「うるさいぞ、お前ら!用事がないんならさっさと着替えて帰れよ!」
 普段ならやたらと恐ろしい大声も、テニスコートに響く大笑いの前では形無しだった。


 手塚が部長になって一週間。
 あと四ヶ月程でいなくなる3年生の後釜だから、それなりにストレスが溜まっている。
 先輩に教わりながら部誌を書いていると、外から部員が大笑いする声が聞こえてきた。
 …それで、冒頭の大声を発したというわけである。


「何をしてるんだ」
「あ、手塚ぁ」
 笑いすぎで涙さえ滲んでいる菊丸が手塚を振りかえった。
「いやだって、面白すぎだし…」
 菊丸が指差す先を見てみれば、ラケットを振り回して誰かの真似をしているらしい の姿。
 …いや、「誰か」と言うのは愚問だった。
 何故なら、彼女は明らかに部員の真似をしていたのだから。
「……桃城か?この間レギュラー入りした」
「あったりーっ!」
 ハイテンションの菊丸が拳を挙げてまた大笑い。
「よく解ったね、手塚。チラッと見ただけで」
 フェンスに寄りかかってくすくす笑う不二が、手塚に声をかける。
「誇張されているから解りやすい。第一、あれならちょっと前にもやってただろ」
 軽くため息をついて、手塚はに近づいた。
「おい」
「ん?」
、いい加減に着替えろ」
「やだ」
「どうして」
「だって、先輩まだ出てきてないもん。
 彼が出てくれると、部室に誰もいなくなるんだけどなぁ」
 至極当然そうに言うの様子に、手塚は内心驚いた。
 まさか、部室をずっと見ていたとは思わなかったからだ。
「それよりさぁ…」
(…しまった、油断した!)
 手塚がふと気づけば、は何かを考え付いたかのようにニヤニヤとしている。
 しかも、殆ど同じくらいの背をわざと丸めて上目遣いにして。
「一緒にやらない?まねっこ」
「はぁ?」
「まねっこラリー」
「………?」
 訳がわからん、とでも言いたそうな表情で、少年は首を傾げる。
「普通にラリーしてるだけじゃ面白くないでしょ?
 だから交代したいときに誰かの真似をするんだよ。それだけっ!」
「…どこからそんな発想が出てくるのか教えてほしいものだな」
「そんなもん、ここからに決まってんじゃん」
 はぁ、と3度目のため息をつく手塚の前で、は自分の米神辺りを叩いてみせる。
「と言うわけで、やってみよーか」
「やるとは言ってない」
「まぁまぁ、とりあえず不二君とやってみるんで!」
 見とけ、と言外に含め、は手にしたままのラケットで手塚の肩を叩いて軽く押した。


 表情にも言葉にも出しはしないものの、手塚はの動きに感心していた。
 取りこぼすことも多少あるが、それなりに動く。
 眼も良いのだろう、ある程度は予測して動いているようだ。…時々、まったく逆に動くが。
「次、手塚いくからねーっ!」
 ふっと少女に焦点を合わせると、彼女はバックハンド気味のドロップボレーを打ち込んでいた。
 それも、左手で。
「え?」
 慌てて立ち上がって駆け寄る手塚。部員の中で、彼以外に左利きは居ない。
 相手は乾だ。上手くロブをあげて時間を稼いでくれている。
 バトンよろしく彼南からラケットを受け取り、ボールをクロスに返した。
 コートの外に走り出た少女をちらりと見てみると、親指を立てて笑っていた。


「あー、楽しかった!」
 結局、8人+で帰ることになり、不本意ながら手塚も一緒にいる。
「神代さん、よく動いてたねー。何で女子のテニス部に入らなかったの?」
 道すがら、不二が不思議そうに首を傾げた。
「んん〜…何となく?」
 はわざとらしくにっこりとしてみせる。
「はっきりとした理由はないわけ?」
「あるよ。女子のは見てても面白くない」
 さらりと質問の主である不二を見遣って言うと、「あたし、ここからバスに乗るから」と丁度来ていた移動手段に飛び乗って行ってしまった。
「……女子テニスでも、見てて面白い試合って、在るよなぁ〜?」
 バスを見送りながらポツリと呟いた菊丸の声は、皆の同意を誘うのに十分だった。