「ティーダ」
 テレビ局の控室にて、金髪の青年俳優はマネージャーの呼び声に振り返った。
「何スか、アーロン?」
 サングラスをかけているマネージャーは、首を傾げて問うてきた青年に、黙って1冊の本をを差し出した。
「台本?! ドラマ?」
「似たようなものか。映画のオファーが届いたぞ」
「マジ? うわ、どんな役だろ」
 青年は台本を引ったくり、いそいそとページを開いた。
「先日リバイバルした『魔女の騎士』、あれの現代リメイク版だそうだ」
「へぇ、『魔女の騎士』の。あれ騎士役のおっさんがすげぇカッコイイんだよな! 何々……主役は傭兵の『ラファール』、ヒロインは魔女『ウィッカ』……」
 そのまま台本をじっくりと読み込んでいってしまいそうな青年の様子に、マネージャーは溜息をついた。
 この青年は、ティーダ・オデッセイという。彼はここエスタにおいて新進気鋭の若手俳優だ。
 彼の経歴は、少々異質である。
 彼は元々、水球――プールを舞台に行われる球技であり、ボールの軌跡の様から「ブリッツボール」とエスタでは呼ばれている――の選手であった。絶え間無い努力と類い稀なる身体能力によってあっという間にプロ契約寸前まで行ったのだが……交通事故により脚へ重傷を負い、選手生命を絶たれた彼は引退を余儀なくされた。それがどういう巡り合わせか、甘いマスクと人当たりの良さを持つ彼は俳優になるべく研鑽を積んでいた。鳴り物入りでこの業界に入った彼は、プロダクションが付けてくれたベテランマネージャーをひやひやさせながらも、今の所は順調にキャリアを伸ばしている。
「ティーダ」
「んー?」
「お前、この台本ならどんな役所が欲しい?」
「んー、そうだなぁ……。オレ、もらえるならどんな役でも有難いんだけどなぁ……もし、もしオネダリ出来るんなら、やっぱ『ラファール』だな!」
 そう言ってからりと笑う青年に、マネージャーは微かに口元を綻ばせた。
 それに気付いた青年は、訝しげに眉をひそめる。
「……何スか、アーロン?」
「喜べ、お前が主役だ」
 その一言を彼が理解するまで、数秒。
「え?」
 自身の鼻先を指差す青年に、マネージャーは重々しく頷いた。
「えぇえ〜っ!?」

 かくして、 リメイク版「魔女の騎士」の企画がスタートすることになったのである。

魔女の騎士は未来の夢を見るか?

Act.1 クランク・イン


「ま、そんなこったろーとは思ってましたけどね……」
 ティーダはワゴンに揺られながら、陽光に霞むエスタ大平原を眺めていた。
 窪みを踏むのか小石を踏むのか、時々がたんと盛大に車体が揺れる。熱心に台本を読んでいた少女が、きゃっと小さな悲鳴を上げる。ティーダは慌てて彼女を庇った。
「ユウナ、大丈夫!?」
「あ、うん、大丈夫。ありがとう」
 茶髪の少女は頬を赤らめ、にっこりと微笑んだ。世にも珍しい色違いの瞳(オッド・アイ)は、枯れた平原が夢見る水と緑の色だ。
 彼女は、ユウナ・オリンピア。舞台俳優の父親を持つが、それに奢らずたゆまぬ努力を続けて現在の地位を築き上げた人気女優だ。
 そして、ティーダの恋人でも、ある。
「ティーダも大丈夫?」
「オレも平気ッス! 何せこれでも元ブリッツ・エースだからな」
 選手時代からのトレードマークである笑顔を見せ、力こぶを作ってみせるティーダ。ユウナは両手を口許に揃え、ころころと笑う。こちらもまた、付き合い出した高校生の頃と変わりない。
「ねぇ、ティーダ。台本、どれくらい読んだ?」
「んー、一通り目は通したよ」
「そうなんだ」
「うん」
 軽く言うティーダだが、ユウナは彼が言葉ほど軽くない人物であることを良く知っている。
 ティーダ・オデッセイには芸歴がない。それは則ち、人よりもずっと努力をしなくてはならない立場ということだ。幸い彼ははったりを効かせるのは得手であったから――このパフォーマーとしての才は、ブリッツ選手であろうと役者であろうと変わりない――、それを裏打ちするための努力については怠りない。「一通り」とは言うが、既に書き込みだらけの台本が果たして「一通り」だけ目を通した物に見えるのか。角の擦れたティーダの台本が、ユウナには誇らしかった。
「そろそろ降車準備をしておけ」
 ティーダのマネージャーであるアーロンが、運転席から声をかける。低予算であるB級C級映画だと良くある光景だ。ティーダとユウナな思い思いの返事をすると、台本を鞄に押し込んで上着を手にした。

