さて、日付が変わって翌朝。
朝早くから居残り組の子供達がテント村を見回っている最中に、ティーダ達撮影スタッフが準備を粗方済ませた状態で護衛――という名の候補生一団――を伴いやってくる。口々に朝の挨拶を交わす中、バッツとティーダはスコールの姿を発見した。
「ぃやっほーい、スコールーっ!」
「!?」
いくら腕利きのSeeDたるスコールとて、まだ仕事モードでない気が抜けた状態で、男2人がかりで飛び付かれてはどうしようもない。
「ふっふっふ……」
「むふふふふ……」
ティーダとバッツはにやにや笑いながら、スコールの首に肩に腕を回す。後退りしようにも、こうなってはスコールは逃げられない。護衛対象である以前に一般人である彼らに、技なんてかけられない。
「……な、何ですか」
スコールは嫌な予感に頬を引き攣らせた。
「おめでとさん」
「は?」
「『は?』じゃないだろ〜、惚けんなよ〜」
「え?」
話が見えないスコールは、ぱちぱちと目を瞬く。そうこうしている内に、何故か他のメンバーまで集まってきた。
「そうだな、せめて私にくらいは話して欲しかったな」
「……何がです?」
「まーたまた」
ライトもジタンも、スコールを逃がすつもりはないらしい。
スコールはきょとんとして首を傾げた。
「昨日は、お楽しみだったみたいじゃないか。式は挙げるのか?」
「それはそうだろう、クラウド。何せ相手は大統領のご令嬢なんだから、失礼があってはいけないよ」
クラウドとセシルの会話に、スコールの片眉が上がる。僅かの間考え……漸く、皆が何について言いたいのか、理解した。
「大統領、令嬢……あ、いや、それは……」
その時。
スコールが説明しようとしたところに、リムジンに良く似た黒塗りの車が滑り込んできた。
「わぁっ、何スか!」
少なくない砂煙を立てて停まった車に、ティーダは驚いて目を剥く。候補生達はきょとんとしていたが、SeeD達は慌てた様子で車の横に整列しようと急ぐ。
帽子を脱いだアーヴァインが、恭しくリムジンの後部ドアを開けようとハンドルに手をかける。しかし彼が力を込めるより先に、運転席のドアが開いた。すらりとした華奢な足が、白いサンダルを伴って砂漠に降り立つ。
「「おぉっ……!」」
スタッフ達がどよめいた。
姿を現したのは、正に件の女性、エルオーネ・レウァールその人であった。スコールの顔が驚きに満ちる。
「エル!」
「ハァイ、スコール。お出迎えありがとう」
「何が『お出迎えありがとう』だ! あんたこんなところで何してんだよ」
「何って、激励?」
「激励?」
「ほらわたし、スポンサーの1人だから」
「…………」
スコールは額に手を当て、頭を振った。エルオーネは首を傾げて彼を覗き込む。
「スコール?」
「…………一体どこに、自分で運転して激励に来る国際的重要人物がいるんだ。しかもあんた、護衛どうした? またSP撒いてきたのか?」
「あら」
意外なところを突かれたエルオーネだったが、しかしにっこりと極上の笑顔をスコールへ見せた。
「それについてはぬかりないわよ?」
ひらり、と白い手が舞う。すると、助手席のドアが開いた。現れたのは、艶やかな黒髪を持つ少女。
真っ白な肌に薔薇色の唇。ぱっちりとした瞳は極上の黒耀石もかくやと思わせる。何よりも身体付きは女性らしくしなやかで、青空に舞い上がる軽やかな羽を思い起こさせた。
「スコールっ!」
少女は歓喜と共に、スコールの許へ駆け込んでくる。その華奢な肢体をやすやすと抱き留め、スコールはぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「……リノア?」
「はーい、リノアちゃん来ちゃいましたっ」
容姿に似つかわしい、可愛らしく甘い声。スコールは一瞬の虚脱の後、リノアと名乗る少女の頬を両手で挟む。
そして。
「い、いひゃい〜!」
