Surprising Present

 何事もない、ある日の昼休み。
「なぁ、ゼル」
「ん?」
 本日の輪番制の留守番係は、スコールとゼル、そしてアーヴァイン。電話もなく、昼食も終わって各々ゆっくりしている3人だ。
 そこに。
「ちょっと聞きたいんだが、良いか?」
「おぅ。何だよ、改まって」
 神妙な顔をしているスコールの様子に、ゼルは首を傾げる。
 スコールは酷く言いにくそうに、躊躇いつつ口を開いた。
「お前さ、その……リノアに、指輪作った、の、か? 約束、してたやつ……」
「………………何でお前がソレ、知ってるわけ?」
「その……エルオーネの『接続』で、偶然……」
 嘘ではない。ないのだが、相当後ろめたい。何故って、あれはエルオーネに頼み込んでリノアに「接続」した際に見たものだったからだ。覗き見したようなものだろう。
 ゼルは大方察した様で、あっさり首を横に振った。
「うんにゃ、作ってねぇよ。だってあいつ、指輪手放さねぇんだもん。いくら何でも見本ナシで作ンのは無理だって。あと、リングのサイズ聞くの忘れたんだよな〜」
 その言にホッとした様子のスコール。ゼルはニヤリと笑う。
「やっぱ、指輪って特別だもんなー、スコール。自分の彼女が他の奴の作ったものはめるなんて、許せない感じか?」
「わかってるなら聞くなよな」
「で、どうしたんだよ。急にそんなこと聞くなんて」
 憮然としたスコールの顔を、ゼルが面白そうに覗き込む。
 アーヴァインもキャスター付きの椅子に座ったままにじり寄ってきた。
「何々、指輪あげるの? ひゅー、スコールもやるぅ♪」
 瞬間、ごつっという鈍い音と共にアーヴァインの頭は前に落ちた。
「茶化すな」
「つぁ〜……ゴメンナサイでした」
 華麗な一閃に撃沈したアーヴァイン。見ていたゼルはひとしきり盛大に笑う。
「でもさぁ、何でゼル? アクセなら僕の方が店詳しいよ?」
 頭をさすりさすり問うアーヴァインに、スコールの唇がきゅっと引き結ばれる。何か、彼としては気恥ずかしいことを言う前の癖だ。
「………………あの、な」
「おぅ」
「ゼルは、手が器用だよな」
「まぁな」
「その……細工物とかも、得意だよな?」
「一応は……」
 遠回しな言い方をして、スコールは口ごもる。
 何となく、何が言いたいのかわかってきた気がする。
「……指輪、か?」
 びく、とスコールの肩が跳ね上がった。そして、観念したように頷く。
「……………………作り、方を……教えてもらえないか?」
 端から見ていたアーヴァインは、いっそ感心した。何故たったそれだけの頼みごとに、これ程時間をかけられるのか。しかも最終的には助け舟を入れられて。
(あぁ、リノアが関わることだからか)
 この愛すべき友人は、初めて出来た恋人に関してはこと驚異の初々しさを見せるのだ。
 ――よっぽど、勇気を振り絞ったんだろうなぁ、こいつは。
 アーヴァインは弟を見るようなほほえましい気分になった。ゼルも同じ気分らしく、気前の良い兄貴の風で胸を叩く。
「お安い御用だぜ!」
「ありがとう」
 スコールはほんのり笑った。それがあまりにもあどけなく、ゼルは頭を撫でたい衝動に駆られた。が、ぐっと堪える。アーヴァインの二の舞はごめんだ。
 当のアーヴァインはにこにこして首を突っ込んできた。
「なぁ、ゼル。それ、一緒に教えてもらっちゃダメ? 僕もセフィに何か作りたいし」
「俺がお前らの講師役かよ! 緊張するぜ……」
 野郎3人の楽しい密室、再来である。

