Rainbow Sugar



Scene1: Brown



「あ、スコールおっはよ〜。手紙来てるよ。」
「手紙?」


 朝一番にSeeD司令部に入るやいなや、もうすでに仕事を始めていたセルフィにいきなり声をかけられて、スコールは少しだけ目を丸くした。今時手紙?訝しげな顔を隠さないスコールに、セルフィはほら、と手紙を差し出した。それは縁を様々な文様で彩った美しい封筒で、丁寧に箔押しの封印まで施されていた。こういう前時代的な手紙を送ってくるところと言ったら、一つしかない。スコールは露骨に顔を顰めた。そんなスコールを見て、セルフィは面白そうに笑った。


「差出人、どこからか分かった?」
「・・・・・・どうせドールだろ。」
「あったり〜。でも、アルスとかデブータとか、姫様とかからじゃないよ。キスティスから。ほら、アタシんとこにも来てる。」
「キスティス?」


 セルフィはもうその封書を開いたらしい。封を開けられた封筒と中に入っていた手紙をスコールに向けてひらひらとさせた。スコールは自分のデスクからペーパーナイフを取り出すと、丁寧にそっと封を開いた。


『スコールへ。

 ドールはそろそろ初夏です。海から吹き上げる風がすっごく爽やかで気持ちいいわよ。そっちはどうかしら?バラムはもうだいぶ蒸し暑くなってるかしら?
 さて、こちらではドールガーデンの上棟式の日取りが正式に決まりました。新しいガーデンが本当に出来るんだと、何だか不思議にワクワクしている毎日を過ごしています。

 ついては。上棟式に出席と、その後のパーティに是非参加してもらいたいと思ってこの手紙を出しました。
 普段だったらメールで済ますんだけど、今回はドール大公陛下からの正式な招待状もついてますからね。封書にせざるを得なかったわけ。
 詳しくは、同封してあるインビテーションを見てね。皆に会えるのを楽しみにしています。

 キスティス・トゥリープ』


 キスティスらしい丁寧な字で書かれた便箋を読んで、それからスコールはインビテーションのカードを見た。そこには厳かにドール公室の紋章が押されている。確かに、ドール大公国からの正式な招待状だった。スコールは溜息をつきつつセルフィに話しかけた。


「招待を受けたのは、俺とセルフィだけか?」
「ううん〜。後はアービンと、ゼルと、シュウとニーダと、それからシド学園長。」
「・・・・・・この司令部にいる人間のほとんど全員じゃないか。」
「そうとも言うね。ダンスパーティもあるから、必ずパートナーを伴って出席のこと、だって。」
「ダンスパーティまであるのか。」
「あ、嫌そうな顔してる〜。でもリノアは楽しみなんじゃない?ダンスとか好きそう。元々オジョウサマだしさ。」
「・・・・・・。」


 スコールはさらにいっそう深い溜息をついた。パートナー必須なら、どうしてもリノアを連れて行くことになる。リノア以外の女性とダンスを楽しむ、なんていう趣味は自分には欠片もない。だから、気が進まなくてもリノアを連れて行かざるを得ないだろう。
 ドールは歴史ある大公国だ。何か祝いがあるときは必ず、豪華なパーティが開かれる。それは毎度のことだと理解はしていたが、それでも正直わずらわしい、という気持ちをスコールは抱かずにはいられない。自分だけだったら絶対にパーティをすっぽかす。自分ひとりが出なくても、シド学園長たちがいるなら大して問題はないし、俺がいたところでパーティで何かしらの役に立つとか言うこともないからだ。社交的ではないから、見ず知らずの人間と当たり障りの無い会話をするのも苦手だ。しかしそれを見越して、パートナー同伴必須とわざわざインビテーションに記したキスティスのしてやったりな笑顔を思い出して、スコールはいっそう眉を顰めた。
 どうせ、俺のところだけじゃなく、リノアにも招待状が来ているんだろう。そうスコールは思う。ドール大公国主催、ということなら、アリーテシア公女が黙っているわけはない。勝手にリノアに電話をかけ、絶対に直接リノアを誘っているに違いない。


 また、あの煩いチビ公女と色々あるんだろうか。スコールはさらに陰鬱な顔をした。そんなスコールを、セルフィは面白そうに見た。


「アリーテシア公女殿下のこと、思い出してるんでしょ、スコール?」
「・・・・・・まあな。」
「多分絶対、リノアに電話して情熱的に誘ってるよね。あのお姫様、凄いパワフルだから。スコール毎度お疲れ様〜。」
「そう思うんなら、多少は手助けしろよ。」
「ヤダよ。アタシ、アリーテ姫様嫌いじゃないんだもん。スコールの、あのつめたーい眼差しと口調に対抗できる子どもなんて滅多にいないよ。見てて面白いし。」
「・・・・・・他人事だと思って。」


 セルフィが暢気そうに言う言葉に、スコールはふん、という顔をした。そして封筒に手紙とインビテーションカードを丁寧に仕舞い、デスクの端に置く。セルフィは手紙を自分のパーテーションの壁に貼っていた。
 そのとき、おはよう!という元気な明るい声がして、アーヴァインが入ってきた。セルフィはアーヴァインにもキスティスからの手紙を渡す。アーヴァインは丁寧に封書をあけ、中の手紙を見てヒュウと口笛を吹いた。


「そっかあ、ダンスパーティかあ。楽しみだなあ。セルフィも行くんでしょ?」


 にこにこ、と感じのいい笑顔を浮かべてアーヴァインはそう尋ねる。アーヴァインはパーティ好きだ。人懐こいから、知らない人の間でもすぐに打ち解けるし、優しい態度とハンサムな容貌に惹かれる女性もたくさんいる。セルフィはふうん、という顔をしてアーヴァインを見て、それから何でもない事の様に口を開いた。


「ん。アタシも招待受けてるしね。ただ、これってパートナー必須なんだよね。だから誰誘おうかなって思ってる。」
「ち、ちょっと、何言ってんの!?パートナーなんて僕でいいじゃん、僕で。」
「えー。いつもアービンじゃつまんない〜。変わりばえしないもん。」
「つ、つまんないって・・・・・・。セフィ〜。」


 口を尖らし、椅子に腰掛けた足をブラブラさせながら「つまらない」と言い放つセルフィに、アーヴァインは情けなさそうな声をあげた。スコールがちらり、とセルフィを見ると、セルフィはつまんないと言いながらも、翠の瞳を面白そうにクルクルさせている。どうせ俺をおちょくったのと同じく、アーヴァインのこともからかっているんだろう。他に誰か誘って行くなんて、そんなことしようと思ってないくせに。アーヴァインのことが大事なくせに、そうやってアーヴァインの気持ちを揺さぶるような真似をわざとしている。悪戯好きなセルフィにスコールが咎めるように蒼い瞳を向けると、彼女はてへっと笑って応えた。あまり反省はしていないようだった。
 アーヴァインは、と言えば。せっかくのハンサムが台無しとばかりに、情けなさそうに眉をハの字にしている。自由気ままな彼女に振り回されているアーヴァインが何だか妙に気の毒に思えて、スコールはセルフィに呼びかけた。


「おい、艶やかな茶色の巻き毛のケルビム。」
「・・・・・・!!何でそのキモイ呼び方知ってんの・・・・・・!」
「パートナーだったら、ブータ伯爵に頼めばいいじゃないか。喜んでエスコートしてくれるぞ。お前が退屈しないように、詩やらダンスやらお喋りやら、至れり尽くせりだ。どうだ?」
「ちょ、ちょっとスコール!!」
「今、電話かけてやろうか?」


 スコールが無表情に電話機に手を伸ばすと、セルフィはいっそう慌てたようにスコールに駆け寄った。番号を押そうとするスコールの手を、何とか止めさせようと手を伸ばす。しかしスコールは子機を高く上げた。セルフィは小柄で、スコールの手の高さには届かない。ぴょんっと跳ねながら、セルフィはうーとスコールを睨んだ。


「・・・・・・さっきからの仕打ちの仕返しだ。」
「ごめんなさい。悪ふざけが過ぎました。アービンもごめんね。」
「結構。」


 スコールはそう言ってにやり、と笑うと子機を元の場所に戻す。セルフィは椅子に座りなおし、それからちえーっと言いながら背伸びをした。


「スコールも言うようになったよねえ。昔とは大違い。昔なんて、『悪かったな。』でオシマイ、以上、って感じだったのにさ〜。」
「それはどうも。」
「しかし、スコール、あのキモイ呼び方どこで聞いたのよ?」
「リノアから。ニックがセルフィのことをそう言うの、素敵だよねえって褒めてた。」
「うええええ・・・・・・。」


