「はい、出来上がり」
 綺麗にまとめた髪に花飾りを付け、キスティスは満足げに微笑んだ。
「ありがとう、キスティ」
 鏡越しにリノアは感謝を告げた。
 セルフィがひょこっと鏡に映るのを見て、キスティスは少しだけ横にずれて場所を作ってやる。セルフィは目を丸くし、手を叩いた。
「リノア、すっごい綺麗!」
「そ、そうかな?」
 セルフィからの手放しの称賛に照れて、零れてもいない後れ毛を直すリノア。そういう所は相変わらず少女のようで、セルフィはますます嬉しそうにしていた。
「いいんちょ、今頃どうしてるのかなぁ?」
「そうねぇ、彼のことだから……今頃、ティアラのことでやきもきしてるんじゃない?」
 わざと意地悪く言うキスティス。セルフィは「あいた〜」と大仰に額を打ち、ぱっと笑い声が広がる。
 そこに、遠慮がちなノックが割り込んだ。
「リノア、御祖母様方が来られたよ。準備の方は?」
 フューリー・カーウェイは細くドアを開けて応えを待つ。リノアは柔らかな笑みを満面に湛え、ドアの方を振り返る。
「大丈夫だよ、お父さん」
 カーウェイはその言を受けてドアを開き……はっと目を瞠った。
 一人娘のドレス姿は、かつての妻の姿によく似ていた。
 リノアははにかむように微笑み、首を傾げる。カーウェイは眩しそうに目を細め、後ろの賓客を部屋へ通す。
「リノア姉様っ!」
 真っ先に飛び込んできた少女は、従姉に抱き着きたい気持ちを何とか抑えてその頬へ口付けた。
「来てくれてありがとう、シャノン」
「当たり前じゃない、だって姉様のお式よ? 相手があの無愛想オトコだと思うと微妙なんだけど」
「こら、シャノン。新しく家族になる方に何を言うの」
 悪態をつく娘を嗜めながら曾祖母の車椅子を押して入ってきたのは、リノアの伯母であるミセス・ハーティリーだ。
「御祖母様、伯母様、今日は来てくださってありがとうございます」
 リノアは伯母と握手と抱擁を交わし、曾祖母の前にそっと屈んで頬に口付けた。
「素敵よ、リノアちゃん。昔のジュリアさんそっくりの美人だわ」
「やだ、伯母様ってば」
 リノアが頬を染めて俯くと、ミセス・ハーティリーは品良く笑う。
「ドレスも素敵だわ。彼が選んだの?」
「いえ、ドレスはわたしが」
「あら、そうなの? リノアちゃん、本当に良い目を持っているわねぇ」
 伯母は嬉しそうにリノアを褒める。リノアの母が亡くなって以来、母方の親族として最も親密にしてきた身としては、姪の成長は本当に嬉しいらしい。
 その一方、曾祖母は不満そうに鼻を鳴らした。
「全く、あの若いのはドレスひとつもろくに選べないのかい? 可哀相に、お前にはもっと良い男を選んでやるつもりだったのにねぇ」
「御祖母様」
 ミセス・ハーティリーは嗜めるように声をわずか尖らせる。
「今日は晴れの日なんですから……」
「晴れの日だから何なんだい。ほらご覧、ティアラだってないじゃないか。あぁ全く……おや」
 曾祖母の繰り言が止まる。ノックの音がしたからだ。
 気を利かせたキスティスが素早くドアを開けた。問い掛けられたのだろう彼女は微笑っで頭を振り、ノックの主を招き入れた。
「リノア、お待ちかねよ」
「スコール!」
 リノアの声がぱっと華やぐ。
 パールグレーのモーニングをまとったスコールはカーウェイやミセス・ハーティリーらに一礼すると、急ぎ足でリノアの許へ来た。
「遅くなってごめん! 結局ぎりぎりになった」
 キスティスとセルフィは笑顔を見合わせて手を打ち合う。対してシャノンは訳がわからず、2人の顔を見比べている。
 スコールは慎重な手付きで懐からサテンの包みを取り出した。
「……わ!」
 シャノンの歓声が響く。
 スコールの手の中でキラキラと輝くのは、この日の為に彼が手ずから誂えたティアラだった。正真正銘、この世にたったひとつしかないティアラだ。リノアはうっとりとその輝きを見つめていた。
 スコールはちら、とキスティスを見た。キスティスは片眉を上げて青年を見返し、その肩を思い切り叩く。彼の言いたいことはすぐに理解出来た――全く、この弟ときたら! 
