ここはエスタ、大統領官邸。
 ナタリーは今、とても困っていた。
「何事かね」
 廊下で立ち尽くす女性に、キロス・シーゲルは不思議そうに声をかけた。
「あ……シーゲル補佐官。いえ、あの、それがですね……」
 と、ナタリーはリビングルームの方を指し示す。
「あの、知らない男の子が、リビングルームのソファで寝ているんですが……。熱があるみたいで、起こすのも忍びなくて」
「ふむ」
 キロスは苦笑した。
「補佐官?」
「ナタリー、心配しなくて構わない。彼はラグナくんの、大事な大事な人なんだ」
 キロスはナタリーにブランケットを持ってきてくれるように頼むと、ゆったりとした足取りでリビングルームへ向かった。
 かちゃり、とドアノブを回すと、柔らかな光が廊下に零れる。キロスには懐かしい印象を抱かせるインテリアだ。
 その真ん中あたり、L字に並べられたソファの一角で、ひなたぼっこをしながら目を閉じている少年の姿があった。
「こら」
 キロスがもの優しく叱声をかける。少年の睫毛が震え、ふわりと目蓋が折り畳まれる。
「ぁ……キロス、さん」
「スコール君、君は一体どこで寝ているのかね……全く、これではラグナくんも私も安心出来たものではないな」
「すみません。でも、リノアもエルもいなくて、部屋で寝てるの寂しくて……」
 肩を竦める少年。
 他愛ない悪戯を見つけられてしまった子供のようだ、と思いながら、キロスは手の甲で少年を軽く小突く。
「甘えん坊め。ふふ……まぁ良いだろう、そろそろラグナくんが昼食を採りに戻って来る。こちらに用意させるから、一緒にお食べ。但し、邪魔だからとブランケットを放り出すんじゃないぞ。身体は本調子じゃないんだからな」
 キロスはナタリーに手渡されたブランケットを広げると、少年の身体を優しく覆ってやった。



騎士の矜持

Act.9 優しい結末


 スコールが病院へ戻された後も、会議は2日ばかり継続された。その間スコールは担当医から改めて絶対安静を言い渡されており、泣きそうな顔をしたリノアに張り付かれて過ごしていた。往々にしてスコールは殆ど眠った状態でいたから、また抜け出すかもしれないという心配は杞憂であったが。
 会議で出された結論は――「バラム・ガーデンにおける経過観察」、であった。
 目覚めてすぐにそれを聞かされたスコールは、切れてしまうかと思う程に強く唇を噛み締めた。
「良いじゃない。『最悪』より、ずっと良いよ」
「…………」
 スコールは枕に顔を埋める。リノアが優しくその髪を撫でた。
「正直、やっぱり赦されないんじゃないかなって思ってた。だから、『保護観察』ってのは温情かなって思う。ガーデンに帰ったら、うんと良い子にしてないとね、わたし」
 いつものように茶化してみせるリノア。だが今日ばかりは、それも虚しく聞こえる。
 正直な話、スコールは本当に悔しく思っていた。「保護観察」などと言葉こそ聞こえは良いが、要するに体の良い「監視付きの幽閉」ではないか。
 ――結局、何も変わらないのか。未来を変えることは、不可能なのか。スコールの右手が、俯せている枕を力一杯殴る。 そこに、ノック音が割り込んだ。
「レオンハートさん、お客様ですよ」
「あ、はーい」
 看護士の呼び声に、リノアが軽やかに応じた。するすると引き戸が開き、看護士が誰かを伴って入室する。
「……え?」
 リノアはぽかんとした。彼女は数秒間固まった後、慌ててスコールの枕を叩いた。
「っちょ、スコール、スコール!」
「何だよ」
 てっきり客人はラグナだろうと思い込んでいたスコールは、ひどく億劫そうに顔を上げた。そして、その双眸を見開いて硬直する。
「突然申し訳ない。失礼するよ」
 軽い会釈と共に入ってきたのは、ドール執政議会議長、ヴィクトル・アイゼンだった。
「……っ、すみません!」
 礼を失したと感じたスコールは起き上がろうと四苦八苦する。アイゼンは緩やかに頭を振ってそれを制した。
「構わない。まだ無理は出来ない身体だろう? 閉会してから聞いたが、絶対安静だとのことではないか。楽になさい」
 アイゼンの言葉に甘え、スコールはくたりと身体の力を抜く。
「……申し訳、ありません。失礼します……」
