「では、一度だけチャンスをあげましょう」
シド・クレイマー学園長のその一言で、彼女の受難? の日々は始まった。
「SeeDになりたい?」
朝ののんびりした食堂の空気が、ある一部分だけ固まった。
きっかけは、案の定という何というか、リノア・ハーティリーだったりする。
「そう」
「って、貴女……」
思わず絶句するキスティス。
「……編入じゃなくて?」
「留学手続きはこの間取りました」
そうでした。つい先日見たばかりの手続き書類の山を思い出して、キスティス内心頭を下げた。
「でも、何で〜?」
セルフィが首を傾げ、隣に座るリノアを見る。その視線はどこと無く心配そうに揺らいでいた。
そんなことを知ってか知らずか、リノアは淡々と返す。
「それが一番の近道だと思ったから」
「…………」
残念ながら、緊密とはいえまだ付き合いの短い一同では、彼女の思考回路がどうなっているのかはわからない。一番親密なのは彼女の恋人だと思われるが、そもそも彼すらわかっているかどうか。大体、この場に彼はいない。彼なら止めてくれるかも! ……などという期待は、するだけ無駄だ。
一同ははひそかに溜息をつく。
と、そこに電話のけたたましい呼び出し音が鳴り響いた。
「うひゃあっ! あ、内線かぁ〜」
文字通り飛び上がったセルフィが、胸を押さえてドア近くの壁にかかった内線電話を振り向く。
「……珍しいわね。食堂の内線が鳴るなんて」
キスティスは意外そうに呟くと、取るべきか否かとおろおろしている生徒達を掻き分けて受話器を取り上げた。
「はい、SeeD教官トゥリープです」
『キスティスか』
「あら、スコール?」
キスティスは思わず内線番号を確認した。
「どうして学園長室の内線から貴方の声が聞こえるの」
『当たり前だろ、学園長室からかけてるんだから。それより、リノアいるか? 代わってほしいんだけど』
キスティスは不思議そうに首を傾げながらも、ちょこちょことそばに寄ってきていたリノアへと受話器を渡す。
「スコールからよ」
「ありがと。……はーい、リノアです」
リノアに場を譲り、一歩後ろに下がるキスティス。その背中にセルフィがくっつき、2人して聞き耳を立てた。
『今から10分くらいなら時間をくださるそうだ。学園長室に来い』
「ん、わかった。3階だよね」
『あぁ。じゃあ』
用件のみを淡々と告げ、内線はぷつりと切れた。リノアは丁寧な手つきで、内線を元あった通りに戻す。
「……学園長が、何ですって?」
まさか聴かれているとは思っていなかったリノアは、キスティスの問いにきょろりと目を丸くして振り返った。
「え? あぁ、相談したいって相談したら、時間ちょっとだけくれるって。だから、学園長室、行ってくるね」
「いってらっしゃい〜」
セルフィが手を振って見送る。彼女は、リノアの足音が聞こえなくなったころ、珍しく眉間にシワを寄せてぽつりと呟いた。
「リノア、ひょっとして冗談抜きに掛け合うつもりやろか……」
「あぁ、リノア。いらっしゃい」
いつものように笑顔で迎えるシド・クレイマー学園長に、リノアは軽く膝を折って会釈を返した。
「お邪魔します、学園長先生」
「はい。では、座ってくださいね」
にこやかにソファを勧められ、リノアはそっとスコールの隣に滑り込んだ。一瞬、2人の視線が交錯する。
「話はスコールから聴かせてもらいました。SeeDになりたい、とか」
「はい」
リノアは真面目な顔で頷いた。
「皆と違い本来歩むべき過程もなく、余りにも無謀なことだとはわかっています。でも、どうしてもチャンスが欲しいんです」
静かな主張だった。普段の、少しふざけたような雰囲気とは違う、良家の子女らしい大人びた風情に、スコールは内心驚いた。
シドは唸って腕を組み、少し考えるそぶりを見せる。
