Mission: Hide and Seek

Act.2 任務開始


 昼休み、数人の女子が早速とリノアを取り囲んでいた。
「ねぇ、カーウェイさん。留学は何処にしてらしたの?」
「どんな学校だった?」
「彼氏はいたりするのかしら?」
 転入生に対する女子の質問内容は、どんな生まれでもどんな学校でも同じらしい。
 初日から騒々しいのは、偏にリノアが人好きする性格であるからだろう。窓際でのんびりとノートを開いているスコールとは大違いだ。
 ただ、スコールはスコールで、クラスの男子に目を付けられてしまったらしい。ガタイの良い数人がスコールを取り囲み、彼はノートを胸に抱き締めて取り上げられまいとしている。少しの間そんなことが続いた後、彼は男子生徒達を押し退け、ばたばたと教室を出ていった。取り囲んでいた男子はけらけら笑う。
 リノアはスコールを気にしながらも、穏やかに質問へ応じている。
「ミス・カーウェイ」
 そこへ、1人の少年が近付いてきた。黒髪にオリーブグリーンの瞳、という典型的な北部ガルバディア人だ。名前は確か、マーティン・レイク。
「来週のパーティーの話は聞いてるかい?」
「パーティー?」
 リノアはきょとんと目を瞬かせた。マーティンはにこやかに頷く。
「寮主催でね、君達の歓迎会をしようと企画していて。それでどうだろう、君を僕にエスコートさせてもらえないかな?」
 笑顔が様になっている。恐らく彼は、自分に自信があるのだろう。所謂「持てる者」の顔だった。
 だが、リノアは。
「ありがとう、でも遠慮しておくわ」
 あっさり、すっぱり。周囲のクラスメイト達も驚いた。マーティンもまさか断られるとは思っていなかったのだろう、その目が丸くなっている。
「これでも、婚約者がいるの。他の人と踊った、なんて聞かれたら、怒られちゃうわ」
 リノアは困ったように微笑み、両手を合わせた。左の手首にはまったリングが、艶やかな光を放つ。
 マーティンは継ぎ目の見当たらないそのリングに苦笑いし、頭を掻いた。
「……そうか、残念だな。でもパーティーは楽しんでくれよ」
「えぇ、そうするわ」
 リノアは大きく頷くと、「ちょっと失礼」とハンカチを手に教室を出た。最寄りの手洗い場を通り過ぎ、階段を半分だけ降りて止まる。そしてスカートのポケットを探り、小さな機材を取り出した。通信機内蔵のPDAだ。
 リノアはリングにはめ込まれているチップの個人データをPDAに読み込ませ、先程届いたメッセージをチェックした。
『G2より入電。犬1匹が薮の中。捕まえたらまた鳩飛ばす。 41269』
 一体何だ、と言いたくなるようなメッセージだった。が、リノアには理解出来る。
「りょ・う・か・い、っと」
 それだけを返信し、リノアはPDAの中に保存されたデータを改めて参照した。
 とりあえず、ガルバディア・ガーデンからのサポーターがスコールと接触するまでは、リノアは待機せざるを得ない。その間に、まだよく飲み込めていない現況を把握しておきたかった。