 謝るスコールの声にも、まだ張りは戻っていない。リノアがブランケットをかけ直すと、アイゼンはふと目元を和ませた。
「仲睦まじいのだな」
 リノアの頬がぱっと赤らんだ。仲間内ではよくあるからかい文句でも、他人に改めて言われるとやはり恥ずかしいものがある。
「そ、そんなことないです」
「そうかね? トゥリープ嬢が、『いつも目のやり場に困る』と言っていたが」
「……キスティスのやつ……!」
 身体が動くのなら今すぐにでも飛んで行っただろう。そう思わせる程に、スコールの顔も真っ赤になっていた。
 アイゼンは愉しそうに微笑う。
「彼女はは軽妙で聡明な女性だな。おまけに美しい……息子と歳が釣り合うなら、トゥリープ家に縁談を持ち込むところだが」
 十中八九無理だろうな、とアイゼンは首を横に振った。
 スコールとリノアは顔を見合わせるしかない。アイゼンが何をしに来たのか、さっぱり読めないからだ。まさかただ見舞いと世間話をしに来た訳ではあるまい。
「あの……不躾を承知でお伺いしますが、議長は一体どういったご用件でいらしたんでしょうか……?」
 リノアは意を決し、おっかなびっくり問うた。アイゼンは片眉を上げ……そして、肩を竦めてみせる。
「日頃の行いが悪いと、こんなものだな。とは言え確かに、今日訪ねたのは見舞いの為というよりは、君達の処遇を伝える為、という方が正しい」
 スコールの左手がシーツを掻く。リノアはその手を強く掴む。アイゼンはそれを一瞥し、徐に口を開いた。
「時に、ガーデンではいつまで在籍が許されるのかね?」
「……20歳までです。正確には、20歳の誕生日の前日まで。教員試験をクリアしている者やSeeD隊員の内、卒業後にガーデンへ就職を希望する者はこの限りではありません。また、中等教育過程を終えた一般クラスの生徒は、18歳で卒業となります」
「そうか、もう2年といくらもないのだな……」
 訝りながらもスコールが答えると、アイゼンは何かを考える風を見せた。そして、アイゼンは気負いなく、潔く頭を下げた。
「ミスタ・スコール・レオンハート、並びにミス・リノア・ハーティリー。まずは、貴殿らへの数々の無礼、心よりお詫び申し上げる」
 2人は驚いた。
 本当に、訳がわからない。自分達がどういう状況に置かれているのか、本当に理解が出来なかった。
「世界は、君らを受け入れるにはまだ未熟なのだ。今回のことで、私はつくづく思い知った……偏見は、己の内にこそあるというのに、それに全く気付かず、『魔女は追い立てるべきものだ』などと身勝手な論議を振りかざしていた。愚かなものだよ。全く、歳は取りたくないものだ。頑固になるばかりで善いことは何もない」
 さも嘆かわしげに首を振り、アイゼンは息をつく。
「……繰り言はここまでにしよう。
 さて、君らがガーデンにいられるのは20歳までということだったな? では、その間はガーデンにいなさい。君らはまだ子供だ。後2年、或いは成人までの更に1年、大人しくお父上らの庇護を受けなさい。その間に、我々は世界を少しでも変える努力をしよう。その為の『保護観察』だ。わかるね?」
 スコールは、呆然としてしまった。自分達に気を使ったどころではない――それはあまりにも、あまりにも愛情に満ちた結論だった。
 結局、子供である彼らに出来ることなどいくらもない。魔女だ騎士だSeeDだと言っても、所詮はまだまだ親鳥の羽の下で震える雛のようなもの――いや、下手をすればそれよりも弱々しい存在かもしれない。獣や鳥の雛なら、誰に教わらずともある程度は親と同じ行動が出来る。反面、彼らに出来ることと言えば、助けを求めることだけだ。大人に助けを求め、理不尽な状況を取り除いてくれと懇願するしかない。
 スコールは、悔しかった。
「……2年は、短いです。何も変わらないかもしれない」
「そうだな……。それでも、種を蒔くことは出来る。水を引き土を耕し、いつか来る芽吹きの時を待つことは出来る。現に、未来を護る為に蒔かれた種は、こうして今、花開きつつあるではないか」
 アイゼンが、2人の繋がれた手を指し示した。
「その手の内に未来があるなら、我々はそれを壊さぬように育むだけだ」
 リノアの手に、更に力が篭る。
