その編入生達は、やけに目に付く存在だった。
 そもそも、寄宿校に編入してくる時期としては、大学受験シーズン間近の今はあまりにも中途半端過ぎる。しかも1年生や2年生ならともかく、2人は3年生だというのだ。首を傾げたくなるが、まぁ人にはそれぞれに事情があるのだろう。
 2人は校長に促され、挨拶の為に壇上へ上がった。
 空気がさわりと動く。
(……ふむ)
 美しい少女だった。
 艶やかな黒髪に、白磁の如き肌。全くもって、典型的な北部ガルバディア人だ。笑顔ではきはきと自己紹介する様は、とかく目を引いた。
(申し分ない)
 思わず舌なめずりしてしまい、内心焦りながら何気ない仕草で口許を拭う。

 ――うん、彼女だ。最後の1人は彼女にしよう。

Mission: Hide and Seek

Act.1 依頼


 子供達の吐く息が白くなる頃、バラム大陸のグアルグ山脈は雪化粧をし始める。避暑・避寒の地として人気のあるバラムでも、冬がやってくるのだ。
「おはようございまーす」
「おはよー」
 朝の食堂に、子供達の元気いっぱいの声が響き渡る。しかし平素に比べ、その数はやや少ない。 何故か。 答えは簡単、一般生の人数が少なくなっているからだ。
 傭兵学校といわれているバラム・ガーデンだが、その実態は乳児院・児童養護施設が併設された私立学校法人である。つまりは、この学校にも受験生という種別の学生がいる訳だ。SeeDになって身を立てたい候補生はともかく、一般生はこの時期最後の追い込みをかけている。中には海外の大学を受験する為に、ガーデンを飛び出して現地にカンヅメになっている者もいる程だ。
 食堂の片隅でスプーン片手に歴史の単語帳をめくっているスコール・レオンハートもその1人。SeeDとして英才教育をされてきた彼は今、受験勉強に手こずっていた。
「スコール、貴方とにかく食事に集中しなさいな」
 食事を共にしていたキスティスに溜息付きのお小言を言われ、スコールは眉間にしわを寄せて単語帳を置いた。
「年号なんて嫌いだ」
 気持ちはわかる。何故ならドール大学の受験を控えているキスティスも、手強く感じているからだ。
 第一、事件や法令発布の年号を覚えて何になるのだ。それよりもむしろそこに至るまでの経緯、そしてその後どうなったか、だろうに――とは思いつつ、それが大学受験に必要な知識であるなら致し方ない。幸い歴史の流れと大体の年代は頭にはいっているから、後はそこに細かい年号を入れていくだけだ。……最も、そこが彼らにとっては最大の難関な訳だが。
「後で、問題の出し合いでもしましょうか」
「あー、それ良いな……っ」
 びくっ、とスコールの肩が震えた。察しの良いキスティスは嫌そうな顔をする。
「……嫌ね、この大事な時期に」
 全く同感、と頷きながら、スコールはズボンのバックポケットから無線電話を引っ張り出した。インフォメーションを見、スコールは大きく溜息をつく。
「俺達受験生なんだけどなぁ……レオンハート」
『レインズだ。朝のお寛ぎ中ごめんねー』
 電話の向こうで、シュウが申し訳なさそうに声を上げた。
『悪いんだけど、すぐに司令室に来てくれない? 依頼の電話が入ってきたのよ』
「……どこから?」
『ガルバディア。しかも、ホットライン使用』
「ち、それは無視出来ないな……」
 ガルバディアからのホットラインということは、ミスタ・フューリー・カーウェイ直々の依頼ということだ。いくらなんでもこれは他のSeeD連中を寄越すことは出来ない。ホットライン経由の依頼は、司令官の威信にかけて自ら手掛けることに決めているスコールである。
「用件は?」
『まだ聞いてないよ。「司令官に直接伝える」って』
「……了解。すぐに行く」
 スコールは無線電話をオフにすると、面倒そうに立ち上がった。
「先行く」
「えぇ、……トレイは片付けといてあげるわ」
 キスティスは苦笑いで手を振った。
 単語帳を携えて食堂を出るスコールの背中に、誰かが「お疲れ様です……」と囁いていた。