「どうしても難しいことでしょうか」
「難しいとは思いますよ? いえ、受験の可否ではなく、技術の方です」
リノアは百も承知と小さく頷く。
シドはゆっくり立ち上がると、のんびり室内をうろつき始めた。
「筆記は問題ないでしょうね。先日受けてもらった編入試験の結果を見せてもらいましたが、大変によろしいものでした」
「ありがとうございます」
「ただ、やはり技術ですねぇ……」
シドは独り言のように呟くと、困り顔で顎を扱く。
「スコール、君はどう思います?」
「……やらせてみれば良いのでは、と」
水を向けられたスコールが事もなげに言った一言に、リノアは驚いて彼の顔を見上げた。その顔は、ひどく淡々としている。
「どうせ言っても聞きません。だったら、チャンスを与えて現実を思い知らせる、というのもひとつの手でしょう」
あぁ、やっぱりスコールはスコールだった。リノアはがっくり肩を落とす。
シドがちらりとスコールを見遣る。
「なかなか厳しい物言いですね、スコール。では君が、リノアを仕込んでみますか?」
「命令でしたら」
その言葉に、シドは満足げに頷いた。
「では、SeeDスコール・レオンハート」
「はい」
「君にリノアを預けましょう。期限はおよそ2週間、今期最後の実地試験までです。特例として筆記は来年、ただしチャンスは今回限りです。
良いですか、2週間ですよ。2週間で彼女をモノにしてみせなさい。その間、君には臨時教員権限として必要時のSeeD徴用を認めましょう。正式な担当教員はSeeDキスティス・トゥリープ、彼女には私から話しておきます」
「了解」
スコールはきびきびと立ち上がると、シドに対して敬礼した。リノアも慌ててそれに倣った。
その日から始まったスコールの訓練は、はっきり言って厳しいの一言だった。
初日は、SeeDとしての礼法と、ストレッチの仕方、一般的な格闘技の型を一通り。慣れた者には造作もないそれも、土台のないリノアにはかなりキツい。スコール達と行動を共にしてある程度底上げされているとはいえ、1、2時間もすれば、汗だくである。
「足元」
少しふらつくと、ぱし、と指示棒で臑を叩かれた。
「最初からやり直せ」
「……はい」
「返事は」
「了解、です!」
やけくそ気味に叫んだリノアは、唇をぎゅっと引き絞ると、ニュートラルポジションに戻って深呼吸する。
スコールは指示棒をリノアの頭上で軽く弾ませた。
「返事ひとつでもいい加減にするな」
「……ごめんなさい」
スコールの呆れた物言いにリノアが首を引っ込める。
「さぁ、もう一度やってみろ。通しで出来たら一旦休憩だ」
「はいっ」
今度のリノアの返事は、元気が良かった。スコールも思わず目元を和ませる。
「現金なやつ」
「はぁーっ、つっかれた!」
夕食時。思い切り伸びをしながら食堂へ現れたリノアへ、部屋中のの視線が集まった。その種類は、好奇心と嫉妬心が半々ずつ。男女構わず自分に視線が向いているのは何故だろう、とリノアはぼんやり思った。
「お疲れ様〜、リノア。聞いたよ、初っ端から飛ばしてるって?」
「アーヴァイン」
いつもながらのんびりした風の友人の声に惹かれ、リノアはその斜め前の席に手をかけた。
アーヴァインはおや、と片眉を上げる。
「ホントにお疲れのようだねぇ」
「もう、くったくた。お腹空きすぎてよくわかんなくなっちゃってるくらいなの」
リノアが苦笑いすると、アーヴァインは自分のトレイからコップを取って差し出した。
「とりあえず、ジュースをどうぞ。心配しなくても、口はつけてないよ〜」
「ありがとう、でも気持ちだけもらっておくわ。……皆は?」
「ゼルとセフィは訓練室からまだ帰って来てないんだ。キスティは仕事中」
「そう。じゃあ、今日の夕食はわたしとアーヴァインだけかしら?」
