「なぁなぁ不二ぃ〜。こないだの日曜、部活休みだったじゃん。どっか行った?」
「うん、姉さんと一緒に駅前まで買い物に行ったよ」
週初めのいつもの会話。
聞くともなしに聞いていたら、菊丸は俺に水を向けてきた。
「なぁ、手塚は?とどっか行った?」
「…………」
少し、考える。言って良いものか。
「行くには、行ったが…」
「何々? 何の話?」
そこに混じってきたのは、テニス部のマネージャーである神代 。俺の彼女だ。
「日曜にどっか行ったかって」
「あー…行くには、行ったんだけどねぇ……」
彼女もまた、話を渋る。
当然のことだろうと思った。
「何かあったの?」
不二が不思議そうな顔をする。
「いや、それが…」
「えっとぉ…」
俺とが顔を見合わせる。
「水臭いじゃんよ。話せっての」
菊丸がずいっと顔を近づけてきて、とうとう俺たちは話すことになった。
怪談 〜霧の中の変な道〜
その日、手塚とは山登りと称したハイキングに来ていた。
手塚のいとこが、xx大学のワンダーフォーゲル部に入っていたため、そのつてを伝って混ぜてもらったのである。
本日の持ち物は、弁当と水筒、長袖の上着、携帯電話に笛、そして多少のお菓子。
本日の服装は、少し暑いこともあっては半袖の上着にキュロットスカート、手塚は薄い長袖にズボンという軽装だった。
「はい、じゃあこれから諸注意を言います。聴けよ。
今日は山登りっつーことで持ち物の指定したけど、長袖持ってるよな?持ってたら一回挙げてー…よしよし。寒いと思ったら無理せずに着ること。あと霧が出てきても着ること。体温下がるからなー。
笛は持ってる?おーけい。迷いそうになったら吹いてくれ。近くならすぐに見つかるから。
で、多分ないとは思うけどはぐれたときの対処法。即刻下山すること!んでレストハウスに待機。今から出発したとして、迷ったって遅くとも3時には帰ってこれるはずだ。どうしても判らないってときは沢を伝って降りたら絶対に迷わないからな。…つっても、一本道で迷うのも難しいか。
これで諸注意終わり!出発するぞ」
部長のその言葉で、皆ばらばらと登山口に向かう。
「ねぇ、手塚」
「ん?」
「本当に一本道?地図見てないからわからないんだけど」
が不安そうに言う。
「大丈夫だ。事前に地図を見せてもらったが、本当になかった」
手塚が頷いてやると、心底ほっとしたような表情を見せる。
「手塚がそう言うんなら大丈夫だよね。頼りにしてるから」
ぽんぽん、とが手塚の肩を叩く。
そのうち、彼らが出発する番となった。
* * *
「ふつーじゃん」
突然、菊丸が言った。
「まぁ、ここまでは…ね」
が、困り果てたような苦笑を俺に向ける。
「じゃあ、その後なの?何かあったの」
「あぁ…」
不二に促され、俺たちは続きを話し出した。
* * *
「ねぇ手塚、気持ちいいねぇ!」
「そうだな」
大勢でのハイキングは初めてというわけではないだろうに、ははしゃいでいた。
「あんまりそうやってると、帰りが辛いぞ」
「そこらへんのと一緒にしないのー。鍛えてますから」
「……そうだったな」
筋肉がつきにくいのか彼女の体は細くて、スポーツをやっているようにはとても見えない。
テニス部のマネージャーなのに、部員ですらその事実を忘れることがある。
「鍛えているようには見えないからな」
「むー」
2人がそんな会話を繰り広げていると、周囲からくすくすと笑いがあふれる。
時々その中に混じって、リーダーの吹く笛の音が聞こえていた。
油断、してしまったのかも知れない。
2人は、霧に巻かれて迷子になってしまったのだ。
* * *
「あれ?それでも普通だよね」
不二が不思議そうに首を傾げた。
「言いよどむほどのこともないと思うけど」
「ここからが問題だったのよ…」
が、続きを話し始めた。
* * *
「寒い…」
「上着を着ていろ。風邪引くぞ」
霧のせいで、見えているのは半径1〜2m程。
が立ち止まって上着を着ている間に、手塚は笛を鳴らしてみた。
辺りに笛の音が響き渡る。
が、返答がない。
「完全にはぐれた?」
「そうだな」
「えらく冷静ね」
「対処の方法はわかっているだろう? 何を焦る必要がある」
それは本人にも言えることであった。
対処法はしっかりとリーダーが言っていた。
しかし……。
「降りるにしても、どっちが下?」
霧に巻かれたせいなのか、坂道の上下がわからない。
いくら山に慣れた手塚でも、なだらか過ぎて上下のわからないような道ではどうしようもない。
しかも辺りは無音。水の音1つしない。
「……前言撤回だ、いくら俺でもこれは焦る……」
道の先と後を見て、手塚は軽くて溜息をついた。
