Mission: Hide and Seek

Act.4 トラップ


 大騒ぎの一夜から目が醒めてみれば、いつもと変わらない朝だ。大人にばれてはいけない戯れの残滓も、すっかり取り払われている。
 受験も近く、殆ど自習に近い授業中、スコールはエディの様子をちらと見た。
 エディは手元のノートを眺めては、何やら書き込んだりしている。昨日の会合で溜め込んでいたものをやっと吐き出すことが出来、随分と落ち着いたらしい。
 さてスコールの手元はと言うと、問題集に載っていた応用問題に使う公式を書いたところで止まっている。びっしり書き込まれているのはむしろ、更に下に広げられたノートの方だった。
(1人目、ミリアム・ロックベル)
 彼女はガルバディアでも良く知られた寄宿校の生徒だ。歳はスコール達と同い年の18歳、外見は黒髪ロングに碧眼。所謂美少女。自らの見目にはあまり頓着せず、それよりは手芸に力を入れていたというから天然ものだろう。
(2人目、エレイン・ガーディ。同じく3人目、リラ・エンリル)
 ウィンヒルのバークスでいなくなった2人の女生徒は、夜中に遊びに行って戻ってこなかった。学校からの報告が遅れたのは、彼女達が寮脱出の常習犯だったせいだ。消えてから3日ばかり経過し、流石にこれはおかしいとの判断が漸く下されたそうだ。エレインはポニーテイルを好み、リラは柔らかなカーリーヘア。どちらもガルバディア人らしい黒髪だという。
 ティンバーでいなくなったのは、スコールのひとつ上とふたつ下の少女達。ひとりはダークブラウン、ひとりはブルネットの髪だそうだ。
 こう見ていると、犯人グループ――これだけの規模だ、犯人は紛うことなく複数人の筈だ――は黒髪或いは黒に近い髪色、つまりは典型的なガルバディア民族の容姿を持つ女子をターゲットに絞っているのがわかる。ティンバーやウィンヒルは元国境を接しているだけあって、ガルバディア民族固有の遺伝子は良く現れる。
 さて、これだけ未成年をさらっておいて、どこに彼女達を閉じ込めているのだろうか。そもそも、これは略取誘拐事件で間違いないのだろうか。連続殺人事件ではあるまいか。
 スコールは懸念する。
 誘拐事件と言い切れない理由は、身代金等の要求がない為だった。要求がない以上、被害者が生きているのかどうかも甚だ怪しい。スコールがエディに対し生死不明だと伝えなかったのは、アンダーグラウンドの市場がざわついているから、という一点を楽観的に解釈してみせたからに過ぎない。人身売買は売り物が生きていなければ意味がないが、臓器売買ならば生死は不問だ。冷凍してしまえば鮮度は落ちにくい。今は、売り物が全て少女であることを好意的に解釈しておくより他ない。不当に身を穢される方が死体になるよりまだましだろう。
 スコールは大儀そうに深呼吸した。
 そこを、ぱこっ、と丸めた教科書で叩かれる。スコールは反射的に肩をそびかやし、叩かれた頭を押さえた。
「随分と余裕だな、レオンハート」
 担当教師がスコールを見下ろしていた。
「一体何だ? それは」
「あー、えーと……推理?」
 歯切れ悪いスコールの返答に、教師は苦笑した。
「息抜きに小説を楽しむのも良いが、軽く読めるものにしなさい。架空の事件の推理にかまけて大学に落ちるなんて、恥以外の何物でもないぞ」
「はーい……」
 辺りの生徒がくすくすと笑う。
 教師はすぐにその場を離れた。彼が見ていない隙に、スコールは机の中でPDAを操作する。
『Search ASAP! →レイチェル・マーチ、クリスティーナ・レイゲン、ガイ・ドナー、キャロル・グリード、……』
 行方不明になっている男女の名前数名分を打ち込み、ジェイクへ送信する。彼等は同時期に失踪し、現在に至るまで足取りが掴めていない者達だ。
 年齢としては20代半ばから30代そこそこなので、今回の件の被害者ではないだろうと推測される。人に話したところで、「もう大人なんだから放っておけ」と言われるのが関の山だ。だがスコールは、ある共通点が気になって仕方なかった。
 少女達が消えると、必ず誰かが消えている。
 例えば、バークスで引責辞職した女性教員。
 例えば、ティンバーで消えた女性。
 何かがおかしい、とスコールは感じていた。
 ばらばらに見れば何て事はないように見えるが、それにしたって一致が多過ぎる。
 違和感は決して放っておいてはいけない。それがSeeDの鉄則だ。