 現地には既に、幾人もの人間がいた。テントの設営をしている者もあればカメラチェックをしている者もあり、その向こうには格闘技の組み手をゆっくりと行っているアクションスタントらしき者達もいる。
 中でも目を引いたのは、少し離れた所にいる一団だった。カラフルなスタッフ達とは一線を画し、全体的に黒っぽい。彼らは黙々と野営の準備を進めていた。
「おはようございます!」
「初めまして、皆さん! この度はよろしくお願いします!」
 ワゴンから降りて開口一番、2人は元気一杯の挨拶を口にする。仮令B級であろうとも、映画撮影は映画撮影。初対面のスタッフ達への印象は良いに越したことはない。果たしてそれは功を奏したらしく、スタッフ達は笑顔でティーダ達を迎えてくれた。
「初めまして、オデッセイさん、オリンピアさん。僕はこの企画の現場監督やりますルーク・トラッドといいます」
 中心にいた若い男はそう名乗り、深々と頭を下げながら2人と握手する。勿論、ティーダとユウナも丁寧に頭を下げた。
「トラッド監督、今回はお世話になります」
「いや、僕なんかにそんな大それた呼び方止してください。『ルーク』で良いですよ」
「わかりました、ルーク」
 ユウナが笑顔で頷くと、ルークは照れ笑いを浮かべた。
「……何か、恥ずかしいですね。こんな美人の女優さんから名前呼んでもらうの」
「あ、ダメッスよ! ユウナはオレの!」
 間髪入れずに割り込むティーダ。慌てたユウナが彼の袖を引くと、ルークは朗らかな笑い声を立てる。
 きょとんとする2人。
「仲が良いですよね、オデッセイさんとオリンピアさんは。だからお2人にどうしても出演してもらいたかったんです。僕の考える『魔女と騎士』の姿に、お2人はとってもよくハマるから。
 さ、これでメインのメンバーは全員集まりました。顔合わせ、しましょうか」
 上機嫌のルークはスタッフ達に大きな声で招集をかけ、ティーダとユウナを手招きする。離れたところにいる一団を除き、全員で円陣を形作った。
 緊張気味のティーダだが、そんなことはおくびにも出さない。彼は深呼吸をひとつし、にかっと太陽のような笑顔を見せた。
「『ラファール』役、ティーダ・オデッセイです。今回は新人の癖に主役張らせていただきます。全力でやりますんで、どうぞヨロシク!」
 その好感の持てる挨拶に、柔らかな拍手が広がった。ユウナも頭を下げ、胸を張る。
「ユウナ・オリンピアです。今回、『ウィッカ』役をやらせていただきます。右も左もわかってないのにこんな大役いただいてしまってちょっと緊張してます……でも、出来る精一杯で努めますので、よろしくお願いします」
 先陣を切った2人に続き、監督や撮影スタッフも1人1人挨拶する。
「これでスタッフは全員ですね。じゃあ続いて、スタントの皆さんお願いします」
 ルークが声をかけると、1人の青年が会釈した。
 淡いシルバーブロンドの、背の高い青年だ。年の頃は、24,5といった具合だろうか。鍛えられた身体には一分の隙も無い。
「スタント集団『無銘塾』筆頭、ライト・コーネリアと申します。今回は傭兵団のスタントマンとして参りました。塾のメンバーでも特に熟練したものを集めたつもりですが、至らなければご容赦下さい」
「堅っ!」
 思わずティーダが茶々を入れると、周囲からくすくすと笑い声が零れた。ライト本人もほんのりと口許を緩ませ、優雅に手を広げる。
「では、メンバーからそれぞれ自己紹介をさせていただきます。フィリオンから行ってくれるか」
「あ、はいっ」
 銀髪をひとつ括りにした、長身の青年が一歩前へ出た。ライトよりも若いその青年は、とても緊張しているようだった。
「フィリオン・ウルフと言います。今回は傭兵団のスタントをやらせていただきます。得意なのは格闘技……で良いのかな? とりあえず、よろしくお願いします」
 折り目正しく頭を下げ、青年は下がる。
 次いで出てきたのは金髪を逆立てた少年だった。随分と幼いようだが、目の輝きは生意気そうにきらきらとしている。
「無銘塾塾生、ルーネス・ウルリックです。得意なのは剣での演舞です。よろしくお願いします」
 3人目は、いっそたおやかな印象の青年だった。ゆったりとした服を着ている彼は、にっこりと首を傾げた。
「セシル・ハーヴィと申します。実を言うと無銘塾の一員ではなくて企業側の人間なんだけど、今回は皆さんに混ざってスタントをやらせていただきます。趣味でクレー射撃をしているので銃の扱いは得意です。どうぞよろしく」
 彼が胸に手を当て一礼すると、その隣にいたやんちゃそうな青年がちゃっと手刀を切ってみせた。
「オレはバッツ! バッツ・クラウザーって言うんだ。オレも実は無銘塾のメンバーじゃなくてチョコボ騎乗指導としてチョコ牧場から出向してきてるんだけど、何か面白そうなんでスタントやります! ヨロシク!」
 内心冷や汗をかいたのはティーダやユウナだけではあるまい。
 次は、波打つ金髪を高くまとめた少女だった。おっとりとした笑みが大変愛らしい。
「無銘塾塾生、ティナ・ブランフォードと言います。小さい頃から体操をしていたので、軽業が得意です。よろしくお願いします」
 ぺこり、と頭を下げた少女は、隣の青年の袖を引っ張った。金髪の青年は観念したように溜息をつき、軽く会釈する。
「クラウド・ストライフだ。……運送業者として大道具の設営を助けに来ただけだったんだが、リーダーとバッツに巻き込まれてスタントをやることになった。よろしく頼む」
 ティーダは思わずライトに目を向けた。巻き込んだという当の本人はしれっとしている。
 最後は細身の少年だった。ティーダと同じ年頃だろう彼は、気取った笑顔と仕草で礼をする。
「最後はオレ、無銘塾塾生のジタン・トライバル! 得意なのは集団での殺陣とワイヤーアクション。スタッフさん見せ場頼みます! つっても、見せるレディはほんの数人か……」
 尻尾よろしくベルトを提げた少年は、がっくりと項垂れてみせた。一同の間に、小さく笑い声が響く。
「それでは皆さん、クランクアップまでよろしくお願いします!」
「このメンバーでやるの最後かも知れないしね、だから全力で行くッスよー!」
 応! と一同が拳を振り上げ――いざ、撮影開始である。




Next⇒「SeeDとは」