ＴＲＲＲＲ．．．。
昼食時の司令室に、外線が鳴り響く。
「……っ、こちらバラムガーデン司令室。ＳｅｅＤレオンハートがお受けします」
本日留守居役のスコールは口の中のものを慌てて飲み込み、飛び付くように電話を取った。
『カーウェイだ』
「！ お久しぶりです、首相」
ガルバディアからのホットラインだった。スコールは何事かと背筋を正す。
何があったのだろう？ 最近のガルバディアは平和なものだと思っていたが、水面下では何か不穏な動きがあるのだろうか。ガーデンにはそんな情報は入ってきていないが……。
電話の向こうから、くく、と低い笑い声が聞こえてきた。
『そんなに畏まらなくても良いだろう？ 君と私の仲で』
スコールは口を引き結び、決まり悪く頬を掻く。
フューリー・カーウェイ。ガルバディア共和国の首相にして、恋人の父。普通ならある種の「恋敵」になるはずなのに、彼はスコールのことを「未来の息子」とひどく可愛がってくれていた。
スコールはこほん、とひとつ咳払いする。
「……すみません。えぇと……今日は、どうしたんですか？」
『うむ、少し頼み事をしたくてね』
「またカードの相手ですか？」
スコールが軽口を叩くと、カーウェイは笑った。
『それも良いんだが、今回は別のことなのだよ』
カーウェイが話すには、あるパーティーの為にＳｅｅＤをひとり派遣して欲しいのだという。それも、出来れば女性が良いのだと。
頭の中の予定表を確認し、スコールは悩んだ。
（確か、全員出払ってるよな……？）
普段、派遣任務で男女の別など関係ない。モンスターハントや要人警護は、力量さえ伴うなら誰だって良いからだ。勿論性格等は考慮するが、特に気にはされない。
だから、こういう風に指定をされると、割り振る側としては少々困ってしまう。
『どうしたのかね？』
「あぁ、いえ、その……残念ながら、女性ＳｅｅＤの予定は全て埋まっているんです」
『そうか……』
正確にはリノアが所属している救護隊の予定は空いているものの、「怪我人の絶対帰還」が至上任務である彼らの予定は空いていてこそ価値がある。誰かが１人でも派遣されているなら、彼らは手を空けておかなければならないのだ。
『ふむ……どうしたものかな』
「男性で良ければ数人いますが……」
結局、少し考える、と言ってカーウェイは電話を切った。
その電話と前後して、リノアはガルバディアへ一時帰宅することになった。来るべき国際会議に向けて、少々あるらしい。
「……と、いうわけなので、今週末は実家に帰ってきまーす」
昼休み、リノアから申告を受けたキスティスは苦笑した。
「何か、もう結婚してるみたいな言い方ね、『実家』って」
「えへ」
ぺろりと舌を出すリノア。愛らしい、彼女に良く似合う仕種だ。
ひょいと、２人の視界に紙袋が飛び込んで来た。
「何がどうしたって？」
「スコール」
紙袋を受け取りがてら、リノアは振り向いた。
「あなたの可愛い『奥様』が、今週末里帰りするんですって」
キスティスがからかうように言うと、スコールは彼女へも紙袋を渡しながら片眉を上げてみせる。
「『奥様』、ってあんたな……ん、里帰り？」
「あぁ、聞いてない？ 記念すべき第一回国際会議、ガルバディアでやるんだよ」
「いや、それは聞いてる……それで、何でお前が里帰り？」
「終了後のパーティーで、ホストやるんだ。一応、首相の娘ですからねぇ」
「本来ならファーストレディがやるべきでしょうけれど、奥様はもういらっしゃらないしね。仕方ないのよ、スコール」
キスティスに苦笑いで不機嫌を指摘されたスコールは、口をへの字に曲げてみせた。 リノアとキスティスはくすくす笑う。
「それでね？ スコール。派遣要請が一件入ってるんだけど」
「何だよ。またエスタじゃないだろうな？」
「いいえ、ガルバディアよ」
「…………」
スコールは軽く息をついた。
