The Stage Is Set. 2


 その日、リノア・ハーティリーは他の候補生達と共に教室にいた。
 さわさわとした気配が満ちた教室は、どこか落ち着きがない。それは、教師の顔をしたキスティス・トゥリープが入ってきたことで、ますます不安定さに拍車をかけた。
「おはよう、皆。全員揃っているかしら?」
 普段と変わりがないのはキスティスだけだ。彼女がぐるりと教室を見渡すと、皆の表情が硬くなる。
 キスティスは目線で頭数を数え、全員が揃っていることを確認した後、単刀直入に切り出した。
「本日から明日にかけて、実地試験が開始されます。場所はヘスペリデス平原東部。よって本日1700(ヒトナナマルマル)にここを発つので、皆武器等の準備をしておくこと。服装は規則に従い制服とします。着替えなんかは……そうね、気になるなら下着を2泊分程度用意しておいて。武器防具以外の荷物はバラムで回収して、最終目的地であるティンバーへ送っておきます。ここまでで何か質問は?」
 誰も手を挙げない。キスティスは小さく頷くと、自身の背後にあるモニタの電源を入れた。大きな画面に、任務地の地図が映し出される。
「実地試験となる任務概要を伝えておくわ。
 依頼主はガルバディア軍、相手はドールの反乱組織よ。この反乱組織からガルバディア軍の補給部隊列車の護衛をすることが、今回の任務となります」
 ガルバディアとティンバーを結ぶ鉄道が拡大され、道程を示す赤い点線が音もなく描かれる。
「状況開始は通常列車営業終了後の2345(フタサンヨンゴ)なので、全員仮眠はしっかり取っておきなさい。ドールまでは高速上陸艇で行くから、案外短いわよ。
 正SeeDは9名出動します。各自正SeeDの元、指示に従うように。また試験監督は私含め3名が同行します。試験中不都合があれば我々に言うように。
 ……それと」
 キスティスは一度息をついた。
「今回からは一般的なG.F.使用を禁止します。代わりに、初級訓練用に飼育している『エレメント』を貸出するので、そのつもりでね」
「質問です、先生」
 アーヴァインが手を挙げた。
「G.F.については、副作用として『記憶障害』があるという話がありますが」
「その件については、否定しません。ですが教職員会議において今回使用するかどうかの協議をしたところ、安全の為には最低限の使用も止むなし、という結論に達しました。エレメントは防御に特化したG.F.だし、短期間なら装着してもさほど問題ないという臨床も出ているから、たかだか1日程度なら大丈夫でしょう。いずれは抜本的な対策を考えなければいけないけれどね」
 アーヴァインは軽く頷くと手を下ろし、座り直した。
「さて、他には? ……ないわね。では今朝はこれで解散。1700に駐車場集合まで自由です」
 キスティスはモニタを切ると、広げていた手元の資料を机で揃えてファイルに挟んだ。そしてもう一度、教室を見回す。
「……皆、これまでいろいろと努力を重ねてきたと思うわ。今日はその集大成を見せてちょうだい。大丈夫、普段通りにやればきっと上手くいくわ」
 言葉自体は在り来りな教師のそれだ。だが彼女の見せる魅力的な笑顔は、それだけで候補生達の過度の緊張を適度に緩めた。
 ――だが、それでも緊張の解れない少女がいる。
「……ちょ、リノ、大丈夫?」
 ばらばらと候補生達が教室を後にする中、リノアだけはがちがちになって立てないでいた。心配したカティアが肩を叩くと、リノアはびくっと身体を震わせてカティアを見上げた。
「っだ、大丈夫だよっ」
 全然大丈夫じゃない。カティア達は顔を見合わせ溜息をついた。
「リノア」
 見かねたキスティスが歩み寄ってくる。その向こうでは、アーヴァインが机に腰掛け苦笑いしていた。
「キスティ〜」
 泣きそうな顔になるリノア。キスティスは両手を腰に矯め、彼女を覗き込んだ。
「もうっ、何で土壇場でそこまで気弱になるの? 普段あれだけ余計な度胸がある癖に」
「だ、だって」
「自信持ちなさい、今日まで鬼教官のシゴキに耐えたんでしょうが! 後はなるようにしかならないんだから、何とか最後まで死なないように頑張りなさい」