「だから、待っていて欲しい。我々に、猶予を与えて欲しい。その間に、我々は出来る限りのことを成そう。仮令成し遂げられることがひとつもなくとも、いつか約束を果たすために、その礎を築こう。そして、いつか君らが改めて世界を見つめる時……この世界はどんな姿をしているのか、我々に教えてやってはくれないか」
 真摯に見つめるアイゼン。その視線を受けたスコールは、首だけを動かして枕に顔を埋めた。
 暫し、沈黙がたゆたう。
「……わかりました」
 ぽつり、と呟かれた声が、僅かに湿っている。
「待ちます。だから……っ、お願いします……!」
「承知した」
 アイゼンは力強く頷いた。そして、スコールの髪を優しく撫で、顔を上げるように促す。スコールは躊躇ったが、やがて濡れそぼった瞳をアイゼンへ向けた。
「3人での、約束だ。必ず果たすと誓おう」
「はい」
 アイゼンの温かい手が、ぎゅっと2人の手を包み込んだ。

「……畜生」
 リノアが夕食を採っていると、スコールは枕に顔を埋めたままぽつりと呟いた。
「スコール?」
 リノアはスープカップをサイドテーブルに置き、スコールを覗き込もうと背を屈める。
「悔しい……本当に、悔しい……! 俺は、何も出来なかった!」
 ぎり、と歯噛みするスコール。
 リノアは首を傾げる。
「スコール?」
「何がSeeDだ、司令官だ、魔女の騎士だ! ガキには所詮、何も出来ないってことかよ! 畜生!!」
 スコールは枕を何度も殴り付ける。
「スコール、身体に障るから……」
 リノアはスコールの手を優しく押さえ付けた。スコールは嫌がるように身動ぐ。だがそれだけだ。先日の無理が祟り、今のスコールの身体には上手く力が入らないらしい。リノアはその背を、そっと撫で摩った。
「そんなことないよ、スコール。スコールは、わたしの傍にいてくれるじゃない。最初から最後まで、わたしの傍にいてくれたのはあなただけだよ」
「そんな……そんなの、当たり前じゃないか。そうじゃない、そうじゃなくて、何かしたかったんだ……リノアの為に」
 リノアは苦笑する。
「充分だよ。これ以上ない」
 本心だった。本当にこれ以上ない程に、スコールは自分に良くしてくれる。それでどうして「何もしてない」などと言うのか。いや、気持ちはわかる。スコールは、「何かをした」というカタチが欲しかったのだろう。目に見えるカタチを、リノアへ差し出したかったのだ。
 ――そんなもの、要らないのに。 現にここにいてくれる、生きていてくれる、ただそれだけで良いのに。それだけで、目に見える功績の何倍も価値があるっていうのに。
 それに――。
「ねぇ、スコール。あなたは『何もしてない』って言うけど、それは違うよ。……本当に、慰めとかじゃなくて」
 スコールは訝しんでリノアを見た。長めの睫毛に付いた涙の雫が、彼を弱弱しく、それでいてどこか蠱惑的に見せる。リノアは口付けたい衝動に駆られつつ、くしゃくしゃになったスコールの前髪を指先で梳き上げる。
「どうして気が付かないかな? この結末を掴み取ったのはあなただというのに」
「…………」
「わたしを支えてくれたのは誰? 皆を護ってくれたのは誰? 勇気を出して全て話してみせて、議長さんの気持ちを変えたのは、誰?」
 スコールは泣きそうな顔で小さく首を振る。
「違う……り、リノアがいたから、俺はただリノアの傍にいただけで、何も、出来てな……」
 リノアはスコールの唇を塞いだ。言葉が、途切れる。
「ね……だから、『そんなことない』んだよ。あなたはわたしの傍にいてくれた。それだけで良いの、充分なの」
「……リノア」
「それに、あなたは今、沢山の人にバトンを渡す役目を果たした。勿論、まだまだ同じくらい沢山のバトンが残ってるよ。だけど確かに、第一段階をクリアしたんだよ。わたし達の望む未来を導く、その第一歩を!」
 スコールは、僅かに目を瞠った。涙は、いつの間にか止まっていた。
「未来……」
 リノアは静かに頷き、そして微笑んだ。
「勿論、未来がどうなるのかわたし達にはわからないよ。でも、そう思うと信じられない?」
 いつか、悲劇の起きない幸せな未来が訪れると――。
「……そ、だな」
 やっと淡い笑みを見せたスコールを、リノアはしっかりと抱き締めた。

 スコールの退院が決まった。