 進学するからSeeDは休業すると言っても、卒業まではスコールはSeeDであり司令官だ。3階にある司令室に到着した彼は、既に厳しい筆頭SeeDの顔をしている。
 シュウはスコールへ受話器を差し出すと、自身は記録の為に傍らに座る。
「大変お待たせ致しました。SeeDレオンハートです」
『カーウェイだ。忙しい時期に済まないな』
 ガルバディア首相たるフューリー・カーウェイの声には遊びがない。2人の顔に、ぴりっと緊張が走る。
『単刀直入に聞く。すぐに動けそうか』
「ご要望とあれば、いつでも。ご依頼内容は」
『軍・警察と協力し、誘拐事件の捜査をして欲しい』
「事件捜査?」
『詳しい話は会ってから話す』
「…………」
 成る程、外部に知られたくない案件なのか。
 スコールは少し考え込み、口を開いた。
「派遣規模はどうしましょうか」
『潜入調査をしてもらうことになる。必要なだけ用意を。費用は私が持つ』
「戦闘の可能性は?」
『あるかも知れないな』
「……曖昧ですね」
『相手の規模がわからんのだ。調査を行った上で、必要ならば対象の武力による排除を頼みたい』
「わかりました。では一先ず最少人数で参ります。追って増員の場合はまたご連絡しますので」
『そうしてくれ。……必要ならば、なんて汚れ役を押し付けるようで済まないな』
 カーウェイの言葉が自嘲気味に響く。スコールは苦笑いした。
「それが傭兵でしょう。では明日にでも手筈を付けて参ります。……ところで、ひとつだけお伺いしても? 可能なら予備調査も行っておきたいのですが」
『何かね?』
「誘拐事件とおっしゃいますが……被害の、対象は?」
 カーウェイは少し間を置き、ただ一言、答えた。
『寄宿校の女学生だ』
 ぎくり、と身を震わせるシュウ。スコールはちらと彼女を見遣り、その肩を叩く。
「了解、では明日に」
『シティ中央駅に迎えをやろう。そうだな、0900(マルキュウマルマル)に』
「ありがとうございます。では」
『うむ』
 乾いた音と共に、ホットラインが切れた。
 シュウは眉間にシワを寄せ、あからさまに嫌そうな顔を見せる。
「まーた凄い任務だこと」
 皮肉っぽいその口調に、スコールは肩を竦める。
「そう言うなよ、依頼は依頼だ」
「だけどさぁ」
 シュウは不満顔を隠そうとしない。彼女の言いたいことはスコールとて良くわかる――自国の犯罪者くらい、自分でどうにかしろ、と。しかしそうもいかないから依頼してきたのだろう。
「シュウ、リノアを呼んでくれ」
「はいはい、っと」
 シュウは無線電話の短縮ダイヤルを押す。その間にスコールは、パソコンを起動させ、SeeD全体のスケジュール表を開いた。
 スコールとリノアのスケジュールは空白を表す白になっている。スコールはそれを赤に変更し、備考欄に「無期限」と書き込んだ。潜入調査を伴う任務は大概延び延びになる。期限を区切ることが難しいのだ。
 シュウは二言三言話した後、顔を上げた。
「すぐに来るよ」
「ありがとう。もうひとつ頼んでも?」
「何かなー?」
G2(ジー・ツー)の諜報課に連絡して、最近の誘拐系事件の情報貰ってくれ。後、出来るならアングラマーケットの監視を」
「おーけぃ。……こう言っちゃ何だけど、『食べ頃』なら高額になりやすいもんねぇ」
 ふぅっ、と太い息を吐き、シュウは仕事を開始する。スコールもうかうかしていられない。リノアが来るまでに、事前の打ち合わせ内容をまとめておかないといけない。
 明日からは子供であって子供ではない。
 スコールは、SeeDだ。SeeDに甘えは、許されない。

 それから、数日後。
 ガルバディアでも有数の寄宿校、聖クリスティアン学院に、2人の生徒が編入してくることになった。1人は男子、1人は女子だということで、皆朝からそわそわとし通しだ。彼らは礼拝の後、全校生徒の前で挨拶をする手筈になっている。
「3年生でしょ? こんな時期に編入なんて、大変だよね」
「どんな子かなぁ?」
「オレ、きっと美人だと思う。賭けても良いぞ」
「もー、マックスってば……」
 良家の子女と言ったって、寄宿舎に子供ばかりで暮らしていればこんなものだろう。何年も同じ顔と過ごしているから、とても安定していて、とても退屈。たった3ヶ月程度でも、新風が吹き抜けてくれればそれで良いのだ。人生にスパイスは非常に大切である。
 校長の説教が終わると、お待ちかねのショータイムだ。皆形ばかりはしんと静まり返り、期待を込めて壇上を見つめる。
 校長に促され、一組の男女が姿を現した。2人は深々と一礼し、少女がマイクの前に立つ。
「初めまして、リノア・カーウェイと言います。高校1年までガルバディアに住んでいて、進学の為留学先から戻ってきました。短い間ですけれど、どうぞよろしくお願いします」
 生徒達が一斉に拍手する。はきはきとした黒髪の美少女は、あっという間に受け入れられたようだ。
 反面、もう1人といえば。
「スコール・レオンハート。どうぞよろしく」
 小さく、ぶっきらぼうに呟いた少年は、明らかに陰気そうだった。あまり手入れのされていないような茶髪に、黒縁眼鏡。背は高かったが、猫背気味のその姿にあまり制服が似合っていなかった。
「2人は3年A組の所属となります。あちらの先生について、クラスに向かうように」
『はい』
 期せずして返事は揃ったが、正しく陰と陽。
 スコールはずり下がりかけた眼鏡を押し上げながら段を降りる。その途中でつんのめり、危うく転倒するところだった。先に降りていたリノアはびくっと肩を聳やかせる。
 皆がはらはらと見守る中、スコールは落としかけたメッセンジャーバッグを慌てて胸に抱き締める。その姿は正しく小心者。
 転入生達の新たな日常は、こうして始まった。




Next⇒「任務開始」