「最近、なーんか変なのよねー」
 女3人のお昼時、リノアはストローをくわえてふて腐れていた。
「あれ? リノアのとこも〜?」
「え、セルフィも?」
 昼食を選び終えて戻って来たセルフィが、リノアに応じて頷いてみせる。
「何か、そわそわしてるんだよね〜。何か知らない? キスティス」
 話を振られたキスティスも、少し首を傾げてから横に振った。
「残念ながらネタはないわ。というか、私の方も何か知らないか聞こうと思ってたの」
「ってことは、ゼルも?」
 セルフィに頷くキスティス。3人は自然と頭を寄せ合った。
「……何なのかしらね」
「探ってみる?」
「どうやって」
「うーん……とりあえず、後つけてみるとか」
「あ、それはアリかも〜。ゼル、最近アイテムショップ通い詰めみたいだもんね」
「じゃあ、当座の方針はそれで。わかったことは逐一皆で共有すること。オーケー?」
「「了解!」」
 作戦会議、終了。こちらはこちらで、オンナ3人の秘密任務、開始である。

 アイテムショップから出て来たゼルは、何者かの視線を感じて辺りを見回した。一見、こちらを注目している者など誰もいないように見える。だが、ゼルとて優秀なSeeDの一員。
(……つけられてる?)
 角を2回曲がったところで、ゼルは確信した。下手なりに頑張って気配を隠しているようだが、先天的に戦闘に特化している「男」というものは、気配など背景の中にたやすく見出だしてしまうものだ。
 それにしてもこの気配、敵意がない。
(つぅことは、知り合いかな……?)
 それも多分、SeeDの1人。今日は自分の他に誰が休みだったっけ――そんなことを考えつつ、ゼルは角を曲がる。気配の主も、撒かれじと角を――。
「!!」
 ターゲットは、いなかった。
「っもう、どこ行ったの!」
 黒髪の少女は悔しそうに自団駄を踏むと、そのまま真っ直ぐターゲットを捜しに行ってしまった。
(なーんだ、リノアか)
 そのターゲットは、傍らの塀の上で笑っていた。まぁ、あれだけ「甘い」尾行なんて、なりたてSeeDのリノアくらいか。
「よっ、と」
 ゼルは猫のように軽やかに降り立つと、帰路を急ぐ。
「やっべーなぁ、ぼやぼやしてらんねぇよこれは」
 うかうかしていると、彼女達自身にせっかくの計画が破壊されてしまいそうだ。これは早いうちに完遂してしまった方が良い。
 ゼルはガーデン行のバスに乗り込み、さて奴らには何と報告しようかと頭を捻り始めた。

「それはやっばいねぇ」
 話を聞いたアーヴァインは、珍しく眉間にシワを寄せた。
「早い目に遂行しないと、せっかくの計画ぶち壊されそうだな。リノア、スコールに関すること以外はフラグクラッシャーだからさ……」
 ひくり、とスコールの頬が引き攣る。
「そのセリフ、そっくりそのまま返してやろうか」
「何だとぅ?」
 俄かに2人の間で火花が散った。
 ゼルは呆れた調子で手を叩く。
「はいはいはい、お前ら喧嘩すんなよ。んで、早速始めようと思うけど、2人共デザイン決めてきたか?」
 ゼルの一言で、スコールとアーヴァインはそれぞれ1枚の紙を引っ張り出した。
「……お前、トラビアンノッツ好きだな」
「やっぱりセフィと言えばトラビアだからね」
 アーヴァインが描いてきたのは、繊細に植物の蔓が絡み合わされたデザイン。トラビアでは幸運を願う為に用いられる、所謂伝統パターンだ。
「そう言うあんたも、好きだよねぇそれ〜」
 スコールが持ってきたのは、カタログから切り出したらしい写真だ。いつものお気に入り、「グリーヴァ」。
「また面倒なモン選んだなー。買った方が早くないか?」
「早くないから作るんだろ」
 それでも……と不満げなゼルの横で、アーヴァインがあることに気が付いた。
「このデザイン……右向きだね」
 そう、気が付いたのは逆さまに見ている筈の写真と彼のはめている指輪の向きのちぐはぐさ。
「確かこのブランドって、左向きのしかないんだよね」
 スコールは頷いた。
「だから、右向きのを作るんだ」
「っかー、お熱いねぇ」
 漸く納得いったゼルの冷やかしに、スコールは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「以上、報告を終わりますー」
 リノアはキスティスの部屋でお茶を飲みながら、友人達に報告を上げた。
「……任務失敗ね。バレて撒かれるなんて初歩的なミスよ」
 キスティス上官は厳しい。リノア捜査官はかくっと項垂れた。
「ま、ま、ま、お店わかったんだし、結果は上々だよ〜」
 セルフィはそう言うと、労いにお茶を注ぎ足す。
「で、他には〜?」
「あ、お店の人に聞き込みはしたよ。ゼル、アクセサリーのキットを買っていったんだって」
「アクセサリー?」
「うん、アートクレイ……何だっけ。あ、アートクレイシルバーのキット!」
 アートクレイシルバーとは、手軽にシルバーアクセサリーを作ることが出来る銀粘土である。好きな形を作り、乾かし、専用の釜で焼く、という簡単な工程で、アクセサリーを作ることが出来るのだ。
「……駄目だわ、参考にもならない」
 キスティスが大きな溜息をついた。
「え、だめ?!」
「だってゼル、いつもそれ買うもの……今着けてるペンダント、それで作ってくれたのよ」
「あぁあ、お手上げ〜! もぅ、何してるのよぅ、アーヴィン〜……」
「スコールぅ……」
 行き詰まった3人は、すっかり溜息の海に沈んでしまった。

