――もしかしたら私達は、彼のことを、ちゃんと知らなかったのかもしれない――。
新人SeeDのカティア・ハーネスと同シリル・コンラッドは、最近出来たリノアの友人である。
最初はスコールへの好意からリノアに敵意を持っていた2人だったが、「3人まとめてかかってこい」と言い放ったスコールから鬼のシゴキを受けて以来、カティアとシリル、リノアはすっかり仲良しになった。同じ困難を乗り越えると絆が出来るというが、正にその通り。配属は皆バラバラだが――皆救護隊ではあるものの、カティアはA班、シリルはB班、リノアはカティアと同じA班であるものの、スコールら司令室付きで普段A班と仕事を共有することはあまりない――、概ね良好な関係が続いている。
例えば、互いに部屋を行き来するくらいに。
「ねーねー、リノってあのスコールさんと付き合ってるんだよね?」
「どうなの、優しい?」
2人のきらきらした目を見て、リノアはスコールのことを思い返してみた。
スコール・レオンハート。バラム・ガーデン所属、SeeD司令官。
普段は、あまり会話がない。スコールは基本的に、自分から話題を出さない。だが、人の話は楽しそうに聞いているので、会話が嫌いなのではなく、言葉足らずで口が出ないようだ。
他人への態度は……最近、軟化してきた、らしい。リノアにはわからない。自他共に厳しいのは前からのようなので。
「普通、だと思うけど……?」
だから、リノアはそう答えたのだ。
友人2人は揃って溜息をつく。
「質問をかえよっか? リノと2人っきりのときは、優しい?」
「……2人の時?」
カティアの声色に、何か含みを感じるのは気のせいか。
シリルがにんまりと笑った。
「そうっ、例えば……」
デートとか、夜のベッドタイムとか。
あまりの遠慮のなさに、リノアは顔を真っ赤にして飛び上がる。
「なっ……何てこと言い出すの、シリル!」
「え〜? これくらい普通だよぉ。リノがお子ちゃまなんだよ」
助けを求めてカティアを見るが、彼女も頷くばかり。
「オンナ同士だもん、ぶっちゃけトークなんていつものことだよ。あ、何ならセルフィ先輩とかキスティス先生呼ぶ?! リノ、あの2人とは仲良かったよね?」
「それは冗談抜きにやめなさい!」
リノアは慌てた。キスティスもセルフィも親友と思っている。が流石に、こんなあからさまなノロケ強要は恥ずかし過ぎる。
「で、どーなの?」
「やっぱりあぁいう人ってさ、ベッドでもサドっぽかったりするわけ?」
「訓練、キツかったもんね」
あぁ、この2人は一体何を期待しているんだろう。リノアは溜息をつき、呆れ顔で返した。
「……別にサドじゃないし。優しいよ? スコール」
「えー、ホントに?」
「ホントに」
リノアは何となく投槍な気分になり、自棄になって白状した。
「初めてのとき、『無理強いはしたくない』って言ってくれたもん」
「とか何とか言いつつ無理強いするのが男じゃない? あたしの彼氏とかもそーだもん。好きだから許すけどさ」
「本当にゆっくりしてくれたよ? 『無理ならまた別の時にしよう。別に今日でなくて良いんだから』って」
カティアとシリルは、思わず顔を見合わせた。
2人にとって、スコール・レオンハートといえば非常に厳しい先輩だった。自分を雁字搦めに律し、また後輩に対しても厳しく接する。自分達の知っているうちで最も恐ろしく、そして最も気高く美しい「先輩」。陰でひっそり憧れながら、彼と共に肩を並べて戦場に立つことを夢見ながら、その恐ろしく鋭い牙のような蒼眼を恐怖していた。そしてまた、その眼光が甘く蕩けるのは自分の前だけ、という状況を夢想したものだった。
そんなものだから、2人はてっきりスコールは亭主関白なオトコだと思い込んでいたらしい。
「何か、想像つかなーい!」
シリルの大声に、リノアは苦笑した。
「まぁ、無理も無いよね。わたしも驚いたもん。スコールの上に載せられて」
『はい?!』
最早絶句するしかない。あのスコール・レオンハートが、女性上位の体勢を許容したというのか。一部の男にとっては屈辱以外の何物でもないというあの体勢を?