アーヴァインは首を傾げた。
「スコールは?」
「……スコールってば、『中途半端に身体を動かしたから落ち着かない』って訓練施設に行っちゃった」
リノアは大仰に肩を竦め、がっくりと落としてみせる。アーヴァインはからかい混じりに笑った。
「はは、残念だったねぇ。珍しくスコールのこと独り占めだったのに……お?」
アーヴァインの視界に、見馴れた友人の姿が目に入った。見れば、疲労困憊のゼルとセルフィが食堂に入って来るところである。
「……どうしたんだい、2人共」
何とかテーブルに辿り着き、べろりと倒れ伏してしまった2人に、アーヴァインは恐る恐る問い掛けた。
「……あの、化け物め……!」
地獄から響いてくるような声を発したゼル。セルフィが猛烈な勢いで何度も頷いた。
「いいんちょ、とんでもなーい! 何なの、何であんなに動けるの?!」
アーヴァインは苦笑した。
「今まで動けなかった分、鬱憤晴らししてるんじゃないのかな〜」
「にしたって異常だぜ! 何でショットガンなんてクソ重たいもん使って格闘なんておっぱじめんだよ、あいつ専門全然違うだろ、ガンブレードどうしたんだ」
ゼルは早口でまくし立てる。
「もぅ恐いなんてモンじゃなかったんだよ〜? ほら、いつもはガンブレードでバトルするとこしか見てないじゃん。で、今日はショットガン持ってて、何でって聞いたら『いつもガンブレードじゃ勘が鈍る』って、しかも中身入ってないゆーし! あれでアルケオダイノス相手にさせられたあたしたちの身にもなって?!」
そのときの緊張感を思い出したのか、いつの間にかセルフィの目にはじんわり涙が浮かんでいた。
ゼルはじとっとした視線をリノアへ寄越す。
「リノアぁ、お前サボってたんじゃねぇの? じゃないと、あいつの体力説明つかねぇよ」
その言い草に、リノアは慌てて両手を降って否定した。
「そ、そんなスコール相手にとんでもない! 出来る訳無いじゃないそんなこと。かろうじて型覚えて、ちょっと休憩したと思ったら、『覚えたな、さぁ行くぞ』って即組み手やるような相手に!」
「…………マジ?」
「初心者相手にぃ?」
「それは流石に冗談だろ、おい」
三者三様、疑問の目をリノアに向ける。リノアは溜息をついて、上着の袖に手をかけた。
「冗談じゃないわよ。見よ、この腕!」
捲り上げられた長袖に隠れていたのは、見事な青痣。もちろんひとつふたつではない。
「……あいつ、鬼だな……」
ゼルは、呆然として呟いた。
くしゅん!
「嫌だ、この時期に風邪?」
スコールの突然のくしゃみに、キスティスは眉をひそめた。
「よしてよ、SeeD試験も大詰めなんだから」
「……大方、噂されてるんだろ。リノアか、ゼルかセルフィだろうな」
「一体何したの、貴方……」
呆れ返ったキスティスの問いに、どこ吹く風のスコール。
「……で、リノアの試験が何だって?」
「あぁ、そうそう。リノアのこと、学園長から正式に聞いたわ。それで、リノアの……というか、SeeD実地試験のことで、貴方に相談したいのよ」
「相談? 教員でもない俺に?」
キスティスは頷いた。
「えぇ。実はこれ、まだオフレコなんだけど……」
ちら、と意味ありげな流し目に、スコールは席を立ってキスティスの机に浅く腰掛けた。自然2人の距離は近くなり、小声での会話が可能となる。
「で?」
「SeeD試験、対テロ戦になりそうなの」
「どの辺りだ?」
「ガルバディア・ドール間の緩衝地帯よ」
「ヘスペリデス平原東部か……俺達は、どちら側?」
「ガルバディア側。ドールの過激派が、ティンバーに向かっていたガルバディア軍の補給隊を襲ったそうよ」