「貴方が飾ってあげなさい。自分の花嫁でしょ!」
 ほらピンならあるから、とドレッサーを指し示されれば、スコールに逃げ場は無い。目論見が外れたスコールは少しだけ肩を竦め、ピンを数本取ってリノアの前に屈む。
「動くなよ」
「はぁい」
 リノアは大人しく目を閉じる。
 スコールは深呼吸をひとつして、そっとティアラをその黒髪に乗せた。慎重に位置を合わせ、ピンで留めていく。
「……出来た」
 スコールの声を受け、リノアはゆっくりと瞳を開く。その姿は、まるで夢のように美しい。さっきまでスコールのことをきつく言っていたリノアの曾祖母も、ほぅ、と感嘆の声を上げた。
 スコールはすっかり魅了され、微動だに出来ない。
 じっと見つめ続ける新郎の視線に、リノアは頬を染めて微笑んだ。呆けた彼が可愛かった。ごくりと動いた喉が可笑しかった。改めて真っ直ぐ自分を見つめるその瞳が、本当に本当に愛おしかった。
 スコールははにかむように口許を緩め、一歩引いた。
「じゃ、俺、行くから。実は自分の準備がまだで」
「あぁ、じゃあ早く行かないと!」
「うん。……、チャペルで、待ってる」
 リノアは小さく手を振り、彼を見送った。スコールは軽く手を挙げ、背を向ける。ドアを締めるまでは、彼は平静に見えた。
 だが。
(「だぁっ、てめ何座り込んでんだ! 早く立ちやがれ、服汚れんだろがっ!」)
 突如、ドアの向こうでサイファーの怒鳴り声が響いた。
(「ちょ、っと待って……」)
(「うわ、スコール顔真っ赤だぞ!? 大丈夫かよ?」)
 今度はゼルの声だ。スコールに何かあったのだろうか?
(「〜〜〜っ、浸んのは後にしろ、後に! つかこれから嫁にくる女に今更ときめいてんじゃねぇよ!」)
(「だって無茶苦茶綺麗なんだぞ? あれで惚れ直さないとか無理……あー、式で初見とかじゃなくて良かった、あれぶっつけで見たら俺死ねる」)
(「はいはいわかったわかった。わかったから早く戻って準備しようね〜」)
 アーヴァインが暢気に笑い、男達が遠ざかる気配がした。キスティスが出来の悪い子供の答案を見たような顔になる。
「っんもう、何してるのよあの子達ったら!」
 それを皮切りに、皆は涙が出る程大笑いしたのだった。

 チャペルの座席は、入口から向かって右が新郎招待客、左が新婦招待客となっていた。
 スコールは最初、この席順に難色を示した。理由は簡単で、スコールには親族が殆どいないから――ラグナとエルオーネと、親族同然のシーゲル一家とザバック一家と、後は最近家族になったエルオーネの夫と……そのくらいしかいない。対して、リノアの方には親族が多い。彼女本人は一人娘だが、両親にはそれぞれ兄弟がおり、尚且つハーティリー家は曾祖母まで存命というから推して知るべし。そして友人知人の殆どは新郎新婦共通で、だからスコールは座席を左右に分ける意義がわからなかった。結局、わからないままに座席を振り分けてもらい、友人達の大半を新郎側に座らせて数を調整することになった。
 楽しそうな声が外にも零れている。特に厳粛という雰囲気ではないのは、バラムに育まれた子達には聖霊教は左程馴染み深いものではない――つまりは信心深い訳ではない為だろう。確かに、美しい海辺の街でのチャペルウェディングは流行りではあるが、神に誓うというよりは、互いに、そして参列してくれた友人達に誓う人前式の印象が強い。
 実を言えばリノアもそうで、生まれた時に一応洗礼はうけているものの、聖霊教を強く信仰している訳ではない。軍人である父もそんな風だから尚更だった。
 隣に立つ父は、緊張しているようだった。リノアが贈ったラペルピンを頻りに触っている。
「大丈夫、真っ直ぐだよ」
「ん、む……そうか」
 照れ隠しするように微笑み、カーウェイは襟を正す。
「……昔な」
 カーウェイが突如口を開いた。リノアは首を傾げる。