 スコールがPCのキーボードを叩きながらそう言うと、セルフィはうへえという顔になった。そんなセルフィに、アーヴァインは不思議そうな顔をして尋ねる。


「艶やかな茶色の巻き毛のケルビム、ってそんなに変な呼び方かなあ?賢そうで可愛いじゃない。」
「・・・・・・アービン、そのキモイ呼び方、また言ったらぶっ飛ばす。」
「・・・・・・ごめんなさい。もう言いません。」
「リノア、デブータとも普通に仲良くしてて、ホンマ凄いと思うわ〜。アタシ、デブータ絶対無理!もうね、イライラすんねん。はっきり簡単に言えばいいのに、やたらと回りくどくキモイ言い回しをするしさー。
 それとも何?上流階級ではああいうのが人気な訳?だからリノアも大丈夫ってやつなの?アタシ、理解出来んわ。庶民で良かった・・・・・・。」
「昔憧れてたじゃないか。ブータ伯爵に会う前、『ドールの青年貴族だって!カッコイイのかなあ』なんて言ってたじゃないか。」
「それはアタシの消し去りたい過去やねん・・・・・・!スコールもそのことは忘れて!!」


 パチパチとキーボードを叩いて朝一番のメールチェックをしながら、スコールが冷静にセルフィに突っ込む。セルフィは心底嫌そうに頭を抱えてじたばたした。ぶっ飛ばすと言われたアーヴァインも、大人しく机で書類整理をしている。しばらくの静寂の後、スコールは自分のデスクから立ち上がった。片手にタブレット端末を抱えている。アーヴァインが自分のパーテーションからひょいっと覗いて声をかけた。


「ん?スコール打ち合わせ?」
「ああ。教職員組合とな。戻りは14時の予定。昼休みもついでに取ってくる。何かあったら、メッセ入れておいてくれ。」
「了解〜。」
「セルフィ。」
「何よ?」


 アーヴァインと事務的な会話をし、それからスコールはセルフィに呼びかけた。セルフィは自分のPCとにらめっこをしながら、顔も向けずに返事をした。


「お前、いつもデブータなんて言ってると、本人目の前にしたときもうっかり『デブータ』とか言いそうだぞ。」
「うっさい!本人目の前にして言わないですよ!分かってますよ。」
「どうだか。」


 スコールはそんなことをくすりと微笑を零しながら言い、そして颯爽と司令部室から出て行った。その後姿を見やりながら、セルフィが口惜しそうに口を尖らす。


「ホント、スコールいい性格になったよね。昔は、アタシの言うことに振り回されたりなんて可愛いとこあったのに。」
「いいんじゃない。前の、無関心が服着て歩いてたようなスコールよりずっといいよ。人間らしくなった。」


 アーヴァインがどこか懐かしむような、優しげな瞳と声でそう言った。言葉の端々に、アーヴァインの暖かい気持ちがこめられているような、そんな言葉たちだった。セルフィは、少しだけ頬を染め、それからまたPCに向かって作業を続けた。



Scene2: Light Blue



 教職員組合との打ち合わせが終了したのが、ちょうどお昼前。その場で配布された書類やらなにやらを、いったん自室に置いて、それから昼食でも取るかと考え、スコールは寮の自室に向かった。男子寮と女子寮に別れる手前の廊下で、黒髪を揺らしながら足取り軽くこちらへ向かう女子を見つけた。リノアだった。スコールは立ち止まってリノアを見つめる。リノアはすぐにスコールに気がつき、満面の笑顔を浮かべながら走り寄ってきた。


「スコール、おかえり!これからお昼?」
「ああ。リノアもだろ。一緒に取るか?」
「うん、わたしもこれからお昼行こうと思ってたの。嬉しい!」


 リノアはそう言って手を叩き、喜んだ。リノアはいつだって自分の感情に素直だ。嬉しいときは正直に嬉しいと言い、怒るときも正直に怒る。長い間自分の感情を隠すことばかりに長けていたスコールが、今少しばかりでも自分の感情を表に出せるようになったのは、ひとえにリノアのおかげだった。正直に自分の感情を表す彼女に感化され、そして自分の些細な一言にも反応を返してくれるのが嬉しくて。だからお返しというわけではないが、少し自分の気持ちを言葉に乗せようと思えるようになったのだ。
 その証拠に。リノアが満面の笑顔で喜ぶ姿を見て、スコールもその白皙の頬を綻ばせていた。そして、優しい笑みを浮かべたまま、片手に持った書類をひらひらと振った。


「まずは、ちょっと俺の部屋にコレ置いてくる。」
「ん。・・・・・・どうしよっか、わたしここで待ってた方がいい?」
「別に一緒に来れば?すぐ終わるし。」
「・・・・・・。」


 スコールは何でもない表情でリノアを自室に誘った。その言葉に、リノアはほんのりと頬を赤らめて、それから小さくこくりと頷く。何だいきなり。スコールはそう訝しげに思って、リノアに尋ねた。


「何だよ?」
「え?」
「昔は、俺が寝てようがお構いなしで、勝手に俺の部屋に入ってきたりとかしてたろ。何でいきなり、そんな表情してるんだ?」
「え、えっと・・・・・・。」


 スコールの指摘に、リノアはさらに頬を赤らめて。そして困ったように頬を人差し指でこりこりと掻いた。それはリノアがごまかすときに良くやる仕草だ。スコールはひょいっとリノアの顔を覗き込んだ。


「俺の部屋に、何かあるのか?」
「な、何もないよ。」
「じゃあ何で?」
「・・・・・・スコール、顔近い。」
「教えなきゃ、このままだ。」


 じっとスコールはリノアを、澄んだ蒼い瞳で見つめた。リノアは黒い瞳を泳がせて、えっと、とか、あーとか色々言葉にならない声を漏らしていたけれど。そのうち観念したかのように、赤くなった頬を手で押さえながらぽつりぽつりと話だした。


「あのね。」
「うん?」
「あの、スコールの部屋に行くときって、いつもいちゃいちゃしたりするでしょ?だからその、何ていうか・・・・・・。」
「ああ、思い出す?そういや、一昨日も・・・・・・。」
「や、やだ!言わないで!!」


 しれっと言うスコールの言葉に、リノアは顔を真っ赤にした。そして背伸びをしてスコールの口に手を当てる。スコールはもごもご、と何かを話しているかのように唇を動かした。その刺激が、リノアの掌をくすぐった。ダメ、くすぐったい。我慢できない。リノアは観念してスコールの口から手を離した。スコールはおかしそうに笑っていた。


「今日はあんまり時間ないから、ご期待には添えそうも無いけどな。」
「期待なんてしてないです!!スコールのえっち!」
「えっちなのは自覚しているが、何だ、リノアは期待してないのか。」
「・・・・・・。」


 しれっとスコールはそんなことを言う。しかしそう言ったときにリノアを見たスコールの瞳が妙に綺麗で。冷たいと感じるほど澄んだ綺麗な蒼い瞳が、どこか深い色をしていて。リノアはさらにいっそうドギマギしてしまう。慌てて話を変えようと、リノアはわざわざ明るく言葉を紡いだ。


「あ、そうだ。スコールのところにも招待状来た?ドールガーデンの上棟式を祝うパーティーのお誘い。」
「ああ、さっきもらった。リノアにも招待状来たのか?」
「ううん、わたしのところには電話があったの、アリーテ姫から。スコールに招待状出しておいたから、絶対来てね、って。」
「・・・・・・案の定、か。」
「え?」
「何でもない。」


 先ほどの想定どおりの行動を始めているチビ公女の姿を思い浮かべて、スコールは少しだけ忌々しげに舌打ちした。その言葉と仕草はリノアにははっきりとは伝わらなかったようだ。どうしたの、と不思議そうに瞳をくりくりさせて見上げるリノアに、何でもない、と笑ってスコールは自室の扉を開けた。さっさと自分の机に書類を置き、それからリノアを手招きした。


「なあに?」
「いいから。」


 机から動こうとしないスコールに、リノアは首を傾げて、それからとことことスコールの傍へと近づく。リノアが部屋に入った後、扉はシュン、と軽い音をたてて閉じた。ガーデンの寮は最新設備が整っていて、扉にも人認知センサーがついている。扉が閉められたことを確認して、スコールは手元にあったカードキーで扉に鍵をかけた。ピ、と小さな電子音が鳴り、リノアは少しだけ身を竦ませた。


