コンコン。ドアを叩く軽い音がする。
ふ、と小さな息をついて、スコールはドアを開けた。
「よーぅ、スコール!」
「おっ邪魔〜♪」
「……ホントに来たのか」
確かに仕事が終わる頃、夜に行くとは言っていたこの2人だが、まさか本当に来るとは。
部屋主の呆れ顔も何のその。ゼルとアーヴァインは当然のごとくにスコールの部屋へ乱入した。
「おー、片付いてるねぇ」
「引っかき回すなよ、頼むか……おい、アーヴァイン? 何だ、その袋」
パンパンに膨れたビニール袋。それが、2人の両手にぶら下がっている。
「これぇ? ふっふっふ……じゃーん♪」
思わせ振りな笑いと共に開かれたる袋の中身は……。
缶。それも、あらゆる種類の酒の。
スコールの目が半眼になる。
「……おい」
「ま、ま、ま」
「たまには良いじゃねっかよぉ。お前だって、そんなにマジメ野郎じゃないだろー?」
確かに。
半眼で睨んではみたものの、同室の奴等の悪気のご相伴に与ったことはスコールだって1度や2度はある。
「……お前ら、見られなかっただろうな?」
「大丈夫大丈夫、ぼくに限ってそんなヘマしないよ〜」
自信たっぷりに言うアーヴァインの様子を見ると、まぁ、大丈夫そうだ。
スコールは重々しく頷くと、寝室の方へ行けと手をひらめかせる。
「食うものは買ってきたのか?」
「ま、多少はな。マメとかスナックをちょっと」
ほれ、と開いたゼルの袋からのぞくのは、酒屋でよく見るいわゆる「ツマミ」。それを見て、2人が役割分担したのが分かる。
思っていることがすぐ顔に出るゼルはスナック、ご禁制品を持っていても堂々としていられるアーヴァインは酒。ちなみにスコールは割と顔に出てしまう性質なので、ご禁制品を持ち込む時にはあの手この手で理論武装を仕込んでみたりする。
「なら、何か作るかな……あぁ、アーヴァイン。そっち行く前にちょっと」
簡易キッチンに向かう前に、スコールはキーロックのある寝室――何か後ろ暗いことをするときは、カギのかかる寝室で、というのがガーデンでの裏鉄則である――に向かう友人を呼び止めた。
「ん?」
「そこの棚開けてくれ。いや上じゃない、下」
不思議そうなアーヴァインは、言われるままに本棚の下の観音扉を開けた。
「おぉっ!!」
隙間から覗いた光景に、アーヴァインは驚愕と歓喜の声を上げた。
「何だ? ……って、何だこりゃ?!」
アーヴァインの頭を押し込めて覗いたゼルも、驚きに目を剥いた。
スコールはしてやったり、と口角を上げる。
「蒸留酒って、砂糖とかで調味してないだろ。バトルのときの消毒薬代わりだって言うと、割と持ち込み自由だよな」
スコールの手によって大きく開かれた扉の先には、さまざまなスピリットのミニボトルが並んでいた。さながら、コレクションの様相を呈している。
「っかー。スコール、お前もワルだなぁ。恐れ入ったぜ」
「まぁ、半分くらいは本当に消毒で使うから、実際呑んだのはそんなにないけどな」
「つか、呑んだんだ? 多少は」
「キスティスや風紀委員には内緒だぞ?」
『当然』
ごつ、と3人の拳が突き合わされた。仲の良い男どもである。
「と、ゆーわけで!」
「スコールの全快を祝し!」
『カンパーイ!!』
かぁん! と軽やかな金属音が寝室に響いた。
「……それでお前ら、急に俺の部屋に行くとか言い出したんだな……」
一応病み上がり怪我上がりに、酒。気持ちはともかく、有難いんだか有り難くないんだか。ゼルとアーヴァインはにまにま笑う。
「だってさー、しんどかったら悪いなーとか思って、あんまし見舞いとか来れなかったし?」
「そうそう、しかも隣近所だと思うとどーも足が遠のくんだよなー」
「ひどい奴らだ」
2人の軽口に薄く笑いながらビールを口に含み、スコールは顔をしかめた。
「うぇ、初めて呑んだけど苦いな」
「あ、ビール駄目? ならこっちどう? 酎ハイ」
交換交換〜、とアーヴァインはスコールから缶ビールを取り上げると、自分が飲んでいたグレープ酎ハイを渡す。
「何が悲しくて野郎と回し呑み……」
そんな冗談を零しながら一気に呷る。見ていたゼルは手を叩いた。
「や、見事! 呑み慣れてんなぁー」
「まぁ、これぐらいはな」
どこか得意げな様子のスコールは、どうやら酒には強いらしい。
