初詣

『あけましておめでとうございます』
 真夜中を少し過ぎた頃、新年早々の電話で、彼女はそう言った。
「あぁ、あけましておめでとう。
 ……だが、初詣の約束はしているのだからその時でも良かったんじゃないか?」
 眠い訳ではないけれど、香穂子のライフサイクルを見ているともう寝たほうがいいのではないかと思ってしまう。
 そうでなくても、彼女のたっての希望で明日は早いのだから。
『……ひょっとして、寝てた?』
 香穂子の遠慮がちな声が耳に届く。
「いや? 家族が皆揃っているから、まだ起きていた」
『ホント?』
「あぁ。テレビで『行く年来る年』がかかっている」
 俺がそう言うと、あははっと笑う声がダイレクトに聞こえてきた。と同時に、何かの雑音が入る。
 何となく……嫌な予感がする。
「……ちょっと待て、香穂子。君は今、どこにいるんだ?」
『へっ?!』
 俺の問いかけに、香穂子の声が上擦る。
「ちゃんと家にいるんだろうな?」
『え、えーっと……』
 また、雑音が入った。間隔からして、これは車の音だろう。
 俺は思わず苦笑いを零した。
「俺の耳が誤魔化せるとでも? 香穂子。怒られないうちに白状した方が良いと思うが」
 声だけはわざと怒っているような調子で。
 答えは、ほんの少しの間の後やってきた。
『えっと……玄関先』
「君の家の?」
『ううん……えっと、怒らない?』
「返答の如何によるな」
『あうぅ……』
「……早く言えば怒らないから」
『………………蓮の家の、玄関先』
 俺は、咄嗟に家族を振り返った。
「ちょっと出てきます」
「どうしたの? 蓮」
 母さんが驚いたように目を丸くする。
「知り合いが玄関先にいるらしいので……」
 慌てて出て行ったのだが、居間のドアが閉まる寸前、父と母のこんな会話が聞こえてきた気がした。
「きっと、彼女ね」
「どうしてそんなことが言えるんだい?」
「だってあの子、妙に慌ててたもの」

 コートを着込み、夕方閉じたきりの門まで駆けつけると、香穂子はその小さな手を擦り合わせながら待っていた。
「……香穂子」
「あ、蓮」
 香穂子は俺を見るとぱっと嬉しそうな笑顔を見せた。が、すぐにその顔はばつの悪そうなものに変わってしまう。
「ごめんなさい、急に来て」
「いや……それより、寒かっただろう? こんな冷え切って」
 頬に触れると、香穂子がくすぐったそうに目を細め、擦り寄ってきた。
「それで、どうしたんだ? 年末なんだから、ご家族は揃ってるだろう?」
「うん、そうなんだけど……」
 首を竦める香穂子。
「あのね、笑わない?」
「ん?」
「あの、カウントダウン見てたの」
 突発的な香穂子の言葉に、内心疑問を抱きながら俺は頷く。
「それでね、その……もうちょっとで年が明けるってところで……ね?」
「うん」
「急に蓮の顔が……見たくなって……」
 寒さで白くなっていた彼女の頬が、バラ色に染まる。
 思わず頬が緩む。
「……持ち物は?」
「ん、えっと……ケータイと、お財布と、……それくらい」
「そうか」
 不思議そうに首を傾げる香穂子に、俺は笑いかけた。
「なら少し待っててくれないか。もうこのまま、初詣に行こう」


「1分1秒でも、君と共にいる時間は惜しいから」

  Fine





始めてみました、お題創作。というわけでこのお題は「月の名前で12のお題」のなかの「1月・正月」。
コチラで頂いてきました。