魔女の騎士は未来の夢を見るか?

Act.3 スコール・レオンハートというヒト


随分と大所帯になったものだ。SeeD達のキャンプを眺めながら、クラウド・ストライフは密かに溜息をついた。
 何故この期に及んで人数がほぼ倍増するのか。監督が司令官とやらに問うてみれば、回答は淡々としたものがたったひとつだけ。
『そちらが沢山のスタントを欲しいと言ったからでしょう』
 これには皆呆気に取られた。だからといって、ふたつの組織からほぼ同数の訓練された人間を集められるものなのか。
 しかし、それについての事情はクラウドには関係ない。彼は涼しい顔で、演者達が武器を選ぶ様子を眺めていた。
 ティーダやユウナのような生粋の演者達は、自前の武器は持ってきている筈がない。それに引き換え、クラウドやバッツのような本来演者ではない別の事業者は、平素の癖でモンスター対策に自前の武器を持ち込んでいた。それを知ったSeeD司令官は、当然良い顔はしない。安全上の理由から、演者に持たせる模造武器はガーデン側から用意されることになっていたからだ。
「うおぉ、どうしよう!」
 はしゃぐティーダ。俳優とはいえ年頃の男の子、普段見られない触れない武器の類は、実戦に使えないものだとわかっていても興奮してしまうものらしい。
 ソード、ブレード、ダガー、スピア、フレイル、マシンピストル、ライフル、エトセトラ・エトセトラ。変わり種ではウィップなどもある。流石に扱いが難しすぎることもあって選ぶ者はいなかったが、女性がそれなりの格好をして持てば相当な威力がありそうだな……と考えてしまう辺り、自分は馬鹿な大人だと感じるクラウドである。
「ミス・オリンピア、どれにするんだい?」
「そうですねぇ……」
「フィリオン、そんなに持つの!?」
「え、おかしいか? レジスタンスというか、傭兵ってそんなもんだろ?」
 年若い者達は騒がしい。対して、年長者であるライトは随分とあっさりしたものだ。自身の体格に見合うソードを一振り手にし、軽く振り回して、それでおしまい。それを見ていたバッツは自身の細剣を同じように振り回してみせようとして――ふと、あるものに目を留めた。
 地に突き立てられたそれは、透明な刀身を持つ風変わりな剣だった。ガンブレード、という名をクラウドは辛うじて記憶している。
「おぉお……」
 バッツは目を煌めかせて近付き、手をかけた。
「バッツ?」
 両刃の剣を腰に下げたティーダが、彼の動きに首を傾げる。
「おい、ティーダ見ろよ! これ、ガンブレードだぜ! しかもハイエンドモデルの『ライオンハート』!!」
 興奮したバッツはガンブレードをぶんぶん振り回す。うおー重てー! などとはしゃぐ彼に、流石のティーダも呆れ顔だ。
「それの何が凄いんスか……」
「お前これ、どれだけ貴重なお宝か! こんなものまで使わせてくれるなんて、お前ら――」
 恵まれてるぞ、と言いかけた彼の手から、そのガンブレードが弾き飛ばされた。ガンブレードはくるくると宙を舞うと、どすっ、と重い衝撃音と共に大地へ突き立つ。
「「…………」」
 呆然とする2人。
 その目の前にいたのは、自身の持ち歩くガンブレードでバッツのそれを跳ねたスコールだった。
「こんなもの振り回すな! 自分で自分の首跳ね飛ばして死にたいのか……っ!」
 怒りに蒼眸をぎらつかせ、スコールはバッツを睨み付ける。
「……す、すんません……」
 両手を上げたバッツが、絞り出すような声で謝罪した。スコールはその両手、両腕、胴体に両足と視線を彷徨わせ、ついでにティーダを確認してから、気まずげに咳払いする。
「……こちらこそ、不注意でした。これには触らないようにして下さい。これはモンスター討伐用に調整したもので下手なものより重い剣ですから、人間程度は簡単に真っ二つになります……怪我がなくて良かった」
 成程、先程の目線は2人の具合を見た為か。クラウドが感心する前で、スコールはずっと握り締めていた銀色の方を腰の鞘に納め、もう一方を肩に担いだ。
「……それと、刃引きされていない剣の扱いには細心の注意をお願いします。怪我の面倒まで見切れませんから」
 それだけ告げると、スコールは彼らSeeDが「管制塔」(コントロール)と呼ぶテントに入っていった。
「ひゅ〜、やっぱりおっかねー」
 一部始終を見守っていたジタンが大袈裟に肩を落として揉みほぐす。彼は腰に大振りなダガーを2本ぶら下げていた。
 簡素なスピアの持ち具合を確かめていたセシルが苦笑する。
「おっかながってばかりだね、ジタンは」
「だってさー、ちょっと威圧感ありすぎでしょ。元警察官だっていうセシルさんや、元軍人のクラウドさんより偉そうだ」
「セシルで良いよ。まぁ、その辺りは部下を持つ者として精一杯威厳を保とうとしてるんじゃないのかな?」
 柔らかく首を傾げるセシル。ジタンは大仰に肩を竦め、目を転じた。砂漠を渡る風に、ゆらゆらと幻のような若草色がはためく。傭兵団のマントだ。