ゼルは缶ビールを3本空けたところで、目元が薄ら赤い。今は水割りをちびちびやりながら、野菜スティックを齧っている。
アーヴァインもそれなりに強いようだが、スコール提供のスピリットは流石にきついらしかった。喉元を扇ぎ、チェイサーのつもりかペリエを口にしている。
「お、もうこんな時間かぁ」
アーヴァインはふと見た時計が真夜中を示していたことに気が付くと、友人2人のグラスにペリエを注いだ。しゅわっと、さわやかな炭酸がはじける。
「新しい1日に」
「あぁ、新しい日に」
「乾杯!」
ちん、と控えめな音が鳴る。
時間を認識すると、3人の笑い声は幾分密やかなものになった。1KのSeeD寮は防音もしっかりしているが万が一もありうる。あまりはしゃぎすぎてバレたら、困る。
「電気付いてるのヤバいかなぁ?」
「問題ねぇだろ。オレかなり遅くまでつけてたことあるけど、特に問題にされたことないぜ?」
「あぁ、ならオッケーかな」
「多分な。一応、ブラインドは閉めておくか」
バシャッ、といささか派手な音をたてて白いブラインドが閉じた。その動作の乱暴さで、スコールが少しは酔っていることが窺える。
アーヴァインがくく、と喉で笑う。
「にしても、スコール? あんた、全然顔色変わんないねー」
「そうか?」
訝しげに片眉を上げるスコールの顔を、ゼルが覗き込んだ。
「あぁ、うんうん。確かに! ちょっと顔赤いけどさ、いつもいらねぇくらい白いから、むしろ血色良くなっていいんじゃねぇ?」
「変な言い方すんな」
わざとらしく顰め面をして、スコールはゼルのこめかみを小突いた。ゼルがけたけた笑う。
「そう言うゼルは大分赤いな」
「俺あんま強くねぇもん。たま〜に呑むっつったら、ビールをちょっとくらいだしさ。アーヴァインも強いっぽいよなー」
「ふっふっふ。自慢だけど、酔い潰れるまで呑めた試しないよ」
『そりゃすごい』
胸を張るアーヴァインに、スコールとゼルは気のない返事を返した。それを受けてアーヴァインがわざとらしくいじけてみせると、誰からともなく3人の間で笑いがはじけた。
「あー、腹いて」
ひとしきり遠慮なく大笑いして、スコールは腹を擦って伸びをする。
「スコールは笑い慣れてないんだ?」
「そうだな……あんまり、慣れてない」
アーヴァインに応えてそうは言うものの、今夜のスコールは終始笑顔だ。表情筋の動きはまだぎこちないのだが、薄いものでも笑顔は笑顔。今までを考えると、良い傾向だ。
「いやぁ……偉大だな、リノアの存在って」
「だよねぇ」
しみじみと、感慨深げにゼルとアーヴァインは頷く。あの無口・無表情・無愛想からこんな人間らしい面を引っ張り出したのだから、彼女の存在はつくづく偉大だ、と2人は思う。
「な、何でそこでリノアが出てくるんだ」
慌てるスコール。
何か、まずい方向に向かっている気がする。特にアーヴァインには要注意かも……。
そんなことを考えていると、案の定ゴシップ好きのアーヴァインがにんまりとしてスコールを見やった。
「と・こ・ろ・で・さ、スコール君とリノアちゃんは一体どこまで行ったのかなぁ〜?」
あぁ、やっぱり。
スコールは額に手を当て天井を仰いだ。
「お、オレも聞きたい聞きたい! どこまで行った? なぁ?」
「どこまでも行ってるわけないだろ!」
目をキラキラさせて身を乗り出してきたゼルを押しのけるスコール。
「還ってきてからここ何日間、俺はずっと寝てたってことを忘れてるだろ、お前ら」
「え〜? 寝てるからこそ! のロマンスもあるじゃない〜?」
「あるかバカ」
平手で頭を叩くが、酔っ払いにはノーダメージ。ちなみにスコールのこの「寝てた」というのは全くもって文字どおりの意味で、彼は指一本動かせない状態で暫く寝くたれていたのである。当然、リノアがせっせと様子を見に来てくれていたのに何一つできてはいない。――いや、するつもりはないのだが。
ひとつの確信がある。
本能のままに行動すれば、俺は彼女を確実に――壊す。
スコールはぶるりとかぶりを振ると、アーヴァインをやぶ睨みした。
「そう言うそっちはどうなんだよ?」
「んー、セフィ? ダメダメ、ガードかったいよ〜」
「ガードが堅いっていうよりは、単にオコチャマなだけじゃねぇ? セルフィは」
「む〜」
