スコール・レオンハート。
 SeeD司令官。
 部下である子供達には厳しくも殊更愛情深く接しておきながら、演者達には淡々とビジネスライクの姿勢を崩さない。冷たい男だ、とティーダは思う。

 それが瓦解したのは、ひょんなことからだった。

魔女の騎士は未来の夢を見るか?

Act.4 スコールという青年


 昼下がり。エスタ大草原は最も暑くなる時間帯である。
 開放型のテントに駆け込み、暑いし熱いとぼやきながら茶を啜るティーダ達。そこに突如現れたのは、かの冷血司令官。彼は何やら恐ろしいばかりの形相で、紙とペンを握り締め仁王立ちしている。
(うわ……っ)
 睨んでる、めっちゃ睨んでますよこのお方! 腰が引けそうなのを必死で押さえ込み、ティーダは軽く片眉を上げて見せた。
 途端、スコールは何とも言いようのない表情を見せた。加えて、口を薄く開いたり、閉じたりと忙しない。
 固唾を飲んで見守るスタッフとその他演者達。
 ティーダが首を傾げた。
「……何スか?」
「……っお、オリヴァー・トラップっ……」
 噛んだ。スコールは真っ赤になって口許を押さえ、そっぽを向く。
「へ?」
 ティーダは間抜けな声を上げた。
「オリヴァー・トラップ」というのは、ガルバディアで撮影されたドラマ「首都警察特別捜査班」でティーダが演じたキャラクターである。犯罪者を追いかける捜査班の面々をサポートする、犯罪心理学専攻の大学生、という設定だった。しかし、それが一体何なのだ。
 スコールはもう泣きそうな顔になっていた。微かな陽炎を挟んだテント村の方をちらちら見ている。
 やがてスコールは、きっと眦を決すると、ティーダに向かって紙とペンを物凄い勢いで突き出した。
「ファンなんですサイン下さい!!」
 しぃー……ん。
 数瞬、テントの中が完全に静まり返った。いたたまれなくなったらしいスコールは、その場にしゃがみ込んでしまう。耳が真っ赤に染まっている。
 途端、耐え切れなくなったバッツとジタンが爆笑した。それに釣られたか、フィリオンは両手でがっちりと口許を押さえ、セシルとルーネスはさっとそっぽを向いた。ティナとユウナは下を向いて苦しんでいるし、平静な顔をしているライトとクラウドも、肩がぷるぷると震えている。
「え、何、まさかいつ見ても睨んでた理由って、これ? タイミング狙ってた?」
「に、睨んでたつもりありません……」
「マジで? 目付き悪すぎンだろ!」
「っ、悪かったなっ、こんな目付きで!」
 バッツ達のからかいに噛み付く青年の姿は、感じていた印象よりもずっと幼い。ティーダも、遅ればせながら頬を綻ばせた。
「それ、貸して」
「あ、はい」
 紙とペン――小さめの色紙とサインペンを受け取り、ティーダは気負いなくサインを書いてやる。
「……名前、何だっけ」
「スコール……ですけど」
「や、そっちじゃなくてファミリーネームの方。オレ、誰かにサインあげる時って必ずフルネーム書いて渡してるんだ」
 これは、選手時代からのティーダのこだわりだった。ただ自分の名前だけの、不特定多数に書かれたサインなんて印刷と変わらない、そんなものは配りたくない。そんな些細な、しかし彼には絶対に譲れない我が儘だ。
 スコールは少し困った顔をして、緩く頭を振った。
「スコールだけで良いです。『レオンハート』は、本名じゃ、ないので」
 ティーダを宥めるべくぽつり、と零した言葉が、再びの混乱を生む。
「あ、ぇ……どゆこと?」
「偽名か! 偽名なのか!?」
「バッツうるさい、耳元で騒ぐな!」
 ヤバいカッコイイ! などと騒ぎ出す皆を見るに見かねたか、それまで静観していたライトが口を開いた。
「……彼は、戦災孤児だ。ファミリーネームに、ルーツが無い」
 沈黙、再び。
 気まずい空気が流れる中、ティナがぽん、と手を叩いた。
「一緒ね、わたしと」
 全員の視線が、ティナへ注がれた。にこにこ微笑む彼女に悲壮感は全く見当たらない。
「ティナちゃん、ブランフォード夫妻の養子だっけ? そういえば」
 頬を掻き掻きジタンが問うた。ティナは頭を振る。
「まだ養子縁組、してないの」
「それ、は……えっと……」
 だらだらと冷汗を流し始めたジタンの背中を、ルーネスが殴る。それをちらりと見ながら、スコールは息をついた。
「ガルバディアの民法では、戸籍がないと縁組出来ません。大概の戦災孤児には、特居証はあっても戸籍がないので」(※特居証…『戦災難民特別居住許可証』の略語。『導きの光』参照)
