみせる錬金術のようだな……あぁ、それで『錬金術士』(アルケミア)か。成る程、言い得て妙だな」
 感心するライトの視線に、リノアはきっと睨み返す。どうも彼女は、ライトに敵意を持っているようだ。スコールはとんとんと肩を叩き、髪を梳いてやる。
「お前な、ライト先輩を威嚇するなよ」
「だってあの人スコールに」
「会話聞いてたろ。曲がりなりにも先輩だぞ? 後進の指導くらいするさ」
 リノアはぷーっと頬を膨らませる。スコールはぽんぽんと頭を撫で、腕を解かせて席を立つ。
「何か取ってくる。リノアは?」
「鶏食べたい。タルタルソースっぽいのかかったやつ」
「了解」
 ひらひら後ろ手を振るスコールを、リノアはつまらなさそうに見送る。ジタンはたははっ、と笑った。
「リノアちゃん、ホンットにあいつのこと愛しちゃってんのなー。妬けるぜー」
「ジタン……それは多分、彼女にとっては当たり前だ」
 腹がくちくなってきたからか、今まで殆ど無言を貫いていたクラウドが口を挟んだ。
「どういうことだ? クラウド」
「彼女は確か、『ハーティリー』という名だろう? ガルバディア人でハーティリーといえば、新興軍閥よりずっと古い名家、ハーティリー家だ。そこのご令嬢なら、相当な身持ちの堅さだろうな」
 クラウドの確信に近い推測に、リノアは小さく拍手した。
「当たらずとも遠からず。……正確に言えば、わたしは『ハーティリー』ではないですけど」
「そこも偽名なのか!?」
 がたっと立ち上がるフィリオン。リノアはびくっと肩を聳やかし、アーヴァインに腕を摩られていた。
「母の旧姓です。本姓はもっと扱いが面倒だし、『ハーティリー』の方が、よくお客さんになる軍への通りが良いので」
「あぁ、成る程。使えるものは使う主義なんだな」
 たじたじとなりながらも答えたリノアに、フィリオンは目をきらめかせて感心した。
 クラウドは少し考えるそぶりを見せ、リノアを見遣る。
「……ゾンビー・ユニットか?」
 一同の顔に、一斉に「?」が浮かんだ。逆に、リノアは困ったようにアーヴァイン達を見、スコールが戻ってこないかとビュッフェカウンターを見る。
 アーヴァインが僅かに腰を浮かせた。
「いや〜ストライフさん、流石は元軍人ですね〜! 詳細は伏せさせてください。リノアは守秘義務を守るの下手なんですよ〜」
「やっぱりそういうのって言わないべき?」
「君の名前が母方の旧姓っていうのも喋りすぎ」
 リノアは慌てて両手の先で口を塞いだ。時既に遅しだが、その愛らしさに思わず好意的な笑い声が零れる。さしものクラウドも控えめに笑い、手をひらめかせた。
「これっきりの話として忘れておくよ。ガーデンの仕事は実入りが良いんだ。養う人間がいるのに干されちゃたまらない」
「おや、意外な情報だね。クラウドも結婚しているのか」
 食いつきの良いセシルに、クラウドは苦笑する。
「いや、俺はまだ」
「おや、事実婚宣言?」
「せめて同棲と言ってくれ……」
 ぐったり顔を伏せるクラウドに、セシルはころころ笑った。
「そういうセシルさんはあれですよね、お子さんいらっしゃるんですよね。セオドアくんでしたっけ」
 皿を3枚ほど腕に載せて戻ってきたスコールが問うと、セシルはにっこり笑って頷く。
「皆が皆、僕に似てるって言うんだ。可愛いよ〜」
 写真見る? とセシルが手帳から取り出したのは、見事なブロンドの美女と、ぷにぷにしていそうな頬の赤子の写真だった。赤子の髪は父親似のプラチナブロンドで、皆は彼の言葉に嫌というほど納得する。
 席に着いたスコールは、一皿をリノアの前に置いてやる。
「リノア、これで良かった?」
「うん、ありがとう。実はこれ気になってたのよね〜。ティンバー料理っぽくて」
「早く食べれば良かったのに」
「だって胸がいっぱいで食べ切れる自信なかったし」
 胸を押さえてみせるリノアに、スコールはくふ、と小さく笑う。
 ティーダはまじまじと2人の仕種を見つめていた。互いを労る手つきだとか、交わし合う笑みの柔らかさだとか、当たり前のように食事を分け合うようすだとか……ひとつひとつの動きに、相手への敬意や愛情を感じる。
(本当に、愛し合ってるんだなぁ……)
 魔女と騎士、その間に種族や思想の違いはない。生活習慣の違いはあるだろう。好みの違いもあるだろう。そんな当たり前の隔たりを優しく混ぜ合わせながら、2人は何もかもを踏み越えて、手を携えている。
「……あのさ、スコール」
 ティーダは立ち上がり、思い切って声をかけた。スコールは首を傾げる。
「昼間、『卑怯者』って言ってゴメン」
 頷くスコール。淡々とした動きではあったが、目は優しくティーダを見返していた。その手が、ゆっくりと差し出される。
「誰でも、知らないことはある。あんたにも、俺にも」
 筋張った手だ。掌には剣胼胝がある。堅く締まった手はしかし、とても温かかった。
「スコールさん、リノアさん」
 ルークがそっと近付いてきた。
「映画のシナリオのことなんですが……」
「はい?」
「監修していただいたのが、トラビア共大の史学教授なんです。ちょっと気難しい方なんですが、シナリオのこと相談してみようと思うんです。ひょっとしたら撮り直しだとかで、日にち延びるかもしれませんが……」
 スコールは何を言われたのか吟味するかの如く、ルークをじっと見つめていた。やがてその口許に、あえかな笑みが浮かぶ。
「その時には引き受けます」
「ありがとうございます。見ててください、ハッピーエンドもぎ取りますから!」
 その勢いにスコールは一瞬面食らったようだったが、リノアと顔を見合わせると、2人揃ってルークへ頭を下げた。
「よろしくお願いします」




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