土浦が日野を誘ったのは終業式の日。
22日の平日、昼頃に終わったので昼食を駅前のファーストフード店で食べていた時だ。
返された定期試験の結果を話し合ってため息をついたり、年末年始の予定をそれとなく相手に言ったり。
恋人、というよりも友人、という方が二人の関係には近いような雰囲気を何処か漂わせながら食べていたとき…。
「お前さ…25日のクリスマス、予定ある?」
「…………ないけど……?」
随分と間を持って日野が答えたのには理由があった。
友人の関係に見られがちだが、実は付き合っている二人。
クリスマスは一緒に過ごそうとか誘ってくれるだろう、と密かに期待していたのだ。
それが定期試験が終わっても、電話をするもそんな話は出ずに、とうとう22日を迎えてしまった。
ついに来たこの時に心の中でガッツポーズをしていたかもしれない。
平然とした様子を装いながら。
「丁度良かった。あのさ…」
クリスマス。
初めてのクリスマスなのだから、やっぱり何処かに出かけてみたい。
人が多いかもしれないが、彼と手を繋げば寒さも人ごみも平気。
それが嫌なら、どちらかの家で過ごすのも…。
ケーキを作って、家族を追い払って二人だけのクリスマス。
それもロマンチックで素敵。
火原ほどではないが、実は日野もロマンチストで恋人という関係に夢見る少女だった。
「お袋のクリスマスコンサートがあるんだ」
「……え…」
「ほら、前にお前が良いって言ってた曲…あれを演奏するらしくてさ。このリストを見てみろよ」
土浦は嬉しそうにそう言いながら、鞄の中からコンサートのチラシを取り出す。
「凄いだろ?俺も聴きたいし、一緒に行かないか?」
「………………うん、良いよ」
日野の返事に土浦は機嫌良く「そうか」と返した。
さようなら、ロマンチックなクリスマス。
「……まぁ…クラシックコンサートに行けるのは嬉しいけどね…」
「ん?何か言ったか?」
そんな日野の呟きも土浦には聞こえていなかった。
クリスマスコンサートには夫婦やカップルの姿を多く見かける気がした。
綺麗なドレスを着た人がホールに入り、席に着く。
自分たちのような若い人はあまり見かけないのはやはり…。
やっぱり、私達ぐらいの恋人たちは来ないのよ。
日野は小さくため息をつく。
隣に座る土浦は購入したパンフレットを嬉しそうに読んでいて、ついつい自分も曲の解説に目が行ってしまうのだけれど…。
「…楽しみだね、土浦くん」
「ん?お、おぉ」
まぁ、折角来たのだから。
楽しんで帰ろう。彼と一緒に。
始まったクリスマスコンサートにそう思っていたのだが、やはり彼が言っていたように自分が『良い』と言っていた曲を演奏されると嬉しくなる。
知っている曲をアレンジしていたり、オーケストラで華やかに演奏する。
その心地良い空間に帰る頃にはすっかり日野も上機嫌だった。
「凄かったね!!いいなぁ、私も弾いてみたい」
「…お前なら、弾けるだろ。ピアノなら、俺に任せろよ」
「今度、皆で弾いてみたいね」
「あぁ、まぁ…そのうちな。…楽しかったか?」
「うんっ。最高のクリスマスプレゼントになった感じだよっ」
「…そっか。…そりゃ、良かった」
そう言って白い息を吐きながら土浦が笑う。
……あ…。
「………ふぅん」
「……何だよ?」
「別にっ。ね、土浦くん。メリークリスマス」
「…ん?あぁ…メリークリスマス」
寒いね、って笑いながら手を繋ぐ。
お土産にケーキでも買って帰ろうか?
そう言いながら、綺麗なイルミネーションで輝く駅前を歩いて…帰る途中、彼は言う。
「あのな、コンサートがクリスマスプレゼントってわけじゃないんだ。本当のプレゼントは……」
彼と一緒に過ごす、クラシッククリスマス。