どちらにせよ、派遣要請を受けたくなかった。受けなければ手が空く。そうすれば、リノアについていけるのだ。
（思いっ切り、私情だな……司令官失格、だ）
「スコール？」
キスティスが生徒を咎めるような声色を使う。スコールは聞いている、と手をひらめかせた。
「で、内容は？」
「内容は、パーティー会場での護衛。対象は個人よ。女性ね」
「…………。？」
スコールは何かひっかかるものを覚える。どこかで、聞いたような……？
（この時期に、パーティー。しかもガルバディア。女性の警護で、ＳｅｅＤ……？）
嫌な予感がして、スコールは眉間にぎゅっとシワを寄せた。
「まさかそれ、カーウェイ首相からじゃないだろうな？」
キスティスは目を丸くした。
「あら、聞いてたの？」
「この間ホットラインで打診された。女性ＳｅｅＤの空きはあるかと。スケジュールは全員埋まってると言ったら、困ってた」
「足りないときはどこまでも足りないのよね……スコールと私が交代出来れば良いんでしょうけど、国際会議の仕切りはちょっと、急には交代出来ないからね……そうだわ、
「当たる意味がない。唯一の女子護衛官は今月頭に既に埋まってる」
「あらら」
ガルバディア・ガーデンに所属しているＳｅｅＤも駄目となれば、キスティスは額に手を当て嘆くしかない。
「………………手がない訳じゃ、ないんだが」
長い沈黙の後、スコールがとても言いにくそうに口を開いた。
「女子を頼むってことは、パーティーは女性ばかりか、あるいは圧倒的に女性が多いんだろう？ 要するに、彼女達を威圧しないようにすれば、良いんだから……細身のやつに、女の格好、させるとか……」
「うわー、誰かさんごめんなさい。わたしの為に」
苦笑いでこの場にいない誰かへ手を合わせるリノア。スコールはリノアを見、キスティスを眺め遣った。
キスティスは優雅に口許を押さえ、笑う。
「カーウェイ氏の御依頼だもの。普通そうよねぇ、リノア」
「ねぇ、キスティ」
「……お前ら、それ先に言えよ……」
否応なしに選び取った未来に、スコールはがっくりと項垂れた。
「ただいま、お父さん」
多忙なフューリー・カーウェイ現ガルバディア首相の執務室に、明るい声の少女が入ってきた。
カーウェイは穏やかに笑みを浮かべ、席を立って迎える。
「あぁ、リノア。元気そうだな」
「お父さんも」
２人はぎゅっと抱き合い、愛情を込めて互いの頬へ口付けた。
「すまないな、お前だって大変だろうに」
「そうよ、お父さんが再婚してくれないから」
「……それは」
「ジョーダンよっ。お父さんがお母さんのこと今でも大好きだって知ってるからね」
言葉に窮した父をもう一度ぎゅっと抱きしめてから、リノアは腕を解く。
「それにしても、パーティーねぇ。わたし、あんまり得意じゃないんだけど、大丈夫そう？」
「あぁ。慰労会みたいなものだから、余程酷い粗相さえしてくれなければ大丈夫だ。そんなに固くなる必要、は……」
その時、カーウェイは娘に付き従って１人の人物が部屋に入ってきていたことに気が付いた。
凪いだ水面に立つかの如くひっそりとした気配。幅広のシェードと柔らかく波打つ長い髪で人相ははっきりしない。だが、ガルバディア人らしき白い頬は無駄な肉がなくなめらかで、優しいベージュピンクに彩られた唇はやや薄いものの綺麗な形だ。相当な美人のように見える。髪を伸ばしているのは肩幅を気にしてのことだろうか？ しっかり鍛えた証なのだから誇れば良いのに――カーウェイにとっては、どうしてそこが女性にとって欠点に思えるのか理解不能だった。
きっと、「息子」が手を尽くして派遣してくれたのだろう。そう思うとカーウェイは、ともすればキャリア・ウーマンにも見えるパンツスーツの護衛官へ感謝を込めた視線を向けないではいられなかった。
――だが、視線を受けた相手は、首を傾けて目を外した。