 スープの類であるなら口にすることが出来るまでに回復し、点滴を外しても大事ないだろうと判断されたからである。
 ただ、問題がひとつ。
 どうやってスコールを療養させるか。
 普通、退院すれば余程の事情がない限り自宅に戻るものだろう。しかし彼は生活基盤をバラム・ガーデンに置いている寮生である。ガーデンにはドクター・カドワキが在籍している為安心は安心だが……果たして療養になるだろうか? スコールはお人好しに過ぎるから、頼られれば無下に出来ず仕事をしてしまうかもしれない。それなら完全回復するまで入院していてくれた方がまだマシというものだ。しかしだからといって、このまま入院を継続させて異国に一人置いていくのはあまりにも不憫に思える。
 いっそバラムタウンでアパートでも借りるかという話が出始めた頃、スコール本人が口を開いた。
「……エスタは?」
 ドールよりも更に遠い選択肢に、皆はスコールへ視線を集めた。途端に気まずそうに俯くスコール。
「うちに……か?」
「や、やっぱり良い……ごめん、我が儘言った」
 ラグナの問い掛けるような声色に、スコールは早口で謝った。ラグナは慌ててスコールの肩に手をかける。別にそんなことをしなくとも、ベッドに座るスコールは逃げないが。
「あー、いや、ちっと驚いただけなんだよ。考えりゃ当たり前の話だよな、療養すんのに余所ん家預けたりなんか普通はねぇよな」
 幼子を慰撫するように、ラグナの手がスコールの髪を撫でる。
「うん、そうだな。うちに『帰って』おいで」
 その言葉に、キロスが気の毒そうな顔をした。
「……しかしラグナくん、良いのか? ゲストルームは官邸の中でも外に近いだろう。四六時中見知らぬ他人にうろつかれては、スコールくんも休まらないと思うが」
「あ、それについてはだーいじょーぶ! プライベートスペースに部屋作ってっから。ただ、ちっとばっかし待ってもらわねぇとだけどな。ベッド新しいの買わなきゃだしよ」
 これには皆感心するやら呆れるやら。スコールは呆れる側だった。
「わざわざそこまでしなくて良い! 良いから、大人しくガーデンに帰るから」
「いや、『わざわざ』じゃねーんだ。単なる無精」
「?」
「お前、身長いくつになった?」
「……180、いった」
「だよな、そんくらいあるよな。今部屋にあるベッド、子供用なんだわ。170しかねぇんだよ」
 漸く、合点がいった。スコールは気恥ずかしさに頬を染めてラグナを薮睨みする。
「……ばかやろ」
「へへ」
 ラグナは可愛い息子の年相応の反応に、本当に嬉しそうに笑ったのだった。
 そんなこんなで、スコールは現在エスタは大統領官邸に滞在している。
 案内された彼の部屋は、南側の、一番暖かい部屋だ。主寝室に次いで広いその部屋は、元々は身体の弱かったという母の為に取っておいた部屋なのだろうと容易に想像出来た。そんな部屋には子供用の机とハンガーポールが置かれていて、ベッドばかり大きい(何しろベッドは大人用のセミダブルサイズだ)のが何だかおかしい。
 スコールは日の大半をその部屋で過ごす。大抵はベッドで寝ているか本を読んでいるか、さもなくば窓辺でひなたぼっこしていたりして、時折リノアが苦笑しながらブランケットをかけている。
 今日はピエットの診察の日だ。ガーゼの取り替えは素人でも出来るが、痛み止めの注射や飲み薬の処方は医師でなければ出来ない為、スコールは一日置きに彼の来訪を受けていた。
「はは、これはリノアくんがやったな?」
「わかりますか?」
「保護フィルムがよれてるよ」
「リノア、不器用ですからね……」
 ピエットは笑いながら、傷口を埋めるように透明なジェルを塗り込んでいく。
「そういえば……それ、何なんですか?」
「ん、これかい? 傷口の充填剤、かな。ハイドロジェルといって、傷を保護して治りを早めてくれる。まだ試用段階なんだがね……ついこの間の学会で効果の程が証明されたから、直に安く流通するよ。もしかしたら、ガーデンでも使うようになるかもな。……よし、これで良い」
 ジェルに保護フィルムを被せ、更にガーゼで覆う。ぴったりとテープで留めてしまえば完了だ。ピエットは服を直してやり、スコールの額や首筋に触れる。
「熱いな……昼食は食べられたかい?」