ぐいーっ、と左右に引っ張った。最大に伸びたところでぱっと手を離すと、リノアは即座に両頬をさする。
「……ハーティリー」
「は、はいっ」
地を這うようなその声に、リノアはぴしっと背筋を伸ばす。
「お前、所属はどこだったっけ?」
「救護隊A班と、攻撃隊A班です」
「そうだなぁ。職務としては何を担当している?」
「救護隊としては派遣隊のサポート及び救助、攻撃隊としては班員のサポートです」
「その中に要人護衛は入っているだろうか?」
「いいえ、エスタにおける特別任務以外では、護衛は行っておりま、せん……」
先程までの威勢はどこへやら。スコールの放つ気迫に、リノアの声はどんどん小さくなっていく。
「そうだな。……なら任務として下されていない限り、職務外のことをするな。仮令身内からの軽いお願いでも!」
「はぁいっ、ごめんなさい!」
スコールの怒鳴り声に、リノアは頭を抱えて首を引っ込めた。端から見ていたエルオーネは、そろりそろりと逃げようとしていた。しかし易々とそれを逃すSeeD司令官ではない。
「こら、エル」
「はいっ」
こちらもまた弾かれた様にぴっと背筋が伸びる。
「エルもこういうことはやめてくれ。危機管理が出来なくなる」
「……えへ」
「えへ、じゃないよ本当に……」
あくまでもおちゃらけたスタイルを崩さないエルオーネに、スコールは額に手を当て、これみよがしに盛大な溜息をついてみせた。
リノアは首を傾げて苦笑いし、そそそっとスコールの傍らへ擦り寄っていく。スコールはちらとその様子を見ると、徐にに背を屈めた。リノアはその耳元で両手をすり合わせ、改めて謝罪したらしい。スコールの表情こそティーダ達から見えないが、リノアはぱっと表情を明るくすると、さも当然の如くに彼の頬へと口付けた。しかもちゅっという可愛らしいスマック付きである。
開いた口が塞がらない、というのは、こういうをいうのだろうか。
「……お、俺達のトキメキを返せーっ!!」
思わず叫んでしまったのは、致し方ないことと許してもらいたいティーダだった。
レディ・エルオーネ・レウァールは、人懐っこい朗らかな女性だった。
ころころと笑う様子は、海千山千を相手取るファーストレディ代行というよりは、むしろ十代の女学生のようだ。ジタンがそう言うと、エルオーネは楽しそうに笑い声をあげた。
「嬉しいわね。わたし、そんなに若く見える?」
「はい!」
ジタンの尻に、元気の良い尻尾が見える気がする。それに呆れでもしているのか、テントの入口の隙間に頭を突っ込んできている犬が、ぷすんと鼻を鳴らした。
「わたしも捨てたもんじゃないわね。ねぇアンジェロ?」
エルオーネがその鼻面を撫でると、アンジェロと呼ばれた犬は気持ち良さそうに目を閉じる。
「うふふ、かーわいい♪」
「レディ・エルオーネの飼い犬ですか?」
「エルオーネで良いですよ、ミスタ・ハーヴィ。でも残念、この子はわたしじゃなくて、リノアちゃんのバディなんです。ね」
話がわかっているのかいないのか、アンジェロはうーふ、と唸った。
「へぇ、バディ」
「そう、リノアちゃんとの連携は凄いわよ〜? ……あら?」
瞬間、すぽんっ、とアンジェロの頭が消えた。皆が何事かと訝る中、代わりに言わんばかりにテントの入口へ白い繊手がかけられ、いっそたおやかに割り開かれる。
リノア・ハーティリー、という女性SeeDだった。
「何の話ですか、お姉さん」
「あぁ、リノアちゃん。アンジェロとリノアちゃんの連携が凄いって話をしてたのよ」
「あぁ」
リノアは特に何の感慨もない様子だ。手だけはまだ外に出ている脚に纏わり付くアンジェロの鼻面を撫でている。
「そりゃあ、ショップで買って以来手ずから育てていれば……クレア、ごめんね。カレントレポート見せてもらえる?」
「あ、昨日ので良ければ……えへへ……」
水を向けられたクレアは、誤魔化し笑いしながらデータカードを差し出した。
(――あれ?)