「そうなの。だからわたし、早く大人になりたいんだ」
「どうしてですか?」
 ユウナの問いに、ティナは待ってましたとばかりに両手を打ち合わせた。
「成人したら、わたしの戸籍を創ってもらえるの。そうしたらわたし、ブランフォードのお父さんとお母さんの、本当の子供になるのよ!」
 何故そうなる。
 皆が首を傾げる中、スコールだけが納得した顔で口を開く。
「特別養子縁組、出来そうなんですね」
「えぇ。わたし、ずっと幼い時に引き取られたから。特養の条件は揃ってるし、戸籍さえ出来れば、ってお役所の方が」
「……それは、良かったですね」
 その時初めて、彼らに向けてスコールが微笑んだ。
 それからは、急速に打ち解けた。
 話をしている内にスコールの口は訥訥とではあるが滑らかになり、ティーダは彼が近付いてこなかったのは人見知りの気があるからだったのだなと確信する。
「初っ端、めっちゃ怖かったんですけど! ほら、あの武器選ぶ時にガンブレード触ったら超怒ったじゃん」
「そういや、あれすごいな! ライオンハート! あんなものまで持ち出しさせてくれるなんて、ガーデンどんだけ太っ腹!?」
 興奮状態で羨ましがるバッツに、スコールは苦笑した。
「あれは俺の私物です」
『私物!?』
 バッツと、何故かフィリオンが食いついてきた。
「あ、あんな物騒なものを個人で持ってるのか?」
「必要に駆られてチューンナップしていったらあぁなったんですよ。でもあれじゃ通常任務には実力相俟って危険過ぎるんで、普段はこっちの、リボルバーを使ってます」
 そう言ってスコールは、腰に提げたガンブレードの柄を撫でる。クラウドが嘆息した。
「何故? 勿体ないだろう」
 スコールは肩を竦める。そして、ただ一言。
「あれが人の血で汚れるのは、一度きりで良いですよ」
 その静謐な気配に、理解が及ばない。ティーダは背筋に走った怖気に、密かに身を震わせた。それを感付いたのか、スコールは淡く苦笑した。
「……後、ライオンハートは維持にかなり金が要るんです。弾薬1発にいくらかかるかなぁ……」
「そんなに金がかかるのか?」
 フィリオンが無邪気に首を傾げると、スコールは大儀そうに肩を竦めた。
「ライオンハートには高価で特殊な弾薬を使うので、ショップでも扱いには限りがあります。それをごっそり買い込むから、……任務中に弾切れ起こすと悲惨ですよ。軽く2、3000ギル、酷いと5000はぽーんと飛びますからね……。それに、ああいう大物になると、研ぎに出さなきゃいけなくて、それもまた一苦労で……ホント誰だよ、アダマンタインで刃付けしようなんて考えた奴……」
 最後はもう恨み節だ。聞き出した本人であるフィリオンも、苦笑せざるを得ない。
「アダマンタインか……世界有数の高度を誇る鉱物だな……」
「えぇそうなんです、素人じゃ新品同様には研げないんです……」
 フィリオンとスコールの溜息がシンクロした。
「わかる、わかるよその苦労」
「悪いが、俺達にはさっぱりわからないな」
 クラウドのツッコミに、一同が頷いた。
「大体フィリオン、あんた何でそんなに武器の話に食い付くんだ」
 問われたフィリオンは、きょとんと瞬きする。
「うーん、と……何と説明しようか……」
 がりがりと頭を掻く銀髪の青年。テントの隙間から入ってくる光に、きらきらと踊るその銀糸。珍しい髪色は、ガルバディアでも比較的南部の方の出身であること物語っていた。
 思案投げ首している様子を見かねて、スコールは口を挟んだ。
「ミスタ・ウルフは、元々狩猟で生計を立てていた部族の方……ですよね?」
「え? あ、あぁ、そうだ」
「現在でもその風習はあるんですか?」
「あぁ。観光客相手に毛皮とか骨の加工品とか売ってるよ」
 ここまで言及されれば、その方面に疎いティーダ達とて理解出来る。フィリオンが武器の話に食いつくのは、生活に直結するからだ。
「お前の村もそうだろう? 違うか? 名前からしてうちの近隣の村の出身じゃないかと読んでいるんだが」
「……さぁ?」
「フィリオーン、こいつ確か孤児だろ? リーダー言ってたじゃん」
 バッツがフィリオンの頭に腕を乗せ更に顎を乗せて覗き込む。そこでフィリオンは、今更ながらに「しまった!」と顔をしかめた。
「すまない! 無神経だった」