ありそうな話だ。先の大戦――魔女が絡んだことから、先例に従って「第三次魔女戦争」、という――でガルバディアから最も多く煮え湯を飲まされたのは、間違いなくドールだ。爆発するのも頷ける。
「私達への依頼は、ガルバディアの補給列車を護衛することね。隊を三つに分けて、列車へ乗り込む護衛隊、ヴィークル(乗り物)で並走する遊撃隊、駅を警備する警備隊にしようかと」
「あぁ、派遣はもう本決まりなのか」
「えぇ。対テロと言っても警備だけだし、正SeeDも私達含めて12人派遣されることは決定しているの。決まっていないのは、そこに候補生を混ぜるかどうか、ね。他に適当な依頼がなければ、試験はこれに決定ね」
「…………」
スコールは黙り込む。
言ってしまえば、不安だった。大事なリノアをそんな場所に送り込まなければいけない。それを思うと、彼の眉間にはだんだんとシワが寄って……。
「スコール」
窘めるような声色で、キスティスはスコールの名を呼んだ。
スコールはちらと彼女の顔を見る。
「一言、言っておくわ。貴方のその不安、いくら悩んだところで解決なんてしないわよ。万全の体勢を調えたところでね」
「……わかってるさ」
「ふふ……」
キスティスはころころと笑う。そして、1冊のファイルを悩める青少年へと差し出した。
「その不安を和らげる為に、提案があるんだけど?」
それは間違いなく、その依頼任務の資料だろう。スコールの表情は一転、嫌そうに目を細めた少年の顔になる。
「……受け取りたくない」
「気持ちはわかるわ。でも残念でした、貴方は依頼主からのご指名を受けてるの」
「………………」
「こら、舌打ちしないの」
キスティスは教員らしくスコールを小突く。スコールは嫌そうに手を振り、資料をばらばらとめくる。
「再来週の半ばか……わかった、明日までに読んどく」
「よろしくね」
スコールは軽く肩を竦めると、腰を上げる。
キスティスがあ、と声を上げた。
「そうだわスコール、もうひとつ」
呼び止められたスコールは、ドアの前でぴたりと足を止める。
「今回、私が試験監督を任されてるんだけど」
「……それが何か?」
スコールは振り返って首を傾げた。
実地試験に使うと言えど、任務に就くSeeD達は基本的に試験には関与しない。不正を防ぐ為でもあるし、任務が疎かになれば成否のみならず全員の生命にも関わるからだ。むしろ候補生という未熟者が雑じる分、SeeD達にとっては嫌になる程達成ハードルが上がっていると言って良い。そんな状態で試験に係わりを持てば、異様な辛口評価が付くのは目に見えている。
そんなことはとっくに知っているだろうに、何故キスティスは自分を呼び止めたのか?
「リノアの試験の話なんだけどね」
「あぁ」
「今回はアーヴァインとサイファーもも参加するわ。仲間の贔屓目を除いても、彼らは合格すると思う。……サイファーは、『ちゃんとやれば』、だけどね」
スコールは頷く。
「リノアは、望み薄?」
「……そうね」
キスティスが苦笑する。
流石にそうだろうな、とスコールも思う。残念だが、リノアが真っ当に試験に合格することは不可能だろう。根性は買う。気持ちも買う。だが実力がない。そんじょそこらの女子高生よりは体力もあるだろうが、SeeDとして求められる域には届くべくもない。
「だから、提案があるの。聞きたい?」
スコールは、片眉を上げた。
「よし、一旦休憩するぞ」
「はぁい」
何だかんだ言ってもきついのだろう、休憩を告げられたリノアの目が微かに輝いたのを見て、スコールは苦笑した。
リノアは大きく伸びをし、深呼吸してから壁にもたれる。額を首筋を汗が流れていく。それが何となく不快で、リノアは何度もタオルで拭う。キリがないのだが、放っておきたくもない。
「リスか何かみたいだな」
「仕方ないじゃない、気持ち悪いんだもん……」