 物騒なキスティスの激励に候補生達は引く。反面、アーヴァインは大笑いした。
「確かにね〜。死なないって大事」
「でしょう? 何がなくても生命さえあれば何とかなるのが人生なのよ。そしてそれを拾うのは、何が何でも生きようとした人だけよ。……ま、最悪の事態なんて私達SeeDが許しませんけれどね」
 ふっと居丈高に微笑し髪を払ってみせるキスティス。アーヴァインは手を叩いて「流石先生! 頼りにしてます!」と囃す。
 リノアの頭が動いたのに、メアリアーナが気付いた。見れば、彼女は俯き加減で肩を震わせている。必死で笑いを堪えているのだ。
「もぅ、やだ! 2人ったら」
 遂にリノアは、笑い声をあげた。
 この寸劇じみたやり取りは、彼女をリラックスさせるに充分な力を持っていたらしい。 してやったり、とキスティスとアーヴァインは手を打ち合わす。それを見たシリルは、2人がわざと軽妙な喜劇を演じたことに気付いた。勿論、半ば以上「地」の会話でもあるのだろうが。
 リノアは散々笑ってから、大きく息をついた。笑いすぎて滲んだ涙を指先で払い、いつもの勝ち気そうな笑顔を見せる。
「ありがとう、キスティス、アーヴァイン。リノアちゃん、頑張ります!」
「はい、頑張ってください!」
 リノアが四指を揃え額に当てて敬礼すると、キスティスが年少クラスに言うような口振りをして返す。
 そして一瞬の後、一同は同時に噴き出した。

 そして今、リノア達SeeD候補生は、ヘスペリデス平原東部、大陸縦走鉄道の始点であるドールの貨物駅にいた。
 リノアは緊張の面持ちで、左腕に装備したブラスターエッジをさする。厳重にロックをかけられ使用出来ないとはいえ、やはり己の大事な相棒のひとつであることには代わりない。
 リノアは高速上陸艇内での会話を思い返した。

 … … …

「そういえば、何で『ヘスペリデス平原東部』の貨物駅から『ガルバディア軍』の物資を運ぶの?」
 波を蹴立てて進む高速上陸艇の中で、リノアは隣に座るスコールへ問うた。
「……その質問、キスティスにするべきじゃなかったか?」
「その時には思い付かなかったんだよ」
 呆れた顔をするスコールに、リノアは唇を尖らせてみせる。一緒に乗っている仲間達は小さく笑った。
 この上陸艇に乗っているのは、今回の指揮官であるスコール・レオンハート、その補佐役兼試験監督キスティス・トゥリープ、SeeDゼル・ディン及びセルフィ・ティルミット、SeeD候補生リノア・ハーティリー、アーヴァイン・キニアス、そしてサイファー・アルマシー。ある意味凄まじい組み合わせだが、実はそんなに違和感あるものでもない。サイファーとリノアはスコールが、アーヴァインはセルフィが指導している候補生であるからだ。上陸艇の定員の関係でこの3人があぶれた、というのもあるが。
「で、何で? 何で『ドール』から『ガルバディア領ティンバー』へ物資を運ぶの? 方向的におかしくない? ガルバディア軍の施設って、大体大陸の西側にあるじゃない」
「おいリノア、『SeeDは何故と問うなかれ』だろうが」
 サイファーが真っ当に苦言を呈した。リノアはむっとしてサイファーを睨む。
 スコールは「落ち着け2人共」と嗜め、小さく息をついた。
「今回の件はガルバディア軍からの協力依頼ということになってるけど……実は、ドール執政議会も一枚噛んでるんだ」
「そうなのかい?」
 アーヴァインが片眉を上げた。スコールは頷く。
「ドールは先日のガ軍補給隊への強襲については一切関知していない。どころかむしろ、自国民とはいえ勝手をされて苦い思いをしているんだそうだ」
「だからなるべく早く実行犯を挙げて処断してしまいたいみたい。既に死者も出てしまっているからね……」
『!』
 皆の間に戦慄が走った。驚いたゼルが立ち上がる。
「ちょ、キスティス、それは聞いてねぇぞ!」
「危ないから座って、ゼル」
 キスティスが穏やかに注意すると、ゼルは苦々しい顔で座り直した。
 サイファーがスコールに向かって顎をしゃくる。