「いいえ。ただ、プライベートのデータになるんで口を噤んだだけです」
 意味ありげに微笑むスコールに、フィリオンはひたすら頭を下げる。
「無神経なのはお互い様ですから……」
「お互い様?」
「えぇ。……勝手ながら、貴方方の経歴を調べさせて頂きましたので」
『はぁっ!?』
 演者達がどよめき、テントの隅っこに控えていたクレアが両耳を塞ぐ。
「し、調べはったんですか? 全員!?」
 悲鳴のような声を上げたルークに、スコールはさも当然とばかりに頷いた。
「出演者とスタッフの身上書はお渡ししましたよね?」
「頂きましたね、簡単なものは」
「簡単でええ言いましたやん! それじゃ足らへんかったゆうんですか?」
 ルークは食ってかかる。スコールは再び頷いた。
「足りませんでした。正確には、必要な情報はなかった、というべきでしょうか」
「……はい?」
 片眉を上げ、ルークはきょとんと目を瞬かせる。スコールは一息つくと、ぐっと身を乗り出した。
「ミスタ・トラッド。貴方は、ご自分がどれ程に危険な橋を渡ろうとしているのかお分かりでいらっしゃいますか」
「え……危険、ですか……?」
「『The knight of Wicca』――リメイク版『魔女の騎士』。貴方がこれを如何に形にしようというのか、台本は読ませて頂きました。概ね、第一次大戦をモチーフにした旧作と同じシナリオでしたね。舞台のみ第三次大戦に換えて、その周りはいくらかエピソードが加えてありましたが」
「…………」
「『魔女の騎士』は、役者はともかくシナリオは往時の傑作ですからね、20年越しのリメイクなら大いに話題になるはずです。しかし、クランクインを間近にしても、特集ひとつ出もしない。何故ですか?」
「…………それは」
「スポンサーから、圧力でもかかりました?」
「いや、宣伝打つ金がなくて……プレスリリースのみで良いかと思いましたので、最低限スポンサーの系列とか、関連があるようなところだけ集めて……それが、何か?」
 スコールはじっとルークの目を見つめた。しどろもどろな口調なのは、金が無いことが恥ずかしいからのようだ。
「……いえ、懸命なご判断だと思います。少なくとも、公の場で爆弾使うような馬鹿を呼び寄せずに済んだ」
 誰かの咽喉が、ごくりと鳴った。あるいは、この場にいた誰もが怯えを飲み込んだのだろうか。
 ルークは茶を口に含み、咽喉を湿してから改めて口を開いた。
「……僕ら、そんなに危険なんですか?」
「そうですね。テロリズムの目標にも、魔女を奉じようというカルトの神輿にもなりうる。我々が危惧するのはそこです。皆さん多分善人でしょうね。きっと安全に、和やかに、滞りなく撮影は終了するでしょう。でも我々が求めるのは、『多分』『きっと』『だろう』ではなく、『絶対』の善人である確信と『完全』に安全で順調な撮影です。俺達も、死にたくないので」
 だから徹底的に調べました、とスコールは締め括った。
「……ただ、怖かったですよ。何人か経歴に引っ掛かりが見付かって」
「それ、オレだろ。隠さなくて良いぜ」
 ジタンは開き直り、泰然と胸を張った。ティーダがぎょっとした顔で身を引く。
「ジタン、何したんスか」
「盗賊団の下働きしてたことあんだよ、オレ」
「……その盗賊団は通称『光の戦士(ウォーリア・オブ・ライト)』の大暴れに因って壊滅状態に追い込まれたことは確認済みです。以降はその当人の保護下の元、劇団『タンタラス』に入団・在籍。後、その保護者率いる『無銘塾』に移転。ワイヤーアクションを得意とし、主に少年から小柄な青年のスタントを担当している」
 間違いはありますか、と問うスコールの目前で、ジタンは正座して背中を縮こまらせていた。その隣に座るティーダは、スコールに感心して良いやら悪いやら困り果てている。
「後、気になっていたのはミスタ・ストライフ、ミスタ・ウルフ辺りですが……」
「え、俺?」
 名指しされたフィリオンは面食らった顔で鼻先を指した。対して、同じく名指しされたクラウドは特に表情を変えることなく首を傾げる。
「……ミスタ・ウルフについては、ガ軍ウィンヒル地区警備隊が『義の銀狼』と呼ぶ男がどんなものかと不安視していましたが、先刻のでよーくお人柄がわかりましたのでもう良いです」
 あからさまにほっとして見せたフィリオンの肩を、クラウドはぽんぽんと叩いて労う。
「……で、俺の方は?」