「鍵、かけたの?」
「部屋を開けっ放しにしておくのは無用心だからな。」
「ん・・・・・・。」


 そうだけど、とスコールの言葉に納得したリノアだが、それでも何だかちょっとした違和感は拭い去れない。ただ書類を置いて、すぐに食堂へ行くんじゃないの?鍵をいちいちかけなきゃならないほど、この部屋にいる予定なんてないじゃない。なのに何で?手招きするスコールに歩み寄りながら、リノアは心に疑問が浮かぶのを止められない。
 どうやら心の中に渦巻く疑問は、そのまま顔に出ていたようだ。スコールはリノアのくるくるとめまぐるしく動く表情に、ぷはっと噴出した。


「結構リノアも察しが良くなったな。」
「え、何が?・・・・・・って、ぎゃっ!!」


 くすくす、と笑いながらスコールはリノアの手を引っ張り、そしてすっぽりと抱き締めてしまう。思いもよらなかったスコールの行動に、リノアは本気で驚いて、思わず可愛くない叫び声をあげてしまった。くっくっく、と言う押し殺した笑い声とともに、頬にあたるスコールの胸が動いているのがわかった。もう、またわたしのことからかっているんだわ。リノアはそう思って顔を上げてスコールを見た。澄んだ蒼い瞳が細められて自分を見ていた。


「いきなり、なんてビックリするじゃない。」
「前もって言ったらいいのか?」
「・・・・・・それもちょっと。」
「じゃあ、いいじゃないか。」


 スコールはそう言いながら、くつくつと笑ってリノアの髪を弄った。リノアはくすぐったそうに身を捩じらせ、そして可愛らしく頬を膨らませてスコールに恨み言を言った。


「あんまり時間ないんでしょ、スコール?」
「そうだな。」
「じゃあ、早く食堂行ってご飯食べなきゃ。」
「そうだな。」
「・・・・・・んっ。」


 リノアの言葉にスコールは神妙に頷いて、それからおもむろにリノアの頤を自分の方へ持ち上げると唇を寄せた。ちゅっ、と最初は軽く触れるだけ。それから、リノアがそっと瞳を閉じたのを確認してから、ゆっくりとリノアの唇を開いていく。思う様リノアを味わってから、スコールは唇を離した。リノアはぼんやりと瞳を開いた。蕩けそうな表情を浮かべているリノアを見て、スコールは密かに満足する。そして抱いていた彼女を手放し、何でもないように扉の鍵を開けた。


「じゃ、行くか。食堂。」
「う、うん・・・・・・。」
「リノア、顔赤いぞ。」
「・・・・・・!!だ、誰のせい!?」
「・・・・・・俺のせい。」


 さらにいっそう頬を赤くしたリノアに、スコールは悪びれずに笑いながら応えた。細められた蒼い瞳が、酷く熱くて美しかった。そんな瞳をされたら、文句なんて言えないじゃない。ズルイ、ズルイわ。
 スコールは扉にもたれかかってリノアを待っている。リノアはとととっと彼に駆け寄り、そしてスコールの腕に自分の腕を絡めた。スコールは少しだけ目を見開いた。


「リノア?」
「だって、わたし足がふらつくもん。スコールのせいだもん。」
「・・・・・・なるほど。」
「それから今度のスコールのお休みのとき。ドレス買いに行くの付き合ってね。」
「・・・・・・。」
「スコールたちと違って、わたしSeeDじゃないから、制服でパーティ行くの無理だもん。夏用のフォーマルなドレス、持ってないんだもん。」
「了解した。」


 リノアが口を尖らせながら、スコールの腕にしがみ付いておねだりを言う。それが妙に幸せで嬉しくて、スコールは蒼い瞳をまた緩ませた。



Scene3:Gold




「絶対じゃぞ、絶対絶対、来ておくれ。約束じゃぞ!!」


 電話に縋りつくようにしてそう何回も言い、相手から優しい承諾を取り付けて、アリーテシア公女はほっと息をついてようやく電話を切った。そんな公女殿下に、微笑ましげな表情を浮かべてキスティスは尋ねた。


「姫様、リノアは行くと言ってくれました?」
「うむ。まあリノアは優しいからの、私の誘いを断るなんて滅多に無いのじゃ。とても楽しみにしていると言うておったぞ。可愛いのう。」


 豪奢な満面の笑顔を浮かべながら、アリーテシア公女はそんなことを言い、テーブルに置いてあるお菓子をひとつつまんで口に放り入れた。キスティスはというと、くすくすと笑みを堪えるのに必死だ。まだまだ小さな女の子で、むしろ公女の方が可愛いと言われるべきなのに、リノアのことを可愛いと臆面も無く言うアリーテシア公女が面白かった。でもこんなことを自分が思っているなんて、アリーテシア公女に知られてはならない。誰よりもプライドが高く、1人前の人間として扱われることを望む彼女は、絶対大いに機嫌を損ねるだろうから。
 アリーテシア公女が、またもうひとつ菓子を頬張りながらキスティスに問いかけた。


「キスティス、ゼル殿やアーヴァイン殿、セルフィ殿たちにも招待状を出したのであろう?」
「ええ。今彼らはバラムガーデンの中枢におりますからね。バラムガーデン側の代表者として招待いたしましたよ。」
「それは良かったのう。キスティスもドールガーデン準備担当になってからこちらにいることが多い。中々友人殿たちにも会えなんだろう。当日はゆっくり楽しむがよいぞ。」
「ええ。有難うございます。」
「私も楽しみじゃ。リノアが来たら、何をしよう。夜通し話をするというのも楽しそうじゃな。キスティスもそうは思わぬか?」
「・・・・・・ええと・・・・・・。」


 アリーテシア公女は腰掛けた椅子に足をブラブラさせながら楽しそうにそうキスティスに問いかける。キスティスはそれをそのまま肯定できずに、言葉を濁した。
 アリーテシア公女殿下、今回のパーティにスコールも招待されているってこと忘れてますよ。彼がいるなら、夜通しリノアと話をするなんて不可能だと思うんですけど・・・・・・。それともスコールから力づくでリノアを攫っていくつもりなんですか?それは後々怖いのと面倒だから、あまり喜ばしくは無いんですけど・・・・・・。キスティスの頭の中を、様々な思いが渦巻いていく。一瞬、超不機嫌で怒りのオーラを発電しているスコールの姿が目に浮かんだ。いや、自分の身のためにも、それはちょっと避けていただきたい・・・・・・。
 そのとき。
 逡巡しているキスティスの後ろから、冷静な声がした。


「姫様。自分が子どもだってこと、理解してますか?」
「アルス!」


 足をブラブラさせるのをぴたりと止め、アリーテシア公女はドアの前にいる人物を睨んだ。繊細な装飾が施された豪華な扉によりかかるように、アルスがそこにいた。蜂蜜色の髪を綺麗に撫でつけ、薄い水色の瞳は酷薄そうに細められている。アルスは冷静に言葉を続けた。


「姫様。今、御年いくつにお成りあそばしましたか?」
「・・・・・・7歳じゃ。」
「世間一般では、その年は十分子どもです。夜通し遊ぶ、なんてもっての外。」
「世間一般ではそうかもしれぬ。が、私はドール公女であり、今回のパーティのいわばホスト側でもあるのだ。客をもてなすのは努めであろうが。」
「夜通しもてなす、なんてものは客をもてなす努めではありません。客を疲れさせてどうするんですか。」
「・・・・・・。」


 アリーテシア公女は、むむむと黙り込んで、恨みがましくアルスを睨んだ。頭も良く、およそ子どもらしくないこの公女は、しかして父大公と教育係のアルスには逆らえない。父大公のことは大いに尊敬し敬愛しているから、父の言うことに逆らうなど思いついたこともない。アルスには、アルスの言うことを聞かなかったために酷く難儀をした思い出があるので、結果逆らわなかった。
 もしこの台詞を、スコールやキスティスが言っても、多分絶対アリーテシア公女は聞く耳を持たなかったであろう。倍以上口答えをして、さらに自分の思い通りに行動していたことだろう。アルスにしか使えない技に、キスティスは感嘆した。