リノアはそのまま、ずるずるずると壁を伝って座り込んだ。
スコールはそんな彼女の様子に溜息をつくと、髪を掻き上げて頭をひと振りし、足元のボトルを取り上げる。
「飲め」
「ありがと……」
スコールに渡されるままにボトルを受け取ると、疲れで俯きがちになっている彼女の視界に誰かの影が映った。
「お休み中にすみません、司令官」
見れば女子生徒が2人、緊張の面持ちでスコールに相対している。
「何だ?」
2人はちらとリノアを見、息を大きく吸った。
「あたし達、次の実地試験受けるんです」
「お忙しいとは思いますけど、私達にもご指導頂けませんか?」
その必死にも見える様子に、リノアはあ、と気が付いた。
(この人達……)
スコールのことが、好きなんだ。
それに気付くと、先刻の一瞥も理由がわかる。彼女達の目に過ぎったあれは、リノアへの嫉妬と対抗心だ。
請われたスコールは、視線を少し俯かせ、何かを考えている。ややあって、彼はゆっくりと頷いた。
「よし、わかった」
少女達はぱっと笑顔になる。
対して、スコールは……にやりと、人の悪い笑みを浮かべてみせた。
「ちょうど復帰戦も決まったところだ。3人まとめて相手してやる」
「えぇっ!?」
これには3人共驚くしかない。唖然としている彼女達を尻目に、スコールは意気揚々と壁から起き上がる。
「ハーティリー!」
「はっはい!」
リノアは反射的に立ち上がった。
「訓練施設の管理室に行って、練習用のブレードとアーマーを3人分借りて来い。あと、俺用のガンブレードな。折れてる奴で良い」
「うぇ……」
この人、本気だ。リノアが顔をしかめてたじろぐと、スコールは彼女の肩を掴んでくるりと回し、文字通り尻をひっぱたいた。
「さっさと、行け!」
「はぁいっ!!」
リノアは跳び上がって駆け出した。スコールは彼女が出て行ったのを確認すると、少女達をちらと見遣る。2人はびくっと肩を聳やかせた。
「あんた達、名前は?」
「か、カティア・ハーネスです」
「シリル・コンラッドです」
「よし。じゃあハーネス、コンラッド、あんた達も行って来い。自分のアーマーくらい自分で持ってこい! おら、走れ!」
恫喝にも似た一声に、2人もまた逃げ出すように駆け出した。
「な、何て、人なの……」
「鬼よ……正しく、鬼教官……!」
悪夢の様な訓練から解放され、やっとこさシャワーを浴びた3人は、食堂に併設されたカフェテリアでぐったりと身を休めていた。テーブルに突っ伏す2人を眺めながら、リノアは苦笑する。
「ハーティリーさん、凄すぎ。短期間とはいえ、あの扱きを毎日受けてたの?」
「はは……でも今日、まだマシだったと思うよ?」
『え〜っ?』
がばっと顔を上げるシリルとカティア。リノアは何とも言い難い顔をしてみせる。
「だって、今日は3人がかりだったもん。彼に1対1で相手してもらうよりマシだよ……あの人、訓練の時っていつもあんななの?」
遠い目をするリノア。シリルとカティアは顔を見合わせた。
成り行きで訓練を共にした3人はこうしてお茶も一緒に飲んでいるが、そういえば彼女は所謂「恋敵」という存在ではなかったろうか。おかしなこともあるものだ。
だが、それを受け入れた理由は何となくわかっていた。
彼女のSeeDを目指す気持ちが本物だと、よくよくわかったからだ。 動きは悪い。口は減らない。だが躍起になってブレードを振るい若獅子へ食らいつく様は、そこから滲む思いは、確かに本物だった。
――あぁ、だから彼はこの子を好きになったんだ。
2人は唐突に気付く。彼女はついて来るだけの少女じゃない、欲望を満たすためだけの女じゃない。彼の隣に立ち、同じものを見て互いに支え合う、その決意を持っているのだ。