意外に鋭いゼルの突っ込みに、アーヴァインは項垂れる。
「そんなこと言っちゃってるゼルはどうなのさ」
「え、オレ? ないない、何もねぇよ」
アーヴァインの反撃は不発に終わった。ゼルはあっさりした顔で打ち消す動作をしてみせる。
スコールが片眉を上げた。
「とぼけるなよ、ゼル。あれだけ想われてて、何もなしか?」
「って、何の事だよ」
「あーあーあー、あったねぇ! 青きバラムホテルでのラブシーン!」
「は?」
『三つ編みの図書委員』
……2人がかりで爆弾を投下したつもりだったのだが、これも不発だったらしい。ゼルは単に、不思議そうな顔で首を傾げただけだった。
スコールとアーヴァインは、顔を見合わせる。
「……付き合ったりとか、してないのかい?」
「しねぇよ、話も合わないしさ。つぅか、タイプじゃねぇし」
その一言で、アーヴァインの顔が意地の悪い笑顔になった。
「へっえ〜、『タイプじゃない』、ねぇ〜? なら是非とも、ゼルの『タイプ』ってやつを教えてもらおうじゃないの〜」
身を乗り出すアーヴァイン。
ゼルはそれを避けるように頭を後ろに引いたが、いつの間にか背後にいたスコールに首をがっちり掴まれてしまった。
「逃げるなよ。さぁきりきり吐け」
「いててて」
決して本気ではない痛めつけ方に、ゼルは楽しさと同時うすら寒さを覚えた。間違いない、「あの」スコールもしっかり酔っている! しかも今夜はノリノリだ!
ゼルはさっさと白旗を上げた。
「わかったわかった! 話す、話すって」
観念したゼルをようやく放し、スコールは元の位置に座り直してボトルを取り上げた。ゼルのグラスにペリエを注ぎ、その上から琥珀色の液体を混ぜ込む。
「……で、ゼルのタイプって?」
アーヴァインが改めて身を乗り出して問いかける。
ゼルは、まるで内緒話をするかのように親友2人の頭を引き寄せる。
「……笑うなよ?」
「笑わないさ〜」
「ぜぇ〜ったい、言うなよ?」
「言わない」
じぃっと2人の目を穴が開くほど見つめ……ぽつりと、ある女性の名を口にした。
「………………キスティス」
「…………………………マジ、ですか?」
驚きを通り越して固まったアーヴァインの声は、裏返っていた。スコールなど、目を丸くして声も出ない。
ゼルはがりがりと頭を掻いた。
「あーくそ、だから言いたくなかったんだよ〜。どうせ似合わねぇとか思ってんだろ?」
「……や、似合わないっつーか、普通? なぁ、スコール」
「あぁ……意外なほど、普通だな」
「キスティスってきれいだから、オトコならそりゃアコガレるよね〜。そっかそっか、ゼル、スタンダードな美人さんが好きだったんだ」
確かに、キスティスは美人である。白く抜けるような肌、つやつやの金髪に見事な蒼い瞳。鍛えられた体はスレンダーな風なのに胸もお尻もふっくらしていて、ガーデンに入っているのでなければ今頃はきっと雑誌や映画館をにぎわせていただろう。
「それ、言ったりしないのか?」
「てめ、自分からは言ってないくせによく人に言えんなぁ?」
からかい混じりの言葉を投げかけるスコールを、ゼルは半眼で睨みつけて殴る真似をする。スコールもご丁寧にそれを避けるような真似をした。
「あっはは、ゼル。それ言ったら僕らオシマイ」
空になったグラスを振り振り、苦笑いするアーヴァイン。
「そんな度胸あったら、スコールは今頃人気者だし、僕だって土壇場でテンパらないよ〜」
「……想像するだに恐ろしいからやめてくれ」
スコールも大袈裟に身震いしてみせた。
それから暫く、彼らは好みの映画や俳優の話で盛り上がっていた。
アーヴァインは最近の映画よりは古いドールの映画が好みだという。敵対する家同士の男女が結ばれない恋をする話が特にお気に入りで、ヒロイン役の女優がとても印象に残っているのだという。他にも、貧しい身形の娘が王子に見初められる話、継母に虐められた姫が幸せになる話が好きなのだとか。実は好きなのは話ではなく、その映画で使われたSFXやCG、背景となる美しい森や城、趣向の凝らされた衣装を見るのが好きなのだ、と彼が漏らしたところ、友人2人はとても納得していた。
「お前らしーわ、アーヴァイン。いよっ、芸術家!」
「よしてくれよ〜。まぁ、自分で作れないからそう言う所に目が向くのかもね」