「では、姫様。そろそろ次のお勉強の時間ですよ。歴史学の教授がお待ちです。」
「分かっておる!」


 アルスがにこり、としながら言った言葉に、アリーテシア公女は憤然として立ち上がった。そして豪奢な金髪を揺らしながらずかずかと部屋から出て行く。一緒に参りましょうか、そう呼びかけたアルスに、結構じゃと言い放ち、彼女は去ってしまった。どすどす、という足音に少しだけ眉を顰めてから、アルスはキスティスに振り返った。薄い水色の瞳にじっと見つめられ、キスティスは少しだけドキリとした。


「あの、有難う。姫様にどうやって返事したら良いか、ちょっと迷ってしまって。助かったわ。」
「どういたしまして。キスティス、君にも電話が着ていた。バラムガーデンのスコール・レオンハートからだ。
 姫様と一緒にいる、とのことで電話交換手が君に繋がなかったらしい。折り返し電話すると良い。」
「わざわざ知らせてくれたの。有難う。じゃ。」


 キスティスは少しだけ笑みを零して、礼を言った。そしてそのまま自室へと行こうとした。しかし扉によりかかって立っているアルスの傍を通り過ぎようとしたとき。アルスがそっと口を開いた。


「君も。」
「・・・・・・え?」
「君も、今回のパーティ出席するんだろう?」
「ええ、もちろん。」


 今更何でそんな当たり前のことを聞くのだろう?そう思って、キスティスは不思議そうに首を傾げた。ゆらり、と纏め上げたキスティスの髪が揺れる。濃い金色の髪に光が乱反射して、アルスは眩しそうに目を細めた。そして、口元を少しだけ上げた、シニカルな笑いを浮かべた。


「パートナー必須、だぜ、今回のパーティは。お堅いキスティス主任教官様は大丈夫か?」
「・・・・・・余計なお世話です!」


 アルスが面白そうに放った言葉に、キスティスは一瞬絶句して。それから怒りもあらわに返答した。その反応は彼の予想通りだったらしい。おかしそうにくっくっく、と忍び笑いが漏れる音がする。キスティスはさらにいっそうムッとして、そのままアルスの傍を走り抜けた。
 彼がとてもモテるってことは知っている。いつだって様々な女の人と一緒にいたり遊びに行ったりしているのも知っている。自分はさぞかし引く手数多なんでしょうよ。どうせ私は仕事仕事で、パートナーの当てなんてありませんよ。
 ムカムカした気分のまま、ヒール音も高らかにキスティスは廊下を凄い勢いで歩んだ。ドールに来てから、あのアルス・キャリッジという人間にはいつもからかわれてばかりだ。大体、ああいう男性は苦手なのだ。自信満々で、他人の視線に臆せず自分の思うままに振舞って。私には出来ないことばかり。だからいつだって、私はあの人に逆らえない。言いくるめられて、黙り込むしかない。


 どうせ今だって。
 私がいなくなっても、おかしそうに腹を抱えて笑ってるんだわ。人のこと、馬鹿にしてるわ。


 キスティスは自分の豪華な金髪が一房、二房と乱れていくのも気づかず、ガシガシと歩いていった。



Scene4:Perple



「おお、リノア。我が愛しき偉大な力の申し子よ。貴女の姿を瞳に捉えることなく、どれほどの朝と夜が走り去ったことか。麗しい黒髪と柔らかな色彩の佇まいを思い浮かべるだけで、その艶やかな美はいつも私の心をそばだてます・・・・・・。」
「うん、ありがと。わたしも元気よ。ニックも元気そうで何より。」


 電話口でリノアがにこにこ、と話す。全く会話が通じ合っていないようだが、リノアとブータ伯爵はお互いの言いたいことをきちんと理解していた。最初にブータ伯爵が言った言葉の意味は、「リノア、お元気でしたか?」という意味だ。彼はいつも、ものすごく装飾された言葉を使って話をする。まわりくどく、そして気持ち悪いほどの美辞麗句にスコールやセルフィは苦手そうな表情を浮かべるが、リノアは全く気にならなかった。そして、ブータ伯爵も、リノアの言葉をさほど気にしていないようだった。ドール貴族は得てして貴族言葉を使わない人間を見下げる傾向がある。ニコラス・デ・ブータ氏はドール貴族の中でも特に由緒ある家柄の人間だ。彼の父親はドールに2人しかいない公爵であり、彼はまだ家督を継いでいないにも関わらず、伯爵を叙勲されていた。そのような高貴の生まれである彼だが、決してリノアの直截な言葉を嫌がらない。彼自身は恐ろしいほどの美辞を使って話すが、それを他人に強要することはなかった。ブータ伯爵は、いい意味で他人を自分に合わせようとしない。そんなところが、人嫌いな面のあるアルスと上手くやっていける秘訣なのだろうとリノアは思った。


「あのね、ニックにお願いがあるの。それで電話したの。」
「おお、貴女の願いはしもべである私の願い。真にこいねがうものは、貴女の喜び。取るに足らない存在の私に、貴女の願いを叶える手を差し出させてくれるとは。望外の喜びですぞ。」
「あは、ありがと。あのね、今度、ドールでパーティがあるでしょ?どのくらい遅くまでやるのかわからないんだけど、多分遅くなるのよね?」
「楽しき時間は帳を下ろすのを躊躇うもの。さざめく紳士淑女たちの囁きや蝶のような華麗な舞は、月が天高く上っても止まる事はないでしょう。あちこちに咲く恋の花、それは夜が明けたら消えてしまう蜻蛉のようなもの。羽ばたいて欲しくなくて、皆愛の鎖で締め付けることでしょう。」
「そっかあ、やっぱり相当遅くなるんだ。
 わたしたちもそう思って、ドールのホテルに問い合わせてみたんだけどね。宿泊予約が一杯だって言われたの。どうしてかな、パーティー以外にも何かあるの?」
「ドールに初めて出来る兵どもの学び家を祝して、繊細な華が星の瞬く漆黒の闇と深き海に広がるのですよ。紳士淑女の愉しむ夜会への誘いを持たぬものにも、この喜びを分かち合ってもらいたいとの大公陛下の偉大なるお志がありまして。嗚呼、寛恕の念深き陛下の御世とこしえに!」
「ああ、それでなんだ・・・・・・。」


 ブータ伯爵の言葉に、リノアは納得して頷いた。ドールの花火は海面で打ち上げるという、世界でも珍しいものだ。以前、アリーテシア公女に誘ってもらって見たことがある。夜空だけでなく海面上にも半円に広がる花火は、普段見るものとはまた違って美しいものだ。年に一回しか行われないドールの花火が、今年はもう一度見られるなら。それならばたくさんの人が、パーティに招待されていなくても観光に来るだろう。ドールのホテルが盛況なのも得心がいった。


「麗しき、ハインの申し子リノアよ。その白く優しき羽を休める宿木が見当たらないと仰せですか?そうならば、取るに足らない私の心も張り裂けんばかりに疼痛を覚えます。」
「そうなの。どうしようかなあ・・・終電までにお暇すれば大丈夫かなあ?」
「それは神が許さぬ理です。慈悲深く偉大な陛下のただ1人の愛し子、豪奢に流れる金の巻き毛に栗鼠のような愛くるしい翠の瞳の、世にも稀なる賢き公女殿下が、貴女が楽しい夜会の中途で幕を引くことをお許しにならないでしょう。嗚呼、偉大なる陛下、そして賢き公女殿下の御世とこしえに!」
「・・・・・・やっぱりそう思う、ニック?」


 困った、とリノアは溜息をつきつつ呟く。そんなリノアに、ブータ伯爵は明るい声で返した。


「おお、私の愚昧なる頭に、清かに光る星のごとき案が浮かびましたぞ!私のあばら家に、貴女方のその優しき羽根を休める巣を置くことを許してもらえませんでしょうか?」
「え、いいの、ニック?確かにニックのおうち王宮に近いし、泊めてもらえるなら本当に有難いけど・・・・・・。」


 ブータ伯爵の、自分の家に泊まればよいとの申し出に、リノアは瞳を見開いた。ドールに泊まれないなら、仕方ない、電車があるうちにバラムに帰らなければならない。しかし、パーティの途中で「帰る」なんて言い出したら、きっとアリーテシア公女は悲しむだろう。いつもリノアがさよならの挨拶をするとき、彼女は酷く悲しそうな顔をする。また、絶対に来ておくれ。無理にリノアを引き止めることはせずそう言ってくれるけれど、瞳はいつも寂しげで潤んでいた。リノアはアリーテシア公女のその瞳に出会うと、いつだって心が痛む。後ろ髪ひかれて、あの小さな女の子をおいて帰ることがとても辛くなる。
 でも、ブータ伯爵の家に泊まることが出来るなら。そしたら、パーティは最後まで参加できるし、アリーテシア公女の心を徒に傷つけることも無い。招待の電話をしてくれたときも、「すごく楽しみにしている」と言ってくれていた。その期待を、リノアは裏切りたくは無かった。
 ブータ伯爵は、ころころと感じのいい笑い声を上げた。