「ジュリアと結婚する時は、騒がれないようにごく内々の式だった。あの子は歌手で、ハーティリー家の最愛の娘で、私は少佐になったばかり。スキャンダルとして扱われたくなくて、親族と親しい友人だけ集めて式を挙げたんだ」
 カーウェイの目は、かつての情景を愛おしむように細まった。
「礼拝堂はがらんとしていた。だが温かい式だったな。皆でいつまでもくだらない話をした。2人きりになっても話は尽きなかった。幼い頃の思い出に、私が士官学校にいる間の話、ジュリアが女学校を卒業してからの仕事の話に、結婚するまでの短い恋人同士だった時の話……全てが、愛おしかった」
「ずっと、続くと思ってた?」
 カーウェイはゆっくり頷く。
「思っていた。信じていたよ、この蜜月は永遠に続くと」
「……お父さん、お母さんのこと本当に愛してたんだ」
「勿論。今でも愛している」
 頬に、目元に、しわが寄る。その笑顔に、年を取ったな、とリノアは感じた。
「お母さんも、一緒にいられたら良かったね」
「何を言っている? リノア。ジュリアも一緒に決まっているだろう?」
「?」
 カーウェイはモーニングジャケットの懐から、鎖に通したリングを取り出した。
「それ……」
「あぁ……お前に形見分けした、ジュリアのリングだ。今日一日は私に貸してくれ。ジュリアにも、見せてやりたい」
 リノアは俯き、涙を堪える。カーウェイはそっと娘の肩を叩いた。
「泣くと化粧が落ちるぞ。せっかくの日なんだ、泣くならスコール君に一番綺麗なところを見せてからにしなさい」
 笑って良いやら悪いやら。おどけるカーウェイの口ぶりにリノアの口許が歪む。
「……っ、もぅっ、お父さんもスコールも似た者同士だわ。2人してちょっともしんみりさせてくれないんだから!」
 これには、傍らで一緒に待機していたキスティスもセルフィも、ゼルもアーヴァインも噴き出してしまった。
 チャペルの中から聞こえていた声が、止んだ。
「あぁ、時間だね」
 アーヴァインは時計を確認し、仲間達と目配せしあう。彼とゼルは右側の、キスティスとセルフィは左側の扉を開くのだ。
 キスティスが最後の仕上げとばかりに、リノアのヴェールを直す。
「さ、いってらっしゃい」
 4人は、せーの、で扉を開いた。
 華やかな音に包まれる。と同時に、温かな笑顔に取り巻かれる。リノアとカーウェイは一礼し、ヴァージンロードを進む。
 新郎側に座る友人の大半はガーデンでの2人の同僚や後輩だ。彼ら彼女らは自分達のことのように嬉しそうな顔をして、カメラを構えたり手を振ったりしてくれた。新婦側の親族らも、愛おしそうに目を細めて祝福の拍手をしてくれる。
 祭壇で待つスコールは、すらりと引き締まった痩躯をパールグレイのモーニングに包み、緊張した面持ちで佇んでいた。リノアのジュエリーとお揃いのラペルピンをコートの襟元に留めている。何の気無しに見てもお洒落だし、見る者はそれこそひとつの愛の表現と気付いただろう。
「頼むぞ、スコール君」
 カーウェイは真剣な顔でスコールへ囁いた。スコールは力強く頷く。
「一生かけて」
 その返答に満足げに微笑み、カーウェイは娘を送り出した。
 笑みを交わす若い2人。
 その姿は、間違うことなく幸福の象徴だった。
 苦難がなかった訳じゃない。むしろ魔女とその騎士ということで、余計な苦労をしてきた2人だ。その上SeeDなどという仕事をしていては、生命の危機に曝されたことも一度や二度ではない。しかしそれでも、2人は互いの手を離すことはなかった。
 そして今、2人は祭壇の前にひざまずいている。神父は2人を祝福し、それぞれに誓いの言葉を唱和させる。
 病める時も健やかなる時も、哀しみの時も喜びの時も、互いを愛し、労り、共にあることを誓う――。
 2人はちらりと互いの顔を見た。泣きそうなリノアに、スコールは微笑み、手を差し延べる。リノアはその手を取り、引き寄せられるように立ち上がった。