ゼルが囃し立てると、アーヴァインは恥じ入って苦笑いした。
そんなゼルは、映画を見るなら最新のものが良いという。アクションものが大好きで、今は未来から過去にやってきたアンドロイドの話の最新作にとても期待を寄せているそうだ(ちなみに、この映画に対してスコールは『もういい加減にしろ』と思っている。賢明にも口には出さなかったが)。そんな彼は当然のように、アンドロイド役をしていた筋骨隆々の俳優がお気に入りだと言った。次点はSci−Fiで、少し前に見た地球の核までもぐっていく話は、DVDを購入して何度も見たそうだ。彼曰く、何度見てもハラハラドキドキ出来る話は名作、とのこと。
「何度も同じ映画見て、面白いかい? なぁ、スコール」
アーヴァインに同意を求められて、何とも言えずスコールは肩を竦めた。彼は気に入った本は買い込んで何度も読み返す性質なのだ。それを告げるとゼルは大いに同意して、嬉しそうにスコールと肩を組んだ。
「よし、仲間だな!」
「だな」
「ひでー、仲間外れだ」
よよよ、アーヴァインが泣き真似をしてみせた。
そしてスコールはというと、あまり映画を見る方ではなかった。その代わりか、サスペンスやミステリーのドラマをよく見るのだという。今はガルバディアで人気の刑事ドラマがお気に入りで、迷宮入りの事件を追うものと、首都警察の科学捜査班が活躍するものを頑張って見ているのだとか。何故「頑張っている」のかというと、見ようと思っていても忘れてしまって、後から録画したものをまとめてみる羽目になることがよくあるからである(仲間達は、友人にして司令官のこの間抜けな一面に親愛の情を感じると共に、大爆笑した)。彼は、迷宮入りの事件を追っている刑事役の女優が、なかなか可愛くて好きだという。
「へぇ、意外だね。リノアがまるっきりタイプかと思ってたのに」
この返答に、アーヴァインは目を丸くして口笛を吹いた。スコールが挙げた女優は金髪で、彼が今付き合いを持っている少女とは随分違っていたから。
「付き合うタイプと目の保養は違うだろ。お前だって、好みが全く違うじゃないか」
「まぁね」
スコールのやり返しに、アーヴァインは肩を竦める。
「そういや、ゼルは好きな女優さんを挙げなかったね? やっぱキスティに勝る美人はいない?」
「そっ……それは、そのぉ……ま、まぁそんなとこだな!」
開き直ったゼルの真っ赤になっている耳を見て、スコールは下を向いて笑っていた。
ゼルは情けない顔になった。
「笑うんじゃねぇよぉ」
「わ、悪い、悪かった」
スコールは水を一口含むと、大きく伸びをしてからゆっくりと立ち上がった。
「さぁて、いい加減片付けて寝よう。もうあんな時間だ」
そう言って彼が指さした時計は驚くべき時間を指していて、ゼルが大袈裟なほどに身を引いた。
「うげ、マジかよ?! オレらどんだけ呑んでたんだ」
「あっはは、うっかり時間忘れてたね〜」
時間を認識した途端、3人はのそのそと立ち上がり後片付けをし始めた。
「アーヴァイン、そこのガラよこしてくれ」
「ほいっ。あ、缶潰してくれよゼル。そのままじゃバレるからさ」
「任せろ。縦に踏み潰したらラベル見えねぇよな。スコールぅ、こいつどこにやる?」
音は静かに、だが口は賑やかに、3人は祭の後を片付けていく。その手早さはさすがSeeD、さながら作戦後の撤収作業のようだ。あっという間に、スコールの寝室は元の通りになった。……流石に、酒の匂いはどうにもならないので、スコールは明日一日中窓を開けておこうと決めた。
サンダルを突っかけたゼルが、ビニール袋を片手ににかっと笑う。隣に立つアーヴァインはスニーカーを踏ん付けて、今更のように大欠伸をしていた。
「じゃーな、また明日、つーか朝に」
「また朝に〜……って、隣に向かいでまたも何もないって感じるするけどね」
アーヴァインの言い草に、スコールはふっと笑った。
「違いないな」
スコールは軽く手を振り、2人を追い出した。いつまで話していてもきっと楽しいのだろうが、流石に今日はいい加減にしないといけない。朝になれば、また仕事に授業に訓練と大忙しなのだから。
スコールは2人の「兄弟」に、笑いかけてこう言った。
「おやすみ、ゼル、アーヴァイン。また、明日」
End.