フィリオンは、ふと違和感を覚えた。先程と、随分印象が違う。何故だ何故だと思っていたら、声の調子の問題だった。甘ったるいウェッティなソプラノではない、ビジネスライクなからりと渇いた声。それは、力強いという感じこそしないが、しなやかで、頼り甲斐がありそうな――体格に即した、メゾソプラノだった。
データカードを受け取ったリノアは苦笑した。どうやら、このリノアの方が、クレアよりも立場が上らしい。
「……はい、ありがとう。今のところ、大丈夫みたいだね。割と大事なものだから、行動忘れないうちに書いておくように」
「はぁい」
クレアは頭を掻き掻き、リノアに目礼した。
様子を伺っていたエルオーネは、話が終わったと見ると、両手を合わせてリノアを覗く。
「リノアちゃん、先刻はごめんなさいね。スコールと仲直り出来た?」
リノアは一瞬キョトンと瞬き……次いで、苦笑する。
「仲直りも何も、喧嘩してたわけじゃないですから……それはそうと、お姉さん暫くこちらにいらっしゃいます?」
「えぇ、そのつもりだけど」
「わかりました、戻られるときは声かけて下さいね。護衛を出しますから」
そう言ってリノアはテントを後にしようとした。
……が。
「きゃ!」
つん! とスカートを引っ張られ、リノアは素っ頓狂な声を上げる。引っ張ったのは勿論というか何と言うか、エルオーネ・レウァールその人である。
「リノアちゃん、冷たい〜。構ってよ〜」
「構って、って……お姉さーん、わたし一応仕事で来てるんですけどー……?」
助けを求めるように、リノアの視線がアンジェロやクレアの方を彷徨う。しかし彼女達に何が出来る訳でなく、クレアの苦笑いを見たリノアは小さく溜息をついた。
「……わかりました、ただ何が起こるかわからないので靴履いたままですよ。必然後ろ向きになりますけど、それで良ければ」
「ありがとう、リノアちゃん♪」
エルオーネは嬉しそうに両手を組んで頬に当てた。リノアはやれやれと肩を竦め、その場に腰を下ろす。アンジェロが甘えてブーツの上に顎を載せた。
警戒心なくべったりと寛ぐアンジェロに、ルーネスが視線を注いでいる。それに気付いたリノアは、そっと身体を傾けてルーネスからアンジェロを見やすくしてやった。
「触っても良いよ」
「良いんですか?」
「うん」
ね、とアンジェロへ念押しすると、アンジェロは片耳を震わせ目を閉じた。どうやら、それが彼女の「お許し」らしい。ルーネスは恐る恐る、彼女の頭に手を伸ばす。
その毛皮はふわふわで、つやつやで、そして温かかった。耳に触れると、ぴるるっと震える。ルーネスがくすっと笑うと、リノアが何かを差し出してきた。
「鼻先に置いて、『ステイ』。フィルムは剥いてね」
「はいっ」
ルーネスは嬉々としてフィルムを剥く。チョコレートの甘い香が、ふわりと鼻を擽った。
「チョコレート? アンジェロ、チョコレート食べるんですか?」
「純粋な犬なら中毒起こしちゃうけど、アンジェロは大丈夫」
「犬、ですよねぇ?」
興味をそそられたユウナが、ティナと共に覗き込んできた。
「犬は犬でも、アンジェロは『ハウンド・ドッグ』ですから」
「ハウンド・ドッグ?」
首を傾げるティナに、リノアは頷く。
「ガルバディア・ディンゴー砂漠の固有種に『デザートハウンド』というモンスター寄りの種があって、これと牧羊犬を掛け合わせたものを『ハウンド・ドッグ』と呼ぶんだそうです。残念ながら、わたしも詳しくは……」
「へぇ……」
ルーネスはアンジェロの鼻先に、チョコレートを載せた掌を差し出した。その香りに、アンジェロの目が開く。
「ステイ」
すかさずルーネスに命じられたアンジェロは、にじり寄ろうとして思い止まった。数秒後、その真っ黒な鼻がひくひくと動き始めた。それがあまりに可笑しくて、ルーネスは笑いを堪えるのに必死だ。これは意地悪をしたくなる。
