誰が来ようと同じこと、私が選んでやろう――!


未来の始まり


 連戦に続く連戦で、皆は最早ぼろぼろだった。
 最後方から攻撃を仕掛けるアーヴァインはリノアの護衛を兼ねており、時折飛んでくるアルティミシアからの攻撃を、身体を張って防いでいる。手持ちの残り弾数が心細いらしく、精度を上げる代わりに射撃数が減ってきている。
 リノアは、皆の維持が最優先であり、またアルティミシアに対する有効な攻撃主であったため、一時的なことだろうが魔力が尽きてしまっていた。今はただ、ひたすらブラスターエッジを打ち出し続けている。
 キスティスとセルフィは常に援護魔法を放ってくれている。その腕は火傷と打ち身、切り傷だらけだ。疑似魔法はそろそろ、打ち止めの頃だろう。
 直接攻撃を仕掛けるゼルとスコールに至っては、無事な部分を探す方が難しい。
 スコールは自分とゼルにオーラがかけられたのを確認すると、自身を鼓舞するように気勢を発し、ガンブレードを打ち振るった。
 訳のわからない、鏡写しのような姿と成り果てたアルティミシアが、連続する剣撃の度に身悶えする。
「オォォォォーッ!」
 スコールが作った隙に、ゼルが飛び込んだ。アルティミシアは悪あがきか、ゼルに向かって未知の攻撃魔法、アポカリプスを放った。
 咄嗟に間合いを取るゼル。避け得ないと悟りクロスアームブロックの体勢を取った彼の前に、シェルの朱い光を引き連れてキスティスが滑り込んだ。
「キスティス!」
「平気よ!」
 グローブに纏い付く残滓を振り払い、キスティスはチェーンウィップでアルティミシアをひっぱたいた。そして――鏡写しのアルティミシア、その「鏡側」を見てぎくりと身を震わせた。
「彼女」が、見ていた。
 だらりと逆さまに伸びた、女性の上半身。見覚えのない、美しい顔立ちの銀髪の女――否、少女!
(アルティミシアって、こんな顔立ちだった――?)
 ただ隈取りがないからだろうか、生気がないからだろうか。虚ろな瞳は、金色の光が薄れて茶けていた。
 その目が、苦痛に見開かれる。
「キスティス、避けろ!」
 スコールの鋭い声にキスティスははっとして跳びすさると、彼女が今まで居た場所に雷撃が突き刺さった。2度、3度。3度目の照準がズレたのは、ゼルが殴り掛かった為らしかった。
「ぐぁっ!」
「ゼルっ……!」
 瞬間弾き飛ばされた彼を、セルフィとアーヴァインが辛うじて受け止めた。だが、彼の気力が尽きたらしく、ゼルはがくりと首を落とす。それにリノアは慌ててアレイズを放った。あのままではゼルが消えてしまうと、彼女には直感でわかったからだ。
「ジリ貧だね、こりゃ」
「でも、諦めらんない」
「うん、諦められない。諦めちゃ、いけない!」
 血の味が滲む唇を湿して歯を食いしばり、リノア達は気力を振り絞る。
 その時。
(――もう、やめて)
 皆の頭の奥に、誰かの声が聞こえた。
(もう、やめて。やめさせて!)
「何だ……?」
 くらくらする頭を振り、何とか意識を取り戻したゼルが音源を捜す。だが、頭に直接沸き上がる「声」は、現実の音源などどこにもない。
(もう嫌だ! 庭園に眠る使者達よ、どうかもう……!)
 スコール達は茫然と、アルティミシアを見詰めた。
 逆しまの少女が、その目をこちらにむけている。生気のない、茶色の瞳。
(終わらせて、過去の魔女よ。目覚めし庭園の騎士らよ。この身を滅し、ハインをとめて)
「アルティ、ミシア……?」
 スコールは、からからの喉から掠れた声を出した。
(確かに、我が名はアルティミシア……私はその名を否定しよう、私はアルティミシアじゃない!)
