緑一色の山に、ぽっかりと開いた穴。その奥は、入口からは見えない。
 ――本当に、この奥にロストフォールがあるのかしら。
 ひやりとした風が穴の奥から吹いてきて、幼子の淡い茶髪を揺らす。
 幼子は身震いした。
 その小さな頭を、大きな筋張った手がぽんと撫でた。翠の瞳が見上げれば、蒼い双眸が優しく見下ろしている。
「さぁ、行くぞ。レオン」
 レオンと呼ばれた幼子は大きく頷くと、父の手をしっかり握って歩き出した。


     

   小さな夏の大冒険


 スコール・レオンハート、バラム・ガーデン筆頭SeeDにして司令官。
 華々しいデビューからおよそ10年、彼は未だに各国から引っ張り蛸の売れっ子である(こう言うと彼は怒るのだが)。
 彼は教員でもある為、他の一般SeeDと比べてかなり忙しい。どれくらい忙しいかというと、年休をたっぷり余らせ、休日出勤の代休を取り損ねる有様。無条件に取れるはずの誕生日休暇も返上が多かった。
 そんな彼も、今年の夏で27歳。素顔のスコール・レウァール――生まれであるガルバディアの法に則り戸籍を作製したところ、未成年だった彼は父ラグナの戸籍へ放り込まれることとなった。そして改姓が面倒だった為そのまま今に至る――は、バラムタウンに住む1児の父親である。
「スコール、一週間ほど早いけど」
「ハッピーバースデー、いいんちょ☆」
「ありがとう、アーヴァイン、セルフィ」
 10年来の親友達のプレゼントを、スコールは笑顔で受け取った。
「今年は何だろうな」
「それは開けてのお楽しみ〜」
 セルフィがおどけて両手を大きく広げる。彼女の言い方はふざけているように聞こえるが、毎度毎度センスの良いものをアーヴァインと連名で贈ってくれる。
「でも、本当に早いな。来週はどこか行くのか?」
「いや、そうじゃないよ。ただ、ちょっと企みが……」
「アーヴィン」
 何かをバラしかけたアーヴァインを、セルフィが有無を言わさず遮った。スコールは不思議そうに首を傾げる。
「ゼル・ディン、ただ今帰還しました! っと、おぉっ、スコール!」
 埃っぽいジャケットのまま司令室に入って来たゼルは、スコールの姿を認めるや否や、喜々として駆け寄ってきた。
「いよっ、久しぶり!」
「あぁ、お帰り。二週間ぶりだな、お疲れ様」
「おぅ、ただいま。あっ、これお前に! ちょい早いけど、誕生日おめでとう」
「ありがとう」
 今日は一体何なのだろう。別に、何の変哲もない日のはずなのだが。強いて言うなら、自分の誕生日の一週間と2日前。
「この分だとキスティスも何か寄越してきそうだな」
「ふふ、そうね。そのまさか、よ」
 見事なタイミングでキスティスの声がかかる。彼女はいつものように幾枚かの書類を手に、同僚のリノアを伴って司令室へ入ってきた。
 途端、リノアと手を繋いでいた小さな男の子が、嬉しそうな笑顔でころころと駆けてくる。
「パパ!」
 スコールは椅子から立ち上がると、片膝を突いてその小さな身体を受け止めた。
「いい子にしていたか?」
「してたわよねー、レオン」
 リノアは父親そっくりの息子の頬をつつく。
 彼はレオン・レウァール、4歳。父親似の容姿に母親譲りの利発さで、ガーデン中の皆に可愛がられている。もちろん、セルフィ達司令室の面々にもだ。彼らはレオンが生まれた時から見守ってきているので、それは尚更だった。
「ところで、キスティスは何をくれるんだ?」
「なぁに?」
 父に抱き上げられたレオンが、無邪気にキスティスを見て首を傾げる。
 キスティスはくすりと微笑うと、ある1枚の書類をファイルから抜き出した。
「何だ?」
 キスティスとリノアは含むところがあるようで、何やらにやにやしている。
 スコールは不審に思いながらも、書類を眺めた。
「……休暇願い?」
 日付は、8月20日から25日まで。22日、23日は土日なので、正味4日分の申請書だ。
「キスティスのか?」
「違うわ、貴方のよ」
 スコールはきょとんとした。
「出した覚えはないが?」
「えぇ。私と奥様で、つい先刻作ったものだからね」
 キスティスは芝居がかった言い方で、自分と「奥様」――リノアを交互に指し示す。
「レオンちゃんも、たまにはパパに遊んでもらいたいわよねぇ」
「ねー」
 息子はキスティスに同意を示し、スコールは内心少し落ち込んだ。確かに、自分はあまり家族に時間を割いていない。それを責められた気がした。
 キスティスは構わずにっこりと書類を押し付ける。
「それが私からのプレゼント。さ、早くサインして私に頂戴。自署なら印鑑は要らないから」
 スコールは戸惑った。
「でも……」
「あら、嬉しくないの?」
「いや、嬉しいけど……良いのか? 一週間くらい抜けるぞ?」
 ネックはそこだった。
 彼はSeeDだ。そりゃあSeeDだって夏休みは取れる。取れるが、任務が入ってくればそちらが優先だから、あまりゆっくりは出来ない。司令官であれば尚更だ。
 キスティスは一瞬目を丸くし、次いでくすくす笑い出した。
「そんなだから、年休余らせるわけね? 一週間くらい平気よ、私達を見くびらないで。それとも、頼りにならない?」
 スコールは息子と妻を見つめた。妻の目は期待に満ち満ちていて、息子は無邪気に笑っている。
 彼は少しだけ口角を上げると、ゆっくりと首を縦に振った。
「わかった、じゃあ有り難く。来週半ばから一週間ほどよろしくな、皆」
 頼りにしている面々が、思い思いの返事を返してくる。皆満面の笑顔で――その頃になって、彼は漸く気が付いた。
 休日というプレゼントを受け取らされるために、皆が自分を嵌めたのだ、と。
 まぁ、今年くらいは有り難く嵌まっておこう。可愛い家族の笑顔が見られそうだし。
 スコールは珍しい程はっきりした笑みを浮かべ、休暇届けにサインを書き込んだ。

