「…そこの少年」

 こいつは何で、こんな寒空の下に座ってるんだろう?

「…『少年』たぁ俺のことかよ」

「そーよ」

 じろん、と睨んでくるのは、色素の薄い髪を持ったオトコノコ。

「こんな寒いところに座って、何してんの?」

「…別に」

「別に、じゃないでしょー。10月っていっても、夜は冷えるわよ」

「関係ねぇだろ…用事がないんならさっさと行けよ」

「関係なくないでしょうが!」

 こんなヤツでも、年の離れた幼馴染だ。ほおっては置けない。







「…で、今回は一体何があったの。誕生日を目前にして不景気な」

 とりあえず体を温まらせるために風呂場に放り込み、出てきた所で質問を食らわせてみた。

「……うるせぇ」

 可愛げのない返事をして、跡部景吾はバスローブのまま私の傍をすり抜けてソファーに座り込んだ。

 至極不機嫌のようだ。

 頭にタオルを引っ掛けて、柔らかい髪をごしごしこすってやる。

 テレビの黒い画面に映る景吾の顔は顰められていた。

 でも、こうされることを嫌がっては居ないらしい。

「なーによ」

 何か言いたげな表情をしてみせたので手を止めて上から覗き込むと、

「そっちこそ何だよ」

という返事が返ってきた。

「不機嫌の理由。聞いて欲しくないんだったら、ウチに来たりしないよね?」



 幼馴染といっても、私は今跡部家の隣人ではない。

 私の通う大学が遠いため、少し離れたところに居を構えているのだ。

「…何で帰ってこなかった?」

「ん?」

「夏休み。去年は戻ってきてたくせに」

 私と景吾の年の差は、大体4歳半ほど。

 今高校1年生の景吾に対して、私はただ今大学2年生。

「戻ったって言っても、電車で2駅程度でしょうが。自転車でも来れる距離」

 その少しの距離こそが彼には遠いということを知りながら、私はわざとそう言った。

 更に不機嫌そうに歪められる表情。

 私は近くにあった椅子を引き寄せて、景吾の髪を乾かすのに専念することにした。





 髪を乾かされるのは、キライじゃない。結構気持ち良いから。

 でも、コイツからされるのだけは苦手だ。

 子ども扱いされている気がする。

 …俺と彼女の年齢差は、一番大きいときで5歳。

 名前すら、何と呼んで良いのか考え込むような差だ。

「…なぁ、ここにいてもいいか?」

 タオルで顔が見えないのをいいことに、俺はそう問うてみた。

「ん〜?おばさんたちは?」

「一緒にいっちまったからなー。明日帰ってくるのも怪しいんじゃないのか?」

「あらら…まぁ、仕方ないよね。明日は土曜日だし、その次は日曜だし」

 ぽんぽん、と軽く頭を叩かれてタオルを取られた。

「しょうがない。お姉ちゃんが明日の誕生日を祝ってあげましょ」

 声を追って振り向くと、の笑顔がそこにあった。



 用意されたGパンとトレーナーを着てダイニングに出てくると、テーブルの上には炒飯が置いてあった。

「これが夕飯って、シケてんなぁ…」

「あんたみたく豪勢なものばっかり食べてられませんって」

 厭味っぽく言った言葉に、は笑う。

「明日くらいはどこかに食べに行こうか。ちょっと奮発して」

 そういった彼女の横顔は大人びていて。

 あぁ、大人なんだな、と思った。





 …彼に体を許したのは、いつだったか。

 初めは確か…そう、景吾が失恋したとき。

 不器用な彼の、彼なりに本気だった恋愛が破れて、私に甘えてきたとき。

 本当にいつだったろうか。

 確か、次の日の朝に彼の寝顔をスケッチしたから、そう昔ではない。

 ぼやけきって輪郭の浮かばない思い出だ。

 分け合ったパジャマの上着を身に付け、私はぼんやりと考えをめぐらせていた。

 あの時、彼が満たされたかどうかは知らない。でも、私はそれなりに満たされていた。

 今、そのときよりも少し成長した彼が隣に眠っている。

 私はちょっとした悪戯心を出して、彼の髪に触れてみた。

 意識はないものの、くすぐったそうに顔が歪む。

 笑い声が漏れないに押し殺しながら、更に悪戯をする…と言っても、軽くあちこち触れるだけだけど。

「んん……いい加減にしろ…」

 暫く遊んでいたら、目を覚ましてしまった。

「あ、起きた」

 笑って言うと、パジャマの袖を捕らえられて引き込まれる。

「んぅ…」

 絡む、なぞる、混じり合う。

 離れる瞬間、景吾はほんの軽くもう一度触れ合わせる。

 どうしようもないいとしさが、私の中に沸き起こる。



    でも 言うことは赦されない  



      それが 私が私に課した戒め



「…また、来てもいいか…?」

 掠れた声が、ぼんやりした頭に響く。

「逃げ場でも何でも……気が向いたときにおいで」

 眠りに落ちそうなのを必死にこらえてそう言うと、彼がふっと笑ったような気配があった。

 抱き起こされて、胸に抱き寄せられる。

 ゆっくりと髪を撫でられるのが、心地よかった。





「好きだ、…」

 何か喉を撫でたら鳴らしてみせそうな、を胸に抱いて、そう呟いた。

 関係を結んだのは突発的なことだったとはいえ、好きなのは確かだから、俺はここに来る。

 次はいつ来てやろうか。

 そんなことを考えながら頭を撫でてやっていたら、彼女はいつの間にか寝付いてしまっていた。

 後始末もせずに、だ。

 だからと言って俺自身も大仰にするわけでなし、簡単に始末して抱き直してブランケットにくるまった。

 明日は何をねだってやろうか。



 そんなことを考えながら、俺自身も眠りについた。