「〜〜〜〜〜っ!」
「はい、3回目〜」
 言葉にならないスコールの唸り声に、アーヴァインはざくりととどめを刺した。
「意外と短気だな、お前……」
 苛々とデザインナイフを握る手を開いたり閉じたりしているスコールを見て、ゼルは呆れ混じりに呟く。
 これで、3回目だ。スコールがライオンの立て髪を切ってしまうのは。彼は何故か良い具合になった辺りで勢い余る。
「力み過ぎなんだって。ほら、修復はお前がやれよ。もう覚えたろ?」
 ゼルは水溶き粘土を浸けた細い筆をスコールに渡した。スコールは苦虫を噛み潰したような顔付きで、慎重に切り口を撫でる。
「くそ、粘土ごときに……」
 合わせ目を指先で馴染ませながら、負けず嫌いのスコールが悔しそうに零す。
 ゼルは苦笑いした。
「いや、初めて作るヤツの選ぶ造形じゃねぇってそれ」
「うんうん、割と無茶だよね〜」
「……同じく初心者で、最初編もうとしてたやつに言われたくない」
「ぐはっ」
 スコール、アーヴァインにカウンターダメージ。
 ゼルは(さっきからそうだが)、もはや笑うしかない。
「一旦休憩しようぜ。スコール、集中切れたんだろ」
 図星を射られたスコールは、軽く肩を竦めて作りかけのリングを置いた。
 アーヴァインはふーっと大きく息をつく。
「いやー、なかなか難しいもんだね」
「全くだ」
 スコールも重々しく頷き同意を示す。
「アートクレイ程度でそんなに言うんなら、彫金なんて以っての外だな、お前ら」
 ゼルは喉で笑いつつ、2人に缶ジュースを投げ渡した。
「サンキュー☆」
「ありがとう」
 疲れたときには甘いもの。2人は有り難く喉を潤す。
「でもよー、大分イイ感じになってきたよな。オレ、もっと手間かかると思ってたけど」
「そうかい?」
 ゼルの言葉に、アーヴァインは片眉を上げてみせた。
「あぁ。だってよ、初心者2人だぜ? オレ、教えるのは下手な方だと思うからさ」
「そんなことはない。わかりやすいよ」
 スコールが間髪入れずに誉めると、ゼルは照れ笑いを浮かべて頭を掻く。
 アーヴァインも同意した。
「ゼルは教師に向いてるかもね」
「へへ、お世辞でも嬉しいもんだなー」
 2人にとっては、お世辞でも何でもない。純粋にそう言ったまでだが、今それを言うとまた何か拗れそうな予感がするので、大人しく口をつぐむ。
 突如、アーヴァインが手を叩いた。
「あ、そうそう忘れてた。これも使うかい?」
「「?」」
 がさごそと、アーヴァインは持ち込んだ紙袋を開いて見せる。
「何だ?」
 スコールが紙袋を覗き込む。何かが、きらきらと光を弾いている。
「お、シンセジュエルじゃん」
「工芸の専門店でシルバーアクセを作るんだけど、って言ったら、教えてくれたんだ」
 アーヴァインが掴み出したのは、爪の先程の小さな宝石達。紅に蒼、金に碧……天然物と見紛う程、美しい光を放つそれを、スコールは思わずじっと見つめる。
「あんた、これライオンの眼に使ったらどうだい? きっとカッコイイよ〜」
「……そうだな」
 スコールは深紅のルビーと紺碧のサファイアを手に取っていた。ライオンのイメージに沿うなら紅だが、リノアのイメージに沿うなら蒼。決めがたい。
「こっちが良いんじゃない?」
 アーヴァインは、スコールが取った物よりずっと薄い青色の石を差し出した。文字で例えるなら、「蒼氷」と言ったところか。
「? 薄くね?」
 覗き込むゼルが首を傾げる。
「これならリノア、喜ぶと思うんだよ〜。何たって……」
 アーヴァインがスコールの耳元で何事か囁いた。
「……!!!」
 スコールの顔が真っ赤になる。彼は勢い良く、にやにやしていたアーヴァインの胸倉を掴んだ。
「うをっ!」
「殴られる覚悟は出来たか、アーヴァイン?!」
「うわわ、暴力はんたーいっ!」
 ゼルは冷えた視線を2人に注いだ。
「ほどほどにしとけよー……」

