こんなことしても、救いになんてならないのはわかってる。
 お前をきっと苦しませるだけだろうってわかってる。
 でも。
 でも、どうしても会いたかったんだ。
 最期の最期に、せめてこの心を伝えたかったんだ――。


騎士の矜持

Act.6 キセキ


 ひくりと、指先が、動いた。
 それまで泣き臥していたリノアが、その微かな微かな振動にはっと身を起こす。震える唇が、スコール、と音無き声で呟いた。
 スコールの喉がごくりと動く。次いで、ごぼ、と真っ赤な塊を吐き出した。頬に飛沫が飛び、リノアはびくっと肩を聳やかす。スコールが苦しげに弱々しい咳をしたのを見て、リノアは慌てて頭を傾けてやる。ひとしきり咳込み、やっとのことで淡く開かれた蒼眸に、彼女の茫然とした顔が映った。
「……、……」
 彼女の、名前を呼んだようだった。
「……スコール?」
 リノアが漸く応えを返す。彼女は戸惑っていた。あの「魔女」は、本当にスコールを返したというのだろうか?  スコールはぎこちなく、とろんとした微笑みを見せた。
 既視感。
「よ、かっ……」
 こほ、とまた血を吐いて、スコールはリノアを見上げた。微妙に視線が合わない。
「……見えてないなら、ちゃんと言ってよ。目、合わせられないじゃない……!」
 こんなときに、こんな貴重な時間を費やして何て馬鹿なことを言っているんだろう? そう思いながら、リノアはスコールの頭の向きを調整する。白みがかった蒼が、自分を見つめていた。
「み、んな……無事、か……?」
 リノアの胸がズキリと痛む。あぁ、何故この人は自分を優先してはくれないの? 皆が無事でも、あなたが無事じゃないじゃない! 怒りで泣きそうになっているリノアは口を開くことが出来ない。
「リノ、ア」
 スコールはひどく申し訳なさそうな目をした。
「……?」
「ご、め……な? かいほ……ぃて、やれ、な……」
 ――ごめんな? 解放して、やれなくて――
 リノアの思考に、空隙が生まれた。次いで、かぁっと血が上る。一瞬にして、彼が言いたかったことを理解したからだ。
 ごめんな、解放してやれなくて。俺から、魔女の力から――。
「……れ、が」
 口を開けば、言葉は簡単に出てきた。
「誰が、解放してなんて言った……? 誰が魔女でいたくないって言った? 誰が、あなたの傍にいたくないなんて言った?!」
 矢継ぎ早に荒々しく言葉を投げ付け、リノアはスコールの胸倉を掴む代わりに、その頭をしっかりと抱き締めた。
「駄目よ……駄目よ、目を開けてなさい! 気をしっかり持つの! 死んだりしたら許さないからね……絶対に、許さない! こんな、こんなところであなたを死なせてなんてあげないわ!」
 リノアが、声を限りに叫ぶ。
 ぽぅ……と、彼女の周囲に光が零れ出した。
 キスティスがリノアを呼ぶ。だが彼女は振り向かない。リノアにとって、優先すべきは腕の中の消えかけた灯火(ともしび)の方だった。
「あなたはねぇ、もっと、沢山のものを見るべきなの。独りで冷たいところにいた今までとは違うのよ。あなたは暖かい場所で、人が悔しがるくらい幸福にならないといけないの。それがあなたの義務なの! 綺麗なものいっぱい見て、美味しいもの沢山食べて、楽しいこといっぱいして……それでもういらないって満足するまで、絶対死なせてなんてやるもんかっ!」
「そ、か……」
 スコールは眩しそうに、ほんの少しだけ目を細めた。口許が、淡く笑みを刻む。
「す、きに……しろ……やる、よ……俺の、全部……」
「言ったわね? 見てなさい、ホントに好きにしてやるから」