「……それで?」
「あぁ……それでだな、ドールはガルバディアと秘密裏に協力して、ダミーを混ぜた物資をまず陸路でドールに運び、ヘスペリデス平原の貨物駅からガルバディア・ガーデン近くの学園東駅まで行く。そこで本命を積み込んでティンバーに一気に運ぶことにするそうだ。ガ軍的にも渡りに舟だろ。確か今、アダマン海岸辺りで新兵が演習してたはずだ。そっちの補給も一気に済ませられる」
「んで、ドールのテロリスト共はそれ知ってんのか」
 サイファーの問いに、スコールは首を傾げて肩を竦めた。
「そこまでは知らない。けど1度目の、ロラパルーザ渓谷での襲撃の時はあまりにタイミングが良すぎたってことで、内通者がいるかもしれない、とは言ってたな」
「へぇ」
 サイファーの目が好戦的に光る。そこにキスティスが釘を刺した。
「サイファー、余計なことしようとするんじゃないわよ」
「じゃあほっとけって言うのかよ?」
「それはガ軍の仕事であって私達の仕事じゃないわ」
「…………」
 恨みがましくキスティスを睨むサイファー。
 端から見ていたスコールは、大きく息をついてこめかみを揉んだ。
「お前の問題点って、その変な方向向いた正義感だな……とにかく、指示に従え。お前の行動ひとつで俺もリノアもキスティスも皆も死ねる。勿論、お前もだ。それが嫌なら与えられた役割だけを果たせ」
「役割ねぇ……じゃあ、『優秀なSeeDサマ』のお役割ってのは一体何なんでしょうかねぇ?」
 ふて腐れて厭味ったらしい言い方をするサイファーをちらと一瞥し、スコールは腕を組む。
「俺がカーウェイ氏から頼まれたのは、『全員を無事に目的地へ連れていくこと』だ」
 一同の視線が、スコールに集中する。
「先刻も言った通り、この件では既に死者が出ている。……新兵だったらしい。俺達とそんな変わらない」
『…………』
「俺は、何が何でも全員無事に連れて帰る。その為にはサイファー、お前に余計な行動されたら困るんだ。俺達の実地試験の時とは違う。動く列車には逃げ場はないんだからな」
 意外にもさらりと伝えられたスコールの言葉に、流石のサイファーを顔を引き締めた。
「……了解」
 リノアはひとつ大きく息を吸うと、改めて唇を引き結んで気合いを入れた。
 ――これは、遊びではない。痛いくらいの、現実なのだ。

 … … …

 リノアとサイファーは、列車に乗り込む護衛隊に配置された。キスティスとシュウが率いるこの隊は、ガルバディア軍と協力して積み荷の管理と前方の警戒に当たる。
 アーヴァインはスコール率いる遊撃隊だ。こちらは四輪車やバイクで列車と並走し、周囲と後方の警戒に当たる。サイファーはしきりとこの遊撃隊に行きたがっていたが、スコールに雷を落とされることを怖れたのか、ぶつぶつ言いながらも大人しく列車に乗り込む一群に紛れていた。
 ガルバディア軍の制服を着た人々が、夜間保安灯が放つペールオレンジの光を浴びながら積み荷を積んでいく。その向こうで、遊撃隊がヴィークルの最終チェックをしていた。大型バイクの具合を見ながら、アーヴァインが愛用のライフル銃を背中に引っ掛けているのが見える。そこにスコールが声をかけ、一言、二言……。何を話しているのかはわからないが、アーヴァインはガッツポーズをしてみせた。激励でもされたのだろうか。
「なーにしてんだ」
「きゃっ」
 背後に音もなく忍び寄ったサイファーは、リノアの頭にどんと腕を置いた。リノアは肩を聳やかし、小さな悲鳴を上げる。
「サイファー……おどかさないでよ」
 リノアは目線だけで腕の持ち主を見上げ、そして睨んだ。しかしサイファーはお構いなしで暢気に手庇など作って遠くを眺めている。
「へー、ほー、ふーん」
「な、何よ」
 にやにやしているサイファー。リノアはぱっとその腕を払い落として腰に両手を当てた。
「言いたいことあるんなら言えばっ?」
「お前って、ほんっとイイ趣味してるよなぁ、と思ってよ。あんな仕事中毒のブアイソ、どこが良いんだか」
「いーっだ、サイファーにはわかりません〜」
