それは、ある日の夕方、買い出しの為にバラムタウン中心部の市場へ足を運んだ時だった。
「ねぇ、スコール」
「ん?」
「これ、『ユカタ』だよね?」
帰る道すがらリノアが指し示したショーウインドウに飾られていたのは、バラムの民族衣装だった。
スコールは頷く。
「あぁ。リノア、見たことなかったか?」
「こんな風に見たのは初めてかも。去年、飾ってたっけ? 何か、ぺたーんとした四角いのが大量に売られてたのは覚えてるんだけど」
その表現に、スコールはふっと微笑う。
「バラムの着物は四角く畳めるからな」
「そうなの?」
「あぁ、四角い布――反物っていう専用の生地を、ほぼそのままの形で縫い合わせて仕立てるのがバラムの『着物』なんだ。だから畳み方をきちんと覚えると、綺麗に四角に畳める。店で売ってるのは皆この状態なんだ」
「へぇ……でも、四角く畳める服なんて、着心地はどうなの?」
「着方と生地に因って変わる。浴衣って元々は風呂に入るときに着るもので、糊付けしないコットンやリネンで作る服だから、柔らかい。今は外出用に糊付けして仕立ててあるのが殆どだな。だから新品は固い」
「ふぅん……」
自分から聞いてきた癖に、リノアの意識はショーウインドウのマネキンに戻っている様子だ。「どんな時に着るの?」
「今頃の季節に着るんだ。夕涼みとか、夏祭とか……あぁ、そうか。そろそろ『夏納め』の時期だもんな。だからこんな大々的に売ってるんだ」
「『夏納め』って何!?」
リノアは目を煌めかせてスコールを見上げた。本当に、イベント事には目のない娘だ。スコールは苦笑する。
「バラムの向こう側の町外れに、お宮があるだろ?」
「あぁ、あの小さいの? 確か、『春宮』って呼ばれてたよね?」
「そう、あれ。春宮は春夏に使って、秋冬は秋宮を使うんだけど、秋になる前にお宮の神様を春宮から秋宮にお移しするんだ。その遷座祭をするのが8月の下旬。それが終わるとバラムには秋が来る。だから、『夏納め』って言う」
「おぉ……!」
リノアの目はますます輝き、ショーウインドウへ戻る。スコールはにやにやしてリノアの横顔を覗き込んだ。
「……着たいんだろ」
「へっ!?」
ぎくっ、とその肩が跳ね上がった。スコールはしてやったりと口の端を更に釣り上げ、その腕をぐいと引いた。向かうのは、それぞれのアパートだ。
「え、す、スコール?」
訳がわからず戸惑いの声を上げるリノア。スコールは彼女の持っていた荷物も奪い取り、ずんずん歩く。
「とりあえず、荷物置いてからまた来よう。浴衣っていろいろ必要だから、今すぐ買うのしんどいぞ」
「あ、そうなんだ」
「服だけと思ったろ。帯も下駄も必要だぞ。リノアのことだから、きっと装飾品も欲しいって言い出すだろうし……となると荷物、邪魔だろ?」
歩く道すがら、スコールの的を射た発言にリノアはぷうっと頬を膨らませた。
バラムの民族衣装である着物は、とにかく用意に金と時間がかかるという。節目の儀式等の為に豪華な物を揃えようとすれば、とことんまで拘ることが出来てしまうのがその要因のひとつだろう。そんな着物の一種である浴衣は、
スコールは、リノアを飾り付けることに金を惜しまない。バイト代わりにSeeDの仕事をしているような彼に取って、1000ギル2000ギル程度の出費はそんなに痛くない。
ただ、荷物は先に置いてきて正解だったとスコールは思った。
浴衣、腰紐、帯、下駄。最低限これらは絶対必要。他にも汗対策のスリップだの緩みを防ぐコーリンベルトだの、揃えた方が楽になる物もある。全部を一時に揃えるとなると案外と嵩張るのだ。