 スコールの頭蓋の内で、年経た声と若い気配が交錯する。
(魔女の騎士よ、私をとめて)
「それを、望むのか……?」
 少女の目が、涙を零す。
(私はハインをとめられなかった。負けてしまった。こんなこと、望まなかったのに)
 虚ろなその瞳が、俄かに光を宿し、スコールを射た。
「……わかった」
 スコールは、ゆっくりと、確かに頷いた。
「終わらせてやるよ、俺が。あんたの望み通りに、終わらせてやる!」
 がちり、と撃鉄を起こす。弾はもうない。次が最後だ。アルティミシアまでは多少距離がある、一歩でもライン取りを間違えれば、狙いを外すどころか返り討ちにあいかねない。
 スコール全身の筋肉を縮ませるように身構えた。そして――爆ぜる!
 彼の意を汲み、皆が最後の力を振り絞る。
 スロットで汲み上げた強力な魔法を撃ち込むセルフィ。
 大盤振る舞いとばかりに、残りの弾を次々とお見舞いするアーヴァイン。
 持てる青魔法を惜し気もなく放つキスティス。
 擬似魔法からアイテムまで、手当たり次第にばらまくゼル。
 そして、皆の為に力を割きながら、それでもスコールの為に守護の光を翳し続けるリノア。
 スコールは駆ける。仲間達の思いを全てその背に受け止め、それを起爆剤として空を翔ける。
 最後の、一撃。
 到達までの時間が、やけに永く感じられる。
「思い出したことが、あるかい……?」
 子供の頃を、感触を、言葉を、記憶を――。
 アルティミシアが、不意に話しかけた。逆しまの少女ではない、顔のない『ハイン』が。
(何が言いたい)
「大人になるにつれて、何を残し、何を捨てていくのだろう?」
(それは、人の定めだ)
「時間は待ってくれない」
(当たり前のことを)
「握り締めたとしても、手を開けば離れていく。そして……」
 嘲笑の気配があった。憐憫の波動が満ちた。
「お前達を、繋ぎ留めてやろう。この、『今』に!」
『ハイン』の両手の内に、光球が生まれる。そして、スコールを抱き締めようとするかの如く動く。
 ドッ。
 永い一瞬の後、スコールの銀の刃がない顔の中央に深々と突き刺さった。
 重い衝撃に、アルティミシアの全身がびくりと震える。
「……明日の来ない『今』なんて……」
 トリガーが、引かれる。
「退屈な、だけだ!」
 そして、一気に引き下ろされた。
 それは、死出の恐怖の歎きか、解放の歓喜の歌声か。高く澄んだ絶唱が、空間に響き渡る。
 世界に、光が満ちた。

 疲れた。スコールはそう思う。
 世界の思惑――運命などという言葉は、彼は嫌いだ――に振り回され、現在から過去へ、そして未来から過去へ、散々に辿らされた後に着いた先は、何もない荒野。
 さて、どうすれば良い? どうすれば、還ることが出来る?
 足は動いているが、行く当ては思いつかない。歩いているのは、今は思案しても仕方ないから。
 何もない。
 足元は確かに大地だ。だが、見渡すかぎり微かな起伏は在っても草木はない。水気がないのだろう。足跡も付かないくらいだ。
 不意に寒く感じて、スコールはジャケットの胸元を掻き寄せた。そして馬鹿だな、と自分に苦笑する。
 寒いのは出血のせいだ。ジャケットを整えても対策にはならず、そもそもそれ自身ずたずたで上着の用を為していない。
 ガンブレードが重い。放っていきたいくらいだが、血に寄せられる獣やモンスターがいないとも限らない。血を吸ったジャケットも同様の理由で捨てていくことが出来ない。中程度の獣くらいなら、まだその牙を振り払える程度には頑丈なのだから。
 ――だが、一面の荒野にはモンスターどころか生命の気配が欠片もない。
 それどころか。
(崖……!)
 スコールの足が、止まった。
(引き返すか……)
 ぐったりした気分で背後を振り返り……スコールはぞっとした。
「なっ……!!」
 来た道が、ない。
 彼が歩いてきた通りに、点々と赤黒い染みが大地に足跡の如く続いている。
 が、その先は?
「な、んだよ……何なんだよ!」
 悪態をついても、消えた道は出てこない。
 あれ程歩いてきたのに。気が遠くなる程、足が棒になる程歩いてきたのに。全て幻だったというのか?!
 スコールは絶望に座り込んだ。
 浮島のように小さくなってしまった大地。もう、何処にも行けない。何処にも……。
 ――還れないのか、俺は。
「約束、したのにな」
 ここにしよう、と。
(――あ、れ?)