「貴女の願いを叶えられる機会が、取るに足らぬわが身に訪れようとは。こちらこそ、望外の喜びですぞ。では、わがあばら家にその身を留めてくださる方はどなたか?」
「えっと、わたしでしょ。それからスコール。セルフィやゼル、アーヴァインとキスティスもかなあ。せっかくだから、皆でパーティの後話したいねって言ってて。王宮に泊まっていいって姫様はきっと言ってくれると思うけど、でもほら、あんまり王宮で騒ぐのも申し訳ないかなって・・・・・・。」


 本当は、スコールと一緒に王宮に泊まると、以前あったあまり喜ばしくは無い出来事を思い出してしまうから。だから王宮にスコールと一緒に泊まるのは避けたいなというのがリノアの本音だが、それはブータ伯爵には言わないでおいた。彼はリノアが言った理由で、素直に納得したようだった。彼独特の言葉で、楽しみにお待ちしておりますよ、そう言われ、リノアは嬉しそうに有難う、と応えた。



Scene5:Black



「リノア!!」


 パーティー会場である大広間に入る前のクロークで、リノアがスコールとともに受付をすませていると、小さな女の子の甲高い声が聞こえた。アリーテシア公女だ。スコールは苦虫を噛み潰したかのように眉間に皺を寄せ、リノアは満面の笑顔を浮かべて振り向いた。


「アリーテシア公女殿下。今夜はお招きいただきまして、本当に有難うございます。」
「そなたは別にどうでもよい、スコール。リノア、待っておったぞ。道中無事であったかの?」
「はい、有難うございます、姫様。そして盛大なパーティ、わたしもすごく楽しみにしていました。」


 スコールの慇懃無礼な挨拶は全く聞かず、アリーテシア公女はリノアに一生懸命話しかけている。リノアはにこにこ笑いながら、アリーテシア公女の背の高さにあわせて膝を折った。しゃらり、とふんわりしたドレスの裾がたなびく。ほの白い真珠色のローブは、リノアの清楚さを引き立たせていた。そして、アリーテシア公女は豪華な金髪にティアラをつけ、可愛らしい薔薇色のローブ・デコルテを着ている。彼女がティアラにローブを身につけているということは、このパーティがかなり格式の高いものだということを表している。ゼルあたりは大いに疲れそうだな。そんなことをスコールは思って、少しだけ口元を緩ませた。
 黒髪の美少女と、金髪の美少女が、顔を着き合わせながら微笑んで話をしている。その姿は誰の目から見ても綺麗な宗教絵のように荘厳だった。パーティに向かう人々が、リノアとアリーテシアの話す姿を見て、皆一様に頬を綻ばせていた。


「さ、リノア、こちらへ参るとよい。そなたの好きなお菓子を用意させておる。一緒に楽しもう。」
「あ、はい。じゃあスコールも一緒に・・・・・・。」


 アリーテシア公女はリノアの手を引っ張って、パーティ広間へと誘った。リノアはそれに頷き、そしてスコールを振り返って一緒に行こう、と誘おうとした。しかし、スコールが頷いて一緒に行こうとしたそのとき、スコールの後ろから肩を叩く者がいた。アルスだった。彼も普段のスーツではなく、きちんとした燕尾服を身ににつけていた。リノアはにこり、と微笑んで声をかけた。


「アルス、お久しぶり。元気そうね。」
「リノアもね。
 スコール、ちょっと借りるよ。仕事があるんだ。」
「え、そうなの?」


 リノアが小首をかしげて問いかける。お前が勝手に言うな、とスコールはアルスを睨んだけれども、アルスは何食わぬ顔をしていた。しかし、仕事があるのは本当だ。一応バラムガーデンの現SeeD指揮官として、挨拶まわりなどしない訳にはいかない。出席していないのなら話は別だが、そこにいる以上、関係者及びこれからの仕事の伝を作るための顔繋ぎは絶対的に必要だった。スコールは苦笑を浮かべながら、リノアに言葉をかけた。


「悪いな。さっさと済ませるから。」
「別に急ぐ必要は無いぞ。ゆっくり挨拶でも何でもすれば良い。では、リノア参ろうか。」
「うん。あの、お仕事頑張ってね。」
「ああ。」


 至極満足そうにリノアを連れて行こうとするアリーテシア公女にはムカつくが、ここでまた喧嘩をしてリノアを困らせるのもしたくは無いので、スコールは何も言わずパーティ広間に消えていく彼女たちを見送った。その姿を、アルスは斜に構えた顔で眺めていた。スコールは少しだけ眉を顰めた。


「・・・・・・何だよ?」
「いや、別に。スコール君も大人になったなあ、と思って。」
「悪かったな。さすがにこういう場で、公女殿下と諍いを起こすなんてマネはしない。
 ・・・・・・それに仕事は別に、俺を追い払ってアリーテシア公女殿下がリノアと一緒に遊ぶための方便という訳でもないんだろう?」
「その通り。物分りが良くて助かるね。」


 アルスは薄い水色の瞳を満足げに細めてそう言った。その言い方もムカつくが、アルスはアリーテシア公女が夜通しリノアと遊ぼうとしていたのを阻止してくれていたとキスティスから聞いている。だから、スコールのことを全く考えていないという訳ではないようだ。元々パーティの最中は、元々こういう行事があまり好きでないのも相俟って、スコールにとってはあまり楽しくない時間だ。どうせなら、全てが終わってリノアとのんびり話をしたり、色々する方がいいに決まってる。その時間を確保してくれたアルスに、感謝の念がないのかと問われれば否だ。
 こっちだ、とアルスはスコールを誘う。多分、王宮内での今回のガーデン設立にあたって出資した人々や、協力者、そして行政部分を担当している貴族などに紹介していくつもりなのだろう。
 前を進むアルスに、スコールはぽつりと呟いた。


「アリーテシア公女と俺。あんたはどっちの味方なんだろうな。」
「は?俺のこと?」


 本当に微かな、まるで溜息のような独り言だったのに。まわりは紳士淑女のさざめく声で満ちているというのに。スコールの呟きはアルスにしっかり届いたようだった。ああん?という顔でアルスは振り向いた。そして、にやり、と人の悪い笑顔を浮かべた。


「俺は俺の味方だ。自分が一番大事、誰の味方にもならない。決まってんだろ。」


 それだけ言うと、またくるりと黒い燕尾服の裾を翻して先を歩む。2つに別れた黒い燕尾服の尻尾が、何だか悪魔のそれに見えて、スコールは溜息をついた。



Scene6:Silver



 ふう、とキスティスは溜息をついた。片手にはちょっと濃い目のカクテル。さっき顔見知りのボーイに頼んで作ってもらった。それを一口こくり、と飲む。濃厚な甘さとアルコールが、じんわりと身体の隅々まで浸透していくような気がした。ふう、とキスティスは夜空に息を吐いた。ここは、パーティ会場である大広間に面している庭園。先ほどまでずっと働いていて、今ようやく休憩時間を持てたところだ。


「星が綺麗ね・・・・・・。もうじききっと、花火も上がるわね。」


 キスティスはベンチに腰掛け、そんな独り言を言った。自分の息も、声も、全て深い闇が吸い取ってくれる。そんな気がした。ただ自分の話を聞いているのは、銀の光を放つさやかな月と星の光、それだけ。キスティスは、ほんのりと笑みを浮かべ、またカクテルに口をつけた。
 そのとき。
 冷静な声が、キスティスにかけられた。


「1人でこんなところで酒飲んで、しかも独り言って。君、今相当寂しい女だぞ。」
「・・・・・・アルス。」


 キスティスが声のした方に、嫌々ながら顔を向けると。そこにはアルスがいた。いつもどおり丁寧に蜂蜜色の髪を撫でつけ、薄い水色の瞳は自分を見ている。彼のスーツ姿しか見たことの無かったキスティスは、燕尾服姿のアルスを見て、少し目を丸くした。アルスはキスティスの姿を見て少しだけ眉を上げ、つかつかとキスティスの傍に歩み寄り、そしてキスティスの座っているベンチに腰掛けた。