 調査結果は、その日の放課後に届いた。
「写真も一応取り寄せましたよ」
「ありがとう、気が利くな」
 流石我等がガーデンの諜報課、仕事が速い。ジェイクは全てをプリントアウトし、スコールへ手渡した。スコールは経歴を記した書類は一先ず横に置き、写真を見比べていく。
「……あぁ、やっぱりな」
「やっぱりって?」
 部屋着に着替えたリノアが、背後からするりとくっついてきた。スコールは彼女が見やすいよう、書類の角度を変えてやる。
 そのあまりにも自然過ぎる2人の様子に、ジェイクは目を眇めた。
「……あの、まさかいつもそんな感じですか?」
『え?』
 期せずして互いの声が揃い、スコールとリノアは顔を合わせる。
「……あ、そっか。ごめん」
 リノアは恥ずかしそうに絡めていた腕を解いた。スコールはつまらなさそうにリノアを見遣る。
 ジェイクは溜息をついた。
「司令官と部下1名、と聞いたと思ったんですが」
「確かに部下だよ。生徒でもあるな。俺が指導SeeDだし」
 でも、とスコールはリノアの顎に指を絡ませ、ぐいと引き寄せる。
 そして。
「!?」
 ジェイクは眼前で繰り広げられた光景に真っ赤になった。スコールはにやりと愉快そうに笑う。
「まぁ、こういう関係が第一義かな?」
 リノアもノリノリでジェイクに微笑んでみせるが、しかしその目には羞恥が微かに滲んでいる。閉鎖的な青年と開放的な少女と見えたが、実際により開放的なのは青年、いや少年の方らしい。少女はカーウェイの名が示す通りのたおやかな淑女の卵だ。
「それはともかくだな」
 スコールはぱっとリノアから手を離し、仕事用の顔になる。ジェイクとリノアは居住まいを正した。
「ひとつ、罠を仕掛けよう。犯人の1人がこの学園にいることはわかったからな」
「わかったんですか!?」
 ジェイクが目を瞠ると、スコールは頷いた。
「じゃあ、すぐにそいつを……」
「待て、速攻したところでバックレるに決まってるだろ」
 スコールはひらひらと手を振り制止する。
「じゃあ、どうするの?」
「デコイを食わせる。ターゲットはガルバディア系の女子だろ? 幸い、こいつは典型的なそれだ」
 デコイ、つまりは囮。ジェイクは心配そうに、スコールに指を指されたリノアを見遣った。だがその横顔に、怯えや不安はない。
「出来るな? ハーティリー」
 リノアは音高く踵を鳴らし、敬礼した。それこそが返答だ。
 スコールは満足げに頷くと、人差し指で彼女を招く。その軽い動作に、恋人同士の気安さでリノアは顔を寄せた。
 キン、と軽く鋭い金属音が鳴る。見れば、いつも付けているリングの通ったネックレスに、下げ飾り(ペンダント)がひとつ増えていた。小粒のカテドラル水晶を金属の枠で飾ったような形をしている。
「そのカプセルに入っているのは、薬物排出を促す薬だ。試作品だから眩暈がする程血圧が下がるけど、一時的なものだし効果は折り紙付き、だそうだ。何か飲まされたら、それを開けろ」
「はーい」
 説明を聞きながらリノアはそれをネックレスから外して手に取った。構造を見るべく矯めつ眇めつした後、留め具をリングに嵌める。 スコールは片眉を上げた。
「おい、良いのか? それ、リノアのお母さんの形見だろ? 傷付くぞ」
「プラチナだから滅多なことでは傷付かないよ。大丈夫。それに、この方が綺麗に見えるよ」
 心配してくれてありがとう、とリノアが笑うと、スコールは半信半疑の顔で数度頷いた。
 そこにジェイクが割って入った。
「あの、でも本当に大丈夫なんですか? いくらリノアさんがSeeDで、その……」
 魔女、でも、と小さく零すジェイク。彼には、この囮捜査は危険だけで利がないように見えた。
 SeeDは傭兵として世界随一の信頼を寄せられる戦闘力を誇り、また魔女はその身ひとつで魔法を使える恐ろしい程強力な存在だ。
 だが目の前に立つ少女は、あまりにも普通の少女過ぎた。
 SeeD?
 魔女?
 まさかこんな少女が、とは言わない。ジェイク・トゥルーデルはガルバディア・ガーデンの一員として、時にか弱い存在に見える少年少女があっという間に軍の巨漢を打ち倒してしまう様を間近に見ている。その故に、彼は相手が少女であったとしても決して侮ることはない。
 だが、リノアは?
 司令官付きのSeeDだが、彼女はあまりにも非力に見えた。ジェイクは事前に彼女が魔女であると聞いてはいたが……実物はどうだ? 背筋をぴんと伸ばして立つ彼女は、姿こそSeeDだが血生臭い戦場はきっと似合わない。
「大丈夫ですよ、トゥルーデルさん」
 ジェイクの不安を吹き飛ばそうとするように、リノアは明るい笑顔を見せた。
「これでもリノアちゃんは元レジスタンスです。心配御無用!」
「……その態度だから心配なんだ」
「ひっどいスコール!」
 呆気に取られたジェイクの前で、リノアはぷーっと頬を膨らませる。それがあまりにも子供っぽくて、ジェイクは思わず吹き出してしまった。