 スコールは瞬く。そして、蒼褪めた。
 誰と、約束した?
『ここ』って、何処だ?
(やばい)
 思い出せない。
 誰だ、誰だ、誰だ!
 誰と約束した、誰と何処で逢う、いや逢うじゃない、待つ――そう、俺は誰を何処で「待つ」と言った?
 俺、ここにいるから。(いるから、何?)
 俺は「ここ」で待ってるから……。(『誰を』、待つの?)
 そう、「待っているから」来てくれ、と言ったのは自分だ。
「……とんだ、お笑い草だな」
 スコールは自分を嘲弄し、ふと俯いていた顔を上げた。
「……?」
 気味の悪い曇り空から、何か降ってくる。
 白いもの。白い――羽根?
 それは、導かれるようにスコールの元へ降りてくる。
 ふわり。
 手の中に音もなく着地したそれを、スコールはそっと握った。
 その刹那、スコールははっと眼を見開いた。
 空を切り取ったような青いカーディガン。夕焼けに何と不似合いな――。
「リノア!」
 驚いたのか、喜びからなのか、スコールは咄嗟に喉から思い出した名を叫んだ。
 だが、振り返った笑顔は不明瞭に歪んでいた。
 スコールは怯え、身を強張らせて後退る。
「お前……」
 幻影は一瞬で掻き消えた。そしてまた、別の情景を伴って彼女の姿が顕れる。その彼女もやはり、顔が歪んでいる。次に顕れた彼女も、そのまた次も。
 スコールは内心で、烈しく己を罵った。こんなにも俺は、彼女の顔を見ていなかったのか!!
 自分は一体、彼女の何を見ていたんだろう? 何処を見て、何を話していたんだろう?
 皆は一体、俺の何を見てくれていた?
 容赦なく馬鹿と言って道を正してくれた彼女――キスティスは。
 ケチだ何だと言いながら、最初から最後まで支えになってくれたヤツ――ゼルは。
 指示されないと動けないのかと散々揶揄しながら、自分の拙い選択を突き進ませてくれた彼女――セルフィは。
 諦めるなと、彼女の為に諦めるなと叱ってくれたあいつ――アーヴァインは。
 何と言うことだ、ここまで自分を思ってくれる仲間達の顔さえ判別出来ない程なのか、俺は!
 ……いや、辛うじて思い出せた。だが、幻影のリノアの顔は歪みきって、輪郭もあやふやだ。
 スコールはふらつく体と頭を叱咤し、思い出そうと躍起になる。思い出すことが出来たら、皆の元に――彼女の元に還ることが出来ると信じて。
 リノア。
 リノア・ハーティリー。
 何故彼女の顔だけがここまで朧げなのか。――カッコつけの気恥ずかしさが、こんなところで仇になるか。
 漸くはっきりと像を結んだのは、最悪のものだった。
 破れた宇宙服。その奥の、闇に沈んだ彼女な顔。
 涙が、頬を伝った。
「は、ははっ……」
 情けない。何が「騎士」だ、何が「俺がお前を消さない」、だ。自分が、もう消えそうじゃないか。肝心なときに役に立たない騎士なんて、馬鹿馬鹿しいことこの上ない。
「……本当、バカだよな」
 スコールは、疲れ切った身体をその場に横たえた。もう動けない。自分は、アルティミシアの望む通り時空のアルゴリズムに消えてしまうだろう。
 ここで消えても、魂くらいは還り着くことは出来るだろうか。いや、重たい身体を脱ぎ捨てて一心に想えば、きっと還れるだろう。
 あぁ、でも。
「会いたかった、な……」
 誰に? ――みんなに。
 誰に? ――彼女、に。

 幻でも良いから、せめて最期に笑顔が見たかった。











「……やっと見つけたわ」
 聞き知らぬ少女の声で、少年はふと目を醒ました。そして、無遠慮に覗き込む逆さまの顔にぎょっとする。
「何やってンの、あんた」
 見覚えのない、赤毛の少女だ。痩せた身体をタンクトップとショートパンツに包み、ベルトからチェーンから、はたまたサスペンダーを腰から下げたパンキッシュな姿。やや乱雑なウルフカットの髪と相俟って、野生的な印象があった。
 少年はじっと少女を見つめた。見覚えないはずなのに、何処かで見たことがあるような……。
(あぁ、そうか……)
 見覚えがないのは、その健康的に丸みを帯びた頬だ。その気遣いを潜ませたオークルの瞳だ。その跳ねた赤い髪だ。
 少女は彼に対し、片眉を上げてみせる。
「わかったみたいね、私が誰か」
 少年は「A」の形に口を開き……やめた。
「……ミシュア?」
 少年は、アルティミシアの名を否定した彼女へ、愛称のつもりでそう呼びかけた。
 少女ははっと目を丸くし、泣きそうな笑顔を見せた。
「久しぶりに呼ばれたよ、自分の名前なんて」
「あてずっぽう、だったんだけどな」
「正直なヤツ」
 くすくす笑う少女――ミシュア。少年は身揺ぎひとつせず、彼女を眺めている。
「……あんた、俺を迎えに来たのか?」
「半分正解」
「半分?」
 ミシュアは腰を屈め、少年へと顔を近付けた。
「半分は大ハズレ。私はあんたに『返し』に来た。あんたを『還し』にね」
 意味ありげに、にやりと笑う。
「良いの? あんたそれで」
(……『良い』?)