色々と店員に出してもらい眺めながら、リノアはぼそっと呟いた。
「何かさー、着物と帯の色合わせって奇抜なの多いね」
「着物は反対色での組み合わせが多いからな……紺色の着物なら赤い帯、とか」
リノアが選んだのは、薄水色に藤が散りばめられたシックな物だった。本人がきつい色合わせを嫌がった為、帯は深紫である。下駄の色も勿論揃えてある。
スコールはそれに、飾り玉の着いた鈍い金色の帯締めを追加した。リノアは微妙な顔をしていたが、何も言わない。ガルバディア人の彼女は、そもそもそれが何なのかもあまり良くわかっていなかったのだが。
* * *
「……で、あんたそれを全部彼氏に買わせた訳?」
「買わせたつもりはないんだけど、普通にカード切られちゃって……」
「ひゅー、おっとなー!」
大学の友人達は囃し立てる。赤い顔をしたリノアは、アイスコーヒーの氷をストローで突く。
「でもあれだよねー。リノアが彼氏持ちって、わたしフキだと思ってた」
「あ、あたしも」
友人達は気の良い子達ばかりだが、何かとリノアを飲み会に誘いたがる。その度彼女は「彼氏がいるから行かない」と言い続けていたのだ。
そして今。
「そんなオトナの彼氏がいたとはねー。これじゃあ同い年の男は興味ないよねー」
いや恋人は同い年ですが……とも言えず、リノアはストローをくわえて黙り込む。
何でもない、ごくごく普通の大学生のお喋り。どこにでもあるその風景は、しかしリノアにとっては夢にまで見た光景だった。手に入ることはないと、諦めていた光景だった。
魔女の処遇に関する議会宣言が発効されてから、リノアとスコールは猛勉強してバラムの国立大学への入学資格を手にした。2人の父親たるラグナやカーウェイは勿論のこと、ドールのアイゼン議長も、トラビアのテュルキス代表も自分の家族のことのように褒めてくれた。これから頑張りなさい、世界のことは自分達が頑張るから、と言ってくれた。リノアはだから、毎日大学に通い、せっせと授業に出席し、友人達と日々を満喫している。時間が惜しいから、大学に程近い場所にある学生マンションを借りた。スコールはゼルと共にアパートの一室を借り、ルームシェアしている。ガーデンには少しばかり遠いので緊急時には出遅れてしまうが、常に優秀な誰かが詰めている以上、大事にはならない。
世界は、何と平和なことか。
「じゃあさじゃあさ、リノア、夏納めにそれ着て彼氏さん誘えば?」
「レニー、それ当たり前じゃん。彼氏もそれ狙いで買ったんでしょ? ねぇ、リノア」
「うん、そう。宵宮っていうの? そこで浴衣デートなの。……ちょうど、誕生日だし」
そうなのだ。バラムのタウン誌に掲載されていた遷座祭の日付は8月24日。そしてそれに合わせて催される前夜祭――宵宮は、正にスコールの誕生日だった。
8月23日。リノアにとって、1年の中でどの日よりも1番大切な日。その日は最愛の人を一日中甘やかす予定なのだが、しかしリノアは無意識にとはいえ彼の誕生日だということを口にしてしまった事を後悔した。
友人達の顔が、何か企んでいる。
「よし、じゃあわたしらが力を貸してしんぜよう!」
「どーせ浴衣買っても着方わからないんでしょ? 着せてあげるから用意しといてー」
「場所、リノアのマンションで良いよね」
たじろぐリノアの手が宙を掻く。えーちょっと待って、わたしの予定は聞いてもらえないの? そうは思っても反論することも出来ないまま、リノアの組んでいた予定表は色々と変更をしなくてはいけなくなったのだった。