 思いっきり顔をしかめてみせても、サイファーにはどこ吹く風。
 じゃれる2人を横目で見ながら、キスティスとシュウは密かに笑っていた。
「何て言うか……仲良いねぇ、あの2人」
「そうね、確かに。兄妹みたい」
 ほんわかと和みながらも、候補生達へと配った装備のチェックする手は止まらない。手抜かりは許されない。
 今回、候補生達には拳銃と換えの弾装(マガジン)がふたつ、そして各属性の低レベル魔法が必要最低限と、G.F.エレメントが配られた。男子は拳銃に興奮しているようだっだか、女子の大半は妖精のような愛らしい外見のエレメントに心惹かれている様子である。先刻など、「これ、飼っちゃ駄目ですか!?」なんて声が上がり、試験監督のSeeDを困らせていた。何だかんだ言っても、彼らはまだまだ幼い。
 そして、その幼い子供達は、何が何でも還さなくてはならない。彼らを護るのは、より大人に近い自分達SeeDだ。キスティスは誰知らず顔を引き締める。
 自分が良い具合に緊張しているのを、キスティスは自覚していた。愛用のチェインウィップもコンディションは抜群だ。最後まで自分を助けてくれるだろう。
 キスティスは腕時計のバックライトを点灯させ、時間を確認する。同様に確認を終えたシュウと目を合わせて頷き合い、キスティスはスコールに向かって手を挙げた。スコールは頷き、ジェスチュアでゴーサインを出した。
「状況開始10分前! 総員、乗車せよ!」
 キスティスから、凛とした号令がかかる。
 瞬間、辺りにぴんと張り詰めた緊張感が漂った。その中で、リノアは努めて気を落ち着けようと大きく深呼吸する。その後ろで愛用のハイペリオンを弄っていたサイファーが、彼女の頭を軽く叩いた。
「おい、しっかりしろよ。お前、ヤツに良いとこ見せるんだろ?」
「サイファー……」
「ここまで来たんだ。後は気楽に……ってわけでもねぇけど、あんま思い詰めんなよ。時の運だ、なるようにしかならねぇよ」
「……そだね」
 リノアはへにゃっと笑った。サイファーはそんな彼女の頭を掻き混ぜ、ばんばんと背を叩いて列車へ乗り込ませた。
 そして、遊撃隊の方を眺め遣る。
 偶然なのか、それとも待ち構えられていたのか、フルフェイスのヘルメットを抱えたスコールと目が合った。サイファーはわざと自信たっぷりに口許を歪めると、緩く作った拳で己の胸を叩いてみせる。
 スコールは深く頷くと、ふいとそっぽを向いてヘルメットを被った。

「……ね、ハーティリー、さん」
 リノアと同じ班に分けられたメアリアーナは、恐る恐るリノアに声をかけた。因みに他の2人、カティアとシリルはそれぞれ護衛隊の別班と学園東駅の警備隊に配置されている。
「ん?」
 リノアは無邪気に首を傾げた。メアリアーナは逡巡する。
 目の前でこうしている彼女は、どこをどう見ても普通の少女だ。しかしその身の内には、恐ろしい程の「力」がある。
 ――人はソレを、「魔女」、と呼ぶ。
 メアリアーナは魔女という存在が怖かった。恐ろしく、近付きたくない存在。出来るなら、消えてほしい存在――だが、目の前にいるこの少女がその存在だと聞かされた今、メアリアーナは果たしてこのままただ恐れるだけで良いのか、わからなくなっている。
「何で、SeeDになろうと思ったの?」
 だから、メアリアーナは聞きたいことは全て聞きだそう、そう考えた。この少女は恐れるべき存在なのか、それを確かめる為に。
 リノアは頬を掻いた。
「んー、何で、かぁ……。何で、って言われると、『それが1番の近道だと思ったから』、としか言いようがないんだよねぇ」
 首を傾げるメアリアーナに、苦笑するリノア。
「正直、SeeDになったからって何が出来る訳でもないんだよね。だってわたしは魔女だもの。条約の関係上、スコールが一緒でないと派遣任務にも出られない。SeeDとしては役立たずだわ。
 だけど、何かしたい。誰かの……皆の、助けになりたい。じゃあ『助け』って何が出来る? 出来ることと言えば、疲れ果てて傷だらけになって帰ってくる皆を出迎えて、手当てしてあげるくらいだよね。なら一般生でも……って思うけど、そうすると1番に駆け付けることって難しくない? 堂々と帰ってくる人、少ないもん。皆こっそり帰ってくるから、一般生だとそういう情報回ってくるの馬鹿遅いし……。