 無意識に眉間へ刻んだシワに、ミシュアは喉を鳴らして微笑った。
「ここでいなくなって、『良い』の?」
「……………………あんまり、良くない」
 暫し間を空けてから、少年は不貞腐れたようにそう返した。
「会いたい」
「誰に?」
「皆……皆に会いたい」
「皆なの?」
「…………」
「ほらほら、言ってみなさいよ。誰に会いたいのか」
「…………なぁ、意地悪って言われたことないか?」
「さぁ、どうかな?」
 ミシュアはくすくす笑った。
 不意に唐突な眠気が彼を襲う。彼は慌てて瞬いた。それを目にしたミシュアは、厳しい目で少年の肩を蹴る。
「眠気に負けるなよ、あんた。記憶を完全に失くして空っぽの器になってしまえば、それこそ『魔法のハイン』の思うツボだ」
「……は、いん?」
 何故、今ここで「魔法のハイン」が出てくるのか。
 訝る少年の鼻先に、指を突き付けるミシュア。
「あんたはね、魔力の器になれるのさ。あんたが『魔女』にならなかったのは、たまたまあの娘の器があんたのそれよりすこぉし大きかったからに過ぎない。子供の頃から魔力によく馴染んでるあんたの体は、ハインのヤツに選ばれてもおかしくなかったのさ。『魔法のハイン』はね、いつでも人間の身体が欲しいんだ。それも、出来るだけ沢山の自分を受け入れることが出来て、かつ耐久性の高い身体がね。ハインはあんたを欲してたんだ。あんたの心を引きちぎってでも、あんたという『器』が欲しいんだよ。だから……ほら、今でもあんたのこと、乗っ取る機会を狙ってる。あんたが空っぽになっちゃって、あんたがあの子に分けてもらった魔力も失くしてしまったら……」
 ミシュアは皆まで言わなかったが、少年はぞくりと身を震わせた。
 ――そして、漸く最悪の現状に気が付いた。
「……っ、俺……!」
 少年は慌てた。名前が、出てこない。
「良かった、気付いてくれて」
 ミシュアはほっと息をつく。
 ――あぁ、そうか。これが「消える」ということなのか。心を引きちぎられるということなのか。記憶とは、つまり己を構築する最も大切なものだということを、此処に来て漸く理解した。
 俄かに震え出した少年をからかうように、ミシュアはケラケラ笑って彼の額を叩く。
「それにしても、あんたが迷うとは思わなかったよ。諦めてたおかげで、うっかり消えかけてやんの」
「うるさい、悪かったな」
 がばり、と少年は上半身を起こした。
 その瞬間、はっとする。身体が、自分の意思で動く、その当たり前のことに。
「そうそう、その調子」
 リズムを取るように、ミシュアが手を叩いた。
「さぁ、どんどん行くよ?」
「行くって……」
「言っただろ、『還す』って」
 くす、と微笑って両腕を組む彼女の仕草に、どことなくアルティミシアの姿が重なる。妙な既視感。
(……あぁ、そうか。あれは彼女が本来持ってた仕草なのか。『魔女アルティミシア』じゃなくて)
 少年はぼんやりとそう思う。
「さぁ、もう一度問いましょう。あんたは、誰に会いたいの」
「会いたい……」
 スコールは頭を抱えた。会いたい――その気持ちばかりが空回りして、肝心の誰に会いたいのかがわからない。
(会いたい、のは……)
 スコールは額に手を当てた。先刻までわかっていたはずのことが、今わからない。眠気に邪魔されながら、少年は必死に考えた。
 会いたい人。
 考えようと決めた途端、急に抱き締めたいという衝動に駆られた。抱き締めたい。抱き締めて、そのカタチを確かめたい。存在を確かめたい。同時に、自分の存在も確かめて欲しい。
「……ぃ、」
 喉元まで、出かかっていた。
 その時。
「…………!」
 ふわりと、「何か」が少年の身体を取り巻いた。暖かい空気のような、「何か」――それは、彼を抱き締める「腕」だった。少年は、その幻の感触を確かめるように胸元を探る。
「……リノア……っ!」
 ――そうだ、そうだった。俺は、スコール・レオンハート。魔女リノアの、騎士だ!