（……？）
その動きは、どこかで見たことがあるような。
改めて、上から下まで眺めたカーウェイは、何だかいたたまれない表情をしている娘の脇を通って護衛官へ近付くと、手を差し延べた。
「娘のこと、頼むよ」
これにはしらばくれる訳にもいくまい。護衛官は諦めた様子でカーウェイの手を握った。
筋張った手。掌は固く、指の付け根に胼胝がある。とてもよく知っている手だった。
「………………君の、娘に対する献身ぶりには、本当に感心するよ」
「…………」
護衛官――スコールは、正体がばれた気まずさにぎゅっと唇を引き結んだ。
「……わかりやすすぎ、ですか」
平素より高めの、ハスキーな声。恐らく、女声に聞こえるようチョーカーに何か細工がしてあるのだろう。
カーウェイはく、と小さく笑う。
「いや、私は君の癖を知っていたから気付いただけだ。知人でもまずわからないのではないかね」
「だと良いんですが……」
今回の国際会議には、議事進行役としてキスティスが、そして彼女率いるＳｅｅＤ１隊が派遣されることになっている。おまけに、父ラグナ・レウァールまで来るのだ。事情を知っているキスティス以外に正体がばれるのは、己のプライドの問題として避けたいところだった。
願わくば、平穏無事に終わりますよう。
スコールは元より、彼の苦悩をよく知っているリノアも、そう強く願わざるを得なかった。
会議は、滞りなく終了した。採択された平和条約が各国首脳の手で掲げられた様は、きっと夕方にはバラムに電波で届くのだろう。
パーティーホールに設置された画面には夫人や子息令嬢達の為に映像が流されていた。わぁっと上がった歓喜の声に、スコールはほっと息をついた。
「これで、ちょっとは平和になるかな？」
「すぐには無理だろうな。でも、一歩進んだのは確かだ。ティンバーも自治州に繰り上がるし」
「……そうなると、わたしの依頼もひと区切りだね。何か、寂しいな」
しんみりと呟くリノア。スコールは小さく息をつくと、誰もこちらを見ていないのを確認してから一度だけ彼女の肩を撫でた。
「依頼任務なんてものは、終わりが早ければ早いほど良い」
リノアはスコールを見上げる。彼の表情は、柔らかな髪とシェードに隠され、よく見えない。
「終われば、帰れる。早く終わってくれれば、休みが増える」
妙に真面目な雰囲気でのたまう彼に、リノアは危うく吹き出しかけた。
「……もう！ 何かカッコイイこと言ってくれるかと期待したのに」
こっそりと肘で小突くリノア。
彼女にはわかっている。彼はわざとおどけてみせたのだ。繋がりがひとつ切れてしまうようでしんみりしている自分に、笑顔を取り戻させようとしてくれたのだ。
それに、この言葉にはもうひとつ隠れた意味がある。
救護隊であるリノアは、基本的に内勤だ。早く帰れる、ということは、早くリノアに会える、ということでもある。休みが増えれば、２人の時間が増える。そういうことだ。
（つくづく幸せ者だね、わたし）
小さく笑うと、スコールは僅かに口角を上げた。そして、膝を少しだけ屈めてリノアの耳許に囁いた。
「何もなさそうだし、壁にでも寄ってる。また後で、な」
「うん。……パーティーはけたら、そこのドルチェいくつか貰っていこうね」
パーティー会場には、晩餐まで夫人方の気を紛らす為にいくつかのテーブルがセッティングされている。その内のひとつをリノアが指し示すと、スコールは、ふ、と気恥ずかしげな笑みを残して逃げた。
後には、ホストらしく振る舞うリノアと上品そうな夫人方や子供の声が和やかに響く。
首尾よく壁に背を預けたスコールは、各国首脳が入ってきてだんだんと手狭になっていく会場を眺めていた。親睦を深める為の晩餐では会場を移るのかと思いきや、そのままここで立食形式の晩餐会にするらしい。
（これは警備のＳｅｅＤ達も大変そうだ）