「……そういえば、今気が付いたんだけど」
「ん?」
 すっかり諦めモードでお喋りに興じていたキスティスが、リノアの胸元を指差した。
「指輪、どうしたの?」
 その指摘に、リノアの表情が急に陰る。
「スコールに取り返された」
「え〜っ!」
 セルフィは驚いて腰を上げた。
「何で?!」
「わかんない」
 ふるふると力無く、リノアは頭を振った。
「ちょっと貸せって……」
「一応、『貸せ』な訳ね……」
 キスティスが腕を組んだ。
「……ひょっとして、指輪が、関係あるの?」
「ほぇ?」
 きょとんと目瞬くセルフィ。
「でも、リングだったら町に出る方がフツーじゃない? アーヴィン達、ゼルの部屋にいるよ?」
「作ってる、とかは? 指輪を。ゼル、器用だもの。指輪くらいは作れるわよ」
「じゃあキスティ、スコールとアーヴァインが一緒に篭ってる理由は?」
「…………さぁ……」
 振り出しに戻る。

 リノアがキレたのは、翌日だった。
「スコールっ!!」
 突然部屋に飛び込んで来た恋人に、スコールは思わずソファから腰を浮かせた。その瞳が、怒りに煌めいていたからだ。
「な、何だよ急に」
「惚けないでよ、白状しなさい!」
「は?」
 何を白状しろと言うのか。スコールは目瞬きを繰り返す。
 リノアはスコールの懐に飛び込むと、小さな拳で彼の胸を叩きに叩く。
「おい、痛いっ」
「白状して、った、ら!」
「落ち着けよ、リノア。何を白状しろっていうんだ」
「惚けるな〜!」
 半泣き状態でひたすらにスコールを責め立てるリノア。
「…………」
 スコールは溜息をひとつ零すと、リノアの両手首を拘束した。
「落ち着け、ってば!」
 漸く、2人の視線が絡み合う。
 途端、リノアの目がじわっと潤み、あっという間に飽和状態になった。
「な……」
「何よぅ、邪魔になったんなら、い、要らなくなったんなら、指輪返せなんて遠回しに言わないで直接言えば良いでしょ……っ」
 何を勘違いしている。スコールの眉間にシワが寄る。
「誰が返せって言った? 俺は『貸せ』って言ったろ」
「だって」
「持ってて良いとは言ってるけどそもそもそれは俺のだ、貸せっていうのは本来お門違いだろ。その辺りを鑑みろ」
「……??」
 リノアは不可解そうに首を傾げた。
「あぁもう、ちょっと来い」
 スコールは彼女の両手を解放すると、ぐいっと腕を引っ張った――部屋の、外へ。
「スコール……?」
 向かった先は何故か対面の部屋。スコールはそのドアを、少し強めにノックした。
「おい、ゼル。ゼル!」
 ひと呼吸分の間を置いて、ドアが開かれる。
「お、スコール。ちょうど良いところ、に……」
 いつもの朗らかな笑顔が、リノアの姿を認めて固まった。その後ろから、アーヴァインが覗き込んで溜息をつく。
「……あぁ、やっぱり今回のクラッシャーはリノアだったね」