げに有り難きは友人の気遣い、とは思うけれど何故こんなことになったんだろう、と正直思わないでもない。
リノアはお宮の正面、紅い鳥居の足元に立っていた。
『大丈夫よ、リノア! わたしらが見守ってるから!』
友人達はそんなことを言っていた。多分彼女達は、「年上の彼氏」を見物したいだけなんだと思う。アップにまとめてもらった髪を撫でて直しつつ――これは本当に有り難かった。リノアではヘアゴムと櫛とピンだけでこんなふうには出来ないだろう――、リノアは周囲を見回した。ちらちらと視線を感じるのだ。
こんな時間に待ち合わせは、おかしいのだろうか。
「おねーさん」
不意に声をかけられ、リノアはびっくりして肩を聳やかせた。見れば彼女より少し年下だろう少年が、にこにこしながらリノアを見ていた。
「綺麗ですね。お友達さんと待ち合わせ?」
「…………」
リノアは曖昧に微笑み、微妙な気分で頷く。少年はますますにっこりして、自身の胸を指した。
「良かったら後で僕らと遊びません? 警備のバイト空けたら暇になるんです」
「はぁ……」
苦笑するリノア。彼女は少年の肩越しに、彼の背後を指差した。
「後ろ」
「え?」
少年はきょとんとして振り返る。その瞬間、がしっと誰かがその頭を掴んだ。
「何をしてるお前」
誰が頭を掴んだのか、一瞬にして少年は理解した。さーっと血の気が引く。
「し、しれーかんさま……」
「お前この1時間ここの警備担当だろ、ナンパしてないで仕事しろ。後、自分の上役の顔くらい覚えとけ」
笑い交じりにスコールから発されたその一言に、少年はかちこちに固まり、ぎこちない動きで改めてリノアに向き直った。
「……もしかして……リノア先輩です、か?」
リノアは耐え切れずにくふっと噴き出し、頷く。
「いつ気付くかなーと思ってたんだけど」
「しっ、失礼しましたっ! でも本当にお綺麗ですっ!」
ちゃきっと敬礼をする少年に、2人はくすくす笑う。スコールがひらひらと手を振ると、少年は慌てて配置場所へ戻っていった。
「あっはははっ、びっくりした〜。そんなに気付かないものなのかな? ひょっとしてわたし、髪型で認識されてる?」
「化粧もしてるからじゃないか? いつもと違ってこってりと」
「失敬な!」
リノアが頬を膨らませて拳を振り上げると、スコールは頭を庇う仕種をして1歩退いた。からん、と涼やかに下駄が鳴る。
スコールは、深い藍色の浴衣に白い帯を締めていた。左肩には流れるように藤の花が描かれており、リノアとお揃いだと一目でわかる。確か、右後の裾もそうだった筈だ。
「それにしてもリノア、持って行くなら忘れ物ないように、って言ったろ?」
スコールは懐から、金色の帯締めを取り出して振ってみせた。リノアは決まり悪そうに唇を尖らせる。
「だって、全然違う色なんだもん。金色だなんて」
「それが良いんじゃないか。差し色が入ると全体が引き締まる。ほら、結んでやるから袂……あー、袖の裾を持っていて」
スコールは帯締めを広げながら、リノアの前に片膝を突いた。リノアは不可解ながらも、スコールの動きを見守る。
「……ほら、綺麗だ。良く映える」
帯締めを結び終え甘く微笑む恋人に、リノアは頬を赤らめて唇を結ぶ。
「い、行こ。皆見てるよ……」
リノアがぐいぐい彼の肩を揺すると、スコールはゆっくりと立ち上がり裾を払う。
その時、少し離れたベンチに座っていた女性達と目が合った。彼女達はぽかんと口を開け、心なしか頬を染めて2人を見ている。スコールは彼女達の顔を、どこかで見たことがあるような気がした。