アンジェロは我慢強く伏せている。動くのは鼻だけだ。ひくひくひくひく、動きに動くのが何とも笑いを誘う。その内彼女は、切なそうに両耳を寄せ、上目遣いでルーネスを見た。
「――よし!」
ルーネスが許可を出した途端、アンジェロは半身を持ち上げ、顔を突き出し――べろりと、チョコレートを取り上げた。
「わー!」
「Good girl, Angelo.」
大人しく待っていたアンジェロを撫で摩るリノア。ルーネスもユウナも「偉い偉い」と撫で回し、ティナに至っては首を抱き締めてふかふかを堪能する始末である。アンジェロは満更でもない様子だった。
「本当にアンジェロは大人しいわよね。スコールみたい」
にこにこしながら見守っていたエルオーネが、唐突にそんなことを口走る。
ティーダは耳を疑った。見れば、男性陣は皆耳を掻いてみたり首を捻ってみたり。あのスコール・レオンハートが、「大人しい」? 一体何がどういうことだ。
「……お姉さん?」
何かを悟ったらしいリノアがじっとりとした目線を向ける。
「まさか……見たんですか。『接続』で、わたし達を!?」
だんだんとテンションが上がっていくリノアを前に、エルオーネはぱんっと音高く両手を合わせた。
「ごめんなさいっ、でも不可抗力なのよ!」
「不可抗力ぅ?」
「ちょ、ちょっと前にピエットの仕事上がりがあんまり遅くて、その日しようって言ってた打ち合わせが真夜中になっちゃってぇ……それでその、次の日うたた寝しちゃったのよ……それで、その、時に……その……」
その時の様子でも思い出したのか、エルオーネは真っ赤になった。リノアはがっくりと頭を落とす。2人の間に何があるのかは、ティーダ達にはわからない。
「うた、たね……それは……」
苦笑したリノアは、緩く頭を振って頭を掻いた。
「お姉さん……それ、スコールに気付かれないように気を付けて下さいね」
「あ、当たり前よ! 流石にピエットとスコールのステレオ説教は御免だわ」
エルオーネが身震いした、その、瞬間。
アンジェロがばっと身を起こして翻し、リノアが身構える。そして違う種族である筈の1人と1匹は、殆ど同時にテントを飛び出した。
「リノアちゃん!?」
何が起きたやらわからないエルオーネは、目を丸くしてテントの入口をめくる。一同も何だ何だと押し合いへし合い隙間から覗く。
アンジェロが、救護者用のテントから出てこようとするスコールに吠え立てていた。スコールはいくらかふらふらと歩き出したが、彼女はスコールの膝辺りを鼻で突いてテントの中へ押し戻そうとする。するとスコールは、アンジェロの鼻面を押し退けようとしてよたつき、くずおれた。
スタッフ用のテントの中で声が上がる。
スコールが完全に倒れ込んでしまう寸前、間一髪、リノアが間に合った。背中を丸めたスコールは、しかしその場で吐いた。
「ごめんセルフィ、エスナ!」
「は〜い、よっ!」
リノアの求めに応じ、大した予備動作もなくセルフィは黒く小さな機材を操る。スコールの周囲を虹色の光が取り巻き弾ける。その間にアーヴァインから飲用水のボトルを受け取ったアンジェロは、器用にカラビナをくわえて主人の元へとひた走った。リノアはアンジェロからボトルを受け取ると、スコールに口を濯がせテントに戻らせる。そしてアンジェロを撫でてから、靴を揃え、テントに潜っていった。
「スコール、大丈夫かしら……」
不安そうなエルオーネにかける言葉はない。
ライト・コーネリアは、大層怒っていた。
怒りの理由はスコール・レオンハートの現状である。
(任務中に女に付き添われて昼寝とは良いご身分だな)
ようやっとテントから出てきた青年の様子は、何とも見苦しいの一言だ。髪はぼさぼさなままだし、大きな欠伸を隠そうともしない。これが世界最強の兵団と謳われるSeeDの、司令官か。