 光はスコールをも包み込む。リノアは一体何をしようとしているのだろう? 光の正体がわからない皆は固唾を呑んで見守るしかない。
「う……」
 スコールは身を捩った。
「……っ、つ、い」
「我慢して」
「熱い」
 何かに耐え兼ねたように、スコールはうごめく。リノアはスコールの身体を抱き直し、肩に頭を載せさせる。ぐらりと倒れかけたその肩をリノア側から支えたのは、一番近くにいたアーヴァインだ。重心を失ったスコールの身体が、リノアを潰してしまわないように。
「大丈夫よ……あなたは、生きる」
 アーヴァインには、リノアが魔法の詠唱に入ったのがわかった。生命魔法の韻律だ。それも、G.F.J.S.(ガーディアン・フォース・ジャンクション・システム)用のカートリッジの助けによって極端に簡略化されたものではなく、古来「祈り」として伝わってきたひたむきな韻律だった。
 そういえば不思議だ、と思う。SeeDだろうと魔女と呼ばれる人だろうと、魔法だろうと擬似魔法だろうと、韻律の詠唱は必要なのだ。
「くぅっ」
 スコールの背筋が緊張し、不自然に全身が引き攣った。
「スコール、頑張れ」
 アーヴァインは思わず呟いた。頑張れ、あんたリノアと一緒になるんだろ? ここで死んだら、何もかも水の泡だぞ。
「あ、ぁ、あ」
 スコールは苦しそうに喘ぐ。恐らく、急速に治癒されていく身体が今更のように激痛を感じているのだろう。彼の手はリノアの背を強く強く掴んでいる。
 リノアが詠唱を終える。全ての光がスコールに吸い込まれる。 そして。
「っ、ああぁあぁー――っ!!!」
 ありったけの魔力を注がれ、スコールは絶叫した。四肢を突っ張らせ全身を震わせる様は、まるで痙攣を起こして苦しむかの如く。
 そして2人は、力尽きたように意識を失った。リノアはアーヴァインの腕の中にくたりと倒れ込み、スコールはその彼女の膝に落ちる。
「……リノア? リノア!」
 アーヴァインがリノアの肩を揺する。彼女は目を醒まさない。
「アーヴァイン、リノアは?!」
 自失状態から真っ先に回復したのは、やはりというか、キスティスであった。置き去りにされていたスコールのジャケットを引っ掴み、アーヴァインらへ駆け寄る。
「ん〜、見たとこ寝てるだけ? 特に問題なく見えるけど」
「難しいわね……電撃傷が今出て来たのかもしれない」
 キスティスはリノアのバイタルサインに異常がないことを確認し、スコールの腹に開けられた傷を埋めるべくジャケットを巻き付け縛る。
「何があったんだい。感電でもしたか?」
「スコールが撃たれてリノアが暴走しかけたの。それを彼本人がサンダガぶつけて止めたのよ」
「ひゅー、スコールやるな〜」
「3度もぶつけたのはやり過ぎだと思うけれどね」
「……マジ?」
 キスティスは溜息をつき、肩を竦める。その彼女の背後に、誰かの影が射した。
「大統領」
 顔を上げたアーヴァインが認めたのは、茫然としたラグナ・レウァールの姿。彼は丸く開いた翠の瞳で、スコール(息子)を見下ろしている。
「……スコール」
 ラグナはぽつりと呟くと、キスティスに譲られた場所へ膝を突いた。
 恐る恐る、彼はスコールの頬へと手を伸ばす。蒼褪めた頬――だが僅かに、確かに、感じられる熱があった。
「スコール」
 それが零れ落ちてしまわないように、ラグナは息子の身体を抱き締める。救急隊員に肩を叩かれるまで、彼はそれをじっと守り続けていた。
「よろしいですか? 負傷者を運びたいのですが」
「え? あ、あぁ……」
 救急隊員はスコールを担架に載せるべく、ラグナの手から引き取ろうとする。しかしラグナはそれを謝絶し、自ら息子を抱き上げた。