 スコールは憮然として肩を竦める。
「さっき特攻かけられて」
「ま、こうなったらしゃーねーな。2人共入れよ」
 ゼルが身体を傾けると、スコールはリノアの手を引いたまま室内へ滑り込んだ。
「で、何がちょうど良いの?」
 リノアがきょろりと目を丸くする。
「あ、あぁ。無事に焼成出来たからさ、今スコールんとこの内線鳴らそうと思ってたんだよ」
 ゼルは一瞬戸惑ったものの、あっさりと答えた。もはや秘密はないものとしたらしい。
「後は仕上げだよ〜」
 アーヴァインも楽しそうに、いつもの歌うような調子で言う。
 リノアは問い掛けの視線をスコールに向けた。スコールはだんまりを決め込んでいる。
「真鍮ブラシ一個しかねぇからさ……まず400番のサンドネットで白いの磨き落とせ。んでから、サンドペーパーは600番から順に細かいものにしていくんだ。最終的には1500番使って、それから液体研磨剤な。梨子地仕上げとか、燻し仕上げにはするか?」
「いや、鏡面仕上げにする」
「そうか。んじゃ道具貸すからとっとと部屋帰れ。お前ら見てたらオレら多分胸やけ起こす」
 ゼルは手早くサンドペーパーや磨き布などを紙袋に放り込むと、スコールに押し付けた。そして、ついでとばかりに――そちらこそが本命だが――白っぽい「例のモノ」を友人へと投げ渡す。
「サンキュー」
 スコールはそれをさっと握り込み、額の辺りで手刀を切った。
「行くぞ、リノア」
「あ、うん」
 くるりと踵を返すスコールに、リノアは腑に落ちないといった表情で付いていく。
 本当にさっさと部屋に戻った2人は、リビングスペースに腰を落ち着けた。リノアはソファに、スコールはラグマットに直接。
 スコールはやおら紙袋の上下をひっくり返すと、ラグに中身をぶちまける。そしてサンドペーパーを番号順になるように並べると、ゼルに教えられた通りに荒目のペーパーを手に取り、作業を開始した。
 リノアは何が始まったのかと暫く観察していた。その彼女が、唐突に立ち上がる。
「?」
 スコールはバスルームに向かう彼女を視界の端で追う。
 リノアが持ち出してきたのは、古びたタオルだった。それを、片胡座をかいたスコールの膝に広げる。
「膝に置いといた方が良いよ。削り屑散りそうだし」
「……ありがとう。気が付かなかった」
「それと、汚れたからって手を服で擦らないのよ? せっかく良いの着てるのに勿体ないったら」
 まるで母親がやんちゃ盛りの子供に言うような言葉に、スコールは反駁しようと口を開く。
「そんなことは……しかねないな、俺」
「気をつけてね」
 結局、苦笑して肩を竦めたスコール。リノアはにっこり笑うと、両手を揃えてぺこりと頭を下げた。
「では、わたしは読みかけの『メサイア』シリーズでも借りて待ってます」
「了解」
 スコールはひらりと手を振ってそれに応えた。