「ミスタ・ストライフ。貴方については、数点お伺いしたいことがあります。後程お時間を頂けると有り難いんですが」
「今、はどうだ? 何を聞かれたって別に良い」
 どうせ、今回だけの間柄の面子だ。その言葉は懸命にも飲み干して、クラウドは緩く首を傾げる。スコールはその様子を注意深く見つめていたが……やがて、徐に口を開いた。
「では、単刀直入に伺います。7年前の不名誉除隊、及び同時期の多額の収入が何故なのか」
 ぴく、とクラウドの眉が動いた。
 スコールは注意深く観察している。
「…………7年前、ガルバディア軍に入隊したばかりの頃、ある男に頼まれてドーピング薬の実験に付き合った」
「ドーピング薬……合意の上?」
「いや、最初は『栄養剤』の臨床試験だと聞かされていたから、知らずにドーピングを受けて……錯乱した挙句、同僚の恋人を、殺しかけてな。その時に違法薬物だということがわかったんで、連座で処罰を受けた。それが、不名誉除隊の理由だ」
「その後1年ばかり、行方不明……連座処罰は、建前ですね?」
 クラウドは少しばかり驚いた顔を見せ、次いで苦笑いで首肯した。
「いくら何でも、上等兵の更に上行く軍医に、新兵が逆らえないことなんて周知の事実だ。ただ、殺人未遂については目撃者が多過ぎた」
「だから、不名誉除隊にして、口止め料に多額の金を与えた、ということで」
「後、薬物中毒の治療代だな。経歴に1年ブランクがあるのはそのせいだ。軍立病院に入院していた」
「身上書の職業欄には『運搬、期間中の移動・設置補助』とありますが……」
「あぁ、それか。俺は基本的には小包の個人宅配便をやっている。ただ、友人の何でも屋も手伝っているんで、今回は大道具の補助までが俺の仕事だ」
「……今までで、反政府系組織からの仕事を引き受けたことは?」
 クラウドは肩を竦めた。
「そういうことには、興味ないね。時々は政府関係者の秘密の荷物を運ぶんで、これでも身奇麗にはしているんだ。時々はガーデンにも書類を運ぶぞ」
 最後の一言に、スコールの眉が開いた。どうやら、合理的疑いが晴れたらしい。
「あぁ、なら結構です。ありがとうございました」
 頭を下げるスコール。するとクラウドは、あからさまに肩の力を抜いてみせた。
「やれやれ、根掘り葉掘りだな」
「すみません、仕事なので。ご協力感謝します。今後ご縁がありましたら」
「あぁ、ご指名お待ちしております、とでも言っておくよ」
 ふっ、とクラウドは微笑む。2人はがっちりと握手した。
 それを見届けたお調子者達は、いそいそとスコールに絡み始める。流石に女子やルーネスは大人しくしていたが、大笑いするタイミングは皆と同じだ。しかしバッツやセシルはともかく、ライトが「大暴れとはどういう意味だ、後輩よ?」とスリーパーホールドをかけている光景はなかなかに異様だった。決して本気ではないとわかっているからか、クレアはライトを止めるに止められずおろおろしていた。
 ティーダだけが、そこに入り切ることが出来なかった。
(これが、SeeD。これが、SeeD司令官スコール・レオンハート)
 清濁併せ持つ、世界最強の傭兵団を率いる男。
 後学の為には歩み寄りたくはある。が、理解したくない――そう思わせる人物だと、ティーダは改めて認識させられた気がした。

「いやぁ、あれは驚いた。あいつ、あんな顔も出来るんだなぁ!」
 ディナーをたらふく腹に収めたバッツが、同じく満足げに腹をさすっているジタンに声をかけた。
 ここはとあるホテルのレストランだ。エスタではかなりランクの高いこのホテルは、料理も美味しいということで、レストランのみの利用客も多い。勿論彼らもその一部だ。残念ながら宿泊こそ出来ないが、せめてもということでルークが連れて来てくれたのである。
 バイキングですっかり満足した一団は、賑やかしくレストランを出たところだ。そこに、昼間のことを思い出したバッツの先程の科白だった。
「『ファンなんですサイン下さい!!』ってさぁ、何かもう可愛いの何のって」
「あっははは、似てる〜!」
「しかし、その後のアレは……恐ろしかったな」
「あぁ、『あれが人の血で汚れるのは、一度きりで良いですよ』って?」
「意外な特技だな、バッツ……というか、よく覚えてるな……」
「へへ、おれそういうの得意なの。地元じゃちょっとした『ものまね士』よ!」