 ぱ き ん 。

「うぉ……っと」
 立ち上がった瞬間何かが落ちた。見れば、切れた銀の鎖が落ちている。
「やべっ」
 ラグナはスコールを担架に載せ、屈み込んだ。別に自分が何かした訳ではないが、これはスコールの「一番新しいお気に入り」だ。目が醒めた時に手元になかったら、きっとしょんぼりしてしまうだろう。そんなことを想像しながら、ラグナはブレスレットに手を伸ばす。
 だが、彼は目的を達することが出来なかった。
「…………?!」
 ラグナの手が触れた途端、ブレスレットはさらりと崩れ、空調の風に掠われて消えていった。

 軍に護送された先の病院で、念の為の検査を終えたダレン・テュルキスは、たまたま通り掛かったヴィクトル・アイゼンを捕まえて、意気揚々と病院の廊下を進んでいた。
「……何故私まで付き合わねばならないのですかね、テュルキス代表?」
「おやおや、アイゼン殿は気にならんのですかな?」
「?」
「彼ですよ、か・れ」
 テュルキスが指し示したのは、手術室に程近い喫煙スペースにいる男だった。苛々と煙草をふかしては、それを中途で呆気なく潰し、手術室の方を覗く。部屋のランプが消えてないと見るや、また喫煙スペースへ戻り、煙草をふかす。傍らの灰皿には、小さな山が築かれていた。
「レウァール大統領」
 呼びかけられた男は、ぎくりと肩を震わせた。
「お互い、無事で何よりですな」
「あ、えぇ、まぁ」
 歯切れ悪いラグナ。視線が彷徨い、あからさまに「放っておいてほしい」オーラを漂わせている。
 テュルキスは楽しげに肩を揺する。
「騎士殿の容態が、余程気になると見えますなぁ」
「…………」
 ラグナは手にした煙草を噛み、動揺を殺そうとする。
「……やはり、ご子息ですな? ミスタ・スコール・レオンハートは」
「…………えぇ」
 目を合わせないままラグナが認めると、テュルキスは実に嬉しそうに数度頷いた。
「成程成程。彼はエスタ官邸で働いている者と懇意にしていて、それは親族だと言っていましたが……実に上手く言いましたな。確かに貴方は、エスタ官邸で働いている一親等の親族だ」
 ラグナは淡く、苦く笑む。
「親の自分が言うのも何ですが、いい子でしょ? あいつ、オレを巻き込むまいとしてたんですよ。自分のことだからって……まだガキでいられるんだから、巻き込みゃ良いのに……むしろ、嬉しいのに……」
 ラグナはまだ半分も吸っていない煙草を揉み消すと、ふーっと息をついて壁に背を預けた。
「その様子ですと、養子、ではなさそうだ」
「えぇ、実子です。だけどオレは、あの子が生まれた日も、母親を亡くした日も、独りぼっちになった日も、傍にいなかった。あの子を育ててくれたのは、クレイマー夫妻だ」
「『クレイマー』? はて、どこかで聞いたような……」
 アイゼンは黙りこくったまま、考えていた。テュルキスが引っ掛かった名前には、アイゼンも聞き覚えがあったのだ。
 ややあって、ラグナは口を開いた。
「ミスタ・シドとレディ・イデアのクレイマー夫妻です。ミスタの方が、ちっとだけ有名かな?」
「シド・クレイマー……あぁ!」
「確か、バラム・ガーデンの学園長、でしたか」
 成程、とアイゼンは膝を打つ。スコールはバラム・ガーデンで育ってきたと言っていた。「孤児として」、という文言は気にはなるものの、辻褄は合う。
 だがもっと気になることが、ひとつ。
「レディ・イデア・クレイマー……彼女は、あの『魔女イデア』と関係があるのでしょうか?」
 確か、バラム・ガーデンのクレイマー学園長の年齢は四十代くらいだったと記憶している。となれば、奥方もそう歳は変わらない筈だ。そして、電波放送で見た「魔女イデア」は、美しい女性だが三十代は下らないように見えた。年代が合わない訳ではない。
「その『魔女イデア』ですよ」
 ラグナは事もなげに軽く頷いた。
「とても優しい、献身的な女性で、スコールとエルは……あの子の義姉(あね)は、彼女の手元で育ちました。スコールは5歳くらいまでかな……ガーデンが出来てからは、後見役はダンナに代わったみたいだし。うん」
「して、その2人を手放した理由は?」
「詳しくは……。ただ、先日本人達から聞いた話に因ると、『未来の魔女からエルを逃がす為に船を、魔女を倒すSeeDを育てる為にガーデンを創った』、とか」
 テュルキスとアイゼンは顔を見合わせた。その様子にラグナは苦笑し、前髪を掻き上げる。
「当人以外には俄かに信じられない話でしょ。でも、真実だ。……あの子達はその命をかけて、かの第三次魔女戦争を終わらせた。それも、当人以外は知らない真実、だ」
 不意に、ラグナは2人の向こう、廊下の先を見た。チョコレート色の肌をした男が、きびきびした動きでこちらへやってくる。ラグナは手を振り上げた。
「おーぅ、キロス」
「やっぱり、ここにいたのか」
 ふ、と儀礼用の補佐官服を纏ったキロスが微笑む。
「執刀医が、スコール君の怪我を不審に感じているようだ。散弾銃の威力と距離と、傷の深さが合わないらしい」
「うわ、うぜぇ。んなこと観察してるのかよ〜」
「……警察側の要請だそうだ。それでだな、カーウェイ首相が口裏を合わせたいので来て欲しいとのことだ」
「あー、リノアの力で、って素直に言う訳にもいかねぇもんな。奴さんはホンっトに娘が大事なんだな〜。親バカ、ってやつだな!」
「誰も君に言われたくないだろう。君ほどの親バカはどこにもいないぞ」
「へへ、言いっこナシナシ! ……うっし、奴さんどこにいるんだ?」
「リノア君の病室だ。首相が病院側に頼んでスコール君と同室にさせたそうだから、そのまま待っていたらどうだ?」
「どうすっかね〜。……あ、テュルキス代表、アイゼン議長、お話の途中ですけど失礼します」
 ラグナは申し訳なさそうに軽く会釈し、その場を後にした。
 後に残された2人の間に、沈黙が落ちる。
「ミスタ・アイゼン」
「……何でしょうか?」
「あなたはどう思いました? 今の、彼らの会話」
「ふむ……」
 テュルキスの問いに、アイゼンは小さく鼻を鳴らした。
「正直、過保護に過ぎるのでは、と私は」
「ほっほっほ」
 テュルキスは控えめに笑い声を立てる。
「まぁ、彼らも人の親、ということでしょうなぁ。子供の為なら、自分の立場が危うくなるのも厭わぬらしい」
「…………」
 アイゼンは苦虫を噛み潰した心境だった。
 目論みは見事に潰された。騎士は真っ直ぐな少年で、魔女は人々の為に力を振るうような献身的な娘だった。おまけに、2人は2大国の最高権力者の子供ときた! その2人を無理に処断すれば、全世界が黙っていまい。
「世界は、変わろうとしているのかも知れませんな……」
 アイゼンの呟きに、テュルキスは感慨深げに頷いた。