 己の肩をしっかりと抱き、血を吐くような必死さでスコールは彼女の名を呼んだ。
 ミシュアは、満足そうにしっかりと頷いた。
「……もう、大丈夫だね?」
 その指が、名残惜し気に彼の頬を撫で、肩を優しく掴み、腕を取って立ち上がらせた。
「あんたの還るべきは、あっち」
 気怠げに指し示された先には――。
「リノア……」
 水鏡に映った朧な影絵のように、ちらちらと揺らぐ光景があった。スコールを抱いて嘆く、リノアの姿。スコールは胸を締め付けられるような気がした。
「良かったね、あんたの魔女が迎えに来た。でもこのままじゃ、あんたは死ぬ。もう冷たいもん、身体。還りたきゃさっさと行きな」
 促されるまま、スコールは駆け出しかけ……足を止めて振り返った。
「ミシュア」
 彼は一声呼びかけ――そのがりがりの若い身体をしっかりと抱き締めた。
「ごめん……。あんたの騎士に、俺はなってやれない。代わりに、ひとつだけ約束する。俺はこの先、あんたが安らかに暮らせる世界を、その礎を創るために全力を尽くすよ」
 ミシュアは驚きに目を見開く。そして、愛しげに目許を和らげた。か細い両手が、スコールの背を一瞬強く抱く。
「あんたみたいな騎士、こっちから願い下げだわ。でも、うん……あんたの功績を、未来で待つことくらいはしてあげる」
 どちらからともなく、2人は身体を離した。そして、互いに背中合わせになる。
「じゃ、ね。『魔女の騎士』殿」
 ミシュアの声を請け、スコールは足を踏み出した。
 最初はゆっくり――そして、段々に速く。
 彼の望む「未来」に向かって。











 漸く見つけ出すことが出来た、”時の最果て”。
 どうして自力で見つけられなかったんだろう――リノアは自身を恥じた。魔女の力を使って、彼女は漸くここを見付けたのだ。
(何て、悲しいところ……)
 不安になる。本当に、ここにスコールがいるんだろうか?
 リノアは慌てて頭を振った。弱気になっちゃいけない、絶対いるわ。諦めちゃって、自分から存在を消しちゃいけない。
 それにしても、見渡す限り生命の気配がないところだった。
 何も、何もない。起伏もなければ、潤いもない。――ひょっとしてこれは、彼の心象風景なのか? だとしたら、悲しすぎる。
 誰もいない、何もない。在るのは大地と、不安な色の空ばかり。
「クゥー……ン」
 リノアの足元で、アンジェロが不安げに声を上げた。大丈夫だと気持ちを込めて、リノアは親友の首を軽く撫でる。
 気をしっかりもたないと。何があっても――。
 その時。
「……?」
 リノアは、「あるもの」を見つけた。何もない荒野に、初めて見つけた変化。
 黒いもの。黒い――服?