確かに、今は力が足りない。だがいつか、その決意は大きく花開くだろう。その様を、間近で見ていたいものだ。2人はごく自然にそう思った。
「それにしても、えーと」
「あ、私カティア。カティア・ハーネス」
「あたしはシリル・コンラッドね」
2人が名乗ると、リノアは深々と頭を下げた。
「ハーネスさんもコンラッドさんも、今日はありがとうございました」
「え、何。急に改まって」
カティアは目を丸くする。リノアは肩を竦めて笑った。
「しっかり訓練した人の動きって、見てるだけでも勉強になるんだね。わたし、そういえば極近距離戦ってゼルの格闘やセルフィのフレイルしか見たことなかったんだよ。ゼルは拳だけだから方向性が全く違うし、セルフィなんて天才肌だからタイミングとかもよくわからなくって……だから、わたしよりずっと洗練されてる2人の動きが見られてすごく有り難かった」
「……あれ? じゃあ、ハーティリーさんって格闘や白兵の基礎とか、なかったりするわけ……?」
シリルが問うと、リノアは小さく頷いた。
「わたし、そういう訓練を受けたことがないんだ。護身術もやってないんだよ。だから、ブラスターエッジもアンジェロとのコンバインアクションも、皆我流なの。おかげで変な癖が付いてるらしくて、スコールには怒られっぱなしだよ〜」
あはは、と頭を掻く彼女の姿に、カティアとシリルは顔を見合わせた。
そこに。
「カティア、シリル!」
食堂を突っ切ってきた女子が数人、3人の元へ来た。
「ハァイ、メアリアーナ」
「ハイ」
カティアとシリルが挨拶したのは、豪奢な金髪をひとすくい頭頂部で留めた少女だった。
「カティア、シリル。私達、これからバラムに行こうかって言ってるんだけど、2人もどう?」
「あ、良いね。行く行く!」
シリルは二つ返事で手を挙げた。メアリアーナは機嫌良さそうににっこりすると、リノアに向き直る。
「あなたもどうですか? スコール先輩の彼女さん」
その言葉には、ひどく険があった。
(あ、ヤバいかもしれない)
カティアは何となく身構える。
普段は気の良い友人であるメアリアーナだが、強烈なスコールシンパである。故に、常日頃行動を共にしているリノアのことを目の敵にしているのをカティアはよく知っていた。今まで被害がなかったのは、ただ単にこの2人が鉢合わせしたことがないからだ。
だがそのあからさまに厭味な態度に、リノアは笑顔を返して手を振った。
「わたしは良いわ、ありがとう。皆で楽しんできて」
「あら、トゥリープ先生やセルフィさんとは仲良くするのに、私達とはしてくれないんですね」
「…………」
「やっぱりスコールさんの彼女ともなると、他の人に構ってられないくらい忙しくなるんですか?」
「ちょ、メアリ、やめなよ!」
カティアが慌てて席を立つ。メアリアーナは唇を尖らせた。
「あら、だって本当のことじゃない」
「あんたね……」
メアリアーナを糾弾しようとしていたカティアが、はっと言葉を切る。リノアが彼女の袖を引いたのだ。
「あなたがわたしのことをよく思ってないことはわかったわ。でもね、わたしにも今回のことは言い分あるんだよ。それを言っても良いかな?」
静かに問うリノアに、メアリアーナは高飛車な態度で頷いた。
「えぇどうぞ。どんな言い訳が出るか楽しみだわ」
その時。
「リノア、いるっ?」
カフェテリアに来るや否や、大声で訪いを入れたのは、燃えるような赤毛の少女だった。その後ろには、わざとらしく顔をしかめて耳を塞ぐ金髪の才女の姿もある。
「あれ、キスティにセルフィ?」
リノアが立ち上がると、セルフィは仔犬のような無邪気さでリノアに抱きついた。
「探したんだよ〜? いいんちょがやーっとリノアを解放したって聞いたからさ〜」
「ひょっとして、お邪魔だったかしら?」
