年端もいかない子供達が生徒の大多数を占めているバラム・ガーデンでは、月ごとの行事を大切にしている。学年が上がるごとにその傾向は緩くなりイベントも減っていくが、節目節目のイベントは実行委員会が中心となって大々的に催すものである。
「で、今月はハロウィーンなのよ。SeeD主催でね」
「わぉ、楽しそう♪」
 キスティスの説明を聞き、リノアは手を叩いて歓声を上げた。今年ガーデンへ編入し、めでたくSeeDの一員となったリノアには初めての経験だ。
「あれだよね、変装するやつだよね? んで、『お菓子くれなきゃ悪戯するで〜!』って!」
 セルフィも勢い込んで身を乗り出す。キスティスは苦笑した。確かに、やることは間違ってはいないのだが……。
「セルフィ、元はどういう行事なのかわかってる?」
「んーん、ドールだかセントラだかのお祭りだってことくらい〜。トラビアはお祭り好きだけど、よそのお国のお祭りまではやらないからさ」
 トラビアで育ったセルフィは、「ハロウィーン」が実際に何をする行事なのかはある程度知っていても、元の謂れは知らないらしい。キスティスはリノアに目線を向ける。
「リノアは?」
「ん? ハロウィーンについて? 元はセントラの自然宗教の行事で、子供を掠う妖精を追い払う為に子供を妖精に仮装させるっていう魔除けの行事だったんだよね。それがガルバディアに広まって聖霊教の万聖節と混じって、万聖節のイヴ、つまりは10月は31日に、聖なる日をお迎えする前の厄払いとしてやるようになりました、と」
「お見事」
 キスティスは素直に拍手を送った。セルフィも感心した風に手を叩く。
「流石ね。ひょっとして宗教史選考?」
「まーさか。ただ、うちの学校では力入れてた、とだけ言っておくよん」
 へへっと笑い、リノアは頬を掻く。セルフィがその横で首を傾げ、キスティスへ問いかけた。
「んーっ、じゃあさ、あたしらも妖精に仮装するの? 皆一緒とかつまんなくない?」
「この場合の妖精っていうのは、聖霊教でいう『化け物』と同義ね。だから、狼男でも吸血鬼でも、何でもしてちょうだい。子供達は希望者のみ貸し出すことにしようと思うの。勿論、自分で用意出来るならしてくれても良いけれど」
 そこで何か思い付いたセルフィは、ぱんっと机を叩き立ち上がった。
「あ、じゃあこんなのどぉ? 授業に余裕あるんなら、授業でお化けの仮装、作っちゃおうよ!」

ハロウィーン狂想曲

Trick or Treat!


「……で、ゴミ袋がやたらと俺の部屋にある訳か」
「そ、お化けの仮装でね〜」
 切り取って、目鼻を書いて、頭から被って出来上がり、という何とも子供騙しな衣装だが、年少クラス(特に5〜8歳辺りのプライマリークラス)の子なら楽しんでくれるだろう。
「今年のハロウィーンはSeeD主催らしいけど、スコールは何かするの?」
「……さぁ?」
「『さぁ?』って……」
「今年も当然やるだろうとは思ってたけど、SeeD主催は今聞いた。明日確認しとく」
「うん、そうして♪」
 リノアは上機嫌であれやこれやと手順の確認をする。スコールはのんびりとそれを見守っていたが、やがて飽きたのか口を開いた。
「リノアは何か仮装するのか?」
「んー、何しようかなぁ、って考え中。フェアリーはセルフィがしそうだし、キスティスやシュウが何やるかによるかな〜」
 リノアはスコールへは何も問わなかった。スコールは何となく不安感を覚える。
(……サプライズか何か期待されてるっぽいな……)
 スコールにとっては毎度のことで、数年前から既にネタは尽きている。とりあえずキャンディとチョコレートは沢山仕入れておくとして(上級生なので子供達に群がられるのは目に見えてる)、さて何をすれば皆の度肝を抜けるだろうか?
 平静な無表情を装いながら、スコールは楽しい空想に没頭していった。