「すっごく優しかったんだ、スコール。わたしのリズムで良いって、何度も気遣ってくれたし……そうそう、スコールったらキスマークの付け方も知らなかったんだよ? もう可愛いったら〜」
でれでれと惚気るリノア。最初は恥ずかしがっていたものの、あのぶっきらぼうな恋人が優しくシテくれたことを誰かに自慢したくて堪らなかったようだ。他にもあれやこれやと自慢してくれるリノアに、カティアとシリルは呆気に取られた。
あのスコールが、そこまで変わったのか。足手まといは要らないと切り捨てる態度だった孤高の戦士が、1人の少女を気遣い、歩幅を合わせるようなただの男に。
何だか、スコール・レオンハートという一種の理想像が、見事にぶち壊された気がする。
「そ、そっか……」
「……うん、ごちそうさま」
カティアとシリルは砂糖だか砂だかを盛大に吐き出したくなり、リノアの惚気を力無く遮った。
「あ、何よその態度〜。自分から聞きたいって言っておいて」
リノアが可愛らしく膨れっ面を見せる。
カティアは苦笑いで両手を合わせた。
「ごめんごめん、まさかホントにノッてくれると思ってなくてさー。しかも、あのストイックで有名なスコールさんが、まさか既にリノに手を付けてるとは思わなくて」
対して、シリルが納得顔で神妙に頷く。
「考えてみりゃ当然だよね。リノを見てる男子をひと睨みで黙らせる辺り、か・な・り怖いし」
リノアは嬉しいやら恥ずかしいやらで、頬を真っ赤に染めた。それがどうにも愛らしく見えることを自覚していない彼女に、友人2人は揃って肩を竦めた。
… … …
「っていう話をしてたの」
「……そうか」
スコールは溜息を堪え、淡々とした返事を返した。内心頭を抱えながら。
リノアに仲の良い友人が他に出来たことは大変喜ばしい。スコールだって気のおけない友人の存在は嬉しいものだから、人懐っこいリノアは尚更だろう。だが、少々打ち解けすぎではないだろうか?
未婚の男女には決して褒められた事柄ではないし、スコールにはささやかだが大事な想い出なので、あまり言い触らさないようにしてくれると良いのだが。
……まぁ、野郎同士でも似たようなモンか。
ゼルやアーヴァインとかなり際どい会話をした経験はあるので、スコールも強く出れない。
(それにしても、オープンカフェで何という会話だ……)
スコールは先程テーブルに届けられたマンゴーフラッペを突き崩し、口に運んだ。
「スコール、食べ切れる? それ」
「何の為にスプーンを2本頼んだと思ってる?」
そうは言いながらも、フラッペはゆっくりとだが順調に崩されつつある。
リノアは傍らに置かれていたスプーンを手にした。
「じゃ、ちょっともらうね」
「ちょっとと言わず半分食べろ。俺が全部食ったら腹壊す」
「もうっ、自分1人で食べ切れないもの注文しないの! わたしが食べなかったらどうするつもりだったの」
「残すしかなかったな」
「勿体ないお化けが出て来るよ?」
苦笑を零し、リノアは半分凍ったマンゴーのかけらを口にする。濃厚な甘さで、しゃきしゃきと冷たくて美味しい。
「んんっ、美味しい!」
スコールが我が意を得たり、という風に微笑む。
「これ、去年出たやつなんだ」
「じゃあ、スコールは去年も食べたのね?」
「いや、食べてない。去年のこの頃は単位かき集めてた」
「え〜? 意外」
「そんなこともないさ。あと、ここって女子多いだろ? だからなかなか入れなくて」
「あ、わかった。だからわたしとここに来たがったのね。わたしをダシにしたわけだ」
「バレたか」
悪戯を見付かった子供のように、軽く肩を竦めるスコール。その仕種が何だか可愛くて、リノアは堪らず笑顔になる。
「あら、リノアにスコール?」
突然、通りから聞き覚えのある声がかかった。2人が顔を上げると、そこには兄弟以上に親しい友人がいた。
「キスティ」
「ハァイ」
リノアが輝くような笑顔を見せると、いつものように軽く手を振って応えるキスティス。
「珍しいところで遇ったわね。なぁに、デート?」
「うんっ、久々のお休みだからね」
ね、と同意を求めるリノアに、スコールは苦笑気味で頷いた。気恥ずかしいらしい。
「キスティは?」
「私もお出かけなの。……ゼルと」
言葉の端に照れを滲ませ、キスティスは微笑んだ。彼女は最近ゼルと付き合い出したばかりで、リノアとスコールより初々しいカップルの様相を呈している。
「……で、その当のゼルは?」
スコールがスプーンでキスティスの隣を指し示すと、キスティスは自身の背後を親指で指す。
「アイテムショップ。Tボードの新パーツ、見たいんですって。全く、せっかくの日に行くようなところかしら」
彼女の言い方は明らかに呆れを窺わせ、スコールはほんのり口元を緩ませた。
「……なぁに?」
「いいや、何でも」
不満げなキスティスに殊更ゆっくりした返事を返し、マンゴーの切れ端を口に運ぶスコール。届いた頃シャキシャキのソルベ状だったそれは、今はとろりとした甘さを主張していた。