(……あぁ、そうだ。リノアの大学の友人達だ)
瞬間、リノアの言う「皆」が彼女達であり、またリノアの着付けをしてくれたのだろうことに思い当たる。そうでなくて、リノアが独りでこんなに綺麗に――彼女には悪いが、リノアが不器用なのはスコールが1番よく知ってる――着れる訳がない。
感謝の意を込め、スコールは柔らかい笑みを浮かべて会釈した。
境内には早くから、食欲をそそる匂いが漂っている。お宮なのだからまず参拝を済ませなければ、とは思いつつ、いろいろと目に入ってしまうのは致し方ない。自然、とろとろとゆっくり歩くことになる。
普段は見ない、カラフルで小さな屋台。かき氷、焼きそば、鈴なりカステラ、綿飴に林檎飴、他にもいろいろ。その合間に金魚掬いがあったり、射的があったり、退屈する間もない。きょろきょろするリノアを何とか引っ張り参拝をしたら、いよいよお楽しみタイムだ。
実を言えば、リノアは今日の昼食を摂っていない。友人達が彼女をあれやこれやと飾り立てるのに時間を取られ、何も食べられなかったのだ。
対してスコールは、確信犯で昼を抜いた。宵宮には食べ物の屋台が多く出る。こういう時は菓子にばかり金を費やしても叱られることはなかったから、幼い頃は必ずと言って良い程狙っていた。
果たしてそれは功を奏し、熱々のお好み焼きを2人で分け合って突く今現在である。
「んーっ、これ美味しーっ♪」
頬を押さえてはしゃぐリノア。スコールはそんな彼女の姿を、どこか嬉しそうに見つめている。
夏納めのことを思い出したのは本当に運が良かった、とスコールは思う。リノアが楽しそうで、嬉しそうで――それを見られることが、何と幸福か。
「スコール、ほら。あーんして」
「え、いや……」
「あーん♪」
「……あー」
ずいと目前に出された箸を拒否も出来ず、スコールは口を開けた。屋台の若い男が冷やかしの口笛を吹いたりする。スコールはそれに対し、ちらりと一瞥を返した。羨ましいだろ、と目が言っている。男はいーっと歯を剥き出しにし、それから笑って仕事に戻った。それからは、スコールも遠慮なくリノアの差し出す箸を受ける。自分は開き直ると大胆になれる性格なのだと、最近気が付いた。
「次、どこ行く?」
「あれ!」
スコールの問いに、リノアが射的を指差した。
「景品を撃ち落とすんでしょ? あのワンちゃん欲しいな。アンジェロそっくりのやつ!」
「意外と難しいぞ。射撃場の銃とは違うから」
「えー、スコールくんはリノアちゃんの為に取ってあげようとか思わないの?」
「そこはお前、一応努力しろよ」
楽しそうに笑い合う2人。 射的は1回5弾で30ギルだった。リノアは狙いのぬいぐるみに3度弾を当てたが、的に対してやや小さな弾は少しぐらつかせるくらいでぬいぐるみを倒すことが出来ない。スコールは最後の弾を押し込めたまま、その様子を見ていた。
「くうぅ、倒れない……っ」
リノアは悔しそうな顔でもう一度狙う。スコールはぼそっと耳元で囁いた。
「頭、やれ」
「え、可哀相じゃない」
リノアはぎょっとして振り向くが、スコールはその頭を対象に向かわせ、自身は銃を持つ手をぎりぎりまで伸ばす。
リノアは納得出来ないまま、ぬいぐるみの犬の頭を狙い撃った。ぬいぐるみはバランスを崩しかけるが、すぐにに安定を取り戻そうとする。さっきと同じだよなぁ、とがっかりした矢先――スコールがリノアと同じ箇所を撃ち、ぬいぐるみは倒れた。おぉ、と周囲から歓声が上がる。
射的屋台の親父は豪快に笑った。