 計画半ばの数日後。
 いつもは青と白が基調のガーデンが、少しずつカボチャ色に染まってきた。
 勿論、休憩時間中の司令室も。
「いや〜、ランタン作りって何気にハマるね〜」
 彫刻刀を持ったアーヴァインが苦笑いした。彼は今、中身をくり抜いたカボチャに目鼻を開けている最中なのだ。
「アーヴィンのカボチャ、ちょっと情けない顔じゃない〜?」
「そうかい? 目の三角を普通にしてみただけなんだけど」
 確かにセルフィの言う通り、アーヴァインのカボチャは少し優しい顔になっている。アーヴァインとセルフィは隣でカボチャを削っているスコールの手元を覗き込んだ。彼はナイフで中をくり抜き、ランタンの土台を作っている。
「スコール、調子は……どうって聞くまでもないねぇ……もうストックみっつめか……」
 意外に早い彼の手先にはもう呆れるしかない。
「じっくりこつこつやってるからだろ。数が要るんだから完璧な仕上げは後! ほら次」
 ワタはバケツに身はボールに放り込み、スコールはほぼ皮だけになったカボチャをセルフィにパスした。
「ほいきた! やったるで〜!」
 セルフィは腕まくりをして彫刻刀を手に取る。その間に、スコールは適当な位置からヘタを切り落としていた。小さい鋸でがっしがっしと切っている様は、顔に似合わず荒っぽい。これがサイファーなら似合うだろうが。
「いいんちょ、超豪快」
「俺に繊細さを求めてるのか?」
 カボチャの中身を露出させ、スコールはまたナイフを手にする。深く突き立て格子を切り、えぐり出す。製菓用の軟らかい品種とはいえ生のカボチャは硬い筈なのだが、スコールはいつもの涼しい顔(そりゃあいつもよりは力の入った顔だったが、セルフィにはそう見えた)でカボチャの相手をしていた。
「そいや、中身分別してるけどどうするとか聞いてる?」
「リノアが食堂に持っていってる。食堂のおばさんがパーティー用のタルトやスープを作ってくれるらしい」
「へぇ〜。んでそのリノアは〜?」
「そのレシピの配合を考えるために、料理研究会の連中と食堂に行った」
「ふ〜ん、当日楽しみやね、い・い・ん・ちょ♪」
 そのセルフィの一言に、スコールは無言で頷いた。セルフィとアーヴァインは顔を見合わせ苦笑する。最近のスコールは開き直ってしまい、からかいがいがなくてつまらない。
 その時、司令室の扉が開き、上機嫌のシュウが入ってきた。
「やぁやぁ皆の衆、ランタン作り頑張ってるかい?」
「おかえり、シュウ〜! 飾り付け、どう?」
「そりゃあもう順調さ♪ ……あ、そうだ。誰かプレートアーマーをどこにしまってるか知らない?」
 当然知る筈のないセルフィとアーヴァインは顔を見合わせる。対してスコールは、ナイフを置いて顎を撫でた。
「プレートアーマー……って、あれか? 毎年パーティー会場入口の脇に置いてるやつ」
「そうそう、それそれ。演劇部の使ってる倉庫に入れたと思ったんだけどさ」
「なら劇部のやつが動かしたんじゃないのか? そうでなきゃか備品管理やってる救護Bのやつか」
「成程、管理担当か。聞いてみるわ、邪魔してごめんね〜」
 シュウはひらりと手を振り、くるりと踵を返して出ていった。
「ねぇ、スコール。プレートアーマーって?」
「……昔、演劇部が『魔女の騎士』をやろうとして買い込んだってウワサがある。でも未だかつて何かの劇で使われたなんて話聞かないんだよな」
「あっははは、マジかよ〜!」
「あぁ。で、勿体ないからハロウィーンのときだけ飾られてるんだ。多分、発見されたら即行会場に据えられるだろうな」
 そこで、スコールはあることを思い出してふっと笑ってしまった。
「何だい何だい、急に笑って」
「あぁ、いや……何でもない」
「え、何だよ。気になるじゃないか」
「何でもないったら何でもない」
 だって話してしまったら、誰も驚かせない。
(うん、決めた。そうしよう)
 どうやっても聞き出してやろうとする2人を適当にあしらいつつ、スコールは胸の内でにんまりとほくそ笑んだ。