「食べました。鶏のスープ……美味しくて、おかわりしたくらい」
「そりゃよっぽどだったんだな。その後熱は計った?」
「8度2分」
「風邪でも引いたかい? 寒気とか、どこか苦しいとかは?」
「ないです。ただ熱いだけ」
「そうか、なら大丈夫だな。あまりにもしんどいようなら素直に連絡すること。良いね?」
「はい」
「よーし、良い子だ」
 ピエットはスコールの髪をくしゃくしゃにする。スコールは少し嫌そうな顔をするものの、抵抗はしない。
 身体が辛くて抵抗しないのではない。スコールはただ、それに身を任せることで甘えていた。
 子供扱いは、悔しいことだ。だが子供でいられる、いさせてくれる場所というものは何と心地好いことか。強いて「大人」になろうとしていた頃より、よっぽど自分らしくいられる。それが気持ち良い。
 突如、部屋のドアが開いた。
「ピエットさーん、診察終わりました?」
「あぁ、終わったよ」
 ひょこっと顔を出したリノアは、嬉しそうな笑顔で部屋に入ってきた。室内での土足を嫌うスコールに合わせ、部屋の入口に置かれたマットで靴を脱ぐ。そして彼女の為に用意されたスリッパを突っかけ、スコールの横たわるベッドに腰掛けた。スコールもそれに合わせて身を起こした。
 当たり前に寄り添う2人に、ピエットは苦笑する。
「相変わらず仲が良いな」
「えへへ」
 わざとらしくスコールにくっつくリノア。スコールは軽く肩を竦めた。
 ピエットはゆっくりと席を立つ。
「邪魔者は退散しようか。四六時中一緒な程仲良しなのは結構だが、親の家なんだからほどほどにな」
「ピエットさん!」
 真っ赤になったスコールを尻目に、ピエットは笑いながら部屋を後にする。後には、くすくす笑うリノアと唇を引き結んだスコールが残った。
「本当にこのベッドで一緒に寝てるって知ったら何て言うかしらね、ピエットさん」
 スコールはすっかり呆れて頭を振った。
 リノアは、スコールの護衛ということで官邸に寝泊まりしている。本来なら、職員用の部屋を間借りするか、さもなくば護衛対象の部屋に近いゲストルームを使うのが筋だ。
 だがラグナは当然のように、「スコールと一緒で良いんだろ?」と言い切った。こいつは一体何を考えてるんだとスコールは呆れたが、リノアはとても嬉しそうにしていて無下にも出来ず、結局2人仲良くベッドを分け合っている。まぁ、怪我で衰弱した人間が何をする訳でもない為、ある意味では健全か。
 不意に、リノアの表情が大人びた。スコールを労るように髪を撫でる手付きが、優しい。その手は肩に流れ落ちるとそっと力が込められ、スコールはゆっくりとベッドに横たわった。
「まだ、熱高いね」
「仕方ないさ」
 腹の中にメスを入れれば、必然防疫反応として発熱する。自身を撫で摩る手が少しだけ冷たいのが気持ち良く、スコールはうっとりと目を閉じた。
「……リノア、ごめん」
「何? 急に」
 唐突なスコールの謝罪に、リノアは手を止め訝しげに眉をひそめた。
「リノア、この間『危ないことして欲しくない』って言ったじゃないか」
「うん」
「俺、それだけは叶えてやれそうにない。だから、ごめん」
「…………」
「やっぱり、SeeDだからさ。司令官だし……子供達の生命を預かる立場だから、また、いつか、無茶するだろうなって思う。皆……大切、だから」
「……だろうね」
 リノアは深く溜息をつく。
「でもスコール、わたしもうひとつ言った。『連れていって』って、わたし言った」
「…………」
「うん、スコールに無茶癖があるのは大戦の時から知ってたからね。だから、わたしを連れていって。怖がりながら待ち続けるより、あなたの傍で恐い思いする方がずぅっと良い……。
 ね、スコール? あなたがわたしを護ってくれるように、わたしにあなたを護らせて?」
 リノアは甘く囁くと、そろりと恋人の傍らへ横たわる。スコールが微かに微笑みブランケットの端を持ち上げると、彼女はするりと中へ潜り込んだ。
 スコールの両腕が、リノアを抱き込む。
「……そう、だな。それなら、叶えてやれるかな……」
 そして静かに、だが情熱的に、2人の唇が合わさった。




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