「おい兄ちゃん、そりゃねぇよ〜」
「2人がかりは駄目なんてルールないだろ。俺もちゃんと金払ってるし」
スコールが胸を張ると、確かに! なんて声が上がる。親父は諸手を上げて降参を示し、果たしてぬいぐるみは幾つかのキャラメルやキャンディの小瓶と共にリノアの物となった。
「スコール、ありがとう!」
「どういたしまして」
リノアはぎゅうっとぬいぐるみを抱き締める。小さくしたアンジェロを座らせたようなぬいぐるみは、抱き心地が良さそうだった。スコールはほんの少しだけヤキモチを焼いていたが、それはプライドにかけて黙っておいた。
夜が深くなってきた頃、お宮の前で奉納舞が行われた。
ぱちぱちと篝火が燃える中での幽玄なる舞は、どこか非現実的で、美しい。
「この舞と歌は、神様に捧げるだけじゃないんだって」
スコールが言うには、バラムの海から帰ってくることのなかった人々の魂を慰める為でもあるらしい。海難事故の慰霊祭を兼ねるのだそうだ。
「
「やっと海から帰ってきたのに、沖へ行くの?」
「海の向こうには楽園があるって話。現実には南の大陸にぶち当たるだけだけど、昔はそんなこと知らなかったろうから、そういう話が出来たんだろうな……夏納めの奉納舞は、楽園に行く前の御霊にお別れを告げる為でもあるんだ」
篝火に照らされるその頬は、濡れたように淡く光る。それが泣いているように見えて、リノアはそっとスコールの頬に触れた。
「どうした?」
「あ……ううん、何でも」
首を傾げるスコールに、リノアは緩く頭を振る。
スコールの頬は乾いている。照らされた部分が光るのは、彼の肌が白いからだ。わかってはいたが心臓が跳ねて、どうしても抑えられなかった。リノアは恥ずかしがって俯いてしまう。
そんなリノアの姿を、スコールは上から下までゆっくりと眺めた。薄水色に藤の花がふんだんに散りばめられた浴衣は、シックだが可憐だ。
本当は、この浴衣はスコールが着付ける予定だったのだ。候補生時代に民族衣装の着装の授業は受けている。残念ながら本格的な着物の着付けについては記憶が曖昧だが、浴衣なら何とか出来た筈だ。それをリノアの友人達に取られてしまって、少し残念な気持ちはあった。
だがそんな気持ちは、待ち合わせ場所に佇んでいた彼女を見て見事吹っ飛んだ。
髪を含めて綺麗に仕立てられたリノアは、何と愛らしいことか。可愛らしくメイクを施された顔立ちも初々しく、こればかりは若い女性の手腕にスコールも感謝した。
「な、何?」
様子を見るつもりで見上げたのに目が合った。リノアは頬を赤らめ問い掛ける。スコールは別に、と柔らかく首を横に振った。口許は、淡く弧を描いている。
「……なぁ、リノア」
「なぁに?」
「俺がいなくなったら……それ着て、此処に来てくれないか?」
リノアの胸が、すぅっと冷えた。頭の中が真っ白になり、何が何だかわからなくなる。
「リノア!」
ぬいぐるみを放り出して駆け出したリノアを、スコールは慌てて追いかけた。
片足を引きずりながら、リノアは鎮守の森に紛れ込んでいた。
「痛い……」
どうも鼻緒とやらが擦れて足を傷付けてしまったらしい。
リノアはうんざりした気持ちでしゃがみ込んだ。どうしてこうなるんだろう。今日はスコールの誕生日で、スコールを甘やかしてあげるんだって自分で決めた日なのに。
(あんな言葉に何て返せば良かったの……?)
上辺だけでもわかったと言えば良かったのだろうか。だがそれが何になるのか。スコールは相変わらず自分のことを蔑ろにするところがある。あの癖は、一体いつになったら治るのだ?