 荒目をかけて結晶部分が取れたら、より細かいやすりで光沢を出し、造形を整えていく。手を擦りリングを擦り、膝のタオルは酷い有様だ。
 最細目を粗方かけ終わり、スコールはリングを目前にかざして見遣る。白い闇に臥していた獅子は蒼氷の瞳を輝かせ、銀色の毛並みをあらわにしていた。
(こんなものかな)
 ややかさついた風のリングをくるりと見回して、スコールは液体研磨剤でもってリングを擦り始める。最後の仕上げだ。
 リノアはその様子を、彼の斜め後ろから眺めていた。本に顔を隠して、こっそりと。
 実を言うと、リノアはスコールが何かに熱中している様子を見るのが好きなのだ。彼自身は気が付いていないだろうが、そういう時には決まって子供のように瞳が輝いている。それがリノアには魅力的でたまらない。もちろん、バトルの時や教員として気を張っている時の彼も素敵だと思っているが、こういう素のままの無防備な彼は……何か、そそるものがある。
(……って、昼間からそういうこと考えない!)
 ぷるぷると頭を振って邪念(?)を振り払い、リノアはまた彼を眺めることに集中する。
 リングを引っ掛けて光にかざす指は、武骨だが長い。いっそ細くすら見える指先だが、中途に留まったリングがそれ以上落ちる気配は――。
「あれっ?」
 リノアはあることに気が付いて、素っ頓狂な声を上げた。
 スコールがちらと振り向く。リノアは慌てて手を振った。
「ごめん、何でもない」
「……そう」
 スコールがじっと見つめるリングを、リノアも肩越しに見つめる。
 ――あのリングは、スコールが付けるには小さすぎる。
 スコールのリングは、リノアの指には大きい。恐らく、号数は2、3上だろう。流石に男の子だ。
 その彼が、あんなに小さいリングを扱うのはどういうことだろう。恋人である自分の為?
(まさかねぇ……でも、もしそうだったら泣いちゃうかも)
 ふふ、と小さく笑うリノア。
 唐突にスコールが手を差し出す。
「……リノア、手」
「?」
 ぺたり、と左手を置いた。それを見たスコールは何か考える風だったが、軽く息をつくとその手を引っ張り……今しがた出来上がったリングを、はめた。
「…………」
 リノアは呆然とそれを見つめる。
 スコールにはとても小さなリング。だが、自分にはぴったりのリング。
 翼持つ右向きの獅子は、淡い蒼色の瞳を穏やかに瞬かせる。それはまるで、恋人のグレイッシュブルーのそれのよう。
「……スコールさん」
「何」
「これは、もしかしてリノアちゃんのものですか」
「……もしかしなくても」
 そっぽを向いたままの彼の耳が紅い。
 リノアの頬が自然に緩み、口の端がつり上がってくる。
「スコールっ!」
 がばっと背中から抱きつかれたスコールは辛うじてバランスを取り、リノアの腕を優しく叩く。
「嬉しい、ありがとう!」
「……喜びすぎ」
「これくらい嬉しいんだよ〜」
 がっちりホールドされている首は暫く解放されそうにない。気が済むまで待つことにしたスコールの眼前に、リノアは左手を伸ばして見せる。
「これって、お揃いだよね」
「……まぁ、そうだな」
「ん〜、でも何か、違和感が……スコール、指輪見せて」
 スコールはリノアの求めに応じ、右手を挙げてやる。リノアは肩越しにその手を捕まえ、並べて見比べる。
「……あ、わかった! この子、右向いてる」
 スコールとリノアのリングは、鏡合わせのように向かい合っていた。リノアはにまにましながら、スコールの横顔を覗き込む。
「スコールぅ、この子、『スコール』って名前にしても良い? 目の色もお揃いだし」
 甘えた猫撫で声でねだるリノア。スコールは赤らんだ顔を嫌そうにしかめた。
「止せよ」
「何で?」
 スコールの口元がきゅっと引き結ばれる。
「…………お前の側にいる『スコール』は、俺だけで良い」
 小さな声でぼそぼそとそう言ったスコールは、噛み付くようにリノアへと口付けた。
 形勢逆転か、と思われたが、リノアはぐいと彼の頭を抱いてソファへ横倒しになる。自然、スコールは引きずられて彼女の上に乗り上げた。
 唇を僅かに離し、にやりと微笑うスコール。
「……大胆だな」
 後は、推して知るべし。

「リノア、嬉しそうやな〜」
 夕食の席、すっかりふて腐れてしまったセルフィは、昼間とは違ってご機嫌なリノアに嫌みっぽく言葉を投げかけた。
「え、そう?」
 リノアが首を傾げると、キスティスは重々しく頷いた。どうやら彼女も、言葉にはしないものの同意見らしい。
 リノアは少し考えた後、にっこりと満面の笑顔を2人へ向けた。
「もうちょっとだけ待ってたら、2人もこんな風になるよ」
「もうちょっと?」
「って何?」
 リノアはにこにこしたまま、答えない。
「さぁ、何でしょう? あ、ほら、皆来たよ」

 サプライズ計画を諦めた男達が、見事彼女らの心を射止めたと知るのは、このすぐ後。

End.


バースデー(真ん中だけど)=プレゼント、というわけで、我等がスコールからリノアちゃんへ指輪のプレゼントをしてみました☆
……ん、あれ? 何だかスコリノを書いたというよりは皆のささやかな日常を描いた気がしなくもない(苦笑)


↑皆様お誘い合わせの上、お越しください☆ いいスコリノざっくざくです。