とはいえ、今回は自分には関係ない。なのでスコールは、のんびりとリノアの立ち振る舞いを鑑賞していた。
しゃんと背を伸ばし、笑顔で応対するリノア。その身を品良く包むのは、目に優しいパールホワイトのイブニングドレスだ。
実はこのドレス、スコールが見立てたものである。それを思うと図らずも顔がにやけてきそうで、スコールは肘を掴む手を片方だけ外し、口許を軽く拭った。
そこに。
「お忙しそうですね、お仲間さん？」
淡い金の髪を真っ直ぐ伸ばした女が、スコールへと近付いて来た。スコールは何事かと身構える。
女はそれを察すると両手を上げた。
「おぉっと。……そんなびしびしに威嚇しないで頂戴な、司令官殿？」
スコールの心臓がぎくりと跳ねる。それは全身に伝わってしまったらしく、女はくすくす笑い出した。
「相変わらず素直ねぇ。普段は鉄面皮の優秀なＳｅｅＤの癖に、鎌かけられると簡単にひっかかる」
「〜〜〜〜〜っ」
声にならない唸り声は女だけに聞こえたようだ。もう隠しても仕方がない。面倒そうに息をつくと、スコールはぷいとそっぽを向いた。
「こんなところで遇うとはな、キャシィ」
「あら、派遣しておいてそれ？」
くすくす笑う女に、スコールはシェードの奥で眉間にシワを寄せた。さりげなく口許を隠す。
「派遣先がガルバディアだってこと以外関知してなかったからな」
「利益相反のバッティング以外はどうでも良いわけですか、司令官殿」
「まぁ、ぶっちゃけた話」
リノアから視線を外さないまま、スコールはキャシィに応じる。キャシィも当然のように、己の護衛対象から目を離さない。
「……こんなところでだべってて良いのか？」
「お互い様じゃないの」
キャシィはそう言って低く笑うと、ちらっとスコールの視線を追った。
「役得じゃないの。美人ねぇ、ガルバディア首相令嬢」
「そうか？」
リノアを特に美人だとは思っていないスコールは軽く首を傾げる。
「……きみ、どれだけ理想高いの」
キャシィは呆れた顔をして溜息をついた。
「全く、それじゃあ女の子なんて誰も寄ってこないでしょ。せっかくそれだけ容姿に恵まれてるのに」
「どこがだ。どこにでもいるだろ、こんな女顔」
スコールにとって、母譲りだというこの優しい顔立ちコンプレックスの種だ。ベージュピンクのルージュがヘの字に曲がる。
キャシィは「そういうことしないの」と苦笑いした。
「何よ、その顔嫌いなの？」
「……ノーコメント」
軽く肩を竦め、スコールは両手で肘を掴んで足先を組み重ねる。大層暇そうなポーズだ。
ざわっと、会場がさざめいたのはそんな時、だった。
スコールはぱっと腕を解いて会場を一望した。
（警備は騒いでいない）
不審者ではないらしい。
だが。
「ミス・カーウェイ？！」
「まあぁ、どうしましょう。貧血かしら？」
（リノア？！）
スコールは胸の内で己に舌打ちした。会話に気を取られ、一瞬でも目を離すなど護衛官として失格だ。
皆に労られ、父に背を摩られるリノアの目が、スコールに向いた。
（…………あぁ）
「大丈夫かしら？ カーウェイ嬢」
「……あんたのせいだよ、キャシィ」
心配そうなキャシィへぼそっと呟くと、スコールは足早にリノアの許へ向かう。
後に残されたキャシィは、きょとんと目を瞬かせた。
パーティー会場を抜けて少しいくと、休憩スペースとしてラウンジが開放されている。そこのソファに落ち着くと、スコールは漸くリノアを囲う腕を解いた。
そして、こつんと頭に一発。
「馬鹿なところ見せるな、あんな場所で」
「……ごめんなさい」
「全く……」
大仰に溜息をついてシェードを外し、持て余し気味の脚を優雅に組んだスコールの隣で、リノアはしゅんと肩をすぼめて彼の顔を見上げた。
「何だ？」
視線に気付いたスコールは、チョーカーを緩めて首を傾げる。
「……スコール、何話してたの？ あの綺麗な人と」