 人の物真似が得意なバッツにフィリオンは感心する。彼らの会話を聞いていたセシルとジタンが、先程のバッツの真似をした。それを見たティナとユウナがくすくすと笑う。ルーネスはそのノリに呆れた振りをして、溜息を零した。
「……SeeDって、お金次第で何でもする、って言うけど……やっぱり、そういうこともするのかなぁ……?」
 ルーネスがぽつりと呟いた。ライトはちらりと彼を見ると、その金色の頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
「そういうこともあった、とだけ言っておこう」
「リーダー……」
「彼のことについては、私は語ることは出来ない。推測に基づいて語れば、それこそ……おや?」
 それまで和やかだったロビーが、不意にざわつき、静まり返る。客の視線が一方向に集まっていることに気付いたライトは、ごくさりげなくそちらを見遣った。
 ホテルの支配人が深々と一礼している相手は、背が高い男性だ。やや長いブルネットの髪を項で纏めた彼は、均整の取れた身体を仕立ての良いスーツに包んでいた。その後ろには、エメラルドグリーンのタイトドレスに身を包んだ美しい女性が同伴している。
「……驚いたな、まさかロイヤル・ファミリーと同席していたとは」
「ロイヤル・ファミリー? ってことは、あの人が『エスタ救国の士』、レウァール大統領か! じゃあその後ろにいるのは……」
「ご令嬢の、エルオーネ・レウァール嬢でしょうね……眼福や、テレビで見るより美人やわ……」
 ルークを始め、必要もないのにこそこそしてしまうのはやはり小市民的な野次馬根性の為だろうか。
 そんな視線は露知らず、エルオーネ嬢はにこやかに背後を振り返った。
「もう、驚いたわ! 私、スコールがあんなに食べるなんて思わなかった!」
 ティーダ達はきょとんとした。今、とても聞き覚えのある名前を聞いた気がする。
 その時一同は初めて気付いたのだが、レウァール父子の後ろには2人の男性が付き従っていた。最初はSPか何かかと思われたが、柔らかな雰囲気には警戒心などどこにも見当たらない。
 男性2人も、大統領と同じくらい背が高かった。その一方である薄い茶髪の男性は、エルオーネ嬢の言葉に軽く肩を竦める。その仕種は、昼間見たスコール・レオンハートの動きにそっくりだった。
 その肩を大統領が豪快に叩き、がっちりと抱き寄せる。
「良いじゃねぇか。スコールは軍人みたいなもんだろう? 身体が資本なんだ、食いもするさ。なー」
「全く……」
 大袈裟に溜息をつくエルオーネ嬢。
「暴飲暴食は控えなさいよ? スコール」
「おぉっと、その言い方ママそっくりだ! あのちっちゃいエルがそんな風に言うなんて、オレも年取るはずだわ……」
「やだ、お父さんったら」
「……幸せになるんだぞ、エルぅ……スコールも……」
 しんみりと零す大統領の背中を、エルオーネ嬢が優しく叩く。垣間見えた青年の横顔は不満を擬しながらどこか嬉しそうだった。
 半ば隠れながらその一部始終を見ていた一同は、ほぅっと溜息をついた。
「何か……良い雰囲気だったっすね……」
「全くだな……」
 ユウナに応じ、ライトが感慨深げに呟く。セシルは緩く首を傾げた。
「あの話ぶりからすると、結婚……のご挨拶だったのかもしれないね」
「結婚……レディ・エルオーネとあいつが?」
「おぉ……!」
 静かに興奮の声を上げるバッツとジタン。クラウドは落ち着け、と2人の肩を掴む。
「明日、思う存分吐かせれば良い」
「……クラウドさん、言い方えげつないです」
 ルーネスがぼそっと突っ込みを入れるも、それを聞いていたのはティナだけだった。
 ライトはレウァール一家が4人連れ立ってホテルを出ていくのをじっと見送っていた。
「ライトさん?」
 見咎めたフィリオンそっと声をかける。ライトは、微かに笑みを浮かべた。
「……あのスコールにも、やっと家族が出来るのだな。家族というものは、本当に良いものだ……良かった……本当に……」
 その声に潤みを感じて、フィリオンは労るように彼の肩を叩いた。
 ……この時、扉を潜る寸前にスコールが発した一言をライトが聞いていたのなら、彼は糠喜びをせずに済んだだろう。
 しかし微かな声はドアの軋みと不特定多数の足音に掻き消され、心なし浮かれた彼の耳には、届かなかった。




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