「まぁ、良いわ。ところでリノア、あなた随分と大きなデザートを注文したのね。女の子があまり身体冷やしちゃダメよ?」
急に水を向けられたリノアは一瞬きょとんとし、次いで苦笑した。
「キスティ、それはスコールに言ってちょうだい。1人で食べ切れないような物を注文しないで、って」
「え?」
今度は、キスティスがきょとんとする番だった。彼女の視線の先では、スコールが既に我関せずといった風情でフラッペを突き崩している。
「お、キスティス! ワリー、待たせた!」
ゼルが、息を弾ませてキスティスの許に駆け寄って来た。が、キスティスは固まったまま動かない。
「……って、おい?」
反応がないのを訝る彼に、スコールはスプーンを振ってみせる。
「よう、ゼル」
「お、よう! 何だ、妙なところで遇うなぁ」
「さっき同じこと、キスティスに言われた」
その一言で、ゼルがあからさまにどぎまぎしだした。別になんてことない言葉のはずなのに、とスコールは喉の奥で笑う。
「別に何も言ってないだろ」
「そ、そうだけどよ……とっ、ところでお前、大変だな。リノアに付き合わされたんだろ、それ」
それ、とゼルが指差すのは、リノアとスコールの目の前に置かれたフラッペ。
リノアがかぶりを振った。
「違う違う、『わたし』が、『スコール』に付き合わされてるの。ここに来たのだって、スコールが来たがったからなんだから」
「えぇっ?!」
ゼルは驚いた。一歩後ろに飛びのく勢いだ。
似合わない。全くもって似合わない。こんな洒落たオープンカフェにスコールが座っているのはサマになるが、来たがったとなると全く話は別だ。
「……意外だわ、スコールが甘いもの食べるなんて」
キスティスの言葉に、ゼルが猛烈な勢いで何度も頷いて同意を示す。
スコールは鼻を鳴らしてスプーンを口から引き抜いた。
「皆して誤解してるけど、俺は甘いもの好きだぞ」
「っていうかスコール、あなた甘いもの以外は味覚、バカでしょ」
スコールは何も言わず、スプーン片手に肩を竦めた。
リノアはこれみよがしに溜息をつく。
「ねぇ、スコール? 1度でも良いから、食事が美味しいとか、楽しみだと思ったこと、ある?」
「ないな、味ないから。だから食えるならよっぽど酷くなければ何でも良い」
間髪入れないスコールの言葉に、キスティスは密かに眉をひそめた。
食堂のパンをこよなく愛するゼルは嘆く。
「何だそりゃ、勿体ねぇ」
「仕方ない。大方、俺の頭の配線がイカれてるんだろ。でなければ精神的なものだな」
「……1度、カドワキ先生辺りに見てもらった方が良いよ、絶対」
こめかみの辺りでくるりと円を描いてみせるスコールを、リノアが怒ったポーズで心配する。だがスコールは軽く「はいはい」と返しただけで、確約をしなかった。
キスティスはその奇妙に退廃的なスコールの態度に違和感を覚えた。
スコールは、前からこんな風だったろうか?
否定したい。――が、出来ない。キスティスは恐らく、「素」の彼を今初めて見たのだ。リノアという「他人」に甘えるスコールを、初めて見たのだ。
だから、わからない。違和感の正体を、キスティスでは掴めない。彼女が知っている「スコール」は、誰にも心を許さない孤高の獅子だった。
スコールが何を思ったのか、黙って立ち尽くしているキスティスへ、フラッペをひとすくい差し出す。
「食うか?」
「い、いらないわよ貴方の食べ差しなんて。気持ち悪いし、リノアに刺されるわ」
「そうか、美味いのに」
咄嗟に上手く返してきたキスティスにふと笑みを見せ、スコールはそれを口に入れるとガラスの器にスプーンを投げ込んだ。最後の一口だったのだ。
「会計してくる」
「あン、待ってよ」
余韻もなく立ち上がり、店内に消えていくスコール。リノアは慌てて立ち上がり、2人に軽く手を振って追いかけていった。
「……ねぇ、ゼル。どう思う?」
「どうって、何がだよ?」
「スコールの、さっきの発言」
「え? あぁ、自分のカノジョの前で言う台詞じゃねぇよな、さっきのは」
ゼルの言葉に、キスティスはかぶりを振る。
「その前」
「……あぁ、『味がないから何でも同じ』っての? 単にポーズじゃねぇの? 割とあいつ、カッコつけだからさ」
「ポーズにしてもおかしいでしょうに。……1度、カドワキ先生のアポを取って、スコールを診てもらった方が良いかもしれないわ」
心配そうなキスティスに、ゼルは不満げに鼻を鳴らすとその手を引っ張った。
「なぁ、今日はオレのカノジョであって先生じゃねぇだろ? 行くぜ、もう」
「え、えぇ」
ゼルには珍しい強気で気障な台詞に一瞬呆気に取られたキスティスだったが、すぐにその耳が真っ赤なのに気が付いた。
口許が、自然に緩む。
「そうね、今日はお出かけ日和だものね」
――その青空がにわかに掻き曇る気配だけは、キスティスはどうしても拭い切れなかった。