スコールは片眉を上げた。リノアは白い頬をほんのり赤らめ、唇を尖らせている。
「それが、あんなことした理由？」
リノアは小さく、ぎこちなく頷いた。
「だって、随分イイ感じだったじゃない……」
内心、頭を抱えるスコール。
「……あのなぁ。俺、どんな見た目だ？ 今」
「…………ＳＰの、女の、人」
「女が女と会話してて可笑しいか？」
「…………」
ぐしぐしと、膝の上でハンカチを弄うリノア。
スコールにはわかるまい、自分がどれほど彼を独占したがっているのか。自分にとっても大事な友人であるキスティスやセルフィにすらどれほど嫉妬するか。
不意に、スコールがふ……と微笑った。
「男の俺だけじゃ不満なのか？」
「じゃ、ないけど……」
「なら良いじゃないか。任務中の『俺』なんて余所にくれてやれよ。プライベートはこの目も、手も、何もかも、命すらお前のものなんだから……な？ 可愛い魔女姫殿」
薄闇の中で２人いるときのような、甘く掠れたスコールの声。リノアはぞくりと身を震わせて目を閉じた。キスを、強請る仕種。
だがスコールは応じなかった。
「スコール……？」
「口紅が落ちる」
そのわざとらしい言い訳に、くす、とリノアは微笑う。
「じゃあ、舌先を合わせるっていうのは？」
悪戯心を起こしたリノアは、歌うようにからかいを口にした。
案の定、スコールは顔をしかめる。
「……お前はよっぽど、俺を女装趣味の変態野郎にしたいらしいな」
「どういうこと？」
「女と違って、男はサカるとすぐわかるんだからさ……落ち着くのにも、時間かかるんだ、勘弁してくれ」
リノアは今度こそ声を立てて笑う。ひそやかに、だが確かに。
「……ん、わかった。じゃあね、ひとつだけお願い」
「何だ？」
「ルージュがね、落ちちゃったの。だから、ちょっとだけ分けて？」
スコールは何を言い出したのかと片眉を上げた。メイク道具など、ほんの数時間会場にいるだけのＳＰが持ち歩いていると思うのか。
そこまで考えて……スコールは苦笑する。
あぁ、何という甘美な罠！ この愛しくも憎たらしい知恵ある魔女姫に、逆らえるはずもない。
蜘蛛は蝶を捉えたつもりで、その実蝶の虜なのだ。それを骨の髄まで思い知らされる。
「あぁ……仕方ないな」
とろりと甘い空気に頭の芯まで酔わされて、スコールは誘われるままに唇を寄せる。
ちゅ……と、小さな音が耳に響いた。
（このまま、愛し合えたら）
どんなにか――。
だが幸福な余韻に浸る事なく、スコールは急に顔を上げて柱の陰へと苛烈な気配を向ける。唐突な変化にリノアはびくりと肩を跳ね上げた。
「……いや、だから、そんな風に威嚇しないでよ」
諸手を上げて出てきたのは、あの金髪の女性だった。
「何だ、あんたか」
気が抜けたスコールは、かたんと肩を落とす。
「何だとは何よ。人が心配して見に来たら……きみ、意外と手が早いのね。驚きだわ」
苦笑する女に、リノアは不安を覚えた。
どうやらスコールと知り合いらしい。しかも、かなり親しい間柄のようだ。まさか……まさか、彼と昔何かあった？！ リノアは思わず、スコールの袖を掴んで擦り寄った。
スコールはちらと一瞥すると、少し呆れた様子で頭を振る。
「キャシィ、紹介しておく。リノア・ハーティリーだ。救護隊に所属してるから、何かの折に顔を合わせたらよろしく頼む」
不承不承、リノアはちょこんと頭を下げる。
「…………あ、はーん、そういうことか」
リノアを紹介されたキャシィはきょとんと目を瞬かせたが、すぐに訳知り頭で頷いた。
スコールはお構いなしにリノアへ向き直る。
「リノア、彼女はキャシィ。……Ｇ２所属の女性専属護衛官だ」
「えぇっ？！」
驚くリノアを尻目に、キャシィはぴしっとガーデン式の敬礼をする。
「ガルバディア・ガーデン所属、キャサリン・コールマンです。どうぞよろしく」