 一方スコールはといえば、教室を逃げ出した後、手洗い場へ用足しに行っていた。
 いやに清潔にされているな、というのが第一印象だった。ここは多分、掃除に業者が入っているのだろう。果たして何処まで身元がはっきりしているやら。
「隣、失礼」
 別に混んでいる訳でもないのに、誰かがわざわざスコールの隣へ並んだ。スコールは任務中のセオリー通り、その少年の風貌をチェックする。
 漆黒の髪。背丈は自分と同じくらい。制服の着込み方から、性格は恐らく真面目、几帳面。
 だが一点だけ、違和感があった。
(カフス)
 耳に鈍く光るカフスは、所謂「良いとこのお坊ちゃん」には似つかわしくない。スコールは普段左側にだけピアスを付けているが、今回の潜入に際しては流石に外している。
 使われていた個室が空き、生徒が手を洗って出ていく。今、ここは2人だけになった。
「……海を渡る鳥、あの大きな鳥は何色だったろう?」
 違和感に従い、スコールは歌うようにある言葉を口にする。
「あの鳥は炎のような(あか)だった」
 まるで示し合わせていたかのように、少年が応じた。
 詩歌の一遍のような言葉だが、それはガーデン生かそれに連なる者ならばわかるはずの符丁だ。大きな鳥、とはガーデンのこと。そして朱が示すのは――ガルバディア・ガーデン。
 スコールは首を傾けて少年を見、身なりを整えて手を洗う。少年もそれに追従し、スコールに対して一礼した。
「初めまして、司令官。ガルバディア・ガーデンから出向してきました、ジェイク・トゥルーデルです。今回はよろしくお願いします」
「あぁ、よろしく」
 軽い握手をした後、ジェイクは懐からノートを引っ張り出す。
「早速ですが、ご報告を。……と言いたい所ですが、今回の件、何処まで把握してらっしゃいます?」
「誘拐事件の捜査」
 ジェイクはぽかんとしてしまった。この人はそれだけで、アンダーグラウンドの闇市を監視しろと言ったのか。当て推量で言ったのか、ただの思い付きなのかはわからない。首を傾げるスコールを前に、ジェイクは慌ててノートを繰る。
「えぇと、ではまずご要望の誘拐事件データですが……実は、半年程前から似たような状況での失踪事件が発生しています」
「何だって?」
 スコールは片眉を上げた。
「それは初耳だぞ」
「発生したのが学生寮だったので、学校側とその女生徒の家族が――これは、軍関係者ですね、共謀して隠蔽したようです」
「隠蔽? それはまたとんちんかんな」
「まぁ、普通軍が頑張れば発見されますからね」
「でも、見つからなかった?」
 頷くジェイク。
「次はその2週間程後、こちらはウィンヒル丘陵の地方都市、バークスで発生。ここでは女生徒2名が失踪しています。学校曰く、女生徒らは少々素行が悪くて夜中に寮を抜け出し外泊、ということも度々あったそうで、今回もそうだろうと考えていたそうです。その後、担任を勤めていた女性教員が1人辞職しています」
 スコールは心の中で同情した。可哀相に、学校側の怠慢で引責辞任か。
「更にその翌週、シティ近郊のハレルソンで1名、同時期にティンバー郊外で3名失踪。この内、ティンバーの1名は『遊びに行く』と言って外出したきり夜半過ぎになっても帰らないということで捜索願が出されました。他、1名は成人女性。こちらは家がそのままになっていた為事件かと思われたんですが……借金の証書が見付かったそうなので、多分夜逃げでしょう」
 ジェイクはちらとスコールを見た。スコールは顎をしゃくり、続きを促す。
「また、年齢を考慮に入れてここ半年間の事件をピックアップしたところ、約20名が被害に遭っているようです」
「何だ、そのあやふやな言い方」
「被害届も情報提供も少ないんですよ。狙ったように軍や政府関係者の子女が多くて……体面の問題というやつでしょう」
「推定被害者の方が多いのか」
「はい」
「面倒だな……」
 スコールは眼鏡を外して前髪を掻き上げる。秀でた額があらわになり、薄くなった傷痕がジェイクの前に晒される。
「闇市の動きはあったか?」
「目立った動きはないんですが、ガルバディアのアングラでは少々ざわつきがあるようです。ソースはティンバーのダーティ・ルート」
「また評判の悪い連中使ったな」
「がめつい奴らですけど、惜しみなく与えれば情報の質は良いですから。経費で落ちます?」
「いくら掴ませた?」
「ちゃんとは聞いていませんが……」
 と言いながら、ジェイクはスコールの問いに対して右手で2、左手で5を示す。スコールは微妙な顔をした。
「……わかった、経理に伝えておく。全額落ちなきゃ残りは俺が出すから」
「え」
「流石にこれは必要悪だろう。猛毒に耐えようと思うなら、弱毒を喰らうのは仕方ない」
「あ……はい」
 不思議な人だな、と少なからず面食らったジェイクは思う。
 制服を着て壇上に立った彼の姿は、これが自分達が司令官と仰ぐ人か、と半ば興冷めした。だが今目の前に立つこの人は、確かにSeeDだった。
 SeeDはお綺麗な存在ではない。使い捨ての傭兵達は、請われれば暗殺とて行っていた。目の前のこの人は、そういう意味では手を汚したことはないと聞く。しかし清濁併せ飲む覚悟をこの歳で決めるなど、生半可な人間には無理だろう。
「……にしても、よく推定被害者をそれだけ見付けられたな」
「G2の諜報課を舐めないで下さいよ」
 ジェイクがわざと胸を張ると、スコールは小さく笑い、肩を叩いた。
「ありがとう、ジェイク」
「いえ、自分の手柄じゃないです」
「情報を運んでくれたのはあんただろ? だから、ありがとう。大変だったろ、まとめるの」
「いえ…………」
 照れたジェイクは俯いた。
 この人、思った以上に「お兄ちゃん」だ、と彼は思う。人をやる気にさせるのが上手い。
 僕が、この人のサポートをするんだ。ジェイクは改めて気を引き締めた。