 さて、待ちに待った休暇。
 スコールは久々の朝寝坊を満喫していた。とろとろとまどろむのは、スコールとて好きだ。まして普段忙しければ。
 ……が。
「パパーっ!」
「うぐっ」
 完全に油断しきっていた世界最強の男は、あろうことか腹の上に乗ってきた4歳児に昇天させられかけた。
「パパ、おはよ!」
「……レオン……、おはよう」
 一気に目が醒めたスコールは、レオンを持ち上げて身を起こした。
「ママがご飯だって」
「そうか、ありがとう。……あと、危ないから人の上に飛び乗るのはやめなさい」
「はぁい」
 スコールの注意に、良い子の返事を返してくれるレオン。
「よし、じゃあ先に行っておいで」
「うん!」
 ぱたぱたと足音軽く、幼子は廊下を行く。スコールは腹をさすりながら、床に落ちていた寝間着を拾い、風呂場へ向かう。
 ざっとシャワーを浴びてダイニングに出向けば、そこには温かな朝の気配で満ちていた。
「おはよう、スコール!」
「おはよう、リノア」
 笑顔の愛しい妻への返礼に、バードキスをひとつ。いつの間にか出来ていた、朝の習慣だ。
「美味しそうだな」
「えへ、頑張っちゃった」
 夫の久々のオフが嬉しかったのか、普段より豪華な朝食が並んでいる。サーブされているクロワッサンも湯気を立てていて、焼きたてらしいことをうかがわせた。
 スコールはまとわり付くレオンを彼専用の椅子に座らせ、自分の定位置に着いた。
「いただきます」
「いただきまーす!」
「はい、いただきます」
 三人三様手を合わせ、朝の食卓の始まりである。
 レオンは早速、クロワッサンにかじりついていた。スコールはコーヒーを口にしつつ、愛おしげに息子を眺めている。リノアはそんな夫の様子を、感慨深げにみつめていた。
 彼と出逢って、10年。いろいろと有った。周囲に支えられていたおかげで別離の危機こそないが、それなりに起伏も多かった。自分が魔女になったことに始まり、母親の姓を使っていたスコールの名前が変わったり、教師になる為に大学に行ったり。
 中でも最大のイベントは、息子が生まれたことだろうか。5年程前、ちゃんと愛せるか自信がないと言っていた彼の姿は記憶に新しい(この件は、何とラグナが解決したらしい。生まれてからエルオーネに聞かされたリノアは、大層驚いた)。
「どうした?」
 不思議そうな蒼い目が、リノアの黒瞳を見返す。リノアは優しい笑みと共に、頭を振った。
「何でもないよ。ただ、幸せだなぁって」
「……そう」
 照れたようにそっぽを向き、新聞を広げるスコール。
 優しい時間、温かな時間。
 不意にそれを破ったのは、お気に入りのマグカップからはちみつミルクを飲み干した息子だった。
「ねぇパパ! きょうはどこ行くの?」
「「え?」」
 期待に満ち満ちた翠の瞳が、目を丸くした両親を交互に見つめる。
 リノアが噴き出した。
「……あ、あははっ! そうだよね、パパとママが一緒のお休みのときは、いつもお出かけしてるもんね」
「あぁ、成程……」
 スコールも漸く合点がいき、小さい笑いを零した。どうやらいつの間にか、スコールが休み=遠くへお出かけ、という図式が出来上がっていたらしい。何と単純で、可愛らしいことか!
 スコールは内緒話をするかのように、レオンの方へ身を乗り出した。
「そうだな、遊びに行こうか。レオンはどこに行きたい?」
「ぼく、キャンプ行きたい!」
「キャンプ? うーん、もう少し大きくなってからな」
 途端にぶすくれるレオン。スコールは可笑しそうに微笑う。
「少し待ってろ」
 彼はそう言うと、ゆっくりと立ち上がって電話を手にした。そのまま短縮登録された番号を呼び出し、耳に当てる。
 リノアはその様子をつぶさに観察していた自分に気が付いて、顔を赤らめた。もう新婚ではないのに、まだまだ色んな仕種に見とれる自分がいる。
「マーマ?」
「な、何でもないよ」
 この辺りの機微は、ちびっ子に言ってもまだわからないだろう。リノアは照れ隠しに、オレンジジュースをがぶりと飲んだ。
「……あぁ、アーヴァインか? 悪い、仕事中に。……おかげさまで。それで、ちょっと聞きたいんだが……」
 スコールの電話先は、バラム・ガーデンの指令室だったらしい。アーヴァインから何かを聞き出しているスコールは、時折頷きながらメモを取っていた。
「……ありがとう。じゃあ、また」
 電話が終わるのを見計らい、レオンは椅子から飛び降りてスコールの足にかじりついた。
 スコールは悪戯っぽい目を息子に向け、首を傾げた。
「冒険に行こうか、レオン」
「ぼうけん?!」
「あぁ、とびっきりの地底探検だ」
「うわぁーい!」
 諸手を挙げて跳びはねるレオン。
「さ、準備をしないとな。パスポートは懐中電灯だ。ほら、行ってこい!」
 くるりと身体を回して両肩を叩くと、レオンははしゃぐ勢いのまま、リノアに飛び付いた。