「あ、はい……」
キャシィは呆然としているリノアと握手をすると、くすくすと楽しげに笑い出した。
「最近、司令官殿は新米ＳｅｅＤの副官にご執心らしいって聞いてたけど……成る程ね、あなたがそうなんだ？」
瞬間、リノアの頬がぱぁっとばら色に転じ、スコールが視線を外す。
キャシィはますます可笑しそうな様子だった。
「変わるものね、あの人嫌いが」
「別に人が嫌いだったわけじゃない」
「でも近付けば近付くほど逃げていった」
「…………」
スコールは鼻を鳴らして、今度こそそっぽを向く。
そんな彼にキャシィはにっこりと微笑みかけ、リノアへと顔を寄せた。
「リノアさん、スコールのことよろしくね？ 不器用な子だけど、人は良いからさ……」
「キャシィ、良いからさっさと仕事に戻れ。俺達もすぐ行くし」
スコールは悪態代わりに言葉を投げ、チョーカーを付け直す。
キャシィはひらりと手を振ると、素直にその場を離れて行った。
「……ねぇ、スコール。よろしくされちゃったけど、あの人スコールとどういう関係だったの……？」
「世話役の先輩の１人。ごく短い間だったけど、他のやつと違って随分可愛がってくれたよ」
道理で、スコールの態度が柔らかかったはずだ。彼はきっと、彼女に懐いていたのだろう。そう思うと少し悔しいが……。
「そっか」
リノアはそれだけ返すと、スコールの腕にぎゅうっとしがみついた。
「……っはぁっ、疲れた！」
会議場間近のホテルの一室で、ドレスを脱いだリノアは、勢い良くダブルベッドへ仰向けに倒れ込んだ。
あれからもパーティーでホスト役を勤め、結局トータル６時間ほぼ立ちっぱなし。普段なら宵の口のはずの現時点で、リノアの足腰はくたくただった。
ズボンだけ身に付けてバスルームから出て来たスコールは、その様子に苦笑する。
「足揉んでやろうか？」
「えっちぃ気分になるからいい」
呻くようなリノアの声。
（今更って気もするけど……）
何かを察したらしいリノアが、むくりと起き上がる。
「……今、何考えた？」
「別に？」
「嘘だぁ、絶対何か考えたでしょ。しかもえっちぃこと！」
「そう思うのは、お前がそういうこと考えてるからだろ」
髪を拭きながら、スコールは事もなげに言ってベッドに腰掛けた。
何もなかったかのようにテレビをつける裸の背を眺めながら、リノアは唇を尖らせる。
――こんな気分になるのは、わたしだけなんだろうか。
「……スコールって、淡泊だよね」
――見てるだけで、触りたくて、触ってほしくてうずうずするのは。
「…………今、一応任務中、な」
「でも……２人っきりじゃない」
心なし、スコールの背中が丸まった。
リノアはダブルベッドの上を四つん這いで進み、スコールの肩にくっつく。
「全く、何でツイン取らないんだよ」
「……あは」
タオルで隠れていた顔は、思わず会心の笑みを誘うほど紅くなっていた。
「そういえば、どうしてお父さんってば今回、『スコール』じゃなくて『女子ＳｅｅＤ』を指名したんだろうね」
素肌の胸に甘えながら、リノアはさも不思議そうに眉をひそめた。
スコールはリノアの髪を弄いながら、ゆるく首を傾げる。
「さぁな……やっぱり、公式で華やかな場だからこんな恐い顔見せたら失礼だとか想ったんじゃないか？」
「……恐い？」
「恐いだろ、額に傷痕があるやつなんか」
「そうかなぁ？ 綺麗な顔してるから、ご愛嬌って感じだと思うけど」
くすくす笑いながら言うリノア。スコールは少し不満げな目線を彼女へ送る。
「……なぁ、リノアはよくそういうこと言うけど、リノアにとって俺の見所ってそれなのか、やっぱり」
リノアはきょとんと目を丸くした。
「そんなわけないでしょ。そりゃ、第一印象は『１番カッコイイ』だったけどね？」
スコールの表情がはっきりと不機嫌になった。リノアは苦笑する。