ざく、と下草を踏む音がした。リノアの肩がびくっと震える。
「リノア」
元凶が遠慮がちに声をかけてきた。
「……大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」
即答するリノア。スコールは途方に暮れる。とりあえず肩に触れ、彼女を立ち上がらせる。リノアがよろめくのを見たスコールは、片膝を突いて彼女の足元を改める。
「リノア、両手で俺の肩に掴まって」
「…………」
リノアが無言で言う通りにすると、スコールは慎重にリノアの足から下駄を脱がせ、立てた膝に取り上げた。
「……あぁ、擦れて傷が出来ちゃったんだな。絆創膏とか持ってきたか?」
「ある……」
リノアは巾着から絆創膏を取り出した。スコールは差し出されたそれを受け取り、丁寧な手付きで擦り傷の出来た足に貼付ける。そして、そっとその足に下駄を履かせて立ち上がった。
暫し、無言。
遠くから響くお囃子の笛が、どことなく寂しい。スコールは気まずげに俯き、頭を掻いた。
「その……ごめん」
「それ、何の『ごめん』なのか自分で理解してるのっ?」
リノアはきっとスコールを睨む。その目はしっとりと潤んでいて、場違いだと知りつつもスコールはリノアに見惚れた。
「スコール、あなたいっつもそう! いつになったら自分のこと蔑ろにする癖抜ける訳?」
「…………」
「困った顔して誤魔化さないの!」
「……別に、蔑ろにしてる訳じゃ……」
「してるじゃないの! 自分が死んだら、なんて」
「死んだら、とは言ってない」
「『いなくなったら』、なんてわたし達の間じゃ同じじゃない! もうっ! そんな約束したくない、何でそういうこと言うの? わたし、あなたが楽園に無事辿り着けるようになんて祈りたくない。生きてわたしの傍にいて欲しいの、楽園になんていかせないっ!」
「…………えぇ、と」
スコールは視線を外して頭を掻く。やっと、自身のやらかした失態に気付いたのだ。あんな言い方をされれば誰でも怒る。自分がリノアにそんなことを言われたら、頭ごなしに叱るだろう。
「……言い方が悪かった。そ、の……」
しどろもどろになりそうで、スコールは一度口を閉じた。少しの間瞑目し舐めて唇を湿し、再度口を開く。
「あれは、絶対無いとは思うけど、別れたりして俺がリノアの傍からいなくなったら着納めして欲しい、っていう、意味で……」
「…………?」
「……要するに、俺以外の人の前で、その浴衣着て欲しくないってことだ!」
「………………へ?」
今度はリノアが戸惑う番だ。言いたいことを言い切ったスコールは、口許を拭うように手を宛がう。
「嫌なんだよ、俺が。お前がその浴衣着るのは俺の為だけが良い」
ぼそぼそと呟くように補足するスコール。
リノアはここが薄暗い森の中で良かったと思った。顔が熱い。今、自分は真っ赤になっているに違いない。
「…………ばか」
とりあえず言えたのはそれだけだった。後はぐずぐずと恋人の胸に頭を押し付けるしか出来ない。
鼓動は、速かった。
「ばか、本気で泣きそうになったんだから」
「ごめん」
「謝るだけじゃ許しませーんっ」
「……どうしたら良い?」
「んー、そうね、罰として……」
と、リノアはスコールの腰に手を回し、力一杯抱き締めた。
「今晩うちに泊まって、明日の朝ご飯作って」
スコールはこっそり微笑う。なんとまぁ可愛い罰だ。彼の腹の動きが伝わったのだろう、リノアは睨むようにスコールを見上げた。
「言っとくけど、浴衣畳むのもスコールだからね」
「はいはい。でも洗濯しないといけないから今日すぐにはしまえないぞ」
からかうように笑いながら返すと、リノアは唇を尖らせる。その子供っぽい姿にスコールはますます笑うから、リノアはその腹に軽いパンチを浴びせて軽やかに離れた。スコールは尚も緩やかな笑みを頬に浮かべたまま、リノアを追いかける。
森を抜け、参道に出た。屋台の明かりで参道は明るいが、祭の見物客は皆境内に行ったようで静かだった。
「捕まえた」
追い付いたスコールは、リノアを背後からぎゅっと抱き締める。
どおん、と音が響き、ぱっと明るくなる。空を振り仰げば、大輪の花火が上がっていた。リノアは次々に打ち上がるそれを指差す。
「わぁっ、花火!」
「あぁ……。夏も、もう終わるな……」
行く夏を惜しむように、光の華が夜空を彩る。紅に、蒼に、碧に、紫に、そして金に――。
リノアは甘える猫のようにスコールの顎に擦り付いた。
「ねぇ、スコール?」
「ん?」
「遅くなったけど、お誕生日おめでとう。今日はもう遅いから、ケーキなんかは明日ね」
「わかった、ありがとう」
スコールはリノアのこめかみに口付けを落とし、ゆるりと手を解いた。
「明日、何作るかなぁ」
「少し買い物して帰ろうか」
「店、開いてたらな」
2人は自然と手を繋ぐ。
互いの手を飾る真新しい組緒飾りが、りりん、と鈴の音を鳴らした。