「君、なんでそんな格好してるんだ?」
「そんな格好って・・・・・・、これはガーデンの教師の礼服だけど?」
「それじゃあまるで普段の仕事と変わらないじゃないか。パーティなのに、ドレスを着ようとか、そういう選択肢は無かった訳?」
「だって仕事だもの。裏方で誰か働かなくちゃ、パーティだって成功しないでしょ。表に出てもてなすだけがホストの仕事じゃないわ。」


 呆れたように言うアルスに、キスティスはカクテルを飲みながらそう言い返した。
 キスティスは真面目だ。何か仕事があれば、そのためにいつも一生懸命働く。今回は正式なダンスパーティが開かれるということもあって、ドールガーデン準備室のSeeDたちはかなり浮き足立っていた。パーティに参加することもなく、ただひたすらに裏回りの仕事をする、それを押し付けるのはパーティを楽しみにしている彼らには可哀想な気がして、キスティスが引き受けたのだろう。大方そんなところのはず、とアルスは推測した。キスティス自身はそれを自己犠牲だとは全く思っていないが、そのことが何だかアルスの癇に障った。貧乏くじ引いて、満足そうに笑ってんなよ。そう思い、イライラする。
 だから、キスティスに思わず言ってしまった。


「・・・・・・どうだか。ただ単に、パートナーがいなくてみっともないから、だから制服なんか着て裏仕事やってたんじゃないのか?」
「・・・・・・。」


 冷たい、と思えるほど酷薄な水色の瞳で、アルスは静かな声でそう言い放った。それを聞いたキスティスは顔を青ざめさせ、そしてそのまま凍りついたかのような顔をした。瞳は開いているが、まるで空っぽ。底知れぬ悲しみに出会ったときに浮かべるだろう、虚ろな表情。それを浮かべている。輝く金の髪も、綺麗な濃い青の瞳も、全てがくすんだ色に見える。アルスはしまった、と思った。迂闊に自分の感情の赴くまま口に出すなんて、何てことをしたのだろう。あんなことを言われて傷つかない人間なんていない。俺は、キスティスを傷めつけたかった訳ではなかったのに。
 キスティスが、口を開いた。ゆっくりと、唇が震えながら動いた。


「・・・・・・悪かったわね。私が寂しい人間だろうが何だろうが、貴方には関係ないでしょ?どうせ貴方みたいに私はお誘いなんて頂きませんよ。パーティを楽しむことなんて、ありませんよ。いつも1人ですよ。」
「・・・・・・悪かった。俺の八つ当たりだ。すまない。」


 震える声で、涙をこらえてそう言うキスティスに、アルスはすぐに謝った。しかしその言葉を聞いても、キスティスは俯いて唇を噛み締めるだけだった。失敗した、と改めてアルスは思う。
 ただ単に、いつものように、キスティスと軽い言い合いをしようかとかそう思っただけだったのに。本当に彼女を傷つけるつもりはなく、ただちょっとからかって遊んでやろう、そのくらいの思いでキスティスに近づいただけだったのに。どうして俺は、それ以上の言葉を言ってしまったんだ?そして、本当に傷ついているキスティスの姿を見て、胸が痛いように感じるのは何故なのだろう?
 その答えは、アルスには分からない。自分でも今まで感じたことのない感情だ、だからそれに名前をつけることもどういうものかと理解することも出来ない。しかし、それはどうでもいいことだ。今俺がしなければいけないこと、それは即ち。酷く傷つけた彼女に真摯に謝り、そして彼女の心を慰めること。


 謝罪の言葉を言った後、アルスはしかしその後口を開くことはなかった。暫くの沈黙の後で、キスティスがゆっくりと口を開いた。彼女は涙を零しはしなかった。


「貴方、私のこと嫌いなの・・・・・・?」
「嫌いじゃない。」


 そう問われて、アルスはすぐに否定した。少しだけ驚いたような顔でキスティスがアルスを見る。アルスはそんな彼女に、少しだけ苦笑した。


「君の事は嫌いじゃない。もし嫌いな人間だったら、俺が話しかけたりなんてする訳ないだろう?嫌いな人間と話をする、そういう行為は俺には存在しない。」
「・・・・・・自信持って言わないでよ、そんなこと。」


 妙に堂々と捻じ曲がった理屈を億尾もせずに言うアルスに、キスティスは思わず苦笑してしまった。確かにアルスはそういう人間だ。嫌いな人間と話をすることなんてまずない。ましてや仕事上の話じゃなく、私的に話をすることなんてありえない。


「でも、私、さっきの言葉、すごーく傷ついた。」
「本当にすまない。何で俺もあんなこと言ったんだか、さっぱりだ。悪かった。」
「・・・・・・もう、いいわよ。貴方の本心じゃないって分かったから。」


 キスティスはそう言うと、少しだけ目を細めて笑った。その笑顔は普段見る端正なトゥリープ主任教官のものとは違って、21歳の女性らしい、若々しく悪戯っぽい雰囲気のあるものだった。アルスは思わず眩しそうに見た。そして、キスティスに掌を差し出した。


「なあに?」
「踊らないか、ここで。
 その格好じゃパーティ会場で踊れないし、今まで働きづめで誰とも踊っていなかったんだろう?ここなら誰も見ていないし、音楽も微かに聞こえる。」
「・・・・・・私、あんまりダンス上手くないのよ。」
「誰も見てない。君も、少しくらい楽しみの時間を持っても、罰は当たらないだろう。違うか?」
「・・・・・・そうね。」


 キスティスはそう言うと、アルスに向かってにこりと笑って、手を差し出した。そっとアルスが差し出していた掌に、自分の手を載せてみる。自分が良く知っているスコールをはじめとしたSeeDの男性たち、彼らよりアルスはずっと線が細い。彼は軍人ではなく文官だから当然だ。しかしそれでも、自分の掌よりはずっと彼のものの方が大きかった。今まで男の人の手なんて握ったことの無いキスティスにとって、それは驚きだった。自分の手が、まるで子どもみたいに小さく見える。キスティスは少しだけ頬を赤らめた。
 載せられたキスティスの手はアルスがそっと握る。そしてキスティスとともにベンチから立ち上がって、彼女の手を掲げて礼をした。
 ーーーーー昔小さい頃に読んだ、童話の王子様みたいだわ。
 キスティスはそんなことを思いながら、軽く膝を折って返礼して見せた。


「足、踏んだらごめんなさいね。」
「許さない。」


 そんなことを言いつつ、月と星が零れ落とす銀色の光の中で、アルスとキスティスは小さく流れ聞こえてくる音楽にあわせて踊り始めた。



Scene7:Rose



「遅い。」
「悪い、予想外に時間かかった。」


 今回のパーティは本当に内外の重要人物たちが招待されていた。一人に挨拶すると、また別の人間を紹介される、と言った具合だった。さっさと挨拶周りを終わらせるつもりのスコールにとってはまるで地獄の時間だった。それも何とか終わらせてパーティ会場に戻ってみると、そこではリノアが頬を膨らませてスコールを待っていた。


「もう、来ないのかと思っちゃったよ。ずーっと待ってても、全然帰ってこないんだもん。」
「アリーテシア公女殿下は?」
「もう就寝の時間だって、途中退席なさったよ。今日はすごくご満悦でもっと遊びたそうだったけど、大公陛下にも促されて、大人しく帰られたの。」


 リノアは口を尖らせながらそう言った。そうだろうな、とスコールも思う。俺がいなかったから、きっとあのチビ公女はリノアを独り占めしていたに違いない。誰にも邪魔されずにリノアと楽しい時間を満喫したのだ。あの公女の誇らしげな笑顔が頭に浮かび、やはりスコールは少しだけムッとした。
 眉を少しだけ顰めるスコールを見て、リノアがじろり、と見た。


「何でスコールもそんな顔してるの?」
「・・・・・・別に。あのチビ公女の思い通りに事が進んだってことが妙に気に入らなかった。それだけ。」
「それもスコールのせいじゃない。
 ・・・・・・でも、わたし的にはちょっとホッとしたかな?スコールと姫様、いっつも口喧嘩してるから。」


 リノアはそう言って、それからうふふと楽しそうに笑った。先ほどまで至極斜めだったご機嫌はどうやら治ったらしい。スコールも少しだけリノアに微笑んだ。そして、通りがかったボーイにビールを頼んだ。すぐに運ばれてきたビールを、スコールは一気に飲み干した。そんなスコールに、リノアは目を丸くする。