 リノアが目醒めたのは、真っ白い部屋の中だった。
(ここは……?)
 薄暗く、暖かい場所だ。ぼんやりする視界に、淡い暖色のカーテンがかかっている。そのカーテンが、リノアと外界を仕切っているようだ。
 ここは、どこだろう? 少なくともガーデンではない。カーウェイ邸のリノアの部屋でもなければ、エスタのホテルのものでもない。
 誰かが、リノアの髪を撫でた。スコールとは違う手つきに、リノアは漸く誰かがずっと付き添っていたことに気付いた。
「気が付いたか」
「お父、さん……?」
 少し顔色の悪いカーウェイが、ほっと息をついたのがわかった。わたし、どうしたんだっけ――そう言おうとして、リノアははっと正気付いた。
「スコールっ?!」
 がばっと身を起こす娘の肩を、カーウェイはやんわりと押さえる。
「もう少し休みなさい」
「でもスコールが」
「心配ない」
「なくない! スコールどこ?!」
 あまりの娘の剣幕に、しょうのない子だ、とカーウェイは息をついた。そして、カーテンに手をかける。
「スコールくんなら、ここだ」
 からからから、とカーテンレールが小さく騒ぐ。
「あ……!」
 リノアの顔に、安堵の笑みが広がる。
「10分程前、だったかな。スコールくんの手術が終わってな。本来ならICUに入るべきところだが、無理を頼んでこちらにしてもらった。ICUでは、お前は一緒にいられないと泣くだろうからな」
 父の言葉をぼんやり聞きながら、リノアはスコールをじっと見つめていた。
 散々な状態だ。生命維持装置と人工呼吸器に繋がれ、うつ伏せの裸体を包帯できつく戒められた彼は見るからに痛々しい。
 だが、生きていた。
 リノアはぽろぽろと涙を流す。安堵からか急速に眠りへと引き込まれていく。ぽすんと枕に頭を預けたリノアの髪を、カーウェイはゆっくり撫でてやる。
「もう少しだけ、おやすみ」
 リノアはすとんと眠りに落ちた。今度は、とても安らいだ顔をしていた。