真昼の太陽の元、スコールは大きく伸びをした。その痩躯には、黒いボディスーツを纏っている。あれはラバー製だろうか? 少なくとも、ライトが現役の時は存在しなかったものだ。
スコールが数度髪を手で梳いて整える。そこに興味津々の様子で近付いていったのは、我らが劇団の団員であるジタンと、先刻までその彼を伴ってチョコボの世話をしていたバッツだ。彼らはスコールの周囲を取り巻いて、あれやこれやと質問している。微かに聞こえてくる内容は、スコールが着ているスーツについてのものだった。微かに聞こえるところによると、それは試作品のスーツで、スコールとセルフィ・ティルミットという女子SeeDしか着ていないらしい。
何とか彼らを下がらせたスコールは、ゆっくりとストレッチを始める。その手には、リノアが渡したリボルバーが握られていた。柔らかな弧を描きながら、その剣は砂漠の陽の光を弾いて鋭く光る。
「んじゃあいいんちょ相手のランダムバトル開始、制限時間は1人につき1分! 者共、かっかれ〜い!」
セルフィ・ティルミットの、朗らか過ぎる声が轟いた。呼応する若い気勢と、砂地を蹴立てる男子候補生の足音はどちらが早かったか。
「おぉおっ!」
候補生の握る2本のナイフが交差し、リボルバーと切り結んだ。スコールがリボルバーを逆手に構えているのは、未熟な候補生に対するハンデのつもりだろうか。2人は数合打ち合い、制限時間ぎりぎりになって候補生がスコールに蹴飛ばされ、終わった。と思ったら、次は女子候補生が錘付きの鎖を手に飛び掛かっていった。
「うわぁ〜、すっごいわねぇ!」
テントの入口を大きく開くと――本来は日避けの為に下ろしっぱなしにしているが、今は特別だ――、エルオーネが歓声を上げた。他の者達も、手合わせ見物に夢中になっている。
武芸の達人の動きは、さながら舞の様だという。
スコールの動きはそこまで洗練されてはいなかったが、時に豪快なそれは、何故だか楽しそうに見える。
受ける、流す、身を翻す、跳ぶ、転がる、蹴飛ばす、避ける、詰める、そして。
「参りましたぁっ」
「っし、次!」
転がるように撤退したのは、ガルバディア・ガーデンの制服を着た少年だった。候補生としては、彼が最後の挑戦者だ。だがスコールは次を催促する。ライトが首を傾げた時、候補生と入れ代わりに1人の少女が駆け込んできた。
「お願いしまぁすっ!」
模擬剣――訓練用に刃を挽き潰してあるとはいえ、本物の鋼のソードだ――を逆袈裟に切り上げたのは、リノア・ハーティリーだ。
鋼同士の、澄んだ音が響く。
しかし。
「1、2、3、4、5、6、7、8、呼吸を数えて、そう上手い!」
スコールはそう励ますが……敢えて言おう、素晴らしく下手であると。
見ているライトが関係ないのに頭を抱えたくなる程、リノアの剣筋はなっていなかった。スコールは彼女に合わせ、型を確かめるように剣を合わせている。それを周囲の者達は、はらはらしながら見守っていた。
そして、1分。
「リーノア、どいて〜っ!」
軽やかな少女の声が響く。ふと気付けば、赤毛の小柄な少女が勢い込んで駆けてくる。その勢いに、リノアはひっと息を飲んだ。
「ハーティリー、離脱しますっ!」
リノアはギブアップ宣言も早々に、まろぶ様にその場を逃れる。あんな勢いに巻き込まれたらたまったものではない。
「SeeDセルフィ・ティルミット、いっきま〜す!」
セルフィはやおら飛び上がり、手にした真紅のフレイルを振りかぶった。
咄嗟に手首を返し、リボルバーを順手に持ち帰るスコール。その寸後、凄まじい音と共に、彼らのバトルはスタートした。
セルフィは飛び込んできた勢いのままに、左右の手に握ったフレイルを何度も打ち付ける。どうやらセルフィのバトルスタイルは、手数をメインに兎角攻め込むタイプらしい。スコールは防戦一方だ。
「あっ、何だよスコールの奴〜」
「わ、わ、わ」