 向かった先は、ティンバーだった。
「うわぁ、気持ち良い! こんなところがあったなんて!」
 適度に開けた山の中、陽射しは強いが爽やかな風が吹き渡り、何とも清々しい。
「有りがちなレジャースポットだけど、なかなか良いな」
「パパ、おさかな!」
 一足先に周囲の探索を始めていたレオンが、釣堀の池を指差しスコールをせっつく。スコールは軽く息をつくと、レオンの隣に向かった。
 リノアは青空を見上げる。快晴の空は、いっそ眩しいほどだ。
「釣堀かぁ。日焼けしそう」
「釣りする気か?」
 池の端にしゃがみ込み、魚を目で追っているレオンを注意しながら、スコールは軽く笑う。
 リノアは首を傾げた。
「違うの?」
「俺の目的は、あっち」
 長く筋張った指先が示したのは、山を上る小さなケーブルカー。
「わ、可愛い♪」
 リノアは手を叩いて喜ぶと、いそいそと乗り場へ向かう。
 スコールは苦笑いした。全く、いつまで経っても――10年経っても、さっぱり変わらない。可愛いリノアはリノアのまま、彼の隣にいてくれる。
「レオン、行くぞ。ママに置いていかれる」
 言われて立ち上がるレオンを抱き上げると、レオンは不満げな顔で池を指差した。
「おさかなはー?」
「やりたいなら後でな。その前に、地底探険の旅に出発だ」
「あ! そうだった!」
 思わず、スコールは噴き出した。可愛い息子は、当初の目的を綺麗に忘れていたらしい。だが、早く早くと急かす母に抱かれてケーブルカーに乗り込む頃には、すっかりその気になっていた。
「ねぇねぇパパ、お山の中に何があるの?」
「ロストフォールだ」
「「ロストフォール?」」
 妻と息子の斉唱に、スコールは頷いた。
「鍾乳洞の奥に、誰も知らない滝があるんだそうだ。見てのお楽しみだ。俺も詳しくは知らない」
 悪戯っぽい目の輝き。それは色こそ違えど父子そっくりで――。
 この人は今、経験のなかった「子供時代」を満喫しているんだな。リノアは、そう思った。
 やがて、がくん、と小さな衝撃とともにケーブルカーが停まった。
 父の手に因って降ろされたレオンは、唖然とした顔で眼前の光景を見つめる。
 緑一色の山に、ぽっかりと開いた穴。その奥は、入口からは見えない。ひやりとした風が穴の奥から吹いてきて、幼子の淡い茶髪を揺らした。
 寒いのだろうか、身震いした息子の小さな頭を、スコールは大きな筋張った手でぽんと撫でた。ちょっと怯えたような翠の瞳に見上げられ、笑みを返す。
「さぁ、行くぞ。レオン」
 レオンは大きく頷くと、父の手をしっかり握って歩き出した。