キスティスは集まっていた女子達を見回した。メアリアーナも流石にこの2人にはしおらしくしてみせる。
「いいえ、お邪魔なんてそんな……お先にどうぞ」
「ありがとう、メアリアーナ」
キスティスはにっこりと微笑むと、リノアを覗き込むように首を傾げた。
「あのね、リノア。私達、これから所用でバラムに行くんだけれど……何か、欲しいものはある?」
リノアはきょとんと目を瞬かせ……次いで微笑んでみせる。
「今は特に何もないよ。ありがとう」
カティアはその受け答えに違和感を感じた。違和感を感じたのは、キスティスが「後で待ち合わせしない?」ではなく、「何か欲しいものはある?」と聞いたから。
勿論、彼女達がリノアを誘うとは思っていなかった。所用、といえばSeeDにとっては任務にも近い仕事であるから、仮令簡単なお使いであったとしても候補生を伴うことはない。だが終わればフリーだ。リノアに大体の終了時刻を伝えておいて、後で待ち合わせをする、ということは考えられることだ。実際、任務終了後にSeeDと候補生・一般生が外で遊ぶ時にはよくやる手段である。
「ねぇ、ホントに? 何でも良いんだよ? 雑誌とか、アンジェロのおもちゃとか!」
セルフィがぐずるように問うと、リノアは困ったように眉根を寄せる。
「うーん、と言われてもねぇ……あ、じゃあ、本屋さん寄ってもらっても良い?」
「うん! 何何?」
「あのね、『メサイア』の最新刊を買ってきて欲しいの。スコールが読みたがってるんだけど、わたし買いに行けないでしょう?」
「……って貴女、それはスコールの買物でしょう? 貴女のは、って聞いているのに」
「えー、だって本当に今、これが必要! ってないんだよね。家からカード来たから、通販で好きにいろいろ買えるし」
キスティスとセルフィがちらと目線を交わす。リノアはセルフィの腕を解かせると、両手を叩いて2人の背を押した。
「さ、ほら、行ってくる! お仕事でしょうが、遅れちゃうよ?」
「……じゃあ、行ってくるわね」
キスティスは小さく溜息をつき、セルフィを伴ってカフェテリアを出た。いってらっしゃーい! と手を振るリノアに見送られ、2人は仕事に赴くべく廊下を行く。
「トゥリープ先生!」
追いかけてきたのは、先程カフェテリアで見たメアリアーナ・サイラスだった。キスティスは即座に教師の仮面を被る。
「どうしたの? メアリアーナ」
「あ、の……質問が」
「何かしら」
メアリアーナは一瞬逡巡したようだったが、やがてきっと眦を決して長身のキスティスを見上げた。
「あの、どうしてハーティリーさんばかり気になさるんですか?」
「…………」
キスティスの顔から、すっと表情が抜け落ちた。
「貴女、『魔女』って聞いてどんなことを思い描く?」
メアリアーナはぎくりと肩を震わせる。
第三次魔女戦争が終結して、まだそう日は経っていない。魔女が操るガルバディア軍とのバトルを経験したメアリアーナにとって、魔女とは恐ろしく、近付きたくない存在――出来るなら、消えてほしい存在だった。
キスティスは厳しい目を彼女へと向ける。その隣で、セルフィが無感動な顔をしている。
「……ほら、だからだよ」
セルフィは、くるりと彼女へ背を向けた。
「貴女のような考え方が、彼女を閉じ込めるのよ」
「キスティ、もう行こう」
「待って。……世界には、そんな考え方の人が哀しい程多いわ。だから図らずも『継承』を受けてしまった彼女を、この小さな、あまりにも小さな箱庭へ閉じ込めた。私達の大切な大切な友人をね」
「キスティ!」
「セルフィ、お願い。……世界はとても理不尽に、彼女から自由を奪ったのよ。メアリアーナ、この事実をよく考えなさい。良いわね、宿題よ」
キスティスはそう言い残すと、急かすセルフィを追いかけ駐車場へ向かっていった。