「あのねぇ、スコール？ はっきり言って、最初はあなたの外見に惹かれた。それは否定しないわ。でもね、今はあなたの全てが好きなのよ。今更お互いに隠すところなんてどこかある？ 好きなところも嫌いなところも、馬鹿なところもカッコイイところも」
「…………」
「そりゃ、恋人が綺麗な顔してるのは嬉しいよ？ でもそれは好きになったひとの顔だからってだけ。
……そうだね、例えば今、火傷とか出来たとしようか。皆は気になるかもしれないけど、わたしは気にしない。むしろ、スコールのこと独占出来て有り難いかも」
リノアは黙り込む恋人の胸に乗り上げ、バード・キスを贈る。スコールは視線を中空に彷徨わせた。
「………………わかった、うん」
「ホントにわかってる？」
「充分わかった」
「怪しいなぁ〜？」
「いや、本当に。わかりすぎて腹一杯だよ。だからもう勘弁してくれ……」
真っ赤な顔を誤魔化すように髪を掻き上げると、リノアは満足げに彼の胸へと擦り寄る。スコールはリノアを両腕でゆるりと囲い、ゆっくりと目を閉じた。
さっきまで起きていた身体が、ゆっくりと優しい闇の中へ沈んでいこうとする。
だが、何か忘れてないか？ そうせっつく心が、身体を休ませてくれない。
「……そうだ」
スコールはそう零すと、リノアを抱いたまま起き上がった。
「へ？ 何？」
半分眠りに落ちていたリノアはきょときょと辺りを見回す。スコールはベッドの足元に置いた荷物を漁り、何かを引っ張り出した。
「あぁ、ごめん。……これ」
それは、リボンがかかった箱だった。大きさはリノアの両手を並べたくらい。
リノアは暫し、スコールの顔と箱を交互に見比べた。
「開けても良い？」
微かに微笑み、スコールは頷く。
「わ♪」
目に飛び込んできたのは、美しいブルーのグラデーション。上質の
「すごく綺麗！ 昔見た『ワルキューレ』のティアラみたい」
「当日に帰ってこれないかもしれないから、先に渡しとく。誕生日おめでとう」
「ありがとう、大事にするね！」
心底嬉しそうに箱を抱き締めてくれるリノアに、スコールは内心ほっとした。何をあげて良いやら、散々迷った揚句の選択は間違っていなかったようだ。少々値は張ったが、この笑顔が見れたのだから全く惜しくない。
「ね、ね、付けて」
「今か？」
「うん、今！」
リノアは背を向けスコールを急かす。スコールは滑らかな黒髪を上部だけすくい取り、髪飾りを留めた。
「似合う？」
くるりと振り返って感想を問う彼女に、スコールは、辛うじて頷く。
「しまい込まないで、使ってやってくれよ」
「勿論！ スコールが帰ってくるまで、これ付けて待ってるよん。……早く、帰ってきてね」
それまではしゃいでいたリノアの声が、急にトーンダウンした。
「……リノア」
「もうっ、ホントお父さんってば気が利かないんだから！ 娘の誕生日なんだから、もっと、……」
リノアの肩を、力強い腕が抱き寄せる。
「最大限努力して、出来るだけ、早く帰る」
「うん」
「ケーキ、何が良い？ リノアの好きなやつ、買ってくるよ」
「ケーキなんて、何でも良いよぉ。ショートケーキで充分。だから……無事に、帰ってきて。さっきは『早く』、なんて言っちゃったけど、無事に帰ってきてくれるのが何よりのプレゼントなんだからね？」
「……了解」
スコールは柔らかく微笑むと、バレッタを外してリノアへと口付けた。
３月３日の１１時５０分、息を弾ませて自室へと帰還を果たしたスコールの視界に入ったのは、パジャマ代わりの彼のシャツに包まってソファに丸くなっていたリノアの姿。
バレッタを握り締めて眠っていた彼女をどれほど彼が愛しく思ったか、想像に難くはないだろう。
Happy birthday, Rinoa!
We are wishing your love to continue through all eternity...