 衣装の基本形を崩さないライト・コーネリア。
 マントは長いままに、ボトムを極限までスリムに詰めたフィリオン・ウルフ。
 逆にマントを含め、全体的に短めにしたルーネス・ウルリック。
 マントを留め金から外し、ゆるりと首に巻いているセシル・ハーヴィ。
 ボトムとマントを短くし、チョコボ騎乗用のブーツを身につけたバッツ・クラウザー。
 わざとボトムをだぶつかせ、大剣を背負うクラウド・ストライフ。
 左足と右腕部分を切り落とした衣装を身に纏うティーダ・オデッセイ。
 そして、マントをスカーフ状にしたジタン・トライバル。
 一応、衣装は皆お揃いである。しかし誰ひとり、全く同じ形同士の者はいない。初めてこれを見た監督は、何故かいたく感激していた。
『これや……これやで、これこそ理想の傭兵団の姿や……!』
 軍隊のように画一ではなく、しかしモチーフは統一された集団。それは歪でありながら、奇妙な美しさがある。
「皆さん、決まりましたか?」
 その一団に、背の高い青年が声をかけた。彼はアーヴァイン・キニアス。司令官の指示を請け、ガルバディア・ガーデンから護衛官候補生を率いてやってきたという。この笑顔の多い柔和な青年も、やはり傭兵団の衣装を身に纏っていた。
 ジタンはぴゅーい、と口笛を吹く。
「キマってますねぇ」
 アーヴァインは眉を開き、ついで大仰な動きで気取ったお辞儀をしてみせた。
「お褒めに与り光栄です、なんてね」
 片袖を覆うように纏ったマントが、ふわりとたなびく。その奥に見えたのは、少々存在感のありすぎる銃だった。
 ジタンとバッツが興味深そうにそれを覗き込む。その視線に気付いたアーヴァインは、マントを少しだけ持ち上げてみせた。
「これは実弾入ってますから、注意してくださいね。まぁ、肌身離さないとは思いますが」
 彼曰く、SeeD達の持つ武器は全て「本物」なのだそうだ。素人には危険な代物なので触らないでほしい、と。……ということはつまり、この穏やかそうな青年ですら、傭兵だということだ。
 表情を硬化させた若年者を気にせず、アーヴァインが口を開く。
「諸注意等は、SeeDレオンハートから聞かれましたよね?」
「はい。警告と称してしっかりと」
 セシルが皆を代表して応えを返した。アーヴァインはにっこりと完璧な笑顔を見せた。
「そうですか。でしたら」
 アーヴァインは一礼し、踵を返す。
 そこに茶髪の少女が駆け寄り……「とぉうっ!」と飛び掛かった。アーヴァインは転びかかったが辛うじて踏み止まると、少女を片腕で抱き抱えて、そのままどこかへいってしまった。
「すっげー……」
 誰かが感心した風に呟く。
 ぽかんとしてそれを見送っていたティーダは、ふと自分の手足を見た。
 ティーダは元ブリッツボール選手だから、その名残で身体は充分に鍛えられている。しかし自分にユウナをあんな風に持ち上げられるだろうか、そう問うた時にティーダは応とは言えない。
 世界の違いとかいうものを、見せ付けられたような気がした。

 撮影は、概ね順調に進んでいる。この数日間の内に、ティーダはSeeD達の存在に慣れた。慣れざるを得なかった、が正しいかもしれない。何しろ、年若い彼らは――話のついでに確認して驚いたことには、SeeDは揃いも揃って未成年ということだった――フットワーク軽くちょろちょろ動き回るから、嫌でも目に入る。
 そして、この数日間の内に知れたのは、彼らも様々に個性があるということだった。当たり前といえば当たり前の話だが、そんなことに何日もかけて気付いたのは、初めて見たときのあの軍隊じみた姿に、幾らかの反発を覚えていたからかもしれない。
 バラムの子達は、その土地の気候をその身の内に取り込んできたのかと思う程に、明るく懐っこい。反対にガルバディアの子達は大人しく静かな風だが、これは彼らが「護衛官」とやらになる為の訓練を受けているからであって、決して人付き合いが苦手だとかの理由がある訳ではないらしい。
「ふぅ〜ん、大変ッスねぇ」
「別に大変って程大変でもないですよ。そりゃ訓練厳しいし、やりたくねぇ〜っ! って思うときもありますけど」
「勉強よりはな〜」
 そうやって笑い合っている様子は、ティーダの目にはただの学生に見える。
「勉強といえば、司令官達いつ勉強してんだろうな」
「へっ? 司令官が勉強?」
 思いがけない言葉に、ティーダは目を瞬いた。
「司令官、大学行ってるんですよ」
「良いよなぁ、大学生は。いつも暇そうで」
「バカだろお前。先輩教職の資格取るのに大学行ってんだぞ。暇な訳ねぇじゃん」
「うぉ、その上休日に任務かよ……無茶苦茶過ぎる……」
「つか、人間? あんたらの司令官て……」
 ティーダが一抹の不安を覚えて問い掛けたその時、その当の本人が子供達の背後に立っていた。
「うゎ、司令官!」