あからさまに「がっかり」と頬に書いたバッツに、はらはらと手に汗を握るフィリオンとルーネス。だがライトには、彼にだけは、全く別のものが見えていた。
(隙を、伺っているのか)
セルフィは確かに手数が多く、その俊敏な動きは対応に手間がかかる。しかしそれは裏返せば、彼女は単純作業しかしていないということだ。手間がかかるのはリズムが読めるまで、読めてしまえば逆転は一瞬。
「あ」
スコールが、身を翻した。セルフィが小さな悲鳴を上げてバランスを崩す。そこを逃さず、スコールはセルフィの懐に潜り込むと、ひょいと担ぎ上げた。小柄で華奢なセルフィには、最早なす術がない。
カウントダウンを始めていた候補生やSeeD達が、その顛末にけらけら笑う。
「あーん、こんなんアリ〜?」
「俺相手だからってワンパターン攻法が悪かったな」
「う〜……はよ下ろしいいんちょ〜! 恥ずかしわ!」
「暫く晒されとけ」
肩の上でばたつくセルフィを、スコールは喉の奥で笑って適当にあしらう。
「おーい、僕も行くべき〜?」
備品の木箱に寄り掛かり、アーヴァインが笑いながら声を張り上げる。スコールはあからさまに嫌そうに顔をしかめた。
「いらない! お前相手とかめんどくさい」
また笑いの渦が巻き起こる。
「しれーかーん、何すかその理由ー」
「あかんでいいんちょ、アーヴィンもたまには練習させたらな」
「じゃあその間、お前危機管理責任者と統括責任者やってくれる?」
「はぁっ、そういう意味で『めんどくさい』!? 無理無理無理無理、あたしには出来な〜い!」
「そーら見ろ」
スコールは意地悪く彼女を揺する。セルフィは腹いせにスコールの背中を爪先で小突くが、彼はどこ吹く風だった。
不意に、背後から誰かの影が差す。
そくり、と首筋が逆立つ感触に、スコールは咄嗟にセルフィを放り出し脊髄反射で半身を翻す。セルフィが飛び込み前転の要領で着地し離脱したことも確認しないまま、スコールは深く腰を落とし影へ肘を突き込んだ。
ぱぁんっ! 高く鳴り響くインパクト音。だが狙いは違えていた。予測していた急所は外され、スコールの肘は分厚い皮膚に覆われた掌に受け止められている。
が、膠着状態は一瞬と保たず、スコールは正にその肘を支点として宙へ放り出された。初めて見るその光景に、わぁっと怯えの声が上がる。
そんな周囲の心配を余所に、スコールは猫のようにふわりと着地した。皆が安堵する間もなく、ロケットスタートで相手――ライト・コーネリアに突っ込む。そのまま、華麗とも言える組み手が始まった。いや、組み手、というには熱が入り過ぎている。これは互いに、本気だ。
がっ。
がつん。
人間同士がぶつかって、どうしてこんな音が出るのか。SeeD候補生達すら怯えて立ち竦む。
そして。
決着は唐突だった。深く懐に潜り込んだスコールの抜き手が、ライトの腹――急所を狙って止まる。
ライトはにやりと微笑い、スコールの首筋を狙おうと構えていた手を降ろした。
「腑抜けてはいないようだな」
「……急に何するんですか、先輩」
スコールはふぅっと太い息を吐き、目を細める。ライトは僅かに上がった息を整えながら、肩を竦めてみせた。
「昼の日中から女をテントに引き込んで何をしているのかと思ってな」
「…………」
スコールは疲れた顔を見せる。
「彼女は俺の護衛というか、秘書というか……そういう立場の人間なんで……」
「そんな立場の人間に、『枕』をさせるのか?」
「真昼間からンなこと言ってないでとっととテント戻って下さい。昼食の準備が出来次第使いを寄越します、から……『それ』から、手を離せ」
眉間にシワを寄せ、スコールはライトを指差した。――否、その指先はライトではなく、その背後を指している。ライトは咄嗟に振り返った。
リノア・ハーティリーが、何かを構えてライトを睨めつけていた。黒い双眸は剣呑に細められ、ギラギラと焼け付くような視線が彼を刺す。
カチリ。
(今の音は、何だ?)