「あ、お帰りスコール、見て見て!」
 司令室から戻ったスコールの目に飛び込んで来たのは、シックなドレスを纏ったリノアの姿だった。 ハイネックの黒いドレス。リノアがくるりとターンをしてみせると、たっぷりと襞の寄せられたロングスカートのスリットから深緑のベロアがひらめいた。普段明るめの色を纏う彼女を見慣れている身としては、その禁欲的な姿が逆にそそられ、スコールは静かに焦る。
「ど、どうしたんだそれ?」
「臨時貸衣裳屋さんに貸してもらったのだ!」
「貸し……あぁ、演劇部か」
「そそ。これにね、こう……帽子を被って箒を持つと!」
「成程、『魔女』か」
 そう、所謂「魔女」である。スコールは苦笑した。
「魔女が魔女やるのか?」
「ホントはね、お姫様を勧められたんだけど……お姫様は何だかなぁと」
「……普通、姫の方が喜ばないか?」
「だって、あぁいういかにもなドレスはあんまり好きじゃないんだもん。割と持ってるしさ」
 一瞬、何を言ってるのかとスコールは思った。普通、ドレスなんて持っていないだろう――そう言おうとして、スコールは端と思い出した。
 リノアはガルバディアでも有数の大家の令嬢だ。
「どしたの、スコール?」
「…………いや、そういやお前、良いとこのお嬢様だったな、と思って」
「え、何今更」
 リノアはくすくす笑う。
「スコールさんだって良いとこのご令息ではないですか〜」
「ん? 俺が?」
 首を傾げるスコールに、リノアはますます笑ってしまう。スコールは唇をへの字に曲げた。
「何だよ」
「いやいや……そうだ、スコールは何するか決めたの?」
「明日のお楽しみ」
「えー、ずるい。わたしのは見た癖に!」
 リノアはぐいぐいとスコールの袖を引く。だがスコールはどこ吹く風で揺られていた。
「さ、お菓子の準備しないと」
「スコール〜!」
「ほら、リノアは準備良いのか?」
「う……や、やらなきゃだけど。キャンディの詰め合わせ……」
「じゃあさっさと終わらせよう。でないと、…………」
 スコールは楽しそうにリノアの耳元で囁いた。途端、彼女は顔を真っ赤にして肩を聳やかす。
「スコールのえっち!!」
「ふっ……あははは」
 リノアは慌ててスコールの腕を放し、大笑いする恋人を睨み付けた。

 そんなこんなで、あっという間に当日になってしまった。今日は放課後をフルに使って、お化けだらけのハロウィーン・パーティー。
「ねえっ、スコール見なかった?!」
 木製の箒と三角帽子を手に持ったリノアは、全く姿を表さない恋人にやきもきしていた。正統派ヴァンパイアに扮したアーヴァインは、苦笑して首を傾げる。
「うーん、今日は見てないんだよねぇ」
「もう時間なのに、どこ行ったのよ〜!」
 叫んだからって出て来る訳ではない。オオカミ男ゼルと天使キスティスは顔を見合わせ肩を竦めた。
「リノア、落ち着きなさいな。ここで大声上げたってしょうがないわよ」
「案外、もう会場にいるかもだぜ。あいつ結構イベント好きだからよ」
「そ、それはそれで腹立つ……! こういう時ってエスコートするもんじゃないの? だってパーティーなんだから!」
 むくれるリノアに、軽やかなミニドレスを纏い4枚の羽を生やしたセルフィがわざとらしい呆れた顔をしてみせた。
「リノアぁ、いいんちょにそんなもの求めてるの〜?」
「いやー、期待はしてないけど……でもさ、何て言うの。乙女心?」
「気持ちはわかる気するけどね〜。ほらほらリノア、とりあえず会場行こ。主催のSeeDが遅れたら恥さらし!」
 セルフィはランタンをリノアに持たせ、ぐいぐいと押して司令室を後にする。パーティーが始まる時間まで、もう間がない。
 ガーデン内には様々な「お化け」が犇めいていた。中には見知らぬ大人や親子連れ、バラムのとある幼稚園の制服を着た子供達などが混じっている。それを目にしたリノアは、上階から不思議そうに覗き見た。
「キスティ?」
 リノアは階下を指し示しながら友人を振り返る。
「あぁ、イベント事の日は校内を一般開放しているのよ。子供達の為にも、一般の方との交流は大事だからね」
「へぇ〜」
 セルフィも共に覗き込み、珍しげに目をくりくりさせる。
 随分と、恐ろしげな光景だ。
 エルフに引率される幽霊一行だとか、小さなアルケオダイノスだとか、頭に矢が刺さったゾンビ(この人に抱かれた赤ちゃんは、のけ反って全力で泣いていた。きっとパパの格好が本気で怖かったのだろう)だとか、とにかく沢山のお化けがたむろしている。会場案内をしているお化け、合言葉を唱えてお菓子を強請るお化け、走り回ってお化けに注意されている人間。思わず笑いを誘われる。
「お、漸く来たね!」
 大ホールの入口で人を捌いているのは小悪魔に扮したシュウだった。
「お待たせ、シュウ……あら、貴女と私、お揃い?」
「そうさキスティ♪」
 シュウは上機嫌でキスティスの腕を取る。白く清楚な天使と黒く快活な小悪魔は、並べてみると確かに「お揃い」だった。
「皆、ちゃんとお菓子の準備は出来てるかい?」
「「バッチリ!」」
 ランタンとお菓子の袋を示し合わせ、一同は大ホールへと足を踏み入れる。
 その時、アーヴァインが気が付いた。
「……お、見つかったんだ? 例のプレートアーマー」
 背の高いフル装備の騎士が、入口脇にどーんと立っている。
「あぁ、何とかね」
「へぇ〜、プレートアーマーってこんななんだ」
 セルフィが興味津々で手を伸ばす。こんこん、と叩くと、シュウが「凹まさないようにしてよ」と苦笑した。演劇用の軽いアルミ合金製なので、強度が余り高いものではないのだそうだ。道理であちこちに小さな凹みがある筈だ。
「こりゃ、中身入ってても気付かれないだろうねぇ」
 アーヴァインの暢気な言葉に、キスティスとゼルが同時に噴き出した。
「な、何だい?」
「いや、っははは」
「ふふふ、それねぇ……」
 ちょうど、年少組の少年達がプレートアーマーに近付いてきた。少年達は「すげぇっ」「カッコイイなぁ!」と無邪気にぺたぺた触る。
「あ、こら、あんまり触って壊したりしたら……」
 リノアが上級生らしく注意しようとした瞬間。
 ぎしっ。
「?!」
 騎士の首が動いた。少年達とリノア、そしてセルフィは、それはもう飛び上がらんばかりに驚いた。アーヴァインも目を瞠って固まってしまう。
 少年達は騎士の視線から逃れようと周囲をうろうろするが、騎士は首を巡らせ追い続ける。シュウはそんな彼らの肩を掴み、騎士の前に据えた。
「さぁ、勇敢な候補生諸君! 騎士殿に合言葉を唱えるんだ!」
 少年達は思いっきり腰が引けていた。しかし顔を見合わせ頷き合うと、2人一緒に口を開く。
「「Trick or Treat!」」
 大きな声だ。その元気の良さに、周囲の大人達は微笑みを浮かべる。
 騎士は腰に吊り下げた袋を探り、大きな金色の包みをふたつ取り出した。それを2人に渡すと、偉い偉いとその頭を撫でてやった。
「わぁ、でっかいチョコレート!」
「せんぱい、ありがとう!」
 少年達ははしゃぐように礼を言い、ホールへ走っていった。すると入れ違いに、様子を見ていた子供が1人2人と寄ってくる。
「やっぱり、今年も入ってるのね」
 キスティスがくすくす笑う。シュウは親指を立ててウインクした。
「そりゃあ恒例だもの♪ にしても、今年は意外な人物が『中身』ですけどね」
 事情を知っているシュウは笑いを堪えるのに必死だ。その目線の先で、騎士は子供の応対に必死になっている。わらわらと群がる子供達を身振り手振りで制していたが……。
「あぁ、ほら、順番だ順番! 押さないんだっ」
 遂に騎士が声で注意した。その声は、皆にとってよくよく聞き知った声だ。
「え、スコール?!」
「うぉ、こりゃ驚いた……」
 仲間達は目を剥き、シュウはとうとう笑い出す。騎士、もといスコールは、面甲を跳ね上げてシュウを睨んだ。
「シュウ先輩、笑ってないで手伝ってください!」
「あーはいはい、わかったからそういきり立たないの。さーぁ皆! お兄さんだけじゃなくてお姉さんにも合言葉くれるかなー?」
 シュウは慣れた様子で子供達へお菓子を渡し、スコールから子供達を引っぺがす。
 その頃、茫然としていた仲間達は、漸く込み上げてきた笑いに襲われて腹を抱えていた。