 そこに差し出されたのは、マリッジリングを載せたリングピロー。よく見れば、スコールが作り上げたティアラとお揃いだ。ちらと向こうを見れば、ピローを差し出すセルフィもキスティスも、会心の笑みを浮かべていた。
 スコールは気恥ずかしげに2人を睨み、リングを取る。油断すれば落としてしまいそうな小さなリングは、リノアの手にはぴったりだった。リノアはリングを手に取ると、スコールを見上げた。目が合うと恥ずかしそうに目を伏せ、スコールの指に嵌める。
「さぁ、誓いのキスを」
 神父に促され、スコールはリノアの顔にかかるヴェールを取り除ける。
(あぁ、綺麗だな――)
 スコールは沸き上がる心のままに笑みを浮かべていた。柔らかく唇を合わせれば、わぁっと喝采が起こる。
 これからは2人、ずっと、ずーっと、一緒だ。2人で家庭を築いて、2人でゆっくりと歳を取って、一緒に真っ白な髪になって――天に召される、その日まで。
 リノアの頬に、綺麗な涙が流れる。慌てて拭こうとするその手を押さえて唇で拭えば、お調子者が指笛を吹いた。
 瞬間、突如SeeDの一団が立ち上がった。
「コード・レッド発令! 総員、司令官・副官ご夫妻を庭園の披露宴会場へ連行しろーっ!」
 サイファーの一声を合図にして、黒服の軍団が驚くスコールとリノアを圧し包む。
「司令官、大人しくしてください。暴れるとホントに危ないですよ!」
「リノア先輩はこのお輿に乗ってくださいね」
 戸惑う2人を、神父や参列者達は楽しげに笑って眺めている。何と言うことだろう、知らぬは2人ばかりとは!
「うわ、わ、あ、危ない、落ちるっ!」
「あっははははっ」
 輿で担がれるリノアも、騎馬戦よろしく人馬で担がれるスコールも、最早観念するしかない。
 それから先は、2人ともあまりはっきりとは覚えていない。
 とにかく、笑いに笑った。もう要らないと言っても祝い酒は嫌という程飲まされたし(「もうリノアには注ぐな! へたれたらこの後が……」「やぁだ、スコールえっちい!」)、写真も沢山撮った(「お2人さん、いきますよー!」)。食事も勿論美味しく頂いたし(「2人共良い食べっぷりねぇ」)、2人でナイフを入れたケーキも美味しく皆のお腹に納まった。皆に囃されるまま口付けを披露して、真っ赤になったリノアに押し返されたりもした。大笑いだったのはブーケトスとガータートスの時だ。本来ならブーケは女性にガーターは男性に渡らなければいけないのに、何とブーケはニーダが受け取ってしまい、ガーターときたらリノアの従妹のシャノンが受け取ってしまった。これには皆大笑いするしかなく、不承不承、2人は衆人環視の中それぞれに受け取ったものを交換する羽目になった。
 披露宴がお開きになったのは、夕日がバラムの海に沈むその間際だった。珍しく酒に酔い、庭園のベンチでぼぅっと夕焼けを望むスコールに、リノアはずっと寄り添っていた。二次会はどうする、という話が背後でされているのには気付いていたが、今はそんなことどうでも良い。式は自分で頑張れ、後のことはまとめて面倒見る、と言ってくれたのは、グルームズマンの1人を務めてくれたアーヴァインだ。
「綺麗ね」
「あぁ……」
 音楽もすっかり鳴り止んで、潮騒だけが空を揺蕩う。スコールはベンチのサイドに立つリノアに頭をもたせかけ、目を閉じた。リノアは彼の肩に手を回し、ゆったりと叩いている。
「リノア……」
「なぁに?」
「愛してる」
 リノアの手が止まる。スコールはリノアを見上げた。
「愛してるよ、リノア」
 スコールはもう一度言うと、肩に置かれたままのリノアの手に触れた。リノアはそれに応え、指先を絡める。
「わたしも、愛してる」
 リノアはそっと背を屈め、スコールの髪へ唇を落とした。
 ぱっとフラッシュが光った。驚いた2人が背後を振り返ると、そこには一昔前のフィルムカメラを携えたラグナが笑っていた。
「よーぅ、ご両人」