 沸き上がる歓喜。だが同時に、リノアは恐怖を覚えた。
 どうして、仰向けに寝ているんだろう。どうして、あれだけスコールに纏わり付いていたアンジェロが向かっていかないんだろう。
 ――まさか。
 リノアは震える身体を叱咤して、ゆっくり歩み寄っていく。
「……スコール……」
 やはり、彼だった。
 きっと疲れ果てて眠ってしまったんだろう。リノアは無理にそう考えて、彼の側に膝を突いた。
 そっと、頭を膝に抱く。だが、彼は少しも反応しない。薄く唇が開いたが――吐息も零れない。
「スコール?」
 頬を撫でてみる。硬く、ぞっとするほど冷たい肌。髪を掻き上げて撫で付けてあげても、ぴくりともしない。
 リノアは恐る恐る、その手に触れてみた。指先を絡めようとして――拳が開かないことに気が付く。
 そして、悟った。悟らされた。
 遅かった――!
 視界があっという間に歪み、熱い涙が溢れていく――悲しかった。そして申し訳なかった。
「スコール……ごめんっ……」
 涙で汚してしまった彼の頬を拭い、リノアは彼をしっかりと抱き締めた。
「ごめんね、ごめん……もっと早く来れたら、もっと早く気付けたら……!」
 冷たい身体は重たい。だが、リノアはスコールから手を離そうとは微塵も思わなかった。降ろしたくなかったのだ。もう、こんなところに降ろすなんて、こんな冷たく無慈悲な大地に触れさせるなんてしたくなかったのだ。
 リノアは頬を擦り寄せ、歌うように彼に囁く。
「寂しかったよね、悲しかったよね……もう、大丈夫だよ。わたしが、連れて還るから」
 そう、せめて一緒に還ろう。皆のいる、温かい時代へ――。
 ……俯く彼女の視界に、不意に光が射したのはその時だった。同時に、強く香る甘い匂い。これは……花の匂い!
 顔を上げたリノアは、自分の目を疑った。
 雲が切れ、きららかな太陽の光が世界を見る間に洗っていく。これは――まさか?
 ひゅ、と苦しそうに喉が鳴るのが聞こえ、リノアはどきりとした。恐る恐る視線を下げていく。期待半分、諦め半分……。
 アンジェロが、軽やかに声を上げた。
「……か、は……ぅ」
 掠れた喘鳴。決して、リノアのものではない。
「スコール……?」
 瞼が薄く開き、淡い蒼色がわたしを捉えた。
 彼の身体はやはり重い。けれど、温かく嬉しい重みだった。リノアは思わず、スコールを力の限り抱き締めた。
「ぐっ……」
 途端、スコールが呻く。リノアは慌てて腕を緩め、スコールの全身を見回した。明るい中でよくよく見れば、彼の衣服はずたずただ。何てこと、スコールはこんな怪我だらけで彷徨っていたの?!
「わ、わ、ごめん! うわ、ケアルか何かあるかな」
 慌てて魔法カートリッジをひっくり返してみるものの、当然何も出てこない。悲しいかな、こんなときに限って精製アイテムのストックもなかったりする。ポーションのひとつもない。役に立つものは皆に投げてしまったから。
 スコールは答えない。リノアは彼の頭を膝に置き、徹底的にその服を探った。散々探して漸く、ズボンの小さな隠しポケットにかけらがひとつだけ。
「魔石のかけら……? ごめん、これちょうだいね!」
 リノアはそれを大事に両手で包み込むと、祈る。
(セイレーン、これケアルに換えて)
 セイレーンは、手持ちのG.F.の内唯一の生命魔法生成保持者だ。ひと呼吸の間も置くことなく、親愛なるG.F.はケアルを5つ渡してくれる。
 ケアルは体力回復魔法なんであって、決して傷は癒してくれない。でも、止血くらいはしてくれるので初期治療には重宝する――というのは、キスティスの言。ただ、問題は……5つとも使っても、出血が止まってくれるかどうか。それでも、やるしかないのはリノアにはよくわかっていた。
 リノアがケアルの燐光をスコールの身体へ振り掛けると、彼の呼吸は少し楽なものになったようだった。が、状況が良くなったとは思えない。
 リノアはスコールを膝に抱いたまま、その手を強く握った。
「もうちょっとだけ、頑張ってね。きっと皆すぐに来てくれるから」
 リノアの視界に、紅い軌跡が描かれた。




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※セリフの一部は本編とDFFから一部変更して引用しています。