 慌てふためいて立ち上がろうとする候補生を制し、スコールはわざと肩を怒らせる。
「お前ら、外交も良いけどやることやってからな。カレントレポートは?」
「あ、はいっ」
 1人がPDAからデータカードを引き抜き、スコールへ差し出した。
「遅くなってすみません。コバルト班カレントレポート、提出します」
「受けた」
 スコールは受け取ったデータカードを自身のPDAに読み込ませて投げ返した。見事キャッチする候補生を尻目に、スコールは画面に目を滑らせる。
「特に異常ないな」
「はい」
「結界装置にも異常ありません」
「わかった、ありがとう。昼飯出来たらしいから早く行きなさい」
 候補生達は「はーい」と和やかな応えを返し、ばたばたとテント村の方へと走っていく。全く、本当に元気なことだ。
「ミスタ・オデッセイ、貴方も早く」
「へっ?」
 突如水を向けられたティーダは、目を丸くして自身の鼻先を指差した。スコールは静かに頷く。
「あいつら良く食べますから、早く行かないと食い尽くされますよ」
「え、あ、はい」
 ティーダは呆気に取られながらも、のろのろと候補生達の集まりへ向かう。
 到着すれば何のことはない、撮影の一貫だった。簡素なアルマイトの食器――使い古されてぼこぼこになっていて、いかにも「間に合わせ」のように見えた――にシチューを注ぎ分け、わいわいがやがやと騒ぎながら次の仕事について語り合う。そんな風景だ。
「『では、これから状況の説明を行う』」
 リーダー役であるライト・コーネリアの台詞を聞きながら、ティーダはがぶりとシチューを頬張った。屑のような野菜をただ煮込んだだけのシチューなのに、これが美味い。
 ライトはロティとか言うひらべったいパンをちぎり、指揮棒よろしく振って説明する。大して味もしないパンだが、これはこれでシチューに合う。
「……『事は慎重に行わなければならない。やれるな? ラファール』」
「んぐっ……『とぉーぜんっ! エースのオレががっちりキメてやるッスよ!』」
 がばっと立ち上がり、見栄を切って胸を叩くティーダ。それをそれぞれの思惑を持って見上げる、8人の仲間達。
 じー、かちんっ。
「はい、オッケーですっ!」
 クラッパーボードが鳴らされ、監督の声が響いた。瞬間、見栄を切ったまま息を詰めていたティーダがどっと力を抜く。
「ティーダ、口にパン詰めすぎ!」
「すんませんっ」
 固唾を呑んで見守っていたユウナの叱声に、ティーダは反射的に頭を下げた。確かに、これは失態だったという自覚がある。
 このシーンは、ある国を乗っ取ろうという魔女の暗殺を依頼され、それについて話を詰めていくという重大なものだ。そこで喉を詰まらせかかるなど、ティーダの想像するプロの暗殺者にあるまじきこと。
 しかし、ルーク監督はものすごくほくほくした顔だ。
「いやいや、素晴らしいです! 若者らしさが良く出てる。クラウドさんの『やれやれ』って感じで首を振ったのもちょうど良かった!」
 水を向けられたクラウドは、片目を眇めて苦笑する。
「シーン的には多分失敗だろうと思って、思わず素の気持ちを出してしまったんですが……」
「その飾らなさが欲しかったんです。ありがとうございます!」
 手放しで褒められると、何だか尻がむずむずする。クラウドは居心地悪そうに頭を掻いて会釈すると、おもむろに立ち上がった。それに追従するように、他の者達も立ち上がる。
 セシルは裾の埃を払いながら、何気なく辺りを見回した。
 候補生が数人寄ってきて、演者達から食器を回収する。
 遠景ではがんがんに熱した鍋をひっくり返し、煤を擦り落としている者がいる。
 回収した食器の全てを、布切れと僅かな水で汚れ落とししている者がいる。
 かと思えば、少し緩んだテントの手直しをしている者がいる。
 備品の数を数え、チェックボードに書き込んでいる者がいる。
 その横で、銃や剣を点検し磨いている者がいる。
 全て、手慣れた動きをしていた。
(同じ姿をしていても、彼らと僕たちは何と違うことか……)
 セシルは切なげに目を細める。
 衣装は所詮、薄皮だ。あちらとこちらの違いは、さながら彼岸と此岸の様。自分達には特別な経験でも、本職の傭兵である彼らにとっては、これは日常でしかないのだ。
 そこで、ふと気付いた。彼らが頂く「司令官」――スコール・レオンハートが、こちらを見ている。いや、見ているというより、睨みつけている、が正確だろうか。
 スコールと目が合い、セシルはどうしたの? と問い掛けるように微笑んで首を傾げた。途端、スコールは首を傾けて視線を逃がし、そのままそっぽを向いてしまう。
 後はもう、こちらには関心がないそぶり。
「言いたいことがあるなら、言えば良いのに」
 胸に湧いた微かな憤りと共に、セシルは独り言ちた。




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