 ダークスーツをまとったラグナは、カメラを振り振り2人の元へ歩み寄る。
「わぁ、ラグナさん立派なカメラですね! 今日はそれで撮って下さったんですか?」
 リノアが興味津々の顔でラグナの手元を覗き込むと、ラグナは偉そうに胸を張った。
「おーよ、これでもフォトジャーナリストって奴だったからな。1年くらいだけど」
「そう聞くと不安だな。やっぱりカメラマンは頼んだ方が良かったか……」
 スコールはわざとらしいしかめ面で呟くと、ラグナは「ひでぇ!」と叫ぶ。リノアはくすくすと笑った。
「あ、そうだ、オレ伝言頼まれてんだった。リノア、あっちでセルフィ達が呼んでたぜ」
 ラグナが背後を指差した。リノアがちらとスコールを見ると、スコールは微笑んで彼女の手を叩き促す。リノアは後ろ髪を引かれる様子ながら、いそいそとセルフィ達のところへ駆けていった。
「ははは、走っていっちまったよ。元気だねぇ」
 ラグナの一言にスコールはふと笑み、ベンチの空いたスペースを叩く。ラグナはゆっくりとした動作でそこに座った。若い若いと自分では思っていても、寄る年波というものには勝てやしない。昔程は素早く動けない身体に苛立つこともあるが、その分息子や娘が大きくなるだけの時間が経ったという証でもあるから、何だか愛おしくも思えてくる。
「素晴らしい式だった」
 ラグナはぽつんと呟いた。
「写真、沢山撮ったよ。フィルムだから、現像してみるまで出来はわからねぇんだけどな」
 大事そうにカメラを撫でるラグナ。スコールは「楽しみにしてる」と返す。
「……ラグナ」
「ん?」
「来てくれて、ありがとう。忙しいのに」
「あのなぁ、息子さん。子供の式に来ねぇ親はいないと思うぜ? まして大事な大事な一人息子だ、何ほっぽらかしても駆け付けるさ」
 嬉しそうに顔をほころばせるスコールの肩を、ラグナは乱暴に掻き寄せる。
 相変わらず、変なところで遠慮をする子だ、とラグナは思う。いつもはあれだけ傍若無人に振る舞ってみせる癖して。
 それにしても、こういう時は何と言ってやれば良いのだろう。数日前から悩みに悩んでラグナが出した答えは、ごくごくシンプルな一言だ。
「……幸福になれよ、スコール」
 これが精一杯の、ラグナから贈れる餞の言葉だった。
「幸福になれ、今よりずっと。人が羨むくらい、未来の魔女と騎士達が羨むくらい、幸福になれ」
「…………」
 静かに聞き入っていたスコールの唇が、だんだんと甘く柔らかい弧を描き出す。そしてスコールは、深く頷いた。
「勿論。リノア曰く、『俺は幸せになるのが義務』だそうだから」
 その返答に、ラグナはぽかんとした。次いで湧き上がってくるのは、笑いの衝動。
「……っあっははは、義務か! そりゃあ良い!」
 大笑いして息子の肩をどやしつけるラグナ。あぁもう安心だ、いつ自分がいなくなってしまっても、この子はきっとやっていける――そう確信して、ラグナは心底ほっとした。やっと、肩の荷が全て下りたように思う。それは少し寂しいことだけれど、悲しいことではない。親子であることには、変わりないのだから。
「スコールーっ! 二次会の場所決まったよーっ!」
 リノアの声が夕焼け空に響く。スコールは熱い物を飲み込んだかのように眉をひそめ、舌打ちして立ち上がった。
「ったく、本当に行くのかよ。俺もう一滴も飲まないぞ! 飲まないからなっ!」
 ラグナはまた大笑いし、ベンチを叩く。スコールが急かすよう彼を見ると、ラグナはひらひらと手を振った。
「ほら、行け行け。お前の祝い事なんだから。大丈夫、場所聞いて後から行くよ」
 スコールは了解、とラグナの手を叩き、駆け出した。
 鐘が鳴る。
 2人は当たり前のように寄り添い、仲間達に囲まれている。
Happy ever after(めでたしめでたし)、ってか?」
 ラグナは最後にもう一度カメラを構え、その幸福な構図を手の中に切り取った。




Fine.