 その後、2、3日は平穏に過ぎた。
 何事もない。リノアは着実に友人を増やし、スコールは大して目立たず黙々と参考書を繰っていた。
 日中、2人は殆ど話をしない。だからクラスメイトは誰ひとりとして、2人が同じブレスレットをしているとは気付いていなかった。
 ……いや、気付いている者は1人だけいる。エディ・バウアーだ。先日、彼はスコール達が軍の潜入捜査官――実際には少し違うのだが、まぁそんなに間違ってもいないのでスコールは訂正していない――と知ってから、ちらちらと彼らを伺うようになったからだ。その内、進捗を聞かせてくれと言ってきそうでスコールは内心ひやひやしている。
 本当にそれくらい、平穏だった。
 実を言えば、スコールは当てが外れていることを願っていた。容疑者らしき人物は確かにこの学院にいる。だがあくまでも「らしき」人物であって、確かめた訳ではない。良く似通った兄弟姉妹かもしれないし、従兄弟や親類の類かもしれない。赤の他人である可能性だって捨てきれないのだ。このご時世、整形で顔を変えることも出来るのだから。
 そして、リノアの件もある。
 スコールは冷徹な人物ではない。ガーデンも家族も「兄弟」達も彼にとっては大事なもので、それがひとつでも1人でも欠けてしまうことを許容することが出来ない。そして人一倍甘えん坊で、大好きな人達と――とりわけ、リノアや家族達と――共にいる時間が一番好きなのだ。本当は皆とゆっくりべたべたしていたい。だがそれでは仕事にならないから、スコールは皆が望むであろう「冷静沈着で的確な指示を下す司令官」を演じているに過ぎない。
 だから、この囮捜査が失敗に終わってくれれば良いのに、とスコールは思っていた。何だ今回は空振りだったな、で終わっくれれば良いのに、と。