ライトは知らず喉を鳴らした。
「リノア」
窘めるようなスコールの呼びかけが、微かに耳に届く。
ライトには、リノアが何故銃を――不覚にも思考が空転しているライトには、その「何か」が極小の拳銃に見えた――こちらに向けているのか、理解することが出来ない。そんなライトの横を擦り抜けて、スコールは彼女の許へ向かった。
「コード・オールグリーンだ、リノア」
「…………」
「ハーティリー」
スコールがやや強めに彼女の名を呼ぶと、リノアは不服そうにしながらも構えていた方の手を3指開いてスコールへ差し出した。スコールはその手から、握られていた黒い小さな箱を引き抜いて改める。そうしてみれば、それはライトにも見覚えがあるものだった。魔法カートリッジだ。自分が使っていたものは両手で扱うべき大きさだったが、なかなかどうして技術革新は目覚ましい。
「内容は?」
リノアはややふて腐れた様子ながらも、スコールの問いに口を開いた。
「低レベルがファイア30、ブリザド50、サンダー30とウォータ40。高レベルがブリザガ50、メテオ15と保険にアルテマ3。回復がケアル80、ケアルガ35、ケアルラはなし。状態系はサイレス・スリプル・ブライン・ゾンビーが各25。後、魔石のかけらと魔導石が各100」
「氷魔法の量は砂漠だからまぁ良いとして……何か、全体的に量が多いな。お前今回は『マガジン』じゃないだろ?」
「や、それがわたし、追加マガジンなの。それについてスコール、ちょっとごほーこくが」
リノアがちょいちょいと手招きすると、スコールは彼女に合わせて背を屈めた。リノアはその耳元で何事かを告げる。流石にライトには何の話だかは全く聞こえてこない。
「……という訳で、わたし抜けた教員SeeDの穴埋め兼追加配備な訳よ」
「まぁお前単純戦力なら2、3人分あるもんな……つぅかそれ、アーヴァインに言った? 先刻俺寝てたろ」
リノアは呆れた顔で大仰に両手を広げた。
「アーヴァインってば、『それは危機管理責任者に伝えてよ〜』って逃げたのよ! 統括の癖に……因みに、セルフィも同じく」
「あ、そう……」
スコールは玩んでいた魔法カートリッジをスーツの腰にあるスロットルに押し込み、少し考えるそぶりを見せる。
「……近くに、軍の演習キャンプあったな」
「今、第五歩兵大隊が駐屯してる筈だけど」
「何かあってからじゃ遅い。渡り付けといて」
「了解。今回のI担当は?」
「ん、ピジョン」
「
ぴしっと敬礼したリノアは、ちらっとカートリッジを見遣る。しかしスコールはさっぱり構う様子もなかった為、くたっと肩を落として
端から見ていたライトは、眉をひそめる。
「何か、あったのか?」
「……いえ、別に何も」
「本当か?」
「貴方には関係ありません」
ビジネスライクにぴしゃりとはねつけるスコール。流石のライトも僅かに怯む。
スコールは気まずそうな顔でライトを見た。
「すみません、あいつには後で言い聞かせておきます」
わざとらしい話題転換に、ライトは無意識に眉根を寄せた。
「……言い聞かせて済む類のこと、か? あれは」
「あんたが無言で殴り掛かってきたから彼女に敵認定されたんでしょうに……」
やや呆れた様子で、スコールは頭を掻いた。
「あんな感情的な女子がSeeDか。世も末だな」
「あいつは、厳密にはSeeDというより護衛官なんです」
「ほぅ?」
思わず、小馬鹿にしたような声が出てしまった。スコールはむっとした顔をする。
「……やや感情的で、咄嗟の反応が早い方が護衛官には向いている、と俺は考えています。まぁあいつは過剰防衛気味なところがありますけど、危機に対する反応がとても良い。それに、パートナーとしてはいい女ですよ」
スコールはそれだけ言い捨てると、さっさとライトに背を向けた。
「おーい、エルー! あんた昼ご飯食べたらさっさとシティに帰れ! もう充分に見ただろ、補給班が行くついでに送るから!」
突如声を張り上げるスコールは、ライトを振り返りもしない。
ライトはぽり、と頭を掻いた。
「……嫌われた、かな」
スコールにとって、かの「パートナー」とやらはベッドの相手という以上に大事な存在らしい。
もう子供ではないのだな――そう思うと、感慨深く思うと同時寂しくも感じるライトであった。