「あー、驚いた! まさかスコールがあんなことするなんて」
 漸く入れたパーティー会場の中、苦笑する魔女の隣で、ヘルムを脱いだ騎士は得意げに微笑んだ。
「昔、驚かされたからな。いつかやってやろうとは思ってたんだ。決意したのがたまたま今年だっただけで」
「へぇ〜、成程ねぇ」
 恋人の意外な一面に、リノアは笑う。ひとしきり笑うと、彼女は1歩離れてスコールを上から下までまじまじと見回した。
「それにしても、ホント、似合うね。まるで、本物の騎士様だ」
 スコールは肩を竦める仕草をする。その肩にリノアが擦り寄ると、スコールは慎重に腕を上げ、彼女の肩を抱き寄せた。
「本当に『騎士』、だけどな」
「うふふ、そうだね。『魔女の騎士』だ」
 その時、会場がふぅっと暗くなった。自然、2人は天窓を見上げる。
「……そろそろだな」
「うん」
 カウントダウンが始まった。
 ビニール袋の小さなお化け達に、過去の偉人を模した幽霊、空想に住まうモンスターに、伝説のエルフと妖精、天使に悪魔、そして、魔女と騎士。今宵限りの集会の為、空にかかる月の光を盗み取り、本物のお化けを驚かそうとランタンにこめて捧げ持つ。
 花火が打ち上がる。
 一瞬明るくなったホールで、誰かがせーの、と声を上げた。

「Happy Holloween!!」

 花火に向かい、ランタンを突き上げる人々。スコールとリノアも、盛大に声を上げてランタンを掲げた。
 さぁ、モノども、宴はこれからだ!




End.