 動きは、その晩に起きた。

 リノア・カーウェイが、無断欠席した。朝のホームルームに彼女が姿を現さなかったのだ。
 スコールはポケットに忍ばせたPDAを触りながら、リノアが座っている筈だった席を眺めていた。その口許は、不愉快そうに歪んでいる。
 連絡は、入っていない。自分が共にいる任務である以上寝坊は有り得ないし、万が一体調不良等が原因で刻限に間に合いそうにないならその旨を速やかにパーティーメンバーへ申告すべしと言い付けられている。それがないということは、し忘れているのか――出来る状態ではないのか。
(喜んで良いやら、悪いやら)
 ホームルームが終われば全校礼拝だ。担任教師が礼拝堂に移動するようにと指示を出す。スコールがクラスメイトに紛れて廊下に出ると、するりとジェイクが寄り添ってきた。
「うちのクラスで、無断欠席者が出たんですが」
「奇遇だな、こっちもだ」
「……やっぱり、『そう』ですか」
「だろうな。……蒼い鳥、呼び出してくれ」
「はい」
 わざとゆっくり歩いていた2人は、いつの間にか周囲から取り残されている。ジェイクは誰の目もないタイミングを見計らい、通話状態にしたPDAをスコールへ渡した。
「こちらアルファユニット。『月の瞳』に反応は?」
 月の瞳、というのはエスタの「電波衛星」のことである。
 電波障害が無くなった今、世界はありとあらゆる手を尽くし、通信網を発達させようとしていた。その手段としてエスタは、その類い稀なる科学力で以って、通信専門の機材を天空に打ち上げることにしたのだ。今はまだ非公開であるその機材のテスターとして選ばれたのは、かの国の大統領が殊の外贔屓にしているバラム・ガーデンだった。典雅な響きはそれが何物であるのかを巧妙に隠してしまうが、符丁としてはもってこいだ。
「……あぁ、そうか。ありがとう。引き続き頼む。それと、強襲の準備を。そうだな……Eをメインに構成してくれ。被害総数がわからないから救隊は全部な。後は任す。……あぁ、わかってる、スタートは俺が指揮する。配置後は待機(ブルー)で」
 可聴域ぎりぎりの小声で指示を伝え、スコールはジェイクへPDAを投げ返した。
「捕捉次第、行きますか?」
 スコールは小さく頷き、ジェイクを指で招いて階下へ急ぐ。しかし礼拝堂へ行くのかと思えばそうではない。全く別方向の教務室へ入り込んだ。居残り担当の教師が、聖典を前に両手を組んで祈祷している。
「失礼します」
「……何だ、君達は。今は神への祈りの時間だろう?」
 教師は礼拝に出席していない2人に眉をひそめた。スコールは意に介さず、教師に歩み寄る。「教頭先生へ、『蒼い鳥の使者が来た』と」
「はぁ?」
 教師は胡乱げな声を上げる。スコールは平静な顔で再度繰り返した。
「『蒼い鳥の使者が来た』と。急ぎです」
 教師は首を傾げつつ、渋々教頭室へ顔を出した。
 程なく、慌てた様子の教頭が教務室へ駆け込んできた。些か寂しくなっている頭を撫で付け、スコールを手で差し招く。
「どうぞこちらへ。えぇと、ミスタ・レオンハートですよね、と……?」
「部下のトゥルーデルです。彼も話を」
「あぁ、わかりました。どうぞ」
 スコールとジェイクは促されるまま教頭室へ入った。
「……もう、現状はおわかりですかな?」
「はい」
 スコールは頷く。
「3年の教室からも、少なくとも2名の失踪者が出ています」
「先に伺っていた警告よりも被害が大きいようです」
「そのようですね」
「どうしたら、良いのでしょうねぇ……警告を軽んじた訳ではありません。警備も強化しました、出入り業者のチェックも徹底しました。こんなにした筈なのに……」
「警備の方々のせいではありません。ましてや教頭先生のせいでもないです。中から食い破られてはどんなに強固な防壁でも形無しです」
「中からですと!?」
 教頭は目を剥いた。
「あ、あぁなたは、この学院に不届き者がいるとおっしゃるのか! この麗しき学院に!」
「勿論殆どの方は学院に相応しい高潔なお心の持ち主でしょう。私もそれは疑いません。ですが教頭先生、やむを得ず休養されている方の代わりに、臨時講師などを雇われていませんか?」
「……臨時講師、ですか?」
「女性の臨時講師です。歳格好は20代後半から30代、背丈は170cm前後……私の肩より少し高いくらいでしょうか」
 教頭は数度瞬きを繰り返し、考え込むそぶりを見せる。
「該当するような、しないような……少しお待ちを」
 スコールは頷いた。
 教頭は深い溜息と共に自席に沈み込み、引き出しを開けた。
「確か、この辺りに履歴書が……あぁ、ありました。こちらです」
 教頭は机越しに1枚の履歴書を差し出した。スコールは写真を一瞥すると、ジェイクに寄越す。
「見ろ、当たり(ビンゴ)だ」
 写真を凝視するジェイクの目が、見る間に丸くなる。
「これ……っ!」
 ジェイクは慌ててPDAを探り、ガーデンの諜報課から送られてきたデータと見比べた。
 臨時古典文学講師のカリー・ゴートランドは、レイチェル・マーチ、クリスティーナ・レイゲン、或いはキャロル・グリードと同一人物だった。
 ぱっと見たくらいでは、髪の色も髪型も目の色も違う彼女達を全く同じ人間とは思うまい。だがよくよく見れば、彼女達――もとい彼女は、写真を見る限り顔を弄ったらしい形跡は特に見当たらなかった。この顔が気に入っているのか、そもそもこの顔が「素」なのか。それはともかく、これだけ印象を違えてみせるのだから、げに女の化粧技術とは恐ろしい。
「ミスタ・レオンハート」
 教頭は額の汗を拭き拭き、スコールへ声をかけた。
「我々は一体、どうしたらよろしいのでしょうか……」
「無用の混乱を避けるようにしていただけますか。特に生徒さん達には不用意に話さないように」
「いなくなった生徒達については?」
「何か、適当に理由をつけておいて下さい。一両日中に片を付けますので」
「……自信がおありなのですね。どこに連れていかれたともわからないのに」
「すぐにわかります。連れ去られた女生徒の1人は、私の部下です」
「…………!」
 教頭は息を呑んだ。
 スコールの瞳は、怒りと苛立ちで苛烈に煌めいていた。
「では、準備がありますのでこれで」
 スコールは教頭に敬礼すると、ジェイクを伴い教頭室を出ていった。




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