 だから、わたしはSeeDになって、帰ってくる人達の為に1番に駆け付けられる存在になりたいの」
 それが理由、とリノアは無邪気に微笑う。
 メアリアーナは呆然とした。何故、どうして、そんな風に考えられるのだろう。それも、他人の為に。
「……憎らしいとか、思ったことないの?」
「え?」
「憎らしい? 何で?」
 本当に意味がわからない、と目を丸くするリノア。メアリアーナは言いにくそうに口を開く。
「その、だから……閉じ込められてるわけ、じゃない。あなたを閉じ込めてるのは、所謂『普通の人』じゃない。憎らしくないの?」
 リノアは訝るように片眉を上げた。
「……ねぇ、何か考え違いしてない? サイラスさん。あなたが『普通の人』なら、わたしだって『普通の人』なんだよ? そりゃあ『魔女の力』なんてものがあるけど、わたしだってこの17年間、所謂『普通』に暮らしてきたガルバディア人なんだけど」
「…………そういえば、そうよね」
「ね? だから、憎むこと自体筋違いな訳。バラム・ガーデンでは『善き魔女』の迫害の歴史なんかもきちんと勉強するけど、ガルバディアの学校では普通、『魔女 イコール 大概悪者』って図式しか教えないからね。わたしだって、こうなるまではそんな歪んだ『普通』の中にいたなんて気付かなかったもの。だから、どちらの気持ちもわかるのよ。『魔女』を押し込めずにいられない、潰さずにいられない恐怖も、それを『皆がそう望むから』って平然とやってのける『普通の人』への恐怖も」
 それを苦いものとはいえ微笑みながら言うリノアは、どれ程強くしなやかな心の持ち主なのか。
 そこへ、のっそりと近付いて来たサイファーが、リノアの頭に腕を置いた。
「随分と殊勝な会話してんじゃねぇか」
「あ、やだーサイファー、オンナノコの秘密の会話盗み聞きしてたのね? えっちーい」「アホか」
 サイファーは冗談めかしてリノアを小突く。リノアはくすくす笑いながらサイファーを追いやる仕種を見せた。
「そろそろ学園東駅だぜ。降車準備しろってよ、センセイが」
「はーい」
 リノアは軽い調子で手を挙げた。対して、メアリアーナは緊張の面持ちで頷く。サイファーはにやりと笑うと、先程まで己がいた場所へ戻っていった。
「……サイファーさん、結構カッコイイかも……」
 メアリアーナがぽつんと呟いた。それを聞いたリノアは、大真面目に頷く。
「あいつはね、カッコイイよ。多分、普通の学校だったら、ホントにヒーローみたいなやつだったと思う。正義感とかめちゃくちゃ強いからね……問題は、それがガーデンの人からしてみると見当違いの方向向いてるってことで」
 リノアは苦笑した。
 スコールが指摘した通り、サイファーの問題点はその暴走しがちな正義感にある。ガーデン内で風紀委員をやっている間は良い。ガーデンの風紀を維持しようというその情熱は、目を瞠るものがある。だが、その特性は仕事となると途端に欠点へと成り代わる。戦闘能力が高いことも合間って、自分や他の班員を巻き込み大惨事を巻き起こしかねない程、彼は「真っ直ぐ」だ。だからこそスコールは、再三サイファーへ釘を刺していたのだ。
 メアリアーナが身を乗り出した。
「その言い方! ひょっとして、ハーティリーさんてばサイファーさんと付き合ってたとか?」
「ないないない、それはない。そりゃあ初めて遇った時は所謂『乙女的危機的状況』だったからカッコイイと思ったけど……サイファーも男だって思ったら、『あ、駄目だ』って感じたもん」
 メアリアーナは首を傾げる。リノアも首を傾げた。
 列車が、止まった。
「ん……説明がしにくいので、この話は端折って良い? 行こう」
 リノアはメアリアーナを急かし、SeeDや他の候補生に混じって列車を降りた。




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