 次に目醒めた時、周囲はざわめきに次に包まれていた。
「バイタルチェック、お願いします」
「交換用の輸血パックは……」
「……酸素飽和度は89パーセントか……」
 リノアは夢現の状態で、カーテンに手をかける。スコールを見たかったのだ。
 からから、と控え目な音を立て、カーテンは開いた。
 手術麻酔が完全に切れたらしく、スコールの人工呼吸器は外されていた。代わりに、顔を横切って酸素吸入用のチューブがかけられている。どちらにせよ、スコールには欝陶しそうに見えた。眉間に、微かに微かにシワが寄っている。リノアは可笑しくなってしまった。
 耐えきれなかったリノアの喉から、ふふっ、と小さな声が零れると、ぬっとカーテンの隙に人の顔が現れた。
「リノア!」
 ぱぁっと笑顔になった人の顔――セルフィに、漸く意識がはっきりしてきたリノアは軽く指先をひらめかせてみせた。
「良かった〜、ちゃんと起きてくれて」
「目、一度醒めたんだけどね」
「そうなの?」
 医者よりも先にリノアのベッドサイドに陣取り、セルフィは嬉しそうに友人の顔を覗き込む。
「ホント、良かった。皆心配してたんだよ、いいんちょって案外魔力高いし……」
「うん、ごめんね。心配かけて」
「ホントだよ! んもぅ」
 セルフィはいかにも「怒ってます」というポーズをとってみせた後、急に涙目になってふにゃんと微笑った。気が緩んだのだろう。
 リノアは笑顔を返し、セルフィの向こうのスコールを眺めた。
「……スコールは? 呼吸器外れたってことは、スコールも一度、目、醒めたんだよね?」
 セルフィの表情がぴしっと固まった。そして、力無く俯くと小さく首を振る。
「先生の話だと、スコール……今晩がヤマだって」
「そう……」
 リノアはゆっくりと身を起こした。
「りっ、リノア、ダメだよ! まだ寝てないと」
「もぅ、セルフィまでお父さんと同じこと言うの?」
 リノアが可愛らしく頬を膨らませると、セルフィはうっと詰まる。リノアはその隙にするりとベッドを抜け、スコールのベッドサイドにある丸椅子に腰掛けた。
「スコール」
 そっと囁いて、手の甲でスコールの頬に触れる。唇が緩み、微かに開いた。リノアは親指でその唇を拭い、指の背で頬を撫で上げ、髪を梳いてやる。
 何かが、リノアの胸の奥に明かりを燈した。とても、とても小さな光だ。それはほんのりと温かな色に色付いている。
「スコール」
 リノアは微笑む。
「大丈夫、大丈夫だよ。もう怖いことないからね。だから、ゆっくり起きといで……大丈夫、わたしはここで待ってるから」
 温かな涙が頬を伝い、眠るスコールの横顔に落ちた。




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