 聖クリスティアン学院は初等科生から高等科生までを預かる寄宿校だ。寄宿舎は男女別になっており、基本的に上級生が下級生の面倒を見る。そういうところはガーデンと似ているな、と思いつつ、スコールは男子寮と女子寮の間に作られた食堂でシチューをもらっていた。
 食堂は随分と整然としていて、静かだった。高等科と初等科が交互に席に着き、広い部屋の端から順に詰めて食事を採る。スコールは適当な場所に腰を下ろし、手元のトレイを見下ろした。
(そういえば、最近ではリノアの手料理以外のものを食べるのって久しぶりだな)
 ある意味幸福なことを考えながら、スコールはガルバディア風のビーフシチューに舌鼓を打つ。悪くない味だ――というか、美味しい。文句なしに美味しい。今度リノアにも作ってもらおう、なんてひそかに浮かれている時に……。
「おやおや、バラムの田舎者くん。こんなところでご飯ですかぁ?」
 眼鏡の奥で、スコールの眉がぴくりと跳ね上がる。この声は、初っ端から要らぬ洗礼を浴びせかけてくれたクラスメイトのものだ。こういう手合いは無視するに限る。理由は簡単、相手はこちらがうろたえ怯える姿が見たいのであり、付き合えばどんどんエスカレートするからだ。スコールは黙りこくったまま、スプーンを口に運ぶ。
 ……と。
「おい、無視かよ。せっかく構ってやってるってのに」
 取り巻きの1人がスコールのスプーンを跳ね上げた。顔にシチューが飛ぶ。スコールは眼鏡を外し、ナプキンで顔を拭う。
 さて、どうしてやろうか。
 これがガーデンなら、拳骨一発で済む。だがここは「外」だ、ガーデン流の解決法は使えない。やっぱり黙っているに限るだろうか。
 そんな逡巡は露知らず、クラスメイトはスコールのトレイからシチューの器を掴み上げた。さて何をするのかと思いきや……やおら器を傾け、彼はライスの上にシチューをひっくり返した。
「………………」
 流石に、呆れた。けらけら笑っているクラスメイトを、スコールは見上げる。
「何か言いたいことでも? 田舎者くん。バラム風の仕立てはお気に召さなかったかな?」
「別に。ただ、ガルバディアでもこういう食べ方をするんだなと思っただけだ。世界というのは、意外と狭いな」
 スコールは眼鏡をかけ、半身を振り向けて椅子の背に肘をかける。
「確かに、バラムにこういう食べ方があるのは否定しない。素早く食べるには良い手だ。だけどあくまでも身内ばかりの時にのみ許容される、不作法な食べ方だ。子供達に教えることはないし、ましてや人の食事にその食べ方を強制することはない」
 クラスメイトはふっと表情を消し、スコールを見下した。スコールは平静そのものだ。
「それと、煩い。ここは食堂だ、うろうろされると埃が食べ物に入る。騒ぎたいならさっさと食べて談話室にでも行ってこいよ」
 スコールはそれだけ言うと、姿勢を正して食事を再開した。クラスメイトの方は忌々しげに舌打ちすると、取り巻きを引き連れてどかどか歩き去っていった。
 シチューがかかったライスを普通に食べるスコールを、斜め前の少年が身を屈めて覗き込む。
「災難だったなぁ。えぇと……」
「スコール。スコール・レオンハート」
「C組のグレッグ・レスターだ。さっきの奴は、名前知ってるか?」
「……エディ・バウアー」
「おぉ」
 グレッグは軽い拍手を送る。
「一応、クラスメイトの名前は覚えた」
「偉いなぁ」
 スコールは小さく頭を振った。
「大したことない」
「いや、大したことあるだろ……」
 スコールはきょとんとする。グレッグはこほんと咳払いをひとつして、頭を掻いた。
「あの……さっきの、悪かったな。エディの奴、オレの同室の奴なんだけど、最近やたらにピリピリしててさ……」
「受験のストレスか? にしちゃ陰険な発散方法だな。わからなくもないけど……受験というのは気持ちが荒む」
「まぁな」
 肩を竦め、同意を表すグレッグ。
「そういう訳なんで、許してやってくれよ。皆、普段はあぁいう奴らじゃないんだ。ただ、半年くらい前から妙に不安定で」
「半年前から?」
 スコールは目を丸くして身を乗り出す。グレッグはあからさまに食いついてきたスコールに驚きながらも、こくこくと頷いてみせた。
「あ、あぁ。何でも、文通の返事が来ないんだと。半年前から」
「文通ね……相手、女? 歳は?」
「いや、そこまでは……あ、でも、いつもきっちり送ってきてたのに、って随分落ち込んでたよ。一昨日も何か書いてたから、今日辺りまた出したんじゃないかな?」
「そうか……」
 スコールはありがとう、とグレッグに手をひらめかせ、食事を再開した。
 どうも厄介なことになってきたな。スコールはスプーンを絶え間無く動かしつつ、密かに眉間にシワを寄せる。
「あのさぁ、スコール?」
「ん?」
「普通に食ってるけど……美味い? それ」
 グレッグの問いに頷くスコール。グレッグは不可解そうに首を傾げながら、自分の食事を平らげることに専念するのだった。




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