 鍾乳洞の中は、ひんやりしていた。微かに水の流れる音がする。
「ねぇスコール。すごいね、夏なのに涼しい」
「あぁ……大丈夫か? レオン。2人共、足元気をつけろよ」
 レオンはとろけたような模様を見せる石灰岩の壁に気味悪そうにしながらも、入口で係員から持たされたペンライトであちこち照らして楽しんでいた。
「きゃっ!」
 突然甲高い悲鳴を上げ、首を竦めて固まるレオン。
「どうした?」
「パパ、頭に何かおちた」
 スコールはレオンの頭を探る。特に何もない――が、指先に感じる濡れた感触に、何が落ちてきたのか察知した。
「虫さん?」
「いや、お水だ。岩を伝って降りてきた水が、天井で行き場をなくして落ちたんだ」
 レオンは頭上を見上げる。
「地下水が多いんだな。こういうところは地面も滑……っ!」
 ぴたん! と首筋に水滴が滑り込み、スコールは息を呑んだ。
 リノアがくすくす笑う。
「油断した〜?」
「……そういうお前だって……」
「実は既に3回襲撃されてまーす。これだけ水があるから、涼しいのかな」
「それは、あるかもな。鍾乳石は水が創る。何百年かかって、漸く1センチ。だけど、いつかここは石の柱で埋まるんだろうな」
「すごいね」
 スコールは頷いた。
「さ、止まってる暇ないぞ。見ろ、レオンが急かしてる」
「あ、こら、待ちなさい! パパとお手手繋いどく約束でしょ!」
 慌てて息子を追い掛けるリノア。スコールは喉の奥で笑いながら、ゆっくり歩いていく。
(水音が凄いな)
 地下水が豊富なのだろう。そういえば、入口近くの売店に、涌き水の石桶があった。
 大雨が降ったらひとたまりもないだろうな、逃げるとすれば――いつもの癖で下らない警戒をしている自分がいた。長い間に染み付いた習性は、安全を確保されたレジャースポットですら発揮されている。
 スコールは苦笑し、頭を振って家族を追いかけた。
「ママ、葉っぱさん」
「あ、ホントだ。こんなところでも光があれば育つんだね、植物って」
 2人は、少しだけ先で壁に張り付いた苔を眺めていた。
 光が射さない鍾乳洞の中には、安全と観光の為ライトが設置されている。その光が当たるところに、小さな葉が育っていた。思い返すと、ライトのすぐ下は、壁が緑色をしていた。何だか健気だ。
「葉っぱさん、バイバイ」
 レオンは苔に向かって手を振ると、漸く追い付いたスコールの手に取り付いた。方向を考えていなかった彼はその場でくるりと回転し、スコールの笑みを誘う。
「水音、大きくなってきたね。伏流水かな?」
「俺達、何を探しにきたんだっけ?」
「そっか、ロストフォール!」
 リノアの弾んだ声が、鍾乳洞の壁に反響した。
「ホント?!」
 レオンがぱっとスコールを見上げる。
 スコールは軽くレオンの手を引いた。
「きっともうすぐだ、頑張れるか? レオン」
「うん!」
 満面の笑顔で頷いたレオンは、せっせと先を急ぐ。今度はスコールが手を引かれる立場となり、リノアを招き寄せて随行した。
 やがて水音が腹に響く程激しくなり――ぽっかりと開けた場所に出た。
 3人は呆気に取られた。
 暗闇に隠された天上から、きらきらと、虹色を携えた光の帯が流れ落ちる。それが水であり滝であり、彼らの頭の斜め上に在る穴からの陽光に照らされて細かい水滴が虹を映しているのだ、と気付くのに数秒かかった。
 冷たい飛沫が顔にかかる。柵の為に滝壺は大分遠く、どれほどの高さから水が落ちて来ているのか、と想像するも形にならない。
「これが、ロストフォール……」
「きれい」
 スコールが呆然と呟くと、レオンが嬉しそうな笑顔で素直な感想を口にした。
 リノアは、2人の顔を盗み見た。そして、声を出さないで小さく笑う。
 ――スコールもレオンも、そっくりな顔しちゃって。
 陽が陰り、はかない虹が消えていく。その時の残念そうな顔もそっくりだった。