「沢を伝って降りろって言われても、沢が見つからないんじゃ降りれないよね……」
「そうだな……」
手塚が返したその瞬間、は小さくくしゃみした。
「大丈夫か?」
「何とか……っ」
またくしゃみ。
見かねて、手塚は自分の上着を差し出した。
「着ていろ」
「でも」
「良いから」
渋るに無理やり着せて、手塚はもう一度笛を吹く。
やはり、返事はない。
「やっぱり、聞こえないね」
「あぁ……」
ふと、手塚が言葉を継ごうとして思いとどまる。
悪い視力を補うために発達した聴覚が、何かを捕らえた。
「どうしたの?」
「足音が……」
導かれるように、手塚は音のする方を向く。
既に、にも聞こえるぐらいの音になっていた。
「こんにちは」
登山のマナーとして、手塚は挨拶をする。
「こんにちは。……どうしたのかな?」
そう答えて霧の中から姿を現したのは、若い男性だった。
「霧で迷ってしまいまして……」
「そりゃあ大変だね」
男性はそう言って微笑むと、すっと一点を指差した。
「沢を降りていった方が早いから、そっちに行ってごらん。斜面を5mほど下ると出られるよ」
「ありがとうございます」
手塚は心底ほっとして、丁寧に頭を下げた。
も同じように頭を下げて……
「あ、そうだ」
と、手を打った。
「どうした?」
不思議そうな手塚を横目に、リュックのポケットから大きめの飴玉を取り出す。
「お礼にもならないようなお礼ですけど」
がはにかんで男性に差し出すと、くすり、と笑って男性は受け取った。
「ありがとう。途中で美味しく頂くよ」
そう言うと、彼はズボンのポケットにしまいこんで歩いていった。
沢に下りた頃には霧も晴れ、2人はほっと安堵の溜息を付き合って沢を伝い降りていった。
* * *
「……その後は?」
菊丸が恐る恐る2人に問う。
「その後はレストハウスにずっといたよ。本当は上でご飯食べるはずだったから、そこで食べて」
が答えると、菊丸と不二はほっと息をついた。
「帰ってきたリーダー達に怒られたな。笛を吹けと言っただろう、と」
俺ががそう言うと、不二が不思議そうな顔をする。
「……吹いたんでしょ?」
「あぁ。聞こえなかったそうだ」
ほとんど付かず離れずの状態でいたはずなのに、聞こえなかったらしい。
「霧に巻かれたのもビックリだけど、その後が一番驚いたよね」
ね、とが同意を求めてくる。
俺は同意して頷いた。
「何々? 何なのさ」
「それがね……」
が凄みを利かせて話し出す。
怒られてから聞いた話。
ハイキングロードは一本道だ。
ということは、俺達が参加していたサークルの一団と、あの男性は頂上で会っているはず。
なのだが……。
「その男の人と、サークルの人達、会わなかったらしいんだよね」
『………………え?』
見事に2人の声が重なる。
そうなのだ。
あれからいとこに訊いてみたのだが、誰一人そんな男性を見なかったと言うのだ。
頂上に着いて一時間ほどいたそうだが、2人以上の人達はいても、男1人だけというのは登ってこなかったと言う。
「それだけなら頂上に行かなかったのか、ぐらいで済むんだが……」
「でも私、レストハウスに入ってから皆が帰ってくるまでずっと登山口見てたんだよね? その人出てこなかったから、『あぁ、皆より後なんだな』って普通に思ったの。でもおかしいじゃない? 頂上に行かなかったのに後から出てくるって」
「がこう言うんで、レストハウスで登山名簿を見せてもらったんだ」
目の前の2人は気味が悪そうな顔をしている。菊丸は既に顔面蒼白だ。
「……それで?」
不二が先を促す。
「いなかったんだよ、ね……1人っきり、って……」
はは、とが乾いた笑い声を上げた。
「……だから、言うかどうか迷ったんだ」
「あの人、誰だったんだろうねぇ……」
予想通り、部室の中は嫌な雰囲気なってしまったのだった。
そして翌日。
朝練の時に、不二は顔を真っ青にして部室に駆け込んできた。
「どうしたの、真っ青だよ」
「こ、これ……」
が声を掛けると、不二は手にしていた新聞を差し出す。
「新聞?」
「三面見て」
不可解そうに、は新聞を広げた。
そこにあったのは、『○○山 白骨死体発見!!』
「うわ、私達が行った山じゃない」
「それの三段目くらい、読んでくれる……?」
何々?と目を滑らせる。
「て、手塚ーっ!!」
……そこに書いてあった衝撃の事実に、は半泣きでコートにいる彼のもとへと走っていった。
教訓。夏の山には注意しましょう。
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久々の更新です……。
夏休み前から書いていたものがようやく出来たんですよ。
何でこんなプチホラー思いついたんだか自分でも謎だったりします。