「喉、渇いてたの?」
「ああ。飲まず食わず、だったからな。腹も減ったかも。」
「わたしは色々頂いたよ。どれもすっごく美味しかった!何か、適当に見繕って盛ってこようか?」
「頼もうかな。」


 最後の一言を言い終わるのと同時に、会場内にアナウンスが流れた。リノアは立食テーブルに向かおうとした足を止めた。


『紳士淑女の皆様方。楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていきます。行って欲しくはないものほど、足音を早めて去っていくものです。
 お名残惜しいですが、次の曲でラストとなります。皆様、是非ラストダンスにご参加くださいませ!!』


 アナウンスを聞き終わったリノアは、てへ、と笑って言った。


「これから最後のダンス、だって。結局、わたし今日ダンスはしなかったなあ。」
「踊ってなかったのか?」


 ドール大公陛下や、アーヴァインやゼル、シド学園長、そしてアルスなど、リノアの知り合いの男性はいっぱいいた。だからまさかにリノアがダンスを一度もしていないなどとは思わず、スコールは思わず瞠目した。そんなスコールに、リノアは少しだけ艶を含んだ恨み顔でスコールを見た。


「踊らないよ。だってわたしのパートナーはスコール、でしょ?」
「・・・・・・確かに。」


 もしリノアが一言、「一緒に踊らない?」そう言えば、頷かない男なんていないだろう。彼女が踊っていないことに気づき、「一緒に踊りませんか?」そういう男性も1人もいなかった訳はない。しかし、彼女はこの長い時間、誰とも踊ってはいなかった。それは、つまりはリノアが言った言葉のため。
 そうか。だったら。
 スコールは破顔して、それから立食テーブルに向かおうとしているリノアの手を取った。リノアは歩みを止め、どううしたの?とスコールを見上げた。スコールは何も言わず、微笑んでリノアの手を引っ張って、ダンスホールへと向かった。


 すたすた、とスコールは綺麗なストライドで歩む。今リノアが着ているドレスは少しだけ裾引きのものだ。スコールについていくために小走りになると、裾を踏んで蹴躓かないかと心配になる。リノアはスコールの顔を見た。スコールはそれに気がついて、そしてにこりと笑った。その笑顔が綺麗で、リノアは思わず見とれてしまう。
 ダンスをする人の群れの中央についたとき、スコールは歩みを止め、それからリノアの手を少しだけ高く掲げて腰を折った。それは、ダンスを申し込む挨拶のしるしだった。リノアは嬉しそうに微笑んで、そして膝を折って返礼をした。それを合図にするかのように、楽団の音楽が流れ始めた。優雅なワルツにのって皆が踊り始める。スコールとリノアも、組んでステップを踏み始めた。


「・・・・・・あのときと、反対、だね。」
「あのとき?」
「初めて会ったとき。SeeD就任パーティのとき。あのときは、わたしがスコールの手を引っ張って連れて行って、そして一緒にダンスしたんだよね。」
「ああ、そうだったな。」


 昔を懐かしむような表情をしたスコールに、リノアはくすくすと笑った。それから、少しだけ彼に近づいて、こっそりと囁いた。


「遅い、なんて言ってごめんね。」
「いや、本当に遅くなったし。悪かった。」
「いいの。でも、スコールお腹空いたんでしょ?ご飯食べずにダンスなんてして大丈夫?わたしは別にダンスしなくても大丈夫だったんだけど・・・・・・。」
「1曲踊るくらいなら、何てこと無いさ。それに、リノアが踊れなかったのは俺のせいだからな。そのくらいの埋め合わせはする。」
「・・・・・・でも、スコール、踊るのあんまり好きじゃないのに。無理、させてない?」
「リノアと踊るのは嫌いじゃない。」


 ぽつり、と零したリノアの後悔が少しだけ入り混じったような言葉に、スコールは優しく微笑んで否定した。リノアが顔をあげると、そこにはスコールの笑顔があった。優しい、暖かい笑顔。それは、最初にダンスをしたときの彼とは全く違っていた。あのときのスコールは、本当に仕事、と言った風に無表情で踊っていた。彼の無表情の仮面が崩れたのは、大空に広がる花火を見たときだけ。
 そう思ったとき、上空からドン、という音がした。見上げると、夜空に花火が上がっている。このダンスホールにしている大広間は、天井がガラス張りになっていた。だから花火がとても綺麗に見える。本当にバラムガーデンで行われたあのパーティと同じ境遇だった。
 踊るスコールとわたし。SeeDの正装を着ているスコール。優雅な音楽と、綺麗な花火。それは記憶に残るはじめての瞬間と、ほぼ一緒の事象ばかりだ。
 でもね。決定的に違うことが、ひとつあるの。それはわたしとスコール。あのときみたいに見ず知らずの他人じゃない。傍にいて欲しいと願い、それを叶えてくれる相手になったこと。それがもたらす変化が、きっとわたしもスコールもあのときのわたしたちとは全然違う風に変えているはず。


 ーーーーー時間は待っていてくれない。どんなに握り締めても、手から零れ落ちていく。今のまま、でいることは誰にも出来ない。人は、変化せずにはいられない。


 アルティミシアの最期の言葉を思い出す。だけど、変化するということは、嫌なことばかりじゃない。もっと素敵に、幸せに変化することだって出来る。だってわたしとスコールがそうだもの。初めて会ったときの2人より、変化した今の方がずっと幸せだもの。悲しくて辛いこともあると思うけど、それでも嬉しくて幸せなことも絶対にあるもの。だから、時間が過ぎ去っていくのも怖くなんて無いんだわ。


「ねえ、スコール。」
「ん?」
「今日、最後に踊れて良かったわ、わたし。今がどんなに幸せか、それを改めて教えてくれたような気がしたから。」
「何だ、いきなり?」
「いいの!」


 リノアの言葉が良く分からず、スコールはん?と子どものような瞳で首を傾げた。そんなスコールに、リノアはうふふと楽しそうに笑った。そろそろ曲の最後のコーダに入るところのようだ。最後の部分にあわせて、スコールとリノアは先ほどまでのゆったりとしたダンスから変化させた。そしてくるり、とリノアが軽やかに一回転し、それに合わせて少し長めのドレスの裾が翻るのと同時に、曲は終焉を迎えた。翻る優美なドレスと、ダンスをしたせいで少しだけ頬を赤らめているリノア。それが妙に綺麗で艶かしくて、スコールは目を細めた。そっと腕をリノアに差し出すと、リノアはそれに自分のものを絡ませる。歓談スペースへと戻っていきながら、スコールは自分の傍にぴたりと寄り添っているリノアに、そっと話しかけた。


「そのドレス。」
「え?」
「やっぱり、似合ってる。」
「そう?わたし、こんな長い裾のドレス着るの初めてだし、裾踏んじゃわないか気が気でなくて。とても優雅に着こなせてるとは言いがたいんだけど・・・・・・。」


 ううん、とリノアは首を振りながらそんなことを言った。今日のリノアは髪をゆるりと結い上げて、繊細な髪飾りを散らしている。リノアが首を振ったとき、その飾りが音をたてた。しゃら、しゃら、と鳴るささやかな音色は控えめでいながらスコールの心をそばだてた。



Scene extra:Rainbow Rainbow



「おお、伝説や吟遊詩人たちがその勲を永く語り継ぐであろう英雄の皆様方!取るに足らぬこのあばら家に足を向けてくださり、しもべである私には過ぎたる幸福ですぞ!この夜のことは、永遠に私の心に留まることでしょう。私は賛美の旋律を奏でずにはいられません。」


 スコール、リノア、キスティス、アーヴァイン、セルフィ、ゼルがブータ伯爵邸に到着すると、きっと待っていてくれたのであろう、ニコラス・デ・ブータ伯爵自らが、その太った身体をゆさゆさと揺さぶりながら近づいてきた。彼の口調はいつもどおり、気持ち悪いほど綺羅綺羅しく、それを聞いたスコールとセルフィは思わず顔を歪ませた。
 リノアがにこにこ、と笑いながらブータ伯爵に抱きついた。


「有難う、ニック。ごめんね、こんな大勢でおしかけて。」
「おお、偉大なるハインの末裔、大いなるリノアよ。貴女方の憩いのひとときを差し出せること、それ即ちわが身の震えるばかりの幸福。本日の装いもまた目をそばだてるほど美しい。月の女神の、銀の涙を垂らしたかのような繊細なローブは、まるで天上の精霊の召し物のよう。全ての人は、貴女の美の前に言葉を失うことでしょう・・・・・・。」
「あはは、そんなこと言って。ニックは大げさなんだから〜。」


 リノアは普段と変わらずにこやかに話す。その後ろで、スコールが苦虫を噛み潰したような顔で立っていた。ブータ伯爵はスコールに気づき、頬を赤らめながらすすすと近づいた。


「ああ、蒼き瞳の砂金の獅子よ!貴方を我があばら屋に迎えられるとは、身に余る光栄。ただ佇む姿から醸し出される透徹な音楽は、どれほど高名な音楽家がいようとも奏でることは出来ないでしょう!」


 気持ち悪いほどの言葉を紡ぎながら、ブータ氏はスコールの手をとって、そして両手でしっかりと握り締めた。彼の掌は心なしか熱く湿っている。男から熱烈な言葉と丁寧な握手をされ、スコールは背中に怖気を立てたが、一瞬だけ握手をし返し何でもないように手を離した。
 ブータ伯爵はキスティスやセルフィ、ゼル、アーヴァインたちにも恐ろしく丁寧な挨拶をする。キスティスはドールにいる期間が長いのでもう慣れたのか、案外普通に対応をし。セルフィは口元を引きつらせながら少なく言葉を返し。アーヴァインはにこにこと適当に挨拶を返して、ゼルは困惑の表情を浮かべていた。
 ひととおり全員に挨拶をし終えると、ブータ伯爵はまたスコールとリノアのところへ戻ってきた。こっちに来なくてもいいのに、そんなことを思うスコールの心の声はもちろんブータ伯爵には聞こえず、彼はにこにこと微笑みながらスコールとリノアに話しかけた。


「そういえば、先ほど。紳士淑女たちのさざめく舞いの中で、蒼き獅子と大いなるハインの末裔である姫のまこと麗しき舞を拝見しましたぞ。私の眼が焼きつぶれてしまうかのように神々しく、そして筆舌に尽くしがたい程の華麗さでございました。漆黒の闇に咲く無数の華はおそらく、貴女方の神々の晩餐を思わせるような足取りを祝福していたことでしょう。私、もう心の中でお2人を称える言の葉が湧き出て、抑えることなど出来ませんでした。
 いかがですか、ここで一節、披露する栄誉を私に授けていただけまいか?」


 え、聞いてみたいと言いそうなリノアの口をスコールは押さえて、それから慇懃無礼に「次の機会に楽しみにさせていただきます。」とブータ伯爵に応えた。後ろでセルフィがニヤニヤしながら、「今ちょっとだけでも聞きたいなあ〜」などと言っている。お前、それ以上言ったら覚えてろよ。スコールはそう言わんばかりの鋭く冷たい視線をセルフィに飛ばした。どうやらかなりの殺気がスコールから出ていたらしい。セルフィはニヤニヤ笑いをすぐに引っ込めて、ぴしっと直立不動になった。
 果たしてブータ伯爵はと言えば。スコールの言葉ににこにこと頷いた。


「そうですね。私もまだ先ほどの心震わす光景に酔わされている最中です。あの素晴らしい光景を後々まで歌い告ぐためにも、つたなき文章ではあれど、もっと推敲すべきですね。おお、私ごときのつまらない詩を楽しみにして下さり望外の喜びです。ありとあらゆる言葉、美を尽くして、今夜の貴方方の姿を描いて見せましょうぞ・・・・・・。」


 ブータ伯爵はいつだって、他人の言うことを自分に都合よく解釈する。他人の言葉に隠れている気持ちなどを推察することはあまりなかった。今もスコールの言葉の裏にある、「聞きたくない」という感情は綺麗さっぱり気づかず、ただ彼はもっと素晴らしい詩を所望されているのだと信じ込んでいた。そういうところが、ブータ伯爵は非常に打たれ強い。誰に何を言われても、全く意に介さず好意的に接してくる。本当に凄い才能といえば才能だよな。スコールはそう思い、溜息をついた。
 キスティスが苦笑しながら、ブータ伯爵に尋ねた。


「伯爵、私たちの部屋はどこなのでしょうか?そろそろ時刻も遅くなってきましたし、いつまでも伯爵を立ち話に付き合わせては申し訳ないですわ。」
「おお、流れる黄金の河のごとき完全な美と富を誇る女神よ。早速執事に案内させましょう。貴女方の夜が素晴らしいものとなりますよう、私は天に輝く星に祈ることにいたしましょう。」


 ブータ伯爵はそう言ってキスティスの手をとり、ちゅっと口付けをしてから胸元のベルを取り出し、ちりんちりんと鳴らした。その音を聞いて、早速数人の執事が現れる。彼らが現れるとともに、ブータ伯爵は深く貴族的な礼をしてから去っていった。
 執事が、こちらでございますよ。と案内を始める。彼らの後ろに付き従って広い伯爵邸の廊下を歩みながら、スコールはリノアにそっと話しかけた。


「相変わらずだな、あの人は。どうしてあんなに次々に気持ち悪い言葉が出てくるのか、理解に苦しむ。」
「ニックのこと?でも、ドールホテルが一杯だったのって言ったら、家に泊まっていいって言ってくれたんだよ?優しいよね。ニックの家に泊まれなかったら、わたし達本当に宿無しだったかも。」
「王宮には泊まりたくないしな。」
「・・・・・・わたしだけならいいけど、スコールと一緒だと、ね。」


 いつぞや王宮に泊めてもらったとき、スコールとのラブシーンを危うくアリーテシア公女に見られかけたことがある。あのときのことを思い出しているのだろう、リノアは頬を赤らめてもじもじしていた。それを見て、スコールもあのときの大変だった色々を思い出して、げんなりした。王宮に2人で泊まるというのは避けたい。あの公女がいつ現れるかヒヤヒヤして全く気が休まらないし、リノアと2人でいるのに何も出来ないなんて拷問か、と思う。
 ーーーーーしかし、そうだとしても。代わりにブータ伯爵の家に泊まるってのもないんじゃないか?自分に好意を抱いてくれ、親切にしてくれるブータ伯爵は悪い人ではないし有難いとも思うが、どうも俺は苦手だ。あの不必要に賛美された言葉に付き合うだけでどっと疲れる。
 スコールはふん、という顔をして、それからリノアに言葉をかけた。


「王宮も嫌だけど。でもこの屋敷だって俺にとっては相当ストレスだけど?」
「う・・・・・・スコールがニックの濃厚なもてなしが苦手なの分かってるけど、でも今回は仕方ないじゃない。泊まるとこなかったら、困るでしょ?」
「別に俺は野宿でも構わない。けど、ここに泊まりたいと思ったのはリノアだよな?」
「・・・・・・。」
「リノアが俺のストレス、発散させてくれるのか?」


 耳元で囁くようにスコールはそう言う。その声は妙に色気を含んでいて、リノアは顔を赤らめながらスコールを上目遣いに睨んだ。しかしリノアのその視線にも、スコールは全く動じることは無い。どうする?と選択権だけリノアに与えて、リノアがどう出るのか見守っているだけだった。澄んだ蒼い瞳が、自分の心まで貫いて見透かしていそう。リノアはスコールに見つめられると、いつもそんなことを思う。このときもそうだった。彼の言葉からほのかに匂わされる内容、それに気がついてしまったわたしのこと、絶対スコールは気づいてる。


 ーーーー恥ずかしい、恥ずかしいけど、でも。
 でもね、わたし。スコールに触られるのは嫌じゃなくてむしろ。


 リノアは逡巡して、それからそっと手を伸ばしてスコールの腕にかけた。スコールは少しだけ眉を上げ、それから満足そうに笑みを零した。


Fine.



相互リンク先の「fahrenheit」いそあ様から、相互記念作を頂いてまいりました!!
お題をどうぞと有難いお言葉を頂きまして、「スコリノのダンスシーン オリキャラさん達を絡めて」というお願いをしましたところ、……こんな大作を頂きました。
素敵です、本当に素敵です。しれっとリノアちゃんにべたべたしているスコールがとっても素敵なんです。
まさしく、海老(『祝杯の日』です・笑)で鯛の大群を釣った気分でございます(笑)
いそあ様、素敵なお品をありがとうございましたvvv これからよろしくお願いいたしますね。