 たっての希望により魚釣りもしっかり堪能したレオンは、父の背に負われてすやすやと夢の世界へお出かけ中。
 久々の、「2人きり」だ。
 夕焼けに照らされた家路で、スコールは、少しだけ気恥ずかしかった。
 ちらと視線が合う度にリノアが微笑む。間違いなく年を重ねているのに、そのはずなのに、笑顔は初めて見た時と変わらない。ただ、大人びた雰囲気を纏うようになっただけだ。
「楽しかったね」
 その言い方は名残惜し気で、スコールはふと口元を緩めた。
「あぁ」
「荷物はちょっと重いけど」
「可愛い大荷物は俺が背負ってるんだから、まだマシだろ?」
「ははー、感謝しています」
 土下座のポーズを取っておどけるリノア。
 それから、2人は黙り込んでしまった。何を話したら良いのか、急にわからなくなってしまう。
 初めてのデートを決行した若造でもあるまいに――そう思うスコールだったが、どうしても言葉が出てこない。
 だが、満ち足りていた。
 バラムは、静かな街だ。ティンバーで賑やかだった蝉の代わりに、柔らかな潮騒が空をたゆたう。それを背に、彼らは我が家へとゆっくり坂道を登っていくのだ。
「……俺、さ」
「?」
 唐突に口を開いたスコールに、リノアは驚きつつも先を促すように首を傾げる。
「後悔してたんだ、ずっと」
「何を……?」
「どうして子供の頃、あんなものをもっと見ておかなかったんだろう、って。どうしてもっと、色々行っておかなかったんだろう、って」
 リノアは笑おうとした。が、失敗する。今の彼のように、どこかへ連れて行ってくれる「誰か」がいなかったスコールの気持ちを全ては理解できない、だが想像して余りある。
 スコールはリノアを見た。
 柔らかな笑顔。
 額の傷が出来た頃は、一生しないだろうと思っていた、顔。
「だから、レオンには色々見せてやりたいな、って思うんだ。色々見て、知って、未来を選ばせてやりたい」
「スコール……」
 泣き笑いのリノア。
「とか何とか言って、自分があれこれ見たくてレオンとわたしを連れ回してるんじゃないの〜?」
 リノアが、目を潤ませながらもからかうように言うと、スコールは軽く肩を竦めて苦笑いに転じた。
「……バレましたか」
「バレバレですよっ」
 2人で、笑う。恋人同士の時から、変わりなく。
「でも良いよね、それで。スコールは」
「そうか?」
「そうだよ。お金も時間もあるんだし、色んなところ行って、色んなもの見て、子供のとき出来なかったこと全部やっちゃえば良いんだよ。付き合うからさ、わたし」
「当たり前だ、リノアが付き合ってくれなきゃ誰が付き合うんだよ」
 少し胸を張って偉そうに言うスコールに、リノアは朗らかな笑い声を立てる。
 いつの間にやら、我が家の前だった。門を開けると、愛犬達が我先にと駆けてくる。
「ただいま。アンジェロ、シャイニー」
 リノアはしゃがみ込み、2頭の首を抱きしめる。
「悪かったな、お前達。留守番、ありがとう」
 スコールがレオンを落とさないよう苦労してアンジェロの鼻面を撫でると、アンジェロは鼻を鳴らし、柔らかく袖口を噛んで引っ張った。
「何だ?」
 スコールは引かれるままに、テラスへ向かう。ワン! と軽い声で吠えられて、スコール達は初めてテラスのテーブルに何か置いてあることに気が付いた。
「何だ、これ? 『INVITATION』(ご招待)?」
 真っ白い封筒に、瀟洒なイタリック体でそれだけ書いてある。差出人の名前もない。
「誰か来たの、シャイニー?」
 リノアが問い掛けるも、アンジェロの娘シャイニーは首を傾げるばかりだ。
 リノアがレオンを引き取り、スコールは封筒を開いた。
「……ふっ、ははっ」
 突然笑い出したスコールに、リノアはぎょっと身を引いた。
「ど、どうしたの?」
「あいつら、だから俺に休みを取らせたんだな。見ろよ、これ!」
 勢い良く突き出されたそのカードには、こんなことが書いてあった。


   我らが最愛の友人、スコール・レオンハートのバースデーパーティーを開催します。
   皆様お誘い合わせの上、お越しください。

   日時  8月23日(日)
   場所  バラム・ガーデン3階 大ホール

   尚、当日は盛装でお越しくださいますようお願いいたします。

                      バースデーパーティー実行委員会一同
                         代表 セルフィ・ティルミット
                                             』

「えーっ! 何時の間に!?」
 リノアは思わず大声を上げた。レオンがもぞりと動いて、目を覚ます。
「んー?」
「あぁ、ごめんねレオン。起こしちゃった」
 抱き直して背をとんとん叩くと、レオンはまたとろとろと目蓋を落とした。
「んーっ、もう! 皆人が悪い、教えてくれてたら1枚噛んだのにぃ!」
「おい……」
 スコールはカードを片手に途方に暮れた。何故リノアは、自分がパーティーのような華やかな席が苦手だと知っていて連れ出そうとするのだろうか。
「ま、良いや。ねぇねぇスコール、当日何着て行こうか?」
「……行くのか」
「行くわよ。っていうか、スコールの為のパーティーなんだから、主役は行かなきゃでしょ」
 既にノリノリのリノアに、かく、と項垂れるスコール。
「…………SeeD服で良いよ、な?」
「だーめっ。SeeD服はかっこ良いけど、それじゃあ『盛装』(パーティーウェア)じゃなくて『正装』(フォーマルウェア)だよ」
 リノアはくすくす笑って、スコールを肘でつついた。
「明日、お買い物行こ」
「服を買いに?」
「それもあるけど、スコールへのプレゼントも」
 リノアは、頬をバラ色に染めてスコールへと笑いかけた。
 スコールもはにかんで微笑みを返す。

 明日も、明後日も、こんな風に天気になれば良い。
 声に出さずに、スコールは空へと祈りを放った。


 Happy Birthday & Happy 10th Anniversary!!





意地と根性で20日に掲載でございます(作中が20日)。
「スコールへのお祝い」じゃなくて、「誕生日にかこつけて休暇を取ったスコールが家族サービスする話」になっちゃっいました。
ちなみに、この鍾乳洞にはモデルがあります。関東甲信越地方の方々はご存知でしょう、「大滝鍾乳洞」。ついこの間の土曜日、ここに行った時に思い付いた話でした。氷月にとってはすごい快挙!(何がや・笑)

スコールにとって、こんなのが一番の幸せではなかろうか、と思うのです。そんな話。



↑皆様お誘い合わせの上、お越しください☆ 